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第20話 運動の秋(後編)

 日光が遮られ、薄暗い森の中、アスファルトがめくれて足場の悪い地面を注意しながら歩いている。木々の隙間から建物が見え隠れしているため、本当の樹海と違い迷わなくても済むのが唯一救いだ。


「さてと、あの赤い宝石がどこにあるかな」


 さすがに道端に落ちているなんてことはないだろう。となれば、どこかのビルや店の中に隠れていると考えたほうがいいはず。でも、ここは大きな道路沿いということもあり、店屋が多い。一つ一つ、調べたら日が暮れてしまう。


 どうやって探そうかと考えながら歩いていると、人が自分の進行方向とは逆に走ってくる。まるで何かから逃げてきたかのように。


(ここで逃げるのは簡単だけど、逃げたら前へ進めない。とりあえず、身を隠そう)


 大木の後ろに隠れて、息をのみ様子をうかがう。すると、2メートルくらいの巨大なネズミ数体が通り過ぎていく。巨大化したせいか、死角が多くなって小さな私を見つけられなくなったみたいだ。だが、あんなのに見つけられたら、ひとたまりもないに違いない。


(どうしよう……あんなの倒す方法ないよ。早いことダンジョンコアを破壊しないといけないのに……)


 だけど、肝心のコアを見つける方法がネズミに見つからないように徘徊しながら、全ての店を回るというハードモードを上回るインフェルノモードだ。これは里奈と合流したほうがいいかと思い、スマホを見る。それと同時に1つの策が電撃のように閃く。


「そうだ、SMS。もし、ダンジョンコアがあるなら誰かがツイートしているかも。かぎ付きだったら意味ないけど。探してみる価値はあるよね」


 私はSMSを立ち上げ、赤い石、赤い宝石、紅い石……等色々と入力してみる。その検索結果のほとんどが宝石のルビーだったり、ゲームのアイテムだったりする。


「これじゃない。これでもない。あれでもない…………これは!」


『なんか家の中に高そうな宝石があるんだけど』


 写真もついていて、それは以前壊したダンジョンコアに酷似している。その人のプロフィールをみると、この近くで古本屋を運営しているようだ。古本屋の住所を調べて、ここからの道筋を調べていく。電話をしても里奈に繋がらなかったこともあり、メールを送って集合してから進もうした。



 だが、何分待っても里奈が戻ってくるところか返事が来る様子はない。このままじっと待っていても、時間が過ぎればすぎるほど被害大きくなるし、魔物に襲われるリスクが増していくだけだ。それに里奈が魔物に苦戦しているならば、集合を待つよりも目的地に向かった方がいいのではと焦りが生じ始める。


(今のところ、巨大ネズミはいないみたいだけだし。いけるところまで行こう)


 音をたてないようにゆっくりと進む。物音がしたら、近くの木に隠れてやり過ごす。剣も魔法も使えない一般人がファンタジー世界に迷い込んだとしても、それくらいのことはできる。

 うめき声と動く人影が見えて、すぐさま隠れて顔を出すと、怪我をしてハンカチで片腕を抑えている男性が通り過ぎていく。物音で魔物か普通の人かそれすらもすぐさま判断できないほどに緊張している。乾いている喉を潤すため、足元に転がっているジュースを拾い上げ、ごくごくと飲む。


(たぶん、あそこの壊れた自販機から出てきたものだと思うけど、非常事態だから無銭飲食は許してね)


 甘いジュースを飲んで、頭が回り始めた私は歩き続ける。

 そして、たどり着いたのはシャッターが成長した木によって壊された古本屋だ。木をよじ登って、中へと滑りこむと、毅然と並べられているはずの本が散乱し、ポスターが破れ落ち、見るも無残な姿になっていた。


「だ、誰だ!?」


「私、この近所に住んでいる空野愛華と言います。このツイートをみてきました」


「これは……まさか火事場泥棒でもするつもりか!あれは店の修理代として売るつもりなんだ。奪うなら警察呼ぶぞ」


「聞いてください。あれを破壊しないと、ここから出られないんです」


「嘘付け!そういってあれを奪うつもりだろ」


「きゃあ!」


 私の腕をつかみ、本屋の店主が地面にたたきつける。お尻からついたので怪我はなかったけど、店主の目がぎらぎらと尋常じゃない光を放っている。じりじりと近づいてくる店主に店の角まで追いつめられた私は、思わず目を瞑る。その瞬間、大きな爆発音と聞きなれた声が聞こえる。


「何やっているんですか、店主さん?」


 私と店主が声をした方を振り向くと、大木を破壊した里奈の姿が合った。第三者の派手な登場のせいか店主は驚いているようだ。


「き、君もあれを奪うつもりか!」


「そうしないと籠城したとしてもいずれは食料が尽きますし、逃げられないので破壊しますよ」


「たとえ常連さんの願いだとしても、あれが無いとここの建て直しが……」


「それくらいは簡単ですよ。コール、クリーンアップ!」


 里奈が剣を頭上高く掲げると、光が広がり、破れたポスターや壊れた壁が元の姿に戻り、散乱した本が商品棚へと戻っていく。ものの数分であたかも被害が無かったかのように戻った奇麗な店内に、私と店主は開いた口がふさがらない。


