予期せぬ自殺
ざわざわ……
ざわつく教室。その理由は、問うまでもない。今しがた教師が言った言葉の、内容によるものだ。
昨夜、クラスメートの一人……萩野宮が、亡くなっていたと。その報告が、あったからだ。
「……は?」
これは、不測の事態。まったく予期していなかった。
萩野宮……萩野宮 馨子は、クラスの中ではわりと目立たないタイプだ。だが、それは個人でいるときの話。
このクラスにも、いわゆるグループみたいなものがある。その中の女子のグループに入っていた。そこでは、仲の良い奴もいたはずだ。
現に、何人かの女子は顔を青ざめさせている。クラスメートでも、相手が自分と近しいところにいるかいないかで、こうも反応が変わるもんか。
「し、死んだって……どうして!」
その中で一人、机を叩いて立ち上がる女子がいる。派手に気崩した服装に、金髪に染めた髪。確か、萩野宮と特に仲良くしてた女だ。
名前は、萩野先。名前が似てるからって、仲良くなったのだと大声で話してたっけ。
まあそれはともかくとして、死因……それは俺も気になる。なんせ、今回萩野宮が死んだという話に、俺は一切関わっていないのだから。
「……首を、吊っていたらしい。部屋でな。昨夜、妙な物音がして、不審に思った両親が部屋を覗いたら……」
「……自殺、って、こと?」
「……そういうことに、なっているらしい」
……部屋で首を、吊っていた。それを聞いて、萩野先は座り込む。
自殺、か……確かに今の話を聞いた限り、自殺以外に考えられない。部屋で、しかも物音がした直後に部屋に入っても誰もいなかったのなら。
むしろ他殺を疑う方が、不自然だろう。ただ……
「自殺……?」
萩野宮が、自殺? クラスでは目立つ方ではなかった。だが、それでも仲の良い連中と楽しそうにつるんでいた。そう、楽しそうだったのだ。
そんな人間が、自殺なんかするか? それとも、表ではそう見せていただけで、実際は……
「自殺、なんて……怖いな」
ふと、隣から声が。それはここ最近で聞き慣れることとなった、琴引 綾平のものだ。
彼女は、口元に手を当て、怯えたように身を震わせている。
「大丈夫か、綾平……って、大丈夫なわけないか」
彼女は、転校生……このクラスの連中は何度目かのことであっても、この子にとっては初めてのことだ。
クラスメートが死んだ……それは、あまりに衝撃的すぎるだろう。たとえ、転校してきて間もないにしても。
「……ありがとう、大丈夫。びっくり、しちゃって」
初日から馴れ馴れしいくらいに明るい性格であったが、今はその影もない。当然だろうが、仕方のないことだ。
「……それに、しても」
まさか俺が手を下すより先に、死人が出るとは思わなかった。それも、自殺だなんて。まだまだこれからの高校生が、自殺を考えるだなんて思わなかった。
萩野宮はクラスでいじめられていたわけでもないし。自殺する理由が、見当たらない。
「えー……非常に、残念ではありますが……」
萩野宮も、近いうちに殺すつもりではあった人物だから、結果オーライと言えばそうなんだが……なんだか、腑に落ちない。
とはいえ、俺は刑事でもなければ探偵でもない。ここでどれだけ考えても、死因が自殺であると言われた以上、それ以上の情報は得られないのだから。
それよりも、考えることは……この先の、取るべき行動だ。萩野宮が死んだのは自殺なのだから、今後になにか影響があるとも思えないが……それでも、多少の予定は狂う。
ったく、せっかく数日考えてた予定が、パーになってしまう。余計なことをしてくれたものだ。どうせ死にたかったのなら、俺が殺してやったのに。
「……」
淡々と話す教師、呆然と椅子にもたれる萩野先、うつむく綾平……それぞれが、また違った反応をしている。
萩野宮、萩野先……お前たちは、俺や海音のことを積極的にこそいじめてはいなかったが、さりげない嫌がらせを繰り返していた。嫌がらせ、というのはかわいい表現だが。
だから、あいつが死んだこともお前が呆然としているのも、俺にとってはどうでもいいことだ。むしろせいせいしている。
他のクラスメートが死んだときだって、そんな反応はしていなかった。俺や海音が死んだとき、悲しむ素振りすら見せなかったんじゃないのか。
「……ふっ」
そう思うと、ざまあみろ、という気持ちすら、湧いてくるのだ。
なんにせよ、また一人、クラスメートが死んだ。俺が手を下していないところで。これは喜ぶべきことであることには、違いない。
予定が少し狂ったくらい……一人を殺す手間が省けたと、前向きに考えるべきだろう。




