第21話 決戦の日(前編)
秋晴れの下、いよいよ運動会当日になり、私たちのクラスも含めて、応援の熱狂が競技場に響く。
「お姉さま、運動会って学校でやらないんですか?」
「私達の学校のグラウンドは狭いから、近くの競技場を借りるんだよ」
「周りは住宅地ですから、あれ以上広げることもできなさそうですね」
「このあたりも再開発が進んで、土地代が馬鹿にならないからこういった形になるんだよね」
「私たちの世界と違って土地が足りないんですね。うう……ラノベみたいに土まみれになりながらゴールするシーンがみれるかと思いましたのに」
「まあ、現実はそんなに甘くないよ。組み立て体操どころか行進の練習もしないし」
「パン食い競争も?」
「無いよ。落としたら食べられないし」
「借り物競走は?」
「借りパク防止で禁止」
「棒倒し」
「怪我防止で禁止。そもそもプログラム知っているでしょう」
「……当日サプライズ枠があるかなと。なんで消えているんですか!」
「親が危険だのなんだのというからなんでもかんでも消えて、トラック競技と玉入れと大縄跳びと綱引きしかなくなるんだよ」
「私の知っている異世界がどんどん本の中だけに……およよ」
めそめそと泣き始めた里奈をしり目に私は400mリレーに参加している山本さんらを応援している。1位の子とどんどん距離を詰めていくも、逆転に至らず真央にバトンが引き継がれる。最終ランナーになったところで、互いにほぼ横並びになるが、あと一歩及ばず2位になった。
「惜しい!」
「でも、クラスの順位はこれで逆転しています」
私たちのクラスは総合3位だったけど、2位のポイントで2位に浮上した。これなら、逆転優勝あるかというところで昼食の時間だ。このまま勢いに乗りたいところだったけど仕方がない。
昼食後は応援団や吹奏楽部のパフォーマンスの他、高ポイントの大縄跳びや綱引き、男女混合リレーが待っている。まだまだ見どころは目白押しだ。
「今日の昼食はおにぎりです」
「やっぱり、日本の昼ごはんと言えばこれだよね」
「熱いお茶もありますよ」
「じゃあ、貰おうかな」
塩が効いたお米に中にある梅干しの酸っぱさが良く合う。そして、持ってきた水筒から時間がたってちょっとぬるくなったお茶を飲み、口の中をさっぱりさせる。
「私の世界にもお米がありますが、やっぱりこのもちもち感は負けてしまいます」
「そっちだとタイ米みたいな感じだったけ。あのとき食べたお米パンは美味しかったけど」
「ですから、今度はピラフみたいにしてみようかと」
「『みたい』は気になるけど、炒めしなら向こうでも作れそう。チャーシューの代わりに干し肉入れてみるとか」
「いいですね。今度、コルボーに作らせましょう」
「私の分も忘れないでね。コルボーさんの料理、美味しかったもの」
「分かりました。ではそう伝えておきますね」
そうこう話しているうちに午後の競技が始まる。応援団のエールを貰った後、私は大縄跳びと混合リレーへ参加していくため、里奈と別れる。ちなみに里奈の200m走は下から2番目のブービー賞だった。
「イーチ。ニー。サーン。ヨーン……」
順調に縄を飛んでいき、20回目を越えたあたりで、誰かが足を引っ掛けてリタイア。1位とは逆転出来ずとも差を詰めることはできた。そして、最終種目である男女混合リレーで1位のクラスと1位になるか2位差をつけてゴールをすることができれば、逆転優勝だ。
「頑張ってください!」
「里奈、真央、応援よろしくね」
「ふん。勝ったところで何か貰えるわけでもあるまい」
「清々しい気分にはなれますよ」
「そんなもの私には必要――」
「隙あり!」「にゃぬ!?」
平野さんの過剰なスキンシップによって魔王とは思えないような可愛らしい悲鳴があがる。顔を真っ赤にしながら、真央が平野さんを怒鳴りつける。
「貴様ぁぁぁぁぁ!」
「あはははは。でも、緊張は解けたでしょ」
「まあね。じゃあ、行ってくる」
第1走者が一斉に走り、私たちのクラスはトップのまま第2走者へとバトンが渡る。だが、第3走者のところでバトンを落としてしまい、3位で第4走者の私のところに。
(このまま彼女を戦犯になんかさせない!)
私は懸命に走り、1人を抜きトップと差を縮めながら最終ランナーにバトンを渡す。最後の陸上部が驚異的な追い上げを見せるも、結果は2位。総合1位のクラスが3位だったため、逆転優勝ならず。
バトンを落とした子が泣きながらみんなに謝っていたけど、私たちはそんな彼女を責めるようなことはせず、互いの健闘を褒めながら観客席へと戻った。
そして、閉会式をしているとき、爆発音が鳴り響く。話をしていた校長先生の頭上を見上げると、そこには仁王立ちしているシャドーマンの姿が。閉会式まで待ってくれたのはなんか律儀な気がする。
それを見るや否や、里奈と真央が変身し、シャドーマンを真っ二つにする。
「この手ごたえ……」
「ちっ、分身か。本物はどこだ!」
4~5体に増え続けるシャドーマンが里奈たちの攻撃を見切りながら、攻撃しているようすを見て、術者が近くにいると思った私はパニックになりながらも、競技場から出ていく生徒たちを押しのけ、あの人のもとへ行く。
あの人がシャドーマンとは思いたくないけど、唯一の手掛かりはあの人がシャドーマンだと示している。違っていたら違っていたらで謝ろう。そう思いながら、競技場の奥でぼんやりと里奈たちを見つめているあの人に話しかける。
「先生!」
「空野。こんなところにいたら危ないじゃないか。君も早く逃げるんだ!」
「先生が……シャドーマン。あの空中で戦っている人の本体じゃないんですか!」
「俺が……シャドーマン? 何を言っているんだ? 正義をモットーとする俺が悪いことをするわけないだろう」
「だったら、この前の腕の傷……あれは私が噛んだ痕じゃないですか?」
「腕の傷……だったらこれを見たら信じてくれるか」
本田先生が長袖をまくりあげると、そこには人の歯型ではなくまるでネズミにでも噛まれたような痕が残っていた。
「あのときの騒ぎで俺は巨大ネズミを退治していたんだが、そのときに噛まれてしまってな。これでも信じてくれないか」
「すみませんでした!」
とんでもない勘違いをしていた私は平謝りする。シャドーマンにつながる唯一の手掛かりを失ってしまった私は途方に暮れる。競技場内では、里奈たちが応戦しているが、観客席に吹き飛ばされるなど数で劣る二人が劣勢に見える。
「シャドーマン、一体どこに……」
「…………空野、俺の生徒と……リィナを頼む」
「えっ? それってどういう……」
「使うまいと思っていた力。ここで使わせ貰う。コール、セットアップ!」
先生の足もとに金色に輝く魔法陣が浮かび上がる。太陽のように光り輝くソレが止むと、ゲームに出てくるような勇者のコスプレをした先生の姿があった。
「先生、その姿は……」
「リィナから聞いたと思うが、俺が勇者だ」
「でも、里奈は勇者は同い年って……」
「これには色々と深いわけがある。少し長くなるが聞いてくれ」
先生が過去に何があったか、そして、同い年だったはずの勇者がここまで年齢の差が生じたかについて語りだした。




