第4話 ドキドキ料理実習
里奈が学校に来た当日に魔物と遭遇したものの、その日以外は魔物と遭遇することもなく平凡な日常を送っていた。私がテレビをつけてみると、ニュースでこの近くでATM強盗があったらしい。しかも本人は一切の証拠を残さず、まるで魔法を使ったような手口で現金を抜き取られたそうだ。
嫌な予感がビンビンとしている私はラノベを楽しんでいる里奈の方を見る。その手にはモールで買ったものとは別の本が握られており、疑念は確信に変わった。
「里奈、ATM強盗があったみたいだよ」
「ATM……お金が出る機械ですね」
「いつ強盗があったって言っていた?」
「確か昨日です……」
「ところでその本を買ったのいつ?」
「昨日ですね……」
「もう一つ聞いてもいいかな。その本を買うお金いつ手に入れた?」
「貴方のような勘のいい姉は――」
「嫌いになっても結構!今後、こういうことしないと誓って!駄目王女」
「誰が駄目王女ですか!」
「どこからどうみても駄目王女でしょ」
今の里奈の姿を見る。長い髪はゴムでまとめているが、ジャージ姿でラノベをもってゴロゴロしている姿をみて誰が異世界の王女と思うのだろうか。
「違いますぅ。どうせハンコを押すしかない業務を魔法でさっさと終わらした後の唯一の休息なんですぅ」
「それ悪用じゃないの!? そもそも普段何しているのよ。宿題は終わらしているみたいだけど」
「普段ですか? 朝は侍女に起こされて着替えをさせられた後、即脱いで制服に。暗殺紛いのことを受けているのは王家の人ならだれでも知っているので、留守にしても問題ありませんから。それでも色々と雑務はあるので昼休みに覗くことはありますけど」
「昼休みに見かけないなと思っていたら、そういうこと。改めて聞くと王女の暗殺ってとんでもないことよね」
「そのおかげで、愛華さんと出会えましたし、こうしてのんびりと本を読めるようになったので、私にとっては今も幸せです」
「今も?」
「ええ。勇者様と一緒にいたあの頃も辛い戦いはあったけど、旅は楽しかったなと思えるので」
里奈の言葉を聞いてハッと思い出した。里奈はゲームや漫画でいうところのエンディングを迎えた後の世界に住んでいることに。
それらの話では幸せに生きているはずの姫様が、こうして異世界で暮らさないと幸せに感じられない。しかも、自分の幸せを脅かしているのは身内。それはとても不幸なことだろう。
何も考えずに里奈を傷つけてしまったと思った私は、どう声をかけようかと戸惑う。
「何を考えているのかは大体わかりますけど、気にしないでください。それよりも明日の調理実習が楽しみです」
「ああ、あったわね。里奈は料理できるの? 王女様って召使いにやらせているイメージがあるけど」
「王女である前に勇者様と旅をしていますからね。料理はできます」
「へ~、意外。どんな料理を作ったの?」
「大猪の丸焼き(味付けは塩)、木の実のスープ(塩味)、魚の塩焼きです」
「……それ料理? 焼いただけ、煮込んだだけにしか聞こえないけど」
「加熱すれば料理です。勇者様も泣いて喜んでいましたよ」
日本人だと思われる勇者が毎食塩味の料理を出されるのはきつかっただろうなと思う。しかも、目の前にはニコニコとほほ笑んでいる美人さん。不味いとか飽きたとか言える状況じゃないなと見知らぬ勇者に同情した。
「異世界には色々な料理があると聞いたので、料理のレパートリーを増やそうと思っています」
「……ところで、ドキ学では?」
「塩と砂糖を間違えたり、ダークマター? というこの世のものとは思えない料理を作ったりして恋が発展します」
「本当はそっちをやりたいんでしょ。わざとやるのは駄目よ」
「さすがはお姉さま、私の心を読むとは……」
「誰でもわかるわよ」
そんなことを考えている里奈を見て、私は頭を抱えた。
調理実習当日、心配している私をよそに家庭科の授業が始まった。生徒は親の手伝いをしている人は手慣れた様子で食材を切っていくが、私を含め多くの生徒は恐る恐るといった様子だ。
