最終話 決戦の日(後編)
魔王を討伐し、元の世界へと帰還する前日、勇者と呼ばれている少年は賢者アークに城下町のとあるバーに呼び出された。何百年も生きている彼だが、見た目は30代と言っても差し支えないほど若く、エルフと人間の種族の違いをまじまじと思い知らされる。
「パーティーの最中、悪いね」
「いえ、あのままだとお酒を飲まされるところだったので、助かりました」
「そういえば、君たちの世界ではまだシュワシュワを飲んだら駄目だったね」
「ええ」
「僕としてはめでたい席くらい羽目を外して1杯くらい飲んでも良いと思うんだけど」
「さすがにそれは俺の正義に反するので」
「そう思うなら無理強いはしない。これは僕のおごりだ。ノンアルコールのカクテルだから、問題ないだろう」
「それなら、いただきます」
オレンジ色のカクテルをクイッと飲む。果物をベースをしているのか甘みがあるのにさっぱりとした味わいが、自分好みだと思った。
「明日、君を返すことになるが、一つ確認しておくことがある」
「なんでしょうか?」
「君を召喚した際、僕は『君を元の世界に戻せるのは僕だけだ』と言った」
「はい、それは覚えています」
「だけど、あれは半分嘘だ。異世界へと返すだけなら術式さえ知っていれば、才能のある人間ならば誰でもできる。それこそ、リィナでもできる」
これは長丁場になりそうだと思った矢先、バーテンダーが同じカクテルを少年の前に置く。気前のいいサービスに少年はカクテルを一口飲む。
「だけど、あの召喚術式には一つ仕掛けがあってね。その仕掛けを知っているのは僕だけだ」
「仕掛けとは?」
「もし、リィナが従来の方法で君を返した場合、あの世界の年号は『令和』になる。その意味が分かるかい?」
「令和? 平成ではなく?」
少年は聞き覚えの無い年号に首をかしげながら、アークに質問を投げかける。
「そう令和。僕は10年ほど前、とある女性を異世界へと送った。そのときの異世界転移を楔として、勇者召喚の儀の術式をくみ上げていたんだ。そして、その儀では楔として打った世界から勇者を召喚するようにした」
「待ってください。つまり、俺は10年前から来た人間というわけですか」
「その通り。物分かりが早くて助かる」
「なんでそんな手間を?」
「勇者召喚の儀は確かに強力だ。この国、いや人類の切り札と言ってもいい。だが、致命的な弱点として、勇者の過去に暗殺者を送られたら、ご破算になってしまうという欠点がある。そして、二度目の召喚を行うには人手が足りない」
「いや、さすがにないでしょう」
「そうとは言い切れない。現に楔が必要とはいえ、過去から呼び出す術式が出来上がった以上、過去に送り出す術式があってもおかしくない。ましてや、相手は人間よりも数歩先に進んだ技術を持つ魔王だ。慎重になりすぎることはあっても、無駄になることはない」
「そういうものなんですかねぇ」
少年はいくらなんでもやりすぎではと思いながらも2杯目のカクテルを飲み干す。見た目は同じように見えたが、先よりも甘みが効いており、自分好みだと思った。
「さて、本題に移らせてもらおうか。君には2つの選択肢がある。一つは世界を救った英雄としてこの世界で暮らす道。そして、もう一つは元の世界に帰って何も変わらない日常生活を送る道だ」
「俺が選ぶ道は一つです」
「そういうと思ったよ。でも、彼女とは二度と会えない。だってそうだろう。居なくなった後、君が恋しくなって向こうに行ったら、君は10年以上年をとっているんだぜ。君が彼女を覚えているかどうかはともかく、彼女が君を探し出せることはないだろう」
「……だとしても、俺は自分の世界に戻ります。みんながこの世界を帰るべき故郷とみているように俺はあの世界が俺の故郷なんです」
