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第5話 王女の密会

 約束の日、私たちは駅前で巻き合わせをしていると、倉井さんがもうすぐ夏だというのに黒い服でやってきた。倉井さんの道案内でニャンニャンという聞きなれない喫茶店へとむかった。地元民でさえあまり通らない細い路地を通り抜けているとき、倉井さんが話しかける。


「ニャンニャンは私のなじみの店でな、5年近く通っている」


「倉井さん、話し方がいつもと違う」


「こっちが素だ。尊大なしゃべり方だと目立つからな。後、真央で構わん」


「じゃあ、真央ちゃん、よろしくね」


「ちゃん付けは余計だ……着いたぞ」


 猫の看板をかけてニャンニャンと書かれた小さな喫茶店に入ってみると、朝早いこともあり、誰も居ない。


「マスター、勝手に入るぞ。注文はいつもので頼む」


「それで良いの!?」


「さすがの私も勝手に入るのはどうかと思います」


 私たちの戸惑いをよそに真央は自分の特等席だと言わんばかりに、窓際の席に座り、パソコンで何かをうっている。気になってのぞき見をしようとしたけど、のぞき見防止のフィルムが張られており、何をしているかは分からなかった。


 しばらくすると奥から、心底嫌そうな顔をしたポニーテールのアラサーの女性が現れた。カフェコートを着ていることから、この人がマスターなのだろうか?


「旦那は昨日階段から落ちてね、今日はアタシが代行だ。くそ喜べ、マズイコーヒーを入れてやったからな」


「客に対する態度ではないな、ウェンディ」


「本名で呼ぶな!今の私は田中 優愛(うい)だと何度いえ……ん? 他にも客がいたのか」


 こちらを振り向いた優愛さんが、先と違って優しそうな声で「先ほどは申し訳ございませんでした」と頭を下げて謝った。そして、私たちを改めてじっくりと見た優愛さんが、里奈の顔を見て、驚いたような顔をする。


「コーネリア様!? コーネリア様が何故、ここに……」


「私はコーネリア姉さまではなくリィナです」


「おお、リィナ様でしたか。私が最後に見たときはまだ幼かったので間違えてしまいました」


「その口ぶりだと優愛さんも異世界出身?」


「ええ、そうです。コーネリア様が今のリィナ様くらいの年に、騎士団を引退した私にアーク様に異世界の調査を頼まれ、そのまま定住することになりました」


「アーク様が!? でもなぜ貴女に?」


 里奈がそういうと、優愛さんがタイトスカートをまくり上げ、生足を見せる。そこには、生々しい大きな傷跡が残っていた。


「私の隊に居た術士でも癒えないほどの傷を負ってな。だが、引退せざるを得なかったとはいえ、騎士として諦めがつかなかったアタシはアーク様のもとに行き、治療をしてくれないかと頼みに行ったんだ」


『また戦闘に出て、また怪我されてまた来られても困る。そうだな、僕の依頼を受ければ1回だけは君の望みを叶えようじゃないか』


「そのとき、アーク様が出したのが異世界の調査。魔法が使えた私は身分を誤魔化し、この国の地脈や文献を調査し、まとめ上げた。そのときだな、ここのマスターと出会い、恋に落ちたのは……」


 その当時のことを思い出しているのか優愛さんは頬を赤く染めている。後でも良いからその間にあったことを詳しく聞きたいところだ。


「おっと、話はそれたが、それらの調査をした後、アーク様に調査内容を伝え、アタシは異世界に残る決断をして、アーク様にはアタシがいなくなった後の処理を任せたというわけだ」


「そのようなことが……では、真央さんは当時の騎士団の誰かというわけですか?」


「ククク……アハハハハハ!!私が騎士団に入っていただと!? これは面白いジョークではないか、ウェンディ?」


「姫様!さすがに彼女を騎士団所属と間違えるのはどうかと思います」


「では、真央さんは誰ですか?」


「フフフ……聞いて驚け!倉井真央とは仮の姿。その正体は魔王カインの娘にして、異世界を征服しようと企むレイナであるぞ!」


「確かに魔王には娘がいると聞いたことがありますが、アリシアよりも小さいくらいのはず。真央さんとは年齢が違います」


「わが父は異世界に通じるゲートを独自に改良し、過去に飛ばせるようにしたのだ。そこで、5年以上前の日本に来た私は手始めにこの日本を征服しようとしたのだ」


「でも、倉井さん、結構真面目だよね」


「あっ、それ分かります。実習のときも色々と丁寧に教えてもらいましたから」


「幼い私が昼間からぶらついていると警察がうるさい。そう思った私は学生として暮らすことになったのだ。だが、問題児だと目立つので、そこそこ真面目に生活した」


 魔王の娘なのに根がまじめすぎる。そう思った私は里奈を横目で見る。できれば、このこと性格を入れ替えてほしいと思ってしまった。そうすれば、女王というのも納得するのではないかと思う。


