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重大なこと



 これまでの人生……いじめられている時だって、こんなに恐怖を感じたことはなかった。人をこんなにも恐ろしいと思ったのは、俺が生きてきた中で間違いなくトップに入る。


 こいつは、この女は……歩乃咲(ほのさき) 結可里(ゆかり)は、今七人の人間を殺したと言った。その言葉に、嘘はないのだろう。だから……余計に恐ろしい。


 憎いクラスメート一人殺した俺でさえ、その日は手足の震えが止まらなかったのに……こいつは、そんな素振りはない。間違いなく、狂っている。クラスメートを殺すために生まれ変わった俺が言うのはなんだが、それでもこの女は狂っている。



「あれあれ、どうしたの転校生くん。顔色悪いよー?」



 と、俺の顔を覗き込んでくるこいつは言う。こんな話を聞かされて、顔色悪くならない奴なんているのかよ。



「な、んでもない。あぁ、なんでもない」


「ふぅん?」



 俺の返しは、変でなかっただろうか。歩乃咲 結可里は、特になにを言うでもなく、うなずく。


 そこで、ふと思い出したように……



「ねえねえ、そんなことよりさ。早くしよーよー」


「は?」



 なぜか猫なで声で、俺のことを上目遣いで見上げてくる。頬まで染めて。


 え、まさか……この流れで、しようってのか? いやいや、さすがにどんな図太い神経してるんだよ。こいつ、正気……じゃなかったな。



「あーいや、その……」


「あれあれ、萎えちゃってる? なんでなんで? あ、もしかしてシタ後に殺されるかもっって思ってる? だーいじょうぶ、そんなことしないって」



 そんな笑顔で、殺す殺さないとかいうのやめてくれないか。今すぐここから逃げ出したくなる。


 ……ま、こいつは単なる殺人鬼、それだけだ。元々クラスメート全員を殺すつもりはなかったんだ、俺や海音の死に関わっていないのなら、わざわざ危険を冒してまで、こいつに手をかける必要はない……



「転校生くん、気に入っちゃったから殺すのは止めといてあげる。でも本当は、シタあと殺しちゃおうって思ってたんだよ? だって、本気でシテもいいって思ったんだし」



 つまりこいつは、本気でシテもいいって思った奴こそを行為の後に殺してるってことか? ますます意味が…………うん?


 本気でシテもいいって思ったから、だと? こいつさっき、なんて言ってた? 確か、本気でシテもいいって思ったの、クラスで二人だけだし……と。その二人とは、仮刀 神威である俺と、仮刀 神威に生まれ変わる前の俺だ。


 本気でシテもいいって思った奴を殺すってことは、つまり……



「俺のことも、殺すつもりだった?」


「うん? どしたの?」



 俯いた俺のつぶやきは聞こえなかったようで、この女はかわいらしく首を傾げている。


 もし、俺の考えが本当だとしたら……この女は、生まれ変わる前の俺のことを殺すつもりだった? そして殺す前に、せめてもの慈悲で最後にヤラせようとした?



「なあ……さっき、言ってたよな。俺の他に、もう一人シタいって思った奴がいたって」


「うん、もう一人いたよー。その子、クラスでいじめられててさー。ほっといたら死んじゃいそうだったっから、だったらいっそ良い思いさせた後に殺してあげようと思ったんだけどねー。かわいくて結構タイプだったしさ。でも、誘う前に死んじゃうなんて、ショックだったよー」



 ……この女、歩乃咲 結可里は……俺のいじめに直接関与していたわけではない。だが、いじめを見て見ぬふりして、あろうことか自分の手で俺を殺そうとした。


 ダメだった、俺に優しくしてくれていたと思っていた女、歩乃咲 結可里は……クラスメートさえも躊躇なく殺そうとする、悪女だった。


 それだけ聞ければ、もう充分……



「けど、びっくりしちゃったなー。彼、死ぬなら絶対自殺だって思ってたのに、まさか他殺だなんて」


「……は?」



 この女を殺す覚悟がついたはずだった。そこへ、意味不明な言葉が飛んでくるまでは。


 おいおい……なんだ、その話。自殺じゃなくて、他殺? なに言ってんだ……だって俺は、確かに自殺して……



「……あれ?」



 俺は……どう死んだんだっけ。



「それに、まさか…………が…………になっちゃうだなんて。インガオーホーというか、世の中ってわかんないもんだよねー」



 なんだ……頭が、痛い。なにか今、重大なことを聞き逃したような……気がする……


 所々ノイズがかかったように、歩乃咲 結可里の言葉がうまく聞き取れない。それに、変な汗まで流れてきやがった。それに吐き気も、するし……



「ねえ、ねえ……ホントに、どしたの? まさかホントに具合悪い?」



 心配してくれているらしい歩乃咲 結可里の言葉も、どこか遠くのことのように聞こえる。声が、近づいたり遠のいたりしている。


 き、気持ち悪い……いや、それよりも、さっき歩乃咲 結可里がなにを言ったのか、聞きなおさないと。これは、聞かなくちゃいけないもののような気がする。


 なにか重大な、なにかが……重大だから、それは聞かなきゃいけないなにかで重大だからこそそれはなにかで聞く必要が重大で…………



「えーっと、薬薬……うーん、ウチ貧乏だから薬あんまりないんだよね。頭痛薬でもいいかな、とりあえずこれ……で……」



 ドサッ



 俺に背を向け、尻を突き出す形で薬を探す歩乃咲 結可里は、言葉途中に突然倒れる。


 それはなぜか……簡単なことだ。俺がうなじに、手刀を打ったから。こんなので気絶させられるなんて、映画やドラマの中だけだと思っていたが……



「ぁ、ぐ……」



 いや、気絶してなかったわ。力が抜けただけのようだ。


 それでも、体をうまく動かせないらしい。俺はその背中に、馬乗りになる。



「な、んで……?」


「さあ……お前から重大なことを聞かなきゃいけないんだけど、お前が俺を殺そうとしてたのがわかったからかな、体が勝手に動いたんだよ。あぁ、俺ってのは今の俺じゃなくて前の俺なんだけどな」


「は……?」



 なんだ……俺はなに言ってるんだ? 重大なことを聞かなきゃいけないなら、せまて聞き出した後に殺せよ。俺を殺そうとしてたのは許せないけど、今は順序が違うだろ?



「いや……やめ、て……ほ、ほら……いいこと、たくさん、してあげる……が、ら……」


「今までたくさん殺してきたんだろ。そろそろ報いを受けろよ」


「いや……や、やだ、やめ…………お、かあ……」



 ボギッ……



 命乞いをするそいつの首を、無理やり捻じ曲げる。背中に乗っているため、激しい抵抗をされても無理やり押さえつける。首はぐるんと一回転できる部位だが、本人の意思に逆らって曲げるとどうなるか……結果は、この通りだ。


 先までまで、人の死をなんとも感じていなかった女が……今は、自分が物言わぬ死体になったのだ。

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