「決意は固いようだね。ならば、彼女の想いに答える義務がある。あそこの中庭は最後のデートスポットとしては丁度良いんじゃないかな」
「彼女の想い……分かりました。アークさん、失礼します」
少年が飛びだしていくのを見届けながら、アークはまだ一口も付けてなったカクテルを飲む。
「なあ、どちらの彼女に告白するか賭けてみないか、マスター。僕は弟子にベッドだ」
「ふっ、賭けになりませんな」
「やるなら若い方がいいよね」
「人によっては熟したほうがいい。この酒のようにな」
「では、頂くとしよう。お勧めの飲み方は?」
「せっかくだ、こいつはロックでいきな」
グラスに注がれた黄金色の液体をじっくりと眺めながら、アークはそのお酒を味わうのであった。
そして、10年の時を経て少年は青年となり、異世界で手に入れたスキルを使うことも、それで驕るようなこともせず、己の名の通り正義を貫き、正しく成長した。そして、彼は生徒を守るため、その禁を破った。
「シャドーマンだったか。なるほど、文字通り魔王の『影』だな、こいつは。名付けたのは誰だ?」
「ええと、真央です。先生が倒した魔王の娘の」
「ならば、心のどこかでは感づいていたかもしれんな。空野、分身体は俺が引き受ける。あとは頼んだぞ」
「先生!」
先生が観客席がトラック内に飛びこみ、里奈たちに加戦する。剣を一振りするだけで激しい稲妻がシャドーマンの分身に襲いかかり、一網打尽にしていく。それでも、次から次へと湧いてくる分身体だったが、圧倒的な火力の前では意味をなさない。
前線を先生に任せることにしたのか、里奈たちが私のところに詰め寄ってくる。
「どうして先生が勇者様の鎧を着ているんですか!」
「あれは報告書にあった勇者の魔法攻撃だろ!いったい何があったんだ、説明しろ」
「説明は後で。今はシャドーマンの本体を探そう!」
「本体といっても、全校生徒の中からですか!」
「しかも教師や売店の人間、競技場の運営スタッフを含めれば、かなりの人数になる。そこから探すのは大変だぞ」
「大丈夫だよ。私たちが探すのは39人だから」
「それって……」
「行こう。きっとシャドーマンは……私たちのクラスの中に居る」
先生の性格から、シャドーマンの正体を探しだして、被害を止めるために戦うはず。現に今でも戦っている。でも、それをしなかったということはシャドーマンが誰か分からなかったかあるいはシャドーマンの正体が守るべき人間だったかのどちらかでしかない。
そして、先生はさっきこう言った。
『俺の生徒とリィナを頼む』
って。だとしたら、先生の守るべき人間の中には私たち生徒が含まれていたんだと思う。そして、分身体の動きをみるからに、近くでシャドーマンは私たちの様子を見ているはず。だとすれば、今、外で避難していない私たちのクラスの人間がシャドーマンだ。
1人ぽつんと物陰に隠れながら、先生と分身との戦いを見ている生徒がいた。
「貴方がシャドーマンね」
「何を言っているんですか。私はこの凄い戦いをみようとしていただけで……」
「もうとぼけなくてもいいよ、平野さん。疑いさえすれば、里奈と真央もカモフラージュを見抜けるから。それに長袖の下にある私の噛み痕でもみせてくれる?」
半分ハッタリで言ったけど、後ろの二人の確信めいた表情を見る限り、見抜けていたらしい。
「ククク……そうだ、我が魔王だ。貴様ら勇者に敗れた後、我が残留思念は異世界のゲートを通じこのようなか弱い人間を寄り代にしてしまった。だが、時間が経つにつれてこの身体ともだいぶなじんだわい。我が娘よ、一緒に手を組み世界を征服しようではないか」
「断る。いくら手ぬるいと言われようとも、私は私のやり方で筋を通して世界を手に入れる。そういえば、力におぼれて国を滅ぼしかけた愚か者がおったな。さあ、あれはどこのうつけものだったかな」
「ぐぬぬ……貴様を娘とは認めぬ。ここで勇者ともども滅ぼしてくれるわ」
