第四話 それぞれの道
セリンとオーファンが出会ってから、二年の時が経っていた。あの時から生活はほぼ変わらなかったが、次の建国記念日にセリンは元服を迎える。
舞い込む縁談を蹴り続けていた事もあり、正室となる相手はいまだに決まっていなかったが、逃げ続けるのにも限界があるだろう。
「そろそろ、オーファンを……」
そう呟きながら、廊下を歩いていた時だった。
「セリン殿下」
聞き慣れない声に呼び止められ、セリンは声のする方を振り返った。視線の先にいたのは王妃の従者をしている女性であった。
いつもは廊下ですれ違っても素通りするはずの彼女が、セリンに声をかけたのは今回が初めての事だ。
「セリン殿下の今後につきまして、クラーレ王妃陛下のご提案をお聞き願えますか?」
「……」
「セリン殿下は水の巫をご存知でいらっしゃいますか?」
「僕に水の巫になれということですか?」
基本的に魔力を持って生まれたロリザー人の中から選出され、死ぬまで郊外の森にある神殿で暮らす事になる国直属の神官・水の巫。
貴族だとしても、平民だとしても、そして今まで前例はなかったが、王族だとしても、選出された者の身分は『水の巫』になり、元の身分を失う事となる。
確かに高い魔力を持ったセリンを王位継承から引き摺り下ろすにはこれ以上ない手ではあるが、その申し出はあまりにも唐突だった。
「……突然ですね」
「セリン殿下の高い魔力と水魔法の適正の高さは、我が国の守護神であるアクエリ様のお世話をするのに相応しいのではというお考えです」
「……」
「時期は、そうですね。オーファン殿が従騎士になられる事になっている一ヶ月後になるでしょう」
当たり前のように語る王子の従者の言葉を、セリンは遮った。
「待って下さい、オーファンが従騎士として認められるのですか? まだ彼が僕の従者となってからたった二年です、期間が短すぎるのでは?」
「オーファン殿は従者として作法を学び始める時期が他の者よりかなり遅れておりますゆえ、従騎士になる時期は他の同年代の者とどうしても合わせたいとレスティエード卿の強いご希望が御座いまして」
「そうですか……」
もう少し長い間一緒に居られると思ったのに。セリンは無意識のうちに肩を落とす。
「それでは、詳しいお話はまた後日致しますので」
王妃の従者は必要な事だけを言うと、セリンに一礼をしてその場を去っていった。
今思えば、レスティエード家の当主がオーファンをセリンに託そうと考えたのは、貴族ではなく王族に仕えていた事実を持ち出して学習期間の免除を円滑にするためだったのだろうか。
だが、確か騎士にせずに貴族院議員に推薦してもいいとレスティエード家の当主には言っていたはずだった。どうして突然……王妃の提案という時点で感じていた不信感がさらに湧き上がってくる。オーファンにその気はなくとも、セリンはレスティエード家に体よく利用された形となってしまった。
「結局僕も、父上と同じってことか……」
立場は違えど、病に倒れ余命いくばくも無い若き王である父のように、貴族に寄生され、利用されていく。悪夢のような未来が目の前にあった。
真夜中、ベッドの上で横になっていたセリンは体を起こし、明かりがすっかり消えたコネクションルームに視線をやった。
何かが動く気配はない。そのまま隣の部屋のベッドの前まで歩いていき、覗き込む。オーファンは一度寝付けば滅多な事では起きない。彼が寝ているのを確認し、セリンは自室を出た。
自分に出来る事は限られているが、何も出来ないわけではない。
行動しなければ、何も変わらないのだから。
明かりも人通りも無い廊下を早足で歩く。向かった先は、病に伏した国王の寝室であった。
「父上、こんばんは。オーファンの事でお話があるのですが」
「突然どうしたのだ……?」
若き国王が息子の声に反応して弱々しく上げた顔は、蒼白を通り越している。普通の感覚ならば夜中に訪ねた事を申し訳なく思うのかもしれないが、セリンはとてもそんな気分にはなれなかった。
