エルザとニコレット
「いてて、《キュアー》っと」
昨晩は飲み過ぎた。軽い二日酔いを解毒の魔法で治療する。
本職のヒーラーには及ばないが、簡単な治癒魔法なら使える。
「閃光の一撃」のパーティーを外された事はショックだったが、ドーランドのおっちゃんのおかげで大分ふっきれた。
まったく引きずっていないと言えば嘘になるが、そもそも落ち込んでいる暇などないのだ。ベットから這い出し、顔を洗いにいく。
昨日までの地竜戦でだいぶ投資をしていた。ワイバーンの壁役となるため装備を新調していたことが一番大きい。他にも魔力回復薬をはじめとする消耗品もある。
それに地竜に集中するため、普段の狩りを抑えられていた。
探索者のダンジョン攻略は毎日するものではない。1日狩りをして数日の休息を挟む。体力と魔力の回復、装備の調整、消耗品の補充、情報の収集など休息といってもやることは色々ある。
そして大事なのは命のやり取りの戦いからくるストレスを癒し、次の戦いへの覚悟を決めるためである。
先に進むパーティーほど休息の期間は長い。長い期間のインターバルを取れるほどの稼ぎがあるのだ。
「閃光の一撃」は大体10日の休息をとっていた。しかし、地竜戦のために費やした期間は2ヶ月にも及ぶ。その間、まともな稼ぎはなく、投資も大きかった。つまりは金欠である。
「も、もう少しだけ商業ギルドにあずけてあったはずだし、いざとなれば日雇いの土木でもやれば大丈夫だろ。」
エンチャンターは探索者では人気がないが、それ以外の職ではよろこばれるのだ。
「いざとなれば、パーティーからの借金で、、」
クビになったことをすぐに思いだし、少し落ち込む。
「おっちゃんに借りるか。」
時刻はすでにお昼に近かった。
とりあえず昼飯を屋台ですませて、パーティー探しと情報収集のために探索者ギルドに行こうと思い、出かける準備をする。
コンコン
部屋の入口からノックの音が聞こえる。
「ハイハーイ」
扉を開けると、赤髪の少女が立っていた。大家さんの娘のエルザである。
「あ、ザパタさんこんにちわ。お家賃なんだけど、大丈夫ですか?」
「ああ、そうだった。」
地竜戦でバタバタしていたため忘れていたが、そんな時期である。金欠への追い討ちである。
「今は準備してないから持ち合わせがないや。夕方ぐらいに直接もっていくね。」
「うん。」
エルザがうなずく。その表情は少し元気がないように感じた。
「それにしてもひとりでなんて珍しいね。パオラさんはどうしたの?」
そう、いつもは大家のパオラさんが回収にくるのだ。エルザは、ときおり、その後ろについて回っていた。
「うん、お母さん、ちょっと調子悪いみたいで、」
「そっかー、心配だね。あーそうだ。家賃を持っていくとき、診てあげるよ。」
これでも後方支援系の職で、施療院での経験もある。
「ありがとう、お母さんにいっておくね。」
そう言ってエルザは扉を閉めて出ていった。パオラさんはまだ30台の未亡人で元気だったはず。
この街は、ダンジョンに潜る探索者が多いこととダンジョン資源があることから、医療に関しては王都並みに充実している。それでもエルザひとりに家賃の回収を任せているということは少し心配になる。
「家賃かー。忘れてたな。商業ギルドにも寄らないといけないな。」
出かける準備を終え、部屋を出る。
トレンカの街はダンジョンのおかげで出来た街だ。
そのためダンジョンの入口である大穴が街の中心部にあり、大穴の前にはでかい広場がある。その広場を囲むように探索者ギルドや商業ギルドなどがある。
このでかい広場はダンジョンの出発と帰還の場所だ。
ダンジョンの大穴に入ると平原に出る。平原をしばらく進むとあるポイントで透明な壁を越えた感覚をおぼえる。そのときに使えるようになる魔法が《デパーチャ》と《リターン》である。
《デパーチャ》を広場で使用すると、そのポイントにワープできる。ポイントは平原から森までで10ヶ所ぐらいあり、一度踏めば《デパーチャ》でどのポイントでも任意でワープできる。
このとき同時にワープできる最大人数が6人であるため、パーティーの枠は6人までとなる。
《リターン》はダンジョン内から広場に戻る魔法だ。
この2つの魔法のおかげで広大なダンジョンを探索できるし、資源を運びだせるのだ。
中央の広場に着くと、まだ昼前だがダンジョン資源の運搬が盛んに行われている。軍関係のものだ。
他にもこれから出発するパーティーやすでに帰還してきたパーティーなどいて、かなりにぎやかだ。
オレはさっそく探索者ギルドの建物に向かう。ダンジョンの街トレンカを代表するだけあり、大きな建物だ。
