甘いやり方
八人ものクラスメート殺し。それが綾平かどうかは、また改めて本人に聞けば済むこと。その方法も。
間違っていたとして……綾平は、俺の目の前で緋美也 来音を殺したのだ。人殺しに、あの殺しはお前のものかと聞いてもたいした問題ではない。
問題はやはり、俺がクラスメートを殺しているその理由を、どう説明するかだが……
「かーむいくん」
「ん……」
考え事をしていたところへ、ちょうど考えていた張本人である綾平が声をかけてきた。
その表情は、にこやかな笑顔を浮かべたもの……どう考えても、今日人を殺しただなんて思わない。
「あ、あぁ、どうした?」
「どうした、ってぼーっとしちゃってさ。もう放課後だよ?」
言われて、気づく。時計はすでに放課後……授業終わりを示しており、教室内の人数も減っている。
どうやら、考え事に夢中過ぎて時間を忘れてしまっていたらしい。
「ホントだ。なら、帰るかな……」
「じゃあさ、一緒に帰らない?」
荷物を纏め、立ち上がる……ところへ、綾平からのお誘い。これは、願ってもないものだ。
綾平とは、話したいことがたくさんある。そのために、どうしても二人きりになる時間は必要だったのだから。
「あぁ、いいよもちろん」
二人での下校……これ自体は別に初めてのことじゃない。だが、胸の奥がドキドキする。
このドキドキはもちろん、異性に対する緊張とか、そんなものではない。隣にいるのは、目の前で人を殺した人物なのだ。
いくら相手が、俺が復讐しようとしていたうちの一人だとはいえ……その衝撃は、大きい。
「ねえ、神威くん……私に、聞きたいことがあるんじゃないの?」
だから……言葉を選んでいる最中、綾平の方から突っ込まれた時は、心臓が止まりそうになった。周りには人がいなくなってきたとはいえ、いきなり……
「えっ、あぁ……まあ、な」
いやいや、なんで俺の方がドギマギしないといけないんだ……ここは、冷静に……
「……緋美也は、どうしたんだ?」
「キミが聞きたいのは、そんなこと? ううん……本当に聞きたいのは、そんなこと?」
「……」
本当に聞きたいこと……か。確かに、あの殺しの場をどう処理したのかは気になるが。俺が本当に聞きたいのは、それではない。
「……なんで、俺の前で殺したんだ?」
綾平が海音の妹であるというのなら、クラスメートを殺したという理由もわかる。俺と同じ復讐だ。それを今更、疑問に思う余地はない。
ならば、なぜわざわざ俺の前で殺したのか。俺が、復讐の対象には含まれていないから……だとして、俺がクラスの誰かに告げ口する可能性だってあるのに。
「言ったでしょ? あの女はなかなか隙を見せなくて、キミの前だとその注意が緩んだから……」
「そうじゃない! 隙が無いったって、四六時中ってわけじゃないだろ……わざわざ俺の目の前で殺す必要は? それに俺だってお前の復讐の対象かもしれない。誰かに告げ口するかもしれない。いや、そもそも目の前で人が殺されたんだ……平常心じゃいられないだろ普通」
とはいえ、調べれば俺……仮刀 神威が、海音の死後に転入してきていることはわかる。綾平なら、それくらいやってそうだが。
「普通、か。でも、現にキミは平常心を保ってる。どころか、目の前で殺しをした私に噛みついてきてる」
「っ……」
平常心を保ってる、それはただの結果論だ。しかし、俺が言葉を返すより先に、綾平が口を開く。
「でも、うん、そっか……そうだよね。……端的に言えば、私がキミのクラスメート殺しを知ってるから、かな」
「っ……」
「あは、そんな驚いた顔しないでよ。キミの正体はわかってる……だから私は、キミの目の前で殺しをしたし、本名だって明かした」
……綾平も、俺がクラスメート殺しを知っている。だからいろいろと正体を明かしてきたのか。
俺もクラスメートを殺しているのだから、誰かに告げ口をする心配はない。それに、俺が人を殺しているのだ……目の前で誰かが殺されようが、心を大きく乱す心配もないと思ったわけか。
「……どうして、俺の正体を……」
「どうして、か……ま、そこは企業秘密かな。でも安心して、秘密を知っているのは、私だけだから」
どうして正体を知っているのか、それを聞いてもはぐらされる……か。
安心して、ねぇ……あの緋美也 来音は俺の秘密、クラスメート殺しの件を知っていたのだ、それを考えるとまったく安心できない。
「ならなんで、俺に正体を明かしたんだ? 単に協力したいってだけか?」
「…………協力、か。……いやね、しばらく見てたんだけど……遅い。遅すぎるんだもんキミのやり方……数日おきに一人ずつ? そんなん、いつになったら終わるのさ。それに甘い……だから、少し刺激を与えてあげようと思って。少しは思い知った? 一夜に八人の人間が死んで」
「! やっぱり……」
今の言葉で、はっきりした。一夜にしてクラスメートが八人も死んだ……それは、綾平の仕業だと。わざわざ聞くまでもない。
「どうして……いや、違うな。甘いってどういうことだよ」
「キミのは、復讐とは言って……覚悟が足りてない。そんなちまちましたやり方じゃ、やる気なんてあるのかわらないよ」
「なに……!? お前のは、派手過ぎで、あいつらが警戒したらどうするんだ!」
「警戒かぁ……ホントに警戒するなら、休校にならなくても自ら休んで家に閉じこもるでしょ。なのに、のこのこ学校に来て……八人の生徒が死んだのは、学校の見解は自殺だけど、なら自分が気を付ければ詰む話だよ」
「っ……」
「昨日まで一緒に授業を受けてきた、隣の友人が死んでも平気で外をうろつく……自殺じゃなくても、たとえば登校中に誰かに刺されるかもしれない。そんな危機感すらない連中に、甘い考えなんて必要ない。キミのは、ただ自分の犯行がバレるのが怖くてこそこそやってるだけでしょう」
……それこそ、結果論だろう。あいつらが家に閉じこもるかどうかなんて、やってみないとわからない。
だが、今回は……言葉が返せなかった。それは綾平に言葉を返されたからじゃない。彼女の言葉に響くものがあったからだ。




