第7話 封鎖空間、ダンジョンモール!?
来月に控えた修学旅行、そのしおりを手にした里奈は自室で大騒ぎしていた。
「修学旅行ですよ!」
「今回もぐいぐい来るね。今年は海が近くにあるから、水着は必須だね」
「それは修学旅行と言えば、ヒロインとの恋を実らす大イベントの塊です」
「……ラノベみたいなことは起こらないからね」
「薄々気づいてはいましたけど、謎のお姉さんに焚きつけられて水着コンテストに出たり、お風呂をのぞき見する男子がいたり、まくら投げをして先生に怒られたり、古から伝わる財宝に関する事件に巻き込まれて解決するようなことはないのですか?」
「その中だとまくら投げくらいかな。次点でのぞき見する男子。それ以外は論外!」
「現実とは厳しいものですね……」
「現実を見始めたのは良いことだよ」
「……このところシャドウを見かけませんね」
『りなは げんじつからにげだした』
『しかしまわりこまれてしまった』
「話題を変えて現実逃避はだめ」
「うっ、辛い」
「シャドウは真央の部下の黒騎士さんがしてくれているんじゃないの?」
「そんな器用な人じゃなかったと思うんですけど……あの人、待ち伏せとかせずに果たし状を送りつける人でしたから」
「武人ってやつ? かっこいい一面もあるのね」
「そういうものでしょうか?」
「あれでフードの下がイケメンなら人気ありそう」
「はっきりと素顔が見えませんでしたからね。でもダンディーなおじさん系でも良いと思いますよ」
「歴戦の勇士パターンか、それもありね」
「他の3人よりかはマトモな人が味方で良かったです」
「他の三人は?」
「魅惑の紅一点、サキュバス・リリス。剛腕の巨人デストロイ・オーガ。狂気の科学者、マッド・タケダの3人です」
「タケダさんだけ普通の名前」
「名前は普通ですけど、やったことはとんでもないことですからね」
「体が小さくなる薬を作ったとか毒ガスをばらまいたとか」
「それに近しいことをやらかした部下の人の証言によれば」
『アタシは知らなかったんだ……あのカプセルの中身がスギ花粉を数万倍に濃縮させたものなんて……』
「故があれば寝返りそうな人だね」
「司法取引で喋りましたからね。ある意味間違っていません。そのせいで、街の人が全員花粉症になりました。ちなみに街は山の麓です」
想像しただけで目がかゆくなって、鼻がムズムズしそう。もともと花粉症の人が居たら、さらにひどそう。これが人間のやることかと思うほどだ。タケダ、おそるべし。
「黒騎士さんで本当によかったね」
「他にも部下がいるみたいですけど、もし幹部クラスなら会えばわかる人が多いですよ」
「さすがは元勇者パーティー所属だね」
「それほどでも。ところで水着はどこで買います?」
「ショッピングモールなら、この時期色々な水着あるでしょ」
「この前は季節外れでしたからね。異世界でどんな水着があるか楽しみです」
里奈はウキウキしながらゲートを開いて、自分の世界へと帰っていく。ちなみに電池が切れたスマホは私の部屋で充電している。里奈は隙あらば、電子書籍のラノベを開いているので、1日も持たずに電池が切れてしまう。
もし、モバイルバッテリーのことを教えたら、異世界でも読むに違いないだろう。
「絶対に教えないでおこう。絶対に夜更かしする」
姉として妹の健康管理はきちんとしないと思うと同時にずいぶんとこの奇妙な姉妹関係に慣れてしまったなと思った。
ショッピングモールで色とりどりの水着を見ながら、どれにするか迷っていた。
「値段も高すぎないものを選ばないと……」
「お姉さま、これなんてどうです?」
里奈が持ってきたのは胸元にフリルがついた暖色の水着だ。中身はともかく、見た目は清楚な里奈には合わないと思った私は近くにあった白いビキニを手渡す。
「里奈はスタイル良いから、こういった清楚な感じのほうがいいんじゃない?」
「ではこちらにします。こちらはお姉さまが着るということで。店員さん、すみません……」
「ちょっと里奈!……まあ、せっかく妹が選んだわけだし、イメチェンってことでいいか」
そう思い直した私は会計から戻ってきた里奈のレシートをみて、自分の水着代を里奈に渡した。スマホ課金のためとはいえアルバイトしている里奈から水着代を支払ってもらうつもりはないからだ。
「早く用事がすみましたね」
「せっかくだから、色々と回ろうか」
「ですね。本の新刊、出ているかもしれません。向こうは圏外ですから、こういうときに買わないと」
「……ほどほどにね」
分かってますよと言って里奈を見送った後、しばらくして私のところに戻ってきたときには紙袋にぎっしりと詰められた本を嬉しそうにしていた。
信じて送り出した里奈が無駄遣いするなんて……分かってたけどね!