ギルドに入ると、それなりに人がいる。探索者パーティーは休みが多いが、休みでもこうしてギルドに顔をだして情報収集などをおこなっているのだ。
「閃光の一撃」の奴らには会いたくないなと思いながら、ボードに向かう。
ボードにはギルドからのお知らせや採集依頼、そしてパーティーの募集がある。パーティー募集の依頼をじっくり見る。
パーティー募集のボードはでかい。ギルドが探索者の生存率をあげるためにパーティーを組むことを積極的に推進しているのがわかる。
しかし、山岳エリアのエンチャンター募集などピンポイントなものなどあるはずがない。あってもヒーラー募集だ。逆に「エンチャンターです。入れてください。」はよく見かけた。
山岳エリアではなく、ひとつ前の森林エリアでも探す。ここでは6人揃っていることが珍しく「だれでも」の募集がある。
それでも飛び付くような真似はしない。募集の状況だけ見て、ギルド職員に相談することが正解だ。知らない奴らとパーティーを組むには勇気が必要なのだ。
ダンジョンは平原ー森林ー山岳ー洞窟と続き、その先は異界エリアなっているらしい。
エリアごとに窓口があり、オレは山岳エリアの窓口へと進む。ちなみに異界エリアの窓口は2階となっている。
窓口にはニコレットさんがいた。ドーランドのおっちゃんはニコちゃんと親しげに言っていたが、オレより少し年上で栗色の髪から尖った耳の見える獣人の美人さんだ。
「ニコレットさん、こんにちわ。相談があるんですが、いいですか?」
「ええ、いいわよ。地竜また失敗したんでしょ?」
山岳エリアで狩りを続け一年を超えているため、すっかり顔馴染みとなっている。
「はい、そうなんです。オレを含めてケガとかはないんですが、再挑戦のためにパーティーの編成を変えることになって、クビになりました。」
「まあ!」
クビになったことを告げるとニコレットさんは驚いてくれた。彼女はエンチャンターの価値をわかってくれているかもしれない。
「フィリッポは何を考えてるのかしら?ほんとに。」
「先へと進むんだっていってました。」
「そう。異界エリアに早く行きたいのはわかるけど、アイツにはまだ早いでしょ。何を焦ってるんだか。」
リーダーのフィリッポはイケメンだか、評価は低いみたいだ。
「オッタビオが心配だわ。」
オッタビオは「閃光の一撃」の壁役でニコレットさんと同じ獣人だ。
え、まさかそうなの?
そういう恋愛事情は詳しくないので、話をそらす。興味はあるのだが。
「それでオレのことなんですが、」
「ああ、そうね。これからどうするつもり?希望はあって?」
「探索者は続けたいです。今すぐでなくても、オレもいずれは異界エリアに行きたい。」
「そうねぇ、あなたも異界はまだ早いものね。」
オレの評価もフィリッポ同様イマイチのようだった。
「山岳エリアでパーティーに入れたらいいんでしょうけど、そんなエンチャンターは他にもいるし、山岳のパーティーが欲しいエンチャンターは大体地竜突破した経験持ちよ。」
詳しく話を聞くと、山岳エリアの序盤に軍が独占している場所がある。そこで山岳エリアに到達したエンチャンターやパーティーを失くした者が働きながら、パーティーの募集を待っているそうだ。軍に入るわけではなく、軍に雇われる形で働いているらしい。
「ただこれは、異界エリアを目指しているなら、あまりオススメはしないわ。納得いくパーティーにはなかなか巡り会えないし、戦わないから感覚が鈍ってくるらしいのよ。そのまま軍人になる人のほうが多いわね。」
わずかな希望を待つなら、さっさと軍人になった方がいいらしい。
「一番いいのは、自分でパーティーをつくることよ。それも山岳エリアだけじゃなくて、森林エリアも対象にしてね。」
リーダーになるのか。オレにそんな器はあるのだろうか?
リーダーはともかく、森林エリアからやり直すのはアリな気がする。
地竜突破したエンチャンターというのは、要するに洞窟エリアのエンチャンターだ。それならオレだって1つ戻るべきだろう。
探索者を続けて、いずれは先に進むために感覚は鈍らせたくはない。
パーティーで山岳エリアにとどまれない以上、一旦戻って再構築するべきだ。
そう決心して、ニコレットさんに告げる。
「そうですね。リーダーはともかく、森林エリアに戻ります。なんなら平原までアリですかね?」
「平原で有望なメンバーを見つけて育てるのは全然アリよ。」
「となると、窓口が変わるのか。ニコレットさん、今までありがとうございました。」
「気にしないでいいわよ。ここに戻ってくるのを楽しみにしているわ。」
そう言ってオレは1年以上お世話になった窓口を後にした。