第2話 エンカウント
ショッピングモールに着くと、里奈は様々なデザインの衣服、やかましいほど聞こえるゲームコーナーの音、フードコートから漂う腹の虫を鳴らせるような良い匂いに胸をときめかせていた。
里奈が見たこともないものに「お姉さま、あれはなんですか?」と何度も聞かれて、私は少し疲れていた。
「里奈、安いものなら買ってあげるよ」
「良いのですか!? では異世界の本を希望します!」
「確か『ドキ学』だったけ。ラノベなら、このあたりのコーナーに……あった」
「こ、これは、『ドキ学』みたいな本がこんなにも……さすがは異世界、恐るべしです」
「……あとで、そのラノベもどきの『ドキ学』見せて。中身までラノベとは思っていないけど」
「良いですよ。家に帰ったらお持ちしますね」
「……あっ、でも異世界の言葉で書かれていると読めないかも」
「大丈夫ですよ。王麻先生、異世界語訳も出版していますから」
「異世界って日本固定? アメリカとか中国とかロシアとか出てこないの?」
「アーク様の話だと、異世界の魔力の流れによって出現場所が決まっていて、偶々日本という国に多く集まるからと聞きました。あと、日本以外の国の人が来たという話は少なくとも私は聞いたことがありません。もしかするとアーク様なら、1人か2人は知っていてもおかしくありません」
「でも、アークさん、どうやって調べたんだろう」
「私みたいに直接、こちらに来られたのかもしれませんね」
「あはは、すれ違っていても魔法で認識阻害だったけ? そんなのがかけられていたら分からないよ」
「そうですね」と笑いながら、私からお金を受け取った里奈は嬉しそうにレジまで行って、ラノベ代を支払った。
「ちょうどお腹がすいてきた頃合いですし、どこかで食べましょう」
「……ところで、里奈はお金を持っているの?」
「ちゃんと持っていますよ。勇者様がこの世界では使えないと言われた硬貨を見せてもらったことがあったので、それを魔法で再現して増やし――」
「ストップ!今日は私が払う。いい、里奈はそのお金を使ったら駄目だからね。貨幣経済がめちゃくちゃになるから」
私が指摘すると里奈が少し考えた後、ポンと手をたたく。
「なるほど、この世界にない金属を使うとその金属の価値が下がってしまう。そういうことですね」
「……まあ、そんなところだと思って」
「はい」と元気よく答える里奈を見て、私が軽い頭痛を覚えた。異世界の常識は私たちの非常識。私はそう言い聞かせて、丸鶴製麺のかき揚げとかけうどんを頼んだ。
「この箸というもの、勇者様みたいに使うのが大変です……」
「ちょっとフォーク借りてくるね」
「……はい、お願いします」
里奈はパスタでも食べるかのようにうどんをくるくると巻いて食べていた。まあ、箸の練習は家ですればいいと思いながら、私もかき揚げを乗せたうどんを食べていた。つゆをたっぷり吸ったかき揚げは美味しいよね。
さすがに里奈用の服を買うお金まではないので、見て回るだけだったけど、里奈はそれだけでも十分だった見たい。本人曰く、欲しくなったら作らせますとのことだ。それって権力の乱用と苦笑しながら、帰路に着こうとしたとき、ショッピングモールの外が騒がしい。
「何か催し物でもあったのかな」
「この感じ……行ってみましょう」
急に真剣な表情になった里奈が私の手を引っ張りながら、外へ出るとそこには角が生えた小さな悪魔が空を飛んでいた。その周りにはスマホで撮影している人でごった煮になっている。
「映画の撮影……?」
「いえ、あれは下級の魔物、グレムリンです」
「グレムリンってRPGに出てくるような?」
「アールピージー、勇者様も似たようなことを言っていましたので、おそらくその認識で間違いないかと。あの魔物は戦闘力よりも仲間を呼んでくる性質の方が厄介なのですが、あの様子から見るに付近にはあの1体しかいないようです」
「じゃあ、警察が来るまで……」
「ですが、素手で取り押さえれるほど甘くはありませんよ」
「なら、倒せる方法はないの? 里奈」
「仕方ありませんね。異世界では使う気が無かった聖女と呼ばれたこの力、使わせてもらいましょう。コール、セットアップ!」
里奈が光に包まれると、着ていたワンピースがはじけ飛び、白い兜と甲冑を着た聖騎士風になった姿が現れた。
「必殺!バルキリーブレェェェェド!!」
里奈が腰の剣を抜き取ると、空高くジャンプし、すれ違いざまにグレムリンを一刀両断する。その様子を見ていた人たちはここぞとばかりにパシャパシャとカメラのフラッシュがたかれ、スイッター上にあげられていく。そのほとんどが「謎の映画の撮影」「CG? 本物? モールの悪魔」の話題で持ち越しだ。
(まずいって、こんなに上げられたら色々と厄介なことになるじゃない)
そのような困り果てている姉の様子を見た里奈はショッピングモール全体を覆うほどの巨大な魔法陣を描き、魔法を発動させる。すると、野次馬たちが何事もなかったかのように帰っていく。慌てて、自分のスイッターを見ると、「映画の撮影を見に来たよ」と書いてはいたが、先ほど見た時よりかはパズっていなかった。
「はじめから無かったことにするのは無理でも、皆さんには事前に用意されたものだと認識させておきました」
「つまり、あの戦闘はヒーローショーみたいなものってわけね」
「ええ、そういうことです」
ワンピース姿に戻った里奈がほほ笑む。ショッピングモールの帰り道、里奈は私に問い尋ねてた。
「ところで、グレムリンはよく出るんですか?」
「そんなわけないでしょ」
「ですよね、勇者様はあったことなさそうでしたから。すると、誰かがゲートを開いたときに迷い込んだのでしょうか? 無責任ですね」
私が怪しむような白い目で里奈を見たせいか、彼女はブンブンと首を横に振る。
「わ、私じゃないですよ。ゲートを作る際は誰もいないか確認しますから」
「里奈じゃないとなると、誰だろう?」
「とにかく、私はこの世界にいる理由が増えました。異世界に侵攻してきた魔物、その調査のため、私はこの世界に居させてもらいます」
(はぁ……私の普通の生活は何処に行ったんだろう)
やる気に満ち溢れた里奈とは対照に私の心は晴れなかった。