「ほざけ。何年も放置プレーしていまさら父親面されても困るわ。この世界だとネグレクトという、覚えておけ!」
「そうです。私も居ます。勇者様も居ます。貴方に勝ち目はありません」
「それはどうかな。私に攻撃するということはこの寄り代にダメージを負わせるということだ。我を倒すほどの攻撃、はたしてこの小娘が耐えられるかな?」
「卑怯です!」
「姑息な手を……」
攻撃の手がピタリと止んだ二人をよそに私は歩いていき、魔王の前に立つ。その様子に二人だけでなく魔王でさえ、面を食らったような顔をする。
「そういえば、貴様には幾分、煮え湯を飲まされたことあったな。ついでだ、ここで死んで――」
「これは里奈が揉まれた分!」
魔王の顔面を体重を乗せて思いっきり殴る。グーで。石を握ることも忘れずに。
「おい、待て。この娘は友達ではないのか!」
「いえ、セクハラ犯だから。もう一発、これは真央の分!」
「いや、これ、何か勘違いしているかも知れんが寄り代が勝手にや――」
「いいわけは無し!これは私の分!そして、これは今まで被害を受けた女子の分だぁぁぁぁ!」
平野さんの歯が欠けてしまったけど、あとで里奈に回復系の魔法でもかけて貰えばいい。どうせ後処理で殴られた記憶はなくなるし。この際、今までのうっ憤を晴らさせてもらいましょう。
ガンガンと殴られ続けられている魔王の姿から目を背きたい里奈は真央に話しかける。
「なんで魔王はあんなに弱体化しているんです?」
「まあ、肉体強化分を分身体に使えばああなるかもしれん。それにああやってマウントをとり、呪文を唱える暇を与えず殴り続ければ、攻撃する暇もないだろう」
「グッ……かくなる上は分身を消すしかあるまい」
分身が消えるや否や、私は吹き飛ばされるものの駆けつけてきた先生にキャッチされる。
「ようやくご対面だな、シャドーマン」
「勇者……貴様がひぃなければぁぁぁ!!」
「今、楽にしてやる……ブレイブブレェェェド!!」
先生がすれ違いざまに魔王の胸部を横一文字に斬りつける。噴き出る血の量は平野さんが耐えてくれるかが心配になるほどだ。
「これで終わりです。セイクリッド・ピュアライト!!」
平野さんの口から、黒いモヤのようなが出てきて聖なる光にジュージューと音を立てながら消滅していく。そして、そのモヤが消えたことを確認した後、平野さんの身体に回復魔法をかけていく。
血が抜けて青ざめていた顔や欠けた歯が次第に戻っていき、光が収まるころには元と変わらない姿に戻っていた。
「ふぅ……もう魔力切れです。真央さん、あとは任せました」
「指図するなと言いたいところだが、やむを得んな。後処理はしてやる」
「魔王様、ご無事でしたか!」
「うむ。黒騎士、外のシャドウ退治ご苦労であった。で、被害は?」
「はっ。避難時及び戦闘時に巻き込まれたことによるけが人はいますが、重体者及び死者は出ておりません」
「ならば、そやつらへの回復魔法はいらぬであろう。では認識系の魔法でごまかすとしよう」
「では私も微力ながら手伝いさせて頂きましょう」
後処理のため、黒騎士と真央が競技場から出ていく。そして、里奈と先生が互いに向き合う。かつては恋人、今は教師と生徒となった二人がどう話すのか私は遠巻きながら見ることにした。
「う~む、色々と言いたいことがあったんだが、こう顔を合わせると何を言えばいいのか分からないな」
「私もですよ、勇者様。でも、まずは……えい」
里奈が先生の胸に飛び込み、抱きかかえられる。里奈が大人びていることもあり、そこまで年が離れているようには見えず、お似合いのカップルに見える。今まで会えなかった分、二人は女神も嫉妬しそうな満面な笑みを浮かべていた。
こうして、私の世界における摩訶不思議な一連の騒動は終わり、平穏な日々が送られることとなった。




