第6話 里奈のアルバイト
私が起き上ると、部屋の片隅で里奈が買ったばかりのスマホを慣れない手つきで操作していた。電話はもしかするとあるかもしれないけど、タッチパネルやメール、インターネットなんてファンタジーな世界になさそうだから、慣れるまで時間がかかるかもしれない。
「里奈、おはよう」
「おはようございます……」
「すごい隈!? それに元気ないけど、どうしたの?」
「私の世界、電波が届かなくて圏外なんですよ」
「異世界にドウモの電波が届いたら逆に怖いよ」
「だから、こうして昨日はお姉さまの部屋でこっそりとスマホで遊んでいました。私の知らない本がいっぱいあってどれもこれも面白いのですが……」
まあなんとなく言いたいことはある。無料で読める、その罠に里奈は引っかかったということなのだろう。
「なぜ一部しか読めないんですか!」
「物を売るためだよ。あと小遣いの無駄遣いは駄目だからね」
「お姉さま……!!つづきが読みたいです……」
「諦めたらそこで終了だよ。それならアルバイトでもしたら? うちの学校は届け出さえ出せば、良いわけだし」
「アルバイト!ドジっ子メイドとかファミレスに住む店長とか隣に出店しているライバル企業と競い合う展開が起こるあの!?」
「……相変わらず知識が偏っているね。たぶん、そういうことは起こらないから。それにニャンニャンなら、知り合いも居るから、うっかり異世界出身と知られそうになっても誤魔化しくれそう」
「この前、行ったところですね。シャドウの意見交換も兼ねて通う都合としても良さそうです」
ウキウキとしている里奈を見て、世間知らずのお姫様にアルバイトを勧めたことを少し後悔した。後のことは優愛さんと真央に任せることにしよう。そう思い、彼女たちに責任を丸投げした
アルバイト当日。里奈はニャンニャンでカフェコート姿に着替え、開店前の掃除としてモップかけをしているところだ。
「メイド服……じゃないんですね」
「ウチはカフェコートだからね。いくら姫様の願いでもこれだけはどうしようもない」
「ではライバル店と……」
「ここの利用客は大体決まっているからね。ライバルも何もないよ」
「……大丈夫です? ここ」
「一番の利用客が居るから、なんとかなる。ほら、来た」
里奈たちが振り向いた先には常連客の真央と黒フードの怪しげな男が一緒に入ってきた。里奈はおしぼりとお冷を持って、彼女たちのもとに向かった。
「何しているんだ、お前?」
「小遣いを稼ぐためにアルバイトを」
「ククク……つまり、今日の私はお前をコキ使うことができるわけか。良いだろう、貴様らには煮え湯を飲まされたからな。この私が一度に覚えきれないほどの注文をしてやるから覚悟しろ!」
「む、無駄遣いはおやめください」
「大丈夫だ。こちらの世界で、コミカライズの話が決まった。そのうち、お金が入る。なにより、誰の迷惑もかけずに敵国の姫君を困らせることができるんだぞ。この機会を逃すわけにはいかん」
「はぁ……、レイナ様がそう仰るのであれば私に止める権利はございません」
「お前の分も頼んでおくぞ。太陽の恵みをたっぷり浴びた朝取れ野菜のサラダとピリ辛ミートソーススパゲティにチーズトッピング、おっとスパゲティは2人分だ。ベリーベリーミックスジュースラージサイズ、当店自慢のオリジナルコーヒーミルクあり砂糖多め、スペシャルキングデラックスプリンパフェを食後につけてもらおう。言い忘れたがコーヒーとジュースは先に持ってきてもらうぞ」
「ではご注文を確認します。オリジナルコーヒーがおひとつ、ベリーベリーミックスジュースのラージサイズがおひとつ。こちらはお先にもってまいります。朝取れ野菜のサラダがおひとつ、チーズトッピングのミートソーススパゲティがおふたつ。食後にスペシャルキングデラックスプリンパフェをおひとつですね」
「ちっ、言い間違えなかったか」
「ところでがっつり注文しましたけど、食べきれますかねぇ」
「食え」
「できる限り頑張ってみますよ」
コーヒーを飲みながらペンタブを使って仕事をしているレイナとジュースを飲みながら雑誌のクロスワードパズルを解いている男に対し、里奈は料理をテーブルの上に並べていく。
「ところで、貴方は?」
「この姿でお会いするのは初めてでしたね。私、暗黒四天王の一人黒騎士ダークナイトでございます。貴方達に敗れた屈辱、忘れはしませんよ」
「まさかあの黒騎士!? 確かニルヴァーナ荒野で地割れに飲み込まれたはず……」
「ええ、鎧がなければ即死でした」
「いや、さすがに死ぬだろ」
「さすがの私もしばらく動けませんでしたけどね。その間に魔王様が討伐されたときの悔しさ、そして後悔。あのときの戦いでの屈辱ときたら……」
「私を討ちますか?」
「ええ。ここが私たちの世界であれば」
「コール、セット……」
「ですが、ここは異世界。ここで戦えば、私が銃刀法違反と決闘罪で捕まり、レイナ様に迷惑がかります。そして、貴方も無事では済まない。お互いに避けたいところでしょう?」
「……分かりました」
変身しようとした魔力の放出を抑え、里奈はカウンターのほうに戻る。そうこうしているうちに他の客も入り始め、店内が慌ただしくなる。あっちこっちから注文が飛び交い、厨房に入っている優愛と同じ年頃の男性の手が止まることを知らない。
「今日はおばさん、分身しないの?」
「だれがおばさんだ。ガキんちょ。今日は姫様が来ているから、使わなくてもなんとかできている。あとお前の頼んだオムライスにピーマンたっぷり入れてやる」
「え~、やめてよ」
「だったら謝って、これからは女のひとをおばさん扱いしないこと」
「……ごめんなさい」
「ならばよし。オムライス一丁」
時には客とも駄弁りながら、ランチタイムが過ぎていく。
そして、アルバイトが終わった里奈を見届けた真央は問題なかったぞと愛華に連絡をし、自宅へと帰るのであった。