「随分と体調が優れないようですね」
「もう慣れた事だ」
「……」
「やはり私ではなく、アルケンが王位に就くべきだった。きっと、アルケンの方が兄だったのだ。ロリザーの伝統を破り、即位してしまった罰が当たったのだろう……」
王弟アルケン・レシム・ロリザーは国王スルフィドとは双子であった。どちらが兄で、どちらが弟であるかが分からぬまま継承権を争い、貴族達にお膳立てされるがまま、気がつけばスルフィドが兄という事にされていた。
「だが、次の王はお前がなるべきだと思っている」
「そう思っているなら、王妃と姉上をどうにかして頂けませんか」
「お前が国王になってからすればよいことだろう」
「なれるかは、まだ分からないですよ」
「だとしても、お前が国王になって、お前の母親が為せなかった魔法への偏見の撤廃をする事が今の私の願いなのだ。お前ほど頭が良ければ、私が助ける必要はないだろう」
「そうですか」
予想通りの返答に、呆れる気も起きない。
きっと、彼から見た僕は息子なんかではなく、愛する妻が叶えられなかった夢を押しつけるためだけの存在なのだろう。むしろ、母上の面影を持った僕は、母上の代わりでしかないのだろう。
いつだって、彼は僕に期待はしても、決して助けてはくれないのだから。僕を本当に追い詰めているのは、この男だと言う事を、僕は本当は知っているのだから。
「父上の体調を考えても、長話はよくないでしょう。オーファンの事でお話があります」
「噂に聞くと彼は伝統を重んじるレスティエード家の中では浮いた存在かもしれない。だが、その方がお前には合っているだろう? 最近お前は私に対して冷たいからな。お前が喜んでくれたのなら私も嬉しい」
僕が喜ぶと嬉しいんじゃなくて、母上にそっくりな顔の人間が喜ぶと嬉しいんでしょう? そう言いたいのをセリンはぐっとこらえ、淡々と返した。
「そうですね。彼は信頼できます」
そして、ここぞとばかりに切実そうな表情を作り、訴えた。
「出来れば、ずっと僕の手元に置いておきたいです」
ある日を境に、父親に対して明確な感情を見せた記憶がセリンにはなかった。そのためか、随分と久し振りに見た息子の表情らしい表情にスルフィドは少し驚いた顔をする。
「お前がそこまで特定の誰かに入れ込むとは、驚いたな」
「オーファンを騎士団にやりたくありません。僕が王位を継承しても僕の従者として、王宮に置いておく訳にはいきませんか」
今日のオーファンの様子を見る限り、セリンが水の巫となり、オーファンが騎士団に入ることは聞かされていないのだろう。だったら手を打っておくのは今しかない。
オーファンはこういった小細工は苦手であり、逆に正々堂々と受けて立とうとして話がややこしくなるのがありありと想像出来る。オーファンに王妃の企みがバレた時点で受け入れるしかないとセリンは思っていた。
真意がどうであれ、スルフィドはセリンが王位を継承する事に対して現状最も肯定的な人物とも言ってもいいだろう。このまま国王を説得し、自分が王子の立場を貫けるようになれば、王妃が裏から回そうとしている手を止める事もできるかもしれない。
「オーファンはどう言っているんだ?」
「そ、それは……」
そう言えば、オーファンは本気で騎士を目指していたのだろうか。あらかじめ聞いておくべきだった。
そもそも、セリンがオーファンを貴族院議員に推薦すると言ったのにレスティエード家の当主は何故突然オーファンを騎士団に入れることにしたのかも解っていないのだ。
何かが裏で動いているのだろうか。金か、はたまた地位か、綺麗なものではないのは確かだろう。
それなら、ハッタリでも何でもいい。オーファンがセリンの側にいる事を本当は望んでいなかったとしても、時間を稼ぐ必要があった。もし、彼が拒否をするなら今までずっとこのために積み重ねてきた『最終手段』を使えばいいのだ。
「僕と、共に居たいと」
