第1話 出会いの翌日
ちゅんちゅんと雀が鳴いているのに合わせて、私はゆっくりと起きあがる。恐る恐る横を見ても、そこには誰もおらず、昨日のアレは自分の夢だったのだろうと思いこむ。本当に夢であって。
「ひどい夢だった。異世界のお姫様がウチにやってくるなんてありえないよね」
「お姉さま、おはようございます」
押入れががらりと開くと、そこには夢で出てきたリィナが相変わらず高そうなキラキラなドレスを着て出てくる。
「アンタは未来から来た青いタヌキ型ロボットか!?」
「何を言っているのです!?」
「そりゃあ、アンタに国民的アニメは知らないわね」
「わ、私も勇者様から異世界のことを聞いていましたし、帰ってからも王麻メムス先生の『ドキドキ☆異世界学園ライフ』、通称ドキ学を読みましたとも」
「何よ、それ……」
「主人公が異世界に来て学園生活を通じて個性豊かなヒロインと友好を深める話です。勇者様が言うには自分たちの文化に似ているから、過去に呼び出された誰かかその関係者が書いているのかもと言っていました。今、思い出しましたがアイカというキャラも居ましたよ」
「異世界のラノベ? に出てもうれしくないわ……いろいろと聞きたいけど、その前にそのドレスどうにかならない? ここは宮殿でもお屋敷でもない普通の家なのよ」
「つまり、ドレスコードを守れということですね、お姉さま。ではお姉さまが寝静まった後、見させてもらったお洋服に着替えさせてもらいます。コール、セットアップ!」
リィナが光に包まれると、来ていたドレスが粒子状になり、再構築されていく。光がおさまると、良家の子女風のワンピースを着たリィナが立っていた。
「私が着替えるのに必要な時間はわずか0.05秒です!あっ、これ勇者様の受け売りです」
「私、そんな服持っていなかったと思うけど!?」
「ええ。サイズは合わなさそうなのでデザインを真似させてもらいました。小さなころのお姉さまも大変可愛らしくて……」
「勝手に人のアルバムを見るな!というより、押入れをベッドにする……ってあれ?」
私が押入れをあけると、そこには人が横になって寝られるようなスペースはなく、いつものようにゴチャゴチャと捨てるには捨てられないものが入っていた。
「どうやって寝たの? まさか自分の身体を折りたたんで隙間で寝ているなんてことないでしょうね」
「そんな器用なことできませんよ。コール、ゲート!これで押入れを私の部屋に繋げました」
「どれどれ……」
改めて押入れを開けると、そこには漫画やアニメで見たことがない貴族や王族が住むような煌びやかな部屋が広がっていた。目がチカチカしそうなその光景に私はそっと押入れを閉じた。
「これで昨日、言っていたお姉さまの住むところは問題ありません」
「逃げ出したんじゃないの?」
「いつかは逃げ出しますよ。でも、今逃げ出すと色々と向こう側に問題があるので、それまでは行ったり来たりですね」
「……ねえ、なんで私を姉と呼ぶの? どうみてもあんたのほうが年上でしょう」
「ええと、コール、アナライズ。慣れたら詠唱しなくても簡単なステータスを見ることができます。今回はお姉さまに説明しやすくするため、モニター付きで出しました」
里奈の手元に空中に浮いたゲーム画面のようなものが浮かび上がり、私の顔と見知らぬ言語でステータスらしきものが書かれている。
「これによるとお姉さまは勇者様や私と同じ17歳だと分かります」
「……私と同じ年!? ごめん、21、2くらいだと思っていたわ」
「勇者様からも間違われました。20歳くらい、少なくとも年上だと思っていたと」
落ち着きが合って欧米風の顔立ちで大人びているのだから、仕方ないと思う。
「じゃあ、姉と妹は?」
「上の兄と姉が28、下の兄が24。妹が12です」
「アリシアちゃん、12歳なら仕方ないよ……だから毒殺やめよ」
「私もそう思います……」
「はぁ」と二人でため息をついた。私が私服に着替えるとリィナが勇者様のいた異世界を見てみたいと言ってきたので、近くのショッピングモールまで歩くことにした。
「外には出たけど、すれ違う人に魔法をかけるのって大変じゃない?」
「今回は愛華さんが寝ている間に、私が居てもおかしくないと認識阻害系の魔法を広範囲にかけておきましたから、この街を歩くくらいなら大丈夫ですよ」
「どんな風に思われているの?」
「教えてもらった賢者アーク様によれば、『パーティーに行ったときに親しく声をかけられたけど、あれ、この人誰だっけって思いながらも適当に声を合わせることがあるんだ。そういったことを相手に強要させるのがこの呪文だ』と言っておりました」
「つまり、今の里奈は近所の人に見られても『この人誰だっけ? まあ適当に話を合わせましょう』ってこと?」
「そんな感じです」
「凄く俗っぽい魔法……もうなんでもありだね」
「そうでしょう。でも便利そうに見えますが、姉は全くと言っていいほど使えませんから」
「そうなんだ」
「だからコンプレックスを抱きつづけて、あのキスで爆発したと思います」
「姉からしたら『姉より優れた妹などいねぇ!』みたいなものでしょう。そりゃあ荒れるわ」
「もう姉にとって私は妹ではなく敵……ですから、愛華さま、私のお姉さまになっていただけませんか」
「う~ん、しょうがないな。ここに居る間だけお姉ちゃんになってあげるよ」
「お姉さま、素敵!」と言って私に抱きついてくるリィナもとい里奈。年上に見える赤の他人の異性界出身の姫の妹という属性過多にも程がある里奈をゆっくりと抱きしめてあげた。