殺人の話し合い
『馨子ちゃんを殺したのは、神威くんじゃないのはわかってるからね』
先程、緋美也 来音に言われた言葉が、俺の頭の中で何度も復唱される。
放課後、俺は緋美也 来音に殺人の協力を申し付けられた。協力と言っても、ほとんど脅しのようなものだったが。
相手は、緋美也 来音のストーカーだという人物。すでに何人ものクラスメートを殺している俺にとって、今更尻込みする案件ではないとはいえ……正直、クラスメートを殺すために生まれ変わったのだから、関係ない人間を殺すのは抵抗がある。
とはいえ、断れはしない。だから協力するしかないわけだが……その後、去り際にあの女が言ったのが、この言葉だ。
自宅に帰ってからも、その言葉の意味を考えるが……答えは、見つからない。それはそうだ、むしろこの言葉に表も裏もない。そのままの言葉だろう。
そう、そのままの意味……自殺した萩野宮 馨子は、自殺ではなく他殺。問題は、なぜそうだと言い切れるかだ。俺のことを、クラスメート殺しの犯人と目星を付けていた辺り、まったくのブラフでもなさそうだし……
「……ダメだ、わからん」
あの女は、なんというか……不気味だ。
以前はいじめられていたから、クラス全体に気を回す余裕もなかったが……このクラス、やべー奴ばっかじゃないのか?
「……時間まであと少し、か」
まあ、今さらそんなことを考えても仕方ない。俺は、時計に視線を移す。
約束の時間は、夜九時……場所は、近くの公園だ。その公園は、亜久留 兵八を殺した場所……俺が初めて人を手にかけた、場所だ。
その場所を指定してきたのは、緋美也 来音だ。さすがに、俺の殺人を知っていたとしても、その場所までは知らないだろう。だから、公園を指定したのにも深い意味はない、はずだ。
「……」
待ち合わせは、緋美也 来音と二人きりの、はずだ。殺人の計画なんて、誰にでもほいほい話すものじゃないしな。
ならば、その場で緋美也 来音を殺すのも、ありなんじゃないか。相手は女だ、武器でも持ってなけりゃ力押しでどうとでもなる。それにこのご時世だ、武器なんて言っても、学生の持てるものなんて知れてる。
一対一なら、まず俺の負けはない……が……
「さすがに、リスクが高いか」
学校帰りの亜久留 兵八を殺したのとは、訳が違う。緋美也 来音は一度家に帰っているのだ。女の子が夜遅く出掛けるのだ、家族は行き先を聞くだろう。その先で娘が帰らぬ人となれば、疑いの目は誰に向く。
公園で待ち合わせていた人物だ。それは誰だという話になれば、それを割り出すのにそう時間はかからないだろう。それだけじゃない、もし公園で待ち合わせる人物の名前を言っていたら、一発アウトだ。
当然、俺に殺されたとは限らない。公園に向かう途中事故に遭う可能性や、もしかしたら通り魔に殺されるかもしれない。
だが、待ち合わせ人物に疑いの目が向くことは、確かだ。そうなれば、この先存分に動くことが、できなくなる。
よって……
「断念するしか、ないな」
残念だが、今夜殺すのはやめておこう。黙って、あの女に協力するしかない。
「……時間か」
ここから公園まで歩いて、少しある。だから、そろそろ発つべきだろう。
……一応、防犯対策をしておくか。
「これで、よし」
果物ナイフを、服の内ポケットに入れる。これならば持ち運びに便利だし、いざというときにはさっと手にできる。
できれば、こいつを使いたくはない。今夜の殺しはなしにしたいからな。だが、もしも相手からなにか仕掛けてきたとしたら……
「……」
心なしか、緊張している。今まで会ったことのないタイプの人間と、二人きりで会うからだろう。周囲に人がいた学校とは、違う。
いったい、どんなことが起こるのか……まったく、想定できない。ただ、平和的に話し合いが進むのを祈るばかりだ。
……殺人の話し合いが、な。