「そして、そこの女騎士とも出会い、こうして父の野望の邪魔にならないよう見張っていた」


「いや、アンタ……旦那のコーヒーを美味しいと言って飲む常連客でしょ。ひどいときはおかわりを5杯くらいしているし」


「何を言っている。美味しいものを作るものは魔族でも人間でも差別なく賞賛するぞ、私は」


 やっぱり、良い子なのではと思い始める。ああ~、誰かウチの問題児(りな)とトレードして欲しいな。異世界の人らが言うアーク様なら性格入れ替えたりできないかな。


「お姉さま、先から真央さんを羨む眼差しが……」


「だって、良い人っぽいし」


「誰がいい人だ!こっちはお前たちが侵略してくるから、財政が圧迫して娘の私もこうして仕事をしないといけなくなったからな」


「そもそも先に手を出したのは……やめておきましょう。異世界でこの話をするのは」


「……そうだな。話の本筋から外れる」


「ところで、仕事って?」


「ああ。本を書いている。ここで体験したことを誇張しつつ、向こうで販売した。人間どもになぜか大受けでな、どこかの王族が大量買いしたらしい。しかも最近は異世界語訳のおまけつき。そいつのおかげで財政状況は回復したから助かる」


「……私、その話どこかで聞いたことがある」


「……奇遇ですね。私も聞いたことがあります」


「魔王に与したマヌケの顔を見てみたいわ!ガハハハハハ!!」


 倉井さんはそのマヌケがすぐ自分の目の前に気付かず、高笑いしている。今、真実を話すと里奈にもダメージが来そうだから、明かすのはやめた。


「マスターが居なくても何かしらつまめるものくらいは作れるだろ。今回は私がおごってやる」


「よし、じゃあすごく高いもん作って魔王軍への財政に影響を及ぼしてやろう」


「おい待て。それは許さんぞ」


「魔王の娘なんだから、それくらいは平気だろう? それとも魔王の娘は約束を破るのか?」


「ぐっ……仕方ない。予算は一人千円(コーヒー代除く)までだ」


「学生だしな、それで手を打ってやるよ」


 優愛さんが厨房に入り、料理を作り始める。

 異世界の人間が全員料理下手でないようにと祈っていたら、出てきたのはごく普通のサンドイッチ。あまりにも普通のメニューだったので、きょとんとしていた。恐る恐る食べてみても、全面塩味みたいなこともなくツナマヨがちゃんと入っていた。


「この世界に来てから10年くらい来ているんだ。あっちで料理下手でもサンドイッチくらいは作れないとな。あと千円もらうから、普段よりも少し多めに作っておいた」


 私たちはサンドイッチと砂糖を入れてもちょっと苦いコーヒーを飲む。


「私たちの世界から異世界に移住している人がいたなんて驚きました」


「ええ、私も姫様がすくすく育っていて何より。私が知っている移住者は彼女だけですが、もしかすると他にも移住者がいるかもしれませんよ。アーク様が言うには『異世界の中でもこの場所は特異点だ。私たちの世界と通じやすすぎる』と言っておりましたので」


「通じやすい場所。イグニスや魔物たちもその影響かもしれません」


「いくら通じやすいといっても誰かが意図的に開けないと魔物や精霊がこちらに迷い込むことはありえん」


「里奈がひょいひょいと開けているけど、ゲートって簡単に開けられるものなの?」


「それはリィナ、いや里奈が魔法に関しては天才的な才能を持っているからだ。私が知る限り、生きている人間でゲートを開けれるのは賢者アークと里奈の2人くらい。鍛錬を積めば開けるかもしれん者を入れたとしても両の手で数えられる程度だ」


「消去法でアーク様が黒幕ってことは?」


「ない」


「ないな」


「ないです」


「3人とも一致!? そんなに人間的にできている人なの」


「アタシを結果として幸福な家庭を築かせた男だからね、悪いやつではないと信じたい」


「奴は日和るタイプだからな。よほどのメリットが無い限り、騒ぎを起こすようなことはしない」


「あの人がいないと勇者様に出会えませんでしたし、帰ることもできませんでしたよ。勇者召喚の儀はあの人が取り仕切っていたので」


「それは初耳だが、まあいい。迷い精霊や迷い魔物を、異次元の陰からの侵略者『シャドウ』と名付け、一連の事件をシャドウ事件と呼ぶことにする。私の部下もこの街に数名だが潜ませている。彼らにも協力してシャドウ事件の解決をしようじゃないか」


「魔王と我が国の姫君が手を取り合う日が来るとは……騎士として暮らしてきた身としてはなんといえばいいのかわからん」


「でも、最強のタッグだよね」


「はい、今まで戦ってきた分、いえ、真央さんとはたたかったことはありませんけど。それでも魔王軍の強さは身に染みつくほど知っています」


「まずは部下に探らせておく。異変が起これば、スマホで連絡を取り合う。里奈、お前の番号は?」


「持っていません!」


「魔王の娘、レイナが命じる。里奈、作れ!」


「お姉さま、これは作らないといけませんね」


「まあ、こればかりは仕方ないかな」


 私たちは会計を済ました後、スマホの契約をするため電気街に向かうのであった。このときの私は知らなかった里奈にスマホを与えたら、ネットにどっぷりと漬かってしまうことに……

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