「おっ、空野姉妹じゃないか」
「先生、こんにちは。外ではジャスティスとか呼ばないんですね」
「むっ……さすがにあれは生徒となじみやすくするためのキャラ付け、というかなんというか……さすがに第三者が触れるところでは言わんぞ」
「正直、滑っていると思います」
「グッ……、袋を両手に持つほど買うほど色々と買ったようだが、無駄遣いしないように」
「ところで先生は何を買ったんですか」
「俺はプロテインを少々な。最近、体がなまっているから運動を再開したところだ。このことは学校では内緒だぞ」
先生が地下の駐車場に去ったのを見て先生に言われた通り、長居すると里奈がどんどん無駄遣いしそうなので、家へ帰ろうしたときモールの出入り口で客がドンドンと自動ドアを叩いている。
「ドアの故障かな?」
「いえ、あのドアから先ほどにはなかった魔力を感じます」
浮かれた様子が消え、ややドスが聞いた口調で話す里奈を見て、シャドウの仕業と考えた。その考えを肯定するかのように里奈はうなづく。
「このモールがダンジョン化したのであれば、この施設内のどこかにダンジョンコアと呼ばれる赤い宝石があるはず。それを壊せば、ダンジョン化が解け、元の施設に戻るはず」
「ダンジョン化……?」
「ダンジョン化とは一種の空間魔法のことで、コアを触媒にすることで容易には出ることができないダンジョンと呼ばれる迷宮を作る手法です。ダンジョン化した洞窟は元の数十倍の広さまでもつこともあるとか」
「ちょっと待って。この施設が数十倍まで広くなっていたら、探索だけで何日もかかるよ」
「いえ、この魔力の規模から察するに、広さの変化はないはず。一番危険なのは……『逃げろ!』」
頭から血を流した男性が、私たちに叫ぶと気を失い倒れる。何が起こっているのか分からなかった私が茫然と見ていると後ろから緑色の醜悪な小人が棍棒を持って、私たちのところにやってくる。
「GOBUUUUU!!」
「やはり、魔物が現れましたか。コール、セットアップ!シャイニングアロー乱れ撃ち!」
聖騎士姿の里奈が光の弓で矢を放つと、複数に分裂してゴブリンたちを撃ち抜いていく。2、3Fから物を投げつけてくるゴブリンも居たけど、兜や鎧にはじかれ、むしろ自らの場所を知らせるだけの結果となっていた。
そして、ものの数分でゴブリンたちは壊滅し、少数の生き残りがモールの奥へと逃げて行った。
「すごい……これが里奈の力」
「多少ブランクがあってもゴブリン程度に後れは取りませんよ。怪我した男性はまだ意識があるみたいですから、他の方に介護を任せます。愛華さんはここで待ってください」
里奈はそう言い残して走り去り、モールの奥へと消えていく。
私も魔法が使えたら、戦えたら、一緒に行ったのだろうか?
そう考えると、チクリと痛む胸を私は静かに抑えた。
(コアがあるとしたら、侵入者を拒みやすい最下層か最上層……とりあえず地下に行きましょう)
非常階段を下っていき、地下の駐車場にたどり着く。休日ということもあり、ほぼすべての駐車スペースに整然と並んでいる。カツーン、カツーンと里奈の足音が響くなか、1人のフード姿の男性がふわりと里奈の目の前に現れる。
(隠匿のフード、あれを着ている人はたとえ子供や女性であっても成人男性として錯覚する。男性であっても操作をかく乱する目的で着ることがありますから、外見で判断するのはやめたほうがいいですね)
相手の出方が分からないため、剣を構えて、じりじりと距離を詰めていく。
「ククク……慎重だなん、リィナ姫よ」
「私をそう呼ぶということは私たちの世界の関係者ということですか」
「貴様らにやられた恨み……忘れはせんわ!芽吹け、魔の種よ!!」
男の号令と共に駐車していた車が一斉に走り出し、里奈に向かって突進を仕掛けてくる。それをひらりと宙に躱すも、別の車が後ろから襲い掛かる。
「数が多いなら……大地よ、砕け!グランドウェーブ!!」
里奈が剣を地面に突き刺すと、衝撃波によってコンクリートがめくれていき、車が横転していく。猛スピードで迫っていた車は横転した車に次から次へと突っ込み、クラッシュしていく。
「ほう、やるではないか」
「これらを片付けたら、次は貴方の番です!」
「ふむ。貴様と戦うにはまだ早すぎる。ここはひとまず退却するとしよう。コール、テレポート!」
「……逃げられましたか」
一瞬にして逃亡された男、おそらくシャドウ事件の犯人を捕まえられなかった悔しさはあるが、今は後悔するよりも目の前にまだ残っている暴走自動車を止めることが先決だと考えなおし、剣を向ける。
戦いに終わったころには地面のコンクリはめくれはがれ、無事な車は一台もなく無残なスクラップへと変わっていた。そして、男が居た付近にあったダンジョンコアを破壊し、一連の事件は解決した。
『昨日あった地震により、ショッピングモール内の駐車場に置いてあった車が被害を受け、数十人の客が重軽傷を負いました。これに対し警察は、モール内に不備が無かったかを調査していると発表』
翌日のニュースをみて、妹がモール内の出来事の記憶改ざんを行ったものの、あれだけの被害をごまかしきれないのがしみじみと分かった。そのせいで、ショッピングモールはしばらくの間休業となり、あそこがつぶれないが心配になってきた。
「もうすこし、被害を抑えるってことはできなかったの?」
「あそこまでやられるとああするしか無いですね」
「あと犯人が分かったと」
「あの強さで私に恨みを持つものとなると、魔王軍の幹部クラスでしょうね。今、真央に他の幹部が生存していないか調べてもらっています」
「じゃあ、捕まるのも時間のうちと」
「ええ、ですからシャドウ事件のことを忘れて修学旅行です!」
頭の中は修学旅行のことでいっぱいな里奈を見て、私は先まであった不安が吹き飛び、楽しい修学旅行を待ち遠しく思えた。