第19話 運動の秋(前編)
異世界で色々と食べすぎた私はダイエットと運動会に向けての特訓も兼ねて、里奈と一緒に毎日のジョギングを開始している。秋になったこともあり、日中はともかく朝方は涼しくなったと思う。
「はぁはぁ……異世界暮らしに慣れると運動不足になるのが駄目です」
「最初は車とかの便利な機器が無いせいと思っていたけど、向こうだと狩猟があるから自然と鍛える機会があるんだよね。ライフスタイルの違いって怖い」
「鍛えないと死にますからね。肉体をそこまで鍛えない魔術師と言っても自身への肉体強化は必須です」
「里奈も魔法が無いとへっぽこだもんね」
「うう、言い返せません」
「隙あり!」
そういって里奈の得盛りおっぱいを触るのはどこからともなく湧いてきた平野さんだ。口からよだれが垂れており、男だったら通報ものだ。女でも通報ものかもしれないけど。
「ぐへへ……相変わらず良い胸してますな」
「もう、やめてください」
「オーケー、オーケー。これ以上やると目立ちますな。お楽しみは運動会当日に、ぎゅるり」
「何を楽しみにしているんですか!」
「ポロリきぼんぬ」
「しませんよ!そもそも体操服でポロリする方がおかしいです」
「里奈さん、昔の偉い人はこう言いました。人間に不可能はないと。ですからポロリお願いします。スマホで撮影しておくんで」
「名言汚したら駄目ですよ! 撮影もアウトです」
いつもはボケ役になりがちな里奈が平野さんの怒涛のボケに圧倒されてツッコミに回っている。ここが向こうの世界なら、首を斬りおとされてもおかしくなさそう。
「ではでは、買い物しに行きますよと」
平野さんが手を振りながら、私たちとは別の道へと曲がっていく。そして、私たちは色づいてきた紅葉を見ながら走っていく。
「運動会が終わったらマラソン大会もあるからね。しばらくは運動の秋だよ」
「い、異世界の秋って楽しいことばかりじゃないんですね……食欲の秋と読書の秋は何処へ」
「それ、普段からやっていることじゃない」
「バレましたか」
舌をペロッと出して悪びれないようすだ。ちょっと疲れてきたので、公園のベンチで座り水分補給。汗で水分が抜けた体に水がしみこむ感覚はたまりませんなぁ。
「そうだ。コーネリアさんとはあの後、うまくいっているの?」
「少なくとも仕掛けはなくなったので、手を引いたという感じですかね。そう油断させておいて後ろから……なんてことがあるかもしれないので、警戒はしていますが」
「こう探偵ものみたいに黒タイツの男が忍び寄ってくるような」
「この世界で読んだ漫画だと明らか男なのにふたを開けてみると子供や老人だったりするんですよね。不思議です」
「まあ、犯人が小さいのに成人男性のように描かれていたのはどうかと思う」
「ところで今週号の犯人あてクイズ、誰が犯人だと思います? 私はA子さんが犯人だと思います。痴情のもつれってよくあることですし」
里奈が話題を変えて、とある雑誌で連載されている旅先で起こる摩訶不思議な事件を解いていく探偵漫画の真相当てクイズについて話し出す。そこで登場するA子は第2の被害者の元恋人という設定だ。
でも、私としてはサンバに出てくるような羽がついた仮面をかぶった男性、『マスクド☆ザ☆仮面』の方が怪しいと思う。見た目と違って常識人のような発言しかしていないけど。
「竹内君や栗林さんと話したけど誰もマスクド☆ザ☆仮面を疑わないんだね。あんなの一発で職務質問されるよ」
「いかにも犯人なのは違うと三浦君が言っていました。動機しか提示されていなくてアリバイがあるからA子犯人説をおします」
「メタ読み、せこい。それでも私はマスクド☆ザ☆仮面を推すよ」
「いいでしょう。来週の真相発表で犯人が当たれば、ジュースをおごるということで」
「のった!」
来週の雑誌が楽しみになってきた私たちは、イチョウが黄色く染まっている並木通りを走っていく。美味しいと評判のパン屋さんから焼きたてのベルが鳴り響き、思わず私たちの足が止まる。
「あそこのカレーパン、美味しいんですよね」
「駄目よ。ここで食べたら私とのダイエットの約束はどうなっちゃうの? 大丈夫、ここを耐えればお手軽に食べるところは無いんだから」
「次回、私太る。行きます」
里奈がパン屋に突撃した。まあ、今日の運動分がチャラになるくらいだと思って、里奈の後をついていく。焼きたてのパンの良い匂いが店内に充満し、口の中に唾液がたまる。その匂いに抗うことができずに、私はトングで揚げたてカレーパンを掴み、レジまで並んでいた。
「外はサクサク。中にはとろ~りのカレーが美味しいんです。他のカレーパンだととろみが無いんです」
「そうそう。でも時間がたつと湿っぽくなっちゃうんだよね。だからここのカレーパンは出来たてが一番」
口の中に複数のスパイスによる辛みとぎゅわと広がる肉と野菜の甘みと旨みが広がっていく。このスパイスでこの甘みが強調されるのがたまらない。
「こんなところで合うのは奇遇だな」
「あっ、本田先生」
「ジャスティスさんもお食事ですか?」
「ああ、学生のころからここのパンは好きでね。よく帰り道に買っていたものだ」
「へ~、先生もここ出身だったんだ」
「まあな。遠くまで来るのは良いが、今日暑くなるから水分補給はしっかりしておくように」
「「はーい」」
「子供は元気が一番だ。じゃあな」
手提げ袋を持って、先生が店から出ていく。それからしばらくして、ジュースを飲みほした私たちが出ていくと、そこは鬱蒼とした木々に囲まれた樹海だった。木々の先には木の実のように車が巻きつかれ、中に人が乗っているのかクラクションが鳴り響く。
「……シャドーマンの仕業だよね」
「ですね。コール、セットアップ!」
里奈が変身して、木を斬り裂いても、すぐさま元の大きさまで成長していく。前も後ろも分からないほど、木が生い茂っているため道路は難解な迷路のように入り組んでいる。スマホを見ると、木々の隙間のおかげか電波は届いている。
「ダンジョンコアを破壊するにはこの迷路を抜けていくしかないか」
「先が思いやられます」
「今度会ったら、シャドーマンに何か目印でもつければいいんだけど……とりあえず私は来た道を戻る方向で、里奈は逆の道を探してきて」
「わかりました。でも万が一、魔物にあったら全力で逃げてくださいね。あと迷子には気を付けてください」
「もちのろんよ。お互い何かあったらスマホで電話をすること。それに地図アプリがあるから、本物の樹海みたいに迷子になることはないでしょう。じゃあ、ミッションスタート」
こうして、私たちは初めて二人でダンジョンを攻略することになった。