「これで建て直し費用は必要ないですよね。ですからその宝石、壊させてください」


「う、う~む、あの宝石を手放すのは惜しいが、君に立て直してもらった恩もある。仕方ない、君に宝石を渡すよ」


 里奈がダンジョンコアを受け取ると、空中に放り投げて、剣でスパーンと真っ二つにした。


「これで全員、逃げられるはずです。私は後始末しないといけませんが」


「あっ、私もついていく。そっちの方が安全だし」


「ま、待ってくれ。君は一体……」


「私は通りすがりの仮面ナイトです。覚えておけ」


「「仮面要素どこ!?」」


 店主と一緒にツッコミを入れていた。そういえば、最近、特撮にもはまっていたわ。TATSUYAのDVD借りていたくらいだし。

 里奈が木を伐採しても、ダンジョンコアを失ったことで驚異的な成長をすることがなくなっていた。とはいえ、街路樹の数だけ伐採しないといけないので、この後始末にはまだ時間がかかるだろう。


「里奈、あの店の常連だったんだね」


「はい。あそこの店だと安く本を買えたので重宝しているんです。バイト代を握りしめて、あそこでラノベや漫画を買い続ける日々はやめられません」


「……買ってきた本、どこに置いているの?」


「それは王宮ですよ。王宮って無駄に広いから、置き場所には困りません」


「いつか漫画図書館みたいになりそうね」


「行ってみたいです、漫画図書館」


 もうダンジョンコアを破壊して浮かれている時、因縁のある男性の声が頭上から聞こえる。


「こんなに早く解決するとは思わなかったぞ、リィナ」


「でましたね、シャドーマン!」


「事件が解決した以上、邪魔者がわざわざくることはあるまい。ならばここで決着(ケリ)をつけるぞ」


「望むところです」


 私たちとシャドーマンの間に一陣の風が吹く。それを合図に両者が敵に向かって突進していく。だが、シャドーマンは里奈の頭上を通り過ぎ、私の腕を掴み空高く舞い上がる。


「放して!」


「放したら死ぬぞ」


「卑怯です」


「卑怯で結構。勝てばよかろうなのだ。逃げたり、盾を張るようなことはするなよ」


 片手でガッチリ抱えられた私は抜け出すことができない。眼下では里奈がもう片方の手から放たれた黒い光弾を歯を食いしばりながら耐えている。

 私がここにいることで反撃すらできない状況だ。シャドーマンから抜け出せないと何も進展しないこの状況から抜け出すにはこれしかない。


「一般人舐めるな!」


「ぐっ……」


 私は思いっきり、シャドーマンの腕を血が出るくらいまで噛んでやった。シャドーマンといえどもその正体は人間のはず。その痛みに力が緩み、私を落としてしまう。

 このまま落ちていったら間違いなく助からないだろう。だけど、私は知っている。妹が姉がやりそうなことを考えていないはずが無いって。


「もう……危ないです」


「姉だもの。妹の手を引っ張らないようにこれくらいはしないとね」


「ぐっ……おのれ……たかが一般人風情が」


 里奈に抱きかかえられた私は苦々しい表情のシャドーマンに挑発の意味も込めて言い放つ。


「一般人でも勇気を出せば戦える!それに貴方が魔王なら勇気のある者に負けるのは道理でしょう」


「貴様、自分が勇者とでも言うのか」


「ええ、貴方に勝てるならいくらでも言ってやるわ!私が勇者よ!」


「ふん、ならば次に合った時が貴様の墓場にしてくれよう」


「こちらこそ、シャドーマンとの因縁なんか年越しさせるつもりなんて無いわ!」


「ほざけ、小娘勇者!首を洗って待っておくんだな」


 シャドーマンがいつものように消え去り、私たちだけが取り残される。シャドーマンが言うように次会う時が最終決戦なのかもしれない。なぜか私はそう確信めいたものを感じずにはいられなかった。


 邪魔者がいなくなり、夕暮れになるまで後処理をしていた私たちは帰路へと着いた。そんなとき、片腕に包帯を巻いた本田先生とすれ違う。


「お前たち、地震は大丈夫だったか」


「はい。運よく助かりました」


「そうかそうか。先生、心配していたぞ」


「ところで先生? その包帯どうかしたんですか?」


「ああ、これか。ちょっと動物にかまれてな。なぁに、これくらいの傷、唾でもつけたら治るさ。俺は地震に巻き込まれた生徒の見舞いをするから、先に行かせてもらうぞ」


「分かりました。身体お大事に」


 あの出来事は地震による被害ということにしたらしい。まあ、あれだけ地面が割れて、建物が壊れたら事故よりも天災の方が誤魔化しいやすいか。

 それにしても先生の怪我をしていた腕、私がシャドーマンに噛んだのと同じ腕だったような。もしかしてシャドーマンの正体って先生?

 そんな不安がよぎった私は姿が見えなくなった道をぼんやりと見つめていた。

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