プロローグ 私と聖女が会った日
私、空野愛華はどこにでもいる普通の高校2年生だった。
だったと言っているのはもう『普通』ではないからだ。
その原因である横にいる『妹』、空野里奈はゆっくりとみる。
癖毛の無いサラサラとした金髪の髪、目元はパッチリしていて、目は美しい紺碧色。腰は括れて胸もそこらのグラビアアイドルにも負けていない。
そんな日本人離れした彼女が自室で横になりながら、ラノベを真剣な表情で読んでいる光景は滑稽であった。
この妹が外国人のハーフだとか親の隠し子だとかだったらまだ受け入れることができた。だが、この妹はどちらでもない。赤の他人だ。私と彼女と出会ったのは数日前に遡る。
あの日、いつものように勉強机に向かい、やりたくもない宿題をせっせと解いていた。悪戦苦闘はしたけど、なんとか終わったのが夜中の1時すぎ。
「もうこんな時間。早く寝ないと」
私がベッドで寝ようとしたとき、部屋の本やぬいぐるみが浮き上がり、宙を舞う。部屋の床にはアニメや漫画で見るような魔法陣が描かれていく。
「何が起こっているの?」
そして、部屋の中心にフランス人? アメリカ人? とにかく欧米風の美人な女性が現れる。彼女は白くて高そうなドレスを翻し、私の方に向き合う。
「私はオルフェール聖王国第2王女、リィナ・オルフェールと申します」
「どうも。空野愛華と言います。じゃなくって、どうやって現れたの!そもそもそんな国、聞いたことないよ!」
「話は長くなりますが……」
私は自称王女リィナの話をおとなしく聞くことにした。
オルフェール聖王国で生まれた彼女は姉のコーネリア、妹のアリシアと共にすくすくと仲睦まじい三姉妹として育っていた。だが、ある日、魔王を名乗る男が魔物の軍勢をひきつれて聖王国に侵略を開始したのだ。
戦闘・指揮に優れた才能を持ったコーネリア、魔法に優れた才能を持っていたリィナは兵士と共に前線で戦うもその勢いを押しとどめることはできなかった。
開戦から1年が経過し、国土の大半を占拠された聖王国は異世界から勇者を召喚する。勇者は乗り気ではなかったものの、麗しい三姉妹の願いを断ることができず旅に出て、見事魔王を打ち倒すことに成功した。
「ですが、この戦いに待っているものは地獄でした」
「なんで? 魔王を倒したからハッピーエンドじゃない」
「異世界の勇者はその……姉よりも私が好きだったらしく、異世界に帰る前日に私に告白して、その……」
リィナがその時のことを思い出したかのように赤面する。
「やっちゃったとか」
「さすがに子を宿すわけにはいかないので、キスだけですが、その様子を姉に見られてしまい……」
「その先の展開、読めたけど聞くね。姉も勇者のこと好きだったとか」
「はい、そのようで。嫉妬に駆られた姉はその日から暗殺者を仕向けるようになりました」
「何、その昼ドラ展開。いや、当事者に言う言葉じゃないけど」
「ヒルドラとやらが何か分かりませんが、おそらくそういうことです。そして、妹は私たち2人が前線で活躍していたことから、役立たずの汚名を着せられることに」
「アリシアちゃん、可哀そう」
「ですから邪魔な姉である私を消そうと私の食べ物に毒を仕込むようになりました。陰謀で無くなった英雄の姉と悲劇の妹みたいに箔をつけたかったのでしょうね」
「ごめん、前言撤回だわ。うん」
「日々、そうした暮らしを過ごしていくうちに私は思い立ったのです。あっ、そうだ異世界に行こうと」
「そんな京都に行くようなノリで来ないでくれる!?」
「良いのです。どうせ殺したくなるような人間なら異世界に来ても咎められたりしません」
「第一、戸籍とかお金とか住むところとかどうする気?」
「きっと大丈夫ですよ……ん? 誰か来たみたいですね」
ドタドタと階段を昇る音が聞こえる。1人分じゃなく2人分。
(これだけドタバタすれば、父さんも母さんも来るよね……ってマズイ)
今、私の前に居るのは親から見れば自分を異世界から来たと思い込んでいる不審者。この人の話を全て信じたわけじゃないけど、少なくとも何もなかったところから急に表れたのは魔法でもないと説明がつかないから、彼女の話を半分信じている。
親に何と説明すれば、良いのか分からずにいると部屋の扉が無情にも開かれる。
「あんた、こんな遅くまで何をさわいで――」
「――コール、リライト」
リィナが怪しげな呪文を唱え、母さんたちの上下へと魔法陣の輪っかが通り抜ける。すると、不審者を見て驚いていた母さんたちの顔が和やかな感じに戻る。
「夜更かしは良いけど早く寝なさい、愛華、里奈」
「えっ、今、なんて……」
私の疑問に答えることもなく母さんたちが部屋から出ていく。何が起こったのか分からない自分に答えるようにリィナが答える。
「私が魔法で私を貴女の妹として認識するよう記憶を書き換えました」
「えっ~と、つまり……」
「今の私はリィナ・オルフェールではなく、空野里奈ですわ。お姉さま」
私に抱きついてくる王女様を見て、私は「あはは」と乾いた声しか出なかった。
(だれか……夢だと言って)
精神的に疲れた私はベッドの上で睡魔の誘いに従い、泥のように眠るのであった。できれば、この悪夢が終わることを祈りながら。