くじ引きで決められた席では里奈は私と別のグループで、倉井さんと同じ班のようだけど、倉井さんの顔は暗い。どうしてだろうと思うが、けがをするわけにはいかないので、自分の手元の作業に集中した。
(なんで、私があいつと同じ班なのよ……)
真央は隣で皮ごと大根やニンジンを切ろうとしている里奈を止めながらそう思った。真央がピーラーを指さして、「皮を剥いて切りなさい」と指示する。
「皮に栄養があると聞きましたが?」
「そういうことが言えるのはちゃんとした料理ができる人だけよ。それに貴女が食べているもので、皮ごとの野菜を炒めた料理なかったでしょ」
「なるほど……勉強になります、真央さん」
里奈の満面な笑顔がまぶしいが、言うことだけは言っておこうと真央は話し続ける。
「良いけど、貴女は姫じゃないんだから、ちゃんとしなさい」
「なんで、私のこと……」
「あー分かる。里奈ってそういうプレイしてそう」
「どういうプレイですか!? 私、まだ来て間もないのになんで評価が低いんです」
「なんかこう……残念オーラが滲んでいるような」
(私、駄目王女でも残念さんでもないのに……)
皮をむいた里奈は、涙を流しながら玉ねぎを切っていた。それはきっと玉ねぎのせいだけではないだろう。食材を切り終えた里奈たちは食材を鍋に入れ始める。
「全部入れないんですか?」
「玉ねぎのほうが火の通りはいいから後。根菜の大根やニンジンを先に入れたほうがいいわ。あと塩はまだ先よ」
「でも、一緒に入れたほうがおいしそうです」
「素人は!アレンジするな!まずレシピをみなさい」
急に怒鳴られた里奈は、魔王のような剣幕をしている真央にすぐさま謝った。
「ある程度火が通ったら砂糖。次に塩。順番を守って入れること」
(砂糖と塩、逆にしちゃった。なんてできる状況ではありません!)
里奈はラブコメ展開から程遠い状況の置かれてしまった自分に嘆きながら、文句を言わずに調味料を入れていった。
そんなときだ。男子の班から、火の手が一気に上がり、炎の柱になったのは。それをみた先生が多少あわてながらも消火器を持って、燃え盛る炎に向けて放つ。それを嫌うかのように火が一瞬、人のような姿をし、小さな手で先生が持っていた消火器を薙ぎ払う。
(む? あれは……)
「里奈、あれってもしかして?」
「ええ。あれは火の精霊イグニス。お茶目ないたずら好きな精霊ですが、まさかガスコンロに現れるなんて」
「いつもので対処お願い」
「仕方ありませんね。コール、ウォーターブレス!」
里奈が近くに転がっている消火器を持って、その先から激流の水をイグニスに向けて放つ。わざわざ消火器を持っているのは、ショッピングモールのときと同じように後で記憶改ざんをしやすくするためだろう。
「GYAAAA!!」
だが、精霊と呼ばれているだけのことはある。イグニスと呼ばれた精霊も負けじと炎を強め、水を蒸発させていく。消費していく魔力に里奈が冷や汗をかき始める。それをみた真央があたりを見わたし、やれやれといった様子で里奈に近寄る。
「倉井さん、危ないよ!」
「ふん。人間ごときが私に指図するのは1万年早いわ。コール、セットアップ!」
真央の服が一瞬にしてスクール水着に変化する。それだけでもいろいろとおかしいが、頭には人間にない角が生え、背中には蝙蝠のような小さな翼が生えている。
「スク水悪魔?」
「倉井さん、そういった趣味が……」
周りから細々と倉井さんを心配する声が上がる。主に頭の。
「ええい、色々な誤解を生みだしているようだが、まずは私の力を受けてみろ!ダークウォーター!」
部屋にあったもう一つの消火器から黒い水が発射されて、二つの水流によってイグニスは徐々に小さくなって消滅する。
「リィナ、まずはこの者たちの記憶をどうにかするぞ」
「ええ。それは構いませんが、貴女は一体?」
「そのことは……そうだな、今度の土曜日に喫茶ニャンニャンで話すとしよう」
二人の記憶改ざんの魔法により、家庭科の実習で起きた出来事は『男子が引き起こしたボヤ騒ぎ』という結末になり、本来は悪くない男子生徒は先生らにこっぴどく怒られることになってしまうのであった。