因果応報ってやつじゃない
帰宅中の亜久留 兵八を捕まえ、近くの公園へと連れ込む。周りは暗くなってきたし、公園といえど人はほとんどいない。
亜久留 兵八……俺をいじめていたクラスの連中の中でも、直接手を出してきたり命令を下していた主犯の一人。奴がなぜ今他の生徒からのいじめの対象になっているのかは知らないが、俺にとってはどうでもいい話だ。
公園のベンチに、座る。二人並んで座るなんて、以前なら想像もできなかったことだ。正直今、殴りかかりたい気持ちでいっぱいだ。
それをぐっと堪え、軽く息を吐く。俺は復讐の機会をうかがいこの時を選んだ……逆に、亜久留 兵八は俺のことを知らない。知っているのは仮刀 神威という架空の人間だけ。
それも、今日この瞬間なのだ、俺とまともに話したのは。転校生である俺と、周囲と関わらなかったこいつとでは話すことさえ、それこそ挨拶程度のものだった。
今まで会話のなかった二人が、肩を並べて座っている……なんとも、不可思議な光景じゃないか。少なくとも、こいつはそう思ってるだろう?
「は、話って、なんだよ……」
沈黙に耐えきれなくなったのか、亜久留が口を開く。もしかしたら、これからいじめにこの転校生も加わる……そう思っての、確認かもしれない。
もしその報告だとしたら、どれだけ良かったことだろうな……お前にとって。
「亜久留くんさ……いじめられてるよね」
「!」
俺が切り出したいじめという単語……それだけで、こいつは肩を震わせる。面白い。
「そ、そんなことは……」
「心当たり、ないの?」
さらに、畳み掛ける。とはいっても、実はこの行為にはなんの意味もない。いじめの理由を聞きたいわけでもない……大方、いじめ対象がいなくなったから、次に偉ぶってた奴を選んだとか、そんな理由だろう。
では、なぜこんな言葉を投げ掛けるか……そんなもの、ただの嫌がらせだ。
「心当たり……? そんなもん、ない……」
あぁ、ダメだろうその答えは。いじめられてるかに肯定も否定もしなかったのに、心当たりがあるないに触れた時点で、自分は今いじめられてますと白状したようなものじゃないか。
「そっか。心当たりはない……でもさ、これって因果応報ってやつじゃない?」
「……は?」
そうだそうなんだ……こいつには意味がわからない言葉でも、俺がわかってる。俺だけがわかっていればいい。だってこれは、俺の復讐なんだから。
なにを言われているか理解できないといった表情を浮かべているこの男を、あぁすぐにでも殺したい。でももう少し、精神的に追い詰めて……
「い、因果応報って……わけ、わかんね。だいたい、いじめとか、そんなんあるわけ、ねーだろ? そんなもん、ねーって……」
……あぁ、ダメだ。こいつ……よりによって、いじめなんてないって言いやがった。はっきりと、そんなもんと言いのけた……そう、間違いなく。
それはつまり、だ。いじめによって死んだ俺や海音の存在も、なかったことにしたってことだよな? お前は今、いじめの存在を否定したことで、いじめによって死に追いやられた二人の人間の存在を否定したってことだよな?
せっかく人のいなくなるタイミングで、二人きりで、なのに……なんで、そんなことを。どうして、すぐにでも殺したい俺の気持ちを踏みにじろうとするんだよお前はぁ……!
「それより転校生、どうしてそんなバカげたこと……っ!?」
気づいたら俺は、自分の鞄からある物を取り出し、それを亜久留に向けていた。そのある物とは、ライト……これを、亜久留の目の前でスイッチをオンにする。
人の動きを止めるのに、もっとも効果的なもの……それは、力で組伏すのでも口八丁で相手を騙すことでもなく、相手の虚をつくことだ。こうして、目の前でライトの光を浴びせるだけで、人の視覚は容易く封じられる。
視覚が封じられれば、視力が回復するまでの数秒隙が生まれる。
「なんっ……目ぇ……が!」
視力を奪われた行為、それはなにが起こったかパニックになり、現状の思考をパニックが上書きする。数秒から数十秒の隙に変化する。
俺は立ち上がり……亜久留の髪を掴み、髪ごと引っ張りながらある場所へと歩いていく。
「いっつ……! お、おいてめえ! なにして……俺に、なにしてんのかわかってんのか! てめ、覚え……むぐっ!」
いくら人の気配がないとはいえ、あまり騒がれては面倒だ。なので、おあつらえ向きに大口を開いているのでそこに丸めたタオルを突っ込んでやる。
これで、声は出せない。
「むぐ! ん、んんー!」
「はは、そう睨むなよ。なに言ってるかわかんないって。落ち着けよ、ちゃんと聞いてやるからさ」
歩いてたった数歩……そこにあるのは、公園にならどこにでもあるであろう水飲み場。噴射口が天を向いており、蛇口を捻ることで水が発射……それを飲むことができる。
もちろん、大量に飲んで良いものではないだろう。それでも、少し喉を潤わせるくらいならば大活躍の代物だ。
水を勢い出し、同時に亜久留の口に詰めたタオルを取る。
「っはっ……は、げほ! て、めえ……ふざんぶ!?」
「ふざけんなはこっちの台詞なんだよ」
案の定暴れる亜久留を押さえつけ、その口に無理やり水を突っ込んでいく。公園の水飲み場で水分補給する形となった亜久留だが、俺がこんなことをしてるのは当然、亜久留の水分補給が目的じゃない。
亜久留に、勢いよく噴射する水を飲ませ、離れられないように頭を押さえつけ……残った手で、亜久留の鼻を摘まむ。
「んっ……!?」
口からものを摂取する場合、当然息を吸い込む状態になる。なにかを飲んでいるとき、鼻から息を吐き、吸うことが呼吸のために必要なこととなる。
しかし今亜久留は、口からは自分の意思とは関係なく水を飲まされ、思うように呼吸ができない。加えて、もう一つの呼吸器官である鼻を摘まみ完全に穴を封じたことで鼻からの呼吸は不可能になる。
とどめに、この場から離れられないよう押さえつけ。これで亜久留は、呼吸もままならないまま動くことができない。抵抗しようにも、俺を殴るよりこの場から抜け出すことに必死だ。だが、もがけばもがくほど……あがけばあがくほど……
これが何秒、何分、何十分と続いていく……いずれ、亜久留の体は動かなくなる。外的傷害は一切なく、証拠となるものもない。あるとすればせいぜい、クラスメートの指紋という、あってもなんら不思議でないもの。
これで、一人目……公園での溺死体の完成だ。無造作に草陰に捨て、俺は、その場を後にする。
初めて、殺人を犯した……そんな俺の胸の内は、この上なく晴れやかだった。
そんな都合よく視力奪えるのか、片腕で人をそんな簡単に押さえつけられるか、いつ誰が通りかかるともわからない公園でそんなことできるはずない……とか細かなツッコミはあると思います
が、これはあくまでも現実的であって現実的でない、をコンセプトに書いております!なにせ現実世界で殺人をやってるわけですからね…完璧に現実的だとなんかやだな、と
そこはご理解いただきたい!