「そうだな、お前はミュールの息子だ。私は出来る限りお前の希望をかなえてやりたいとは思っている」
スルフィドはそう言って少し考える様なそぶりを見せた。が、何かを思い出したようにゆっくりと首を横に振る。
「しかし、この冬が終わればお前だけではなくオーファンも元服だ。オーファンの都合は、彼の希望よりも家の希望が優先されるであろう」
「父上は国王なのでしょう?」
「ロリザー王国の政治は貴族院によって成り立っていることはお前も知っているだろう」
「……」
「私にできる事は最終的な判断のみである事も分かっているはずだ。この国に於いて、国王は絶対的な権力者ではないのだ。それが民主主義というものだ」
何も言い返すことが出来ない。
「……。無駄な時間を取らせてすみませんでした」
「無駄だなどと……」
「無駄ですよ。それではおやすみなさい。父上」
「セリン、待つんだ――」
スルフィドがそう返した時にはもう、セリンは部屋を出ようと実の父親に背を向けていた。
とんだ無駄足だった。やはり、僕一人じゃ何も出来やしないのだ。そう思いながらセリンは部屋に戻ったが、様子が変だ。
少し荒らされたような部屋。オーファンのベッドは乱れており、その主の姿は消えていた。
「オーファン?」
名前を呼んで室内を見回すが、どこにもいない。セリンが部屋を出たときには確かに熟睡していた。オーファンの寝付きの良さから考えても、起き出す可能性は限りなくゼロに近いはずだった。
真夜中である以上、あまり大きな声は出せない。どうしたものかと部屋の中で思案していると、半開きにしていた扉が勢いよく開いた。
「セリン!」
暗闇の中でも顔色が真っ青な事がよく分かった。何かあったのだろうか。
「どうしたの? 大丈夫?」
「お前こそ、何してたんだよ……」
今にも泣きそうな顔をしている。
「てっきり、お前が陰で脅されたりしてるのかと思っただろ!」
セリンが部屋を出た後何故か目を覚まし、国王と長話をしている間ずっとセリンを探して廊下を走り回っていたのだろうか。
「僕を脅迫しても、誰も得することなんて」
「するだろ! お前が邪魔な奴なんて、いっぱい、いるだろ……!」
オーファンがセリンの肩を乱暴に掴み、まくし立てるように言う。セリンを探して廊下をずっと走り回っていた、という予想を裏切るかのようにオーファンの手は冷えきっている。
「落ち着いて。こんな時間に大声を出しちゃ駄目だよ。僕に何かあっても君に責任は問われないようにしているから。僕とオーファンの契約はそうなっている。もし、本当に僕に何かあったとしても、問題ないよ」
「ちがう、俺の立場を心配してるんじゃない。どうしてお前はいつも、自分に価値が無いみたいな言い方をするんだ……」
「みたいじゃなくて、僕に価値なんてないよ」
「……っ」
セリンの言葉を聞いたオーファンは酷く悲しそうな顔をしたが、セリンからゆっくりと手を離した。
「いや、もうそれはいいや……お前、何か俺に隠してる事無いか?」
「突然何の話?」
あまりにも唐突な問いに、セリンは首を傾げる。あくまで平静を装っていたが、セリンは内心気が気ではなかった。
「俺は、お前が悩んでいても力になれないのか?」
この冷え切った手は、どこか一箇所に留まっていたのか、それなら、どこに留まっていたのか。背筋が寒くなる。もし、オーファンがセリンが部屋を抜け出した事にすぐに気がついて後を追っていたとしたら。もし、国王との会話を聞かれていたとしたら。それに気がつかないふりをしているのだとしたら。セリンの口から言いだすのを待っているのだとしたら。
「こんな時間に君に黙って国王のお見舞いに行ったことで君を心配させてしまったのなら謝るよ」
それでも、セリンはオーファンに国王に話した事を言う気にはなれなかった。知ってしまった所で、知らないふりをしているのなら好都合だ。知らないふりをしたまま何も口出しをしてほしくなかった。そして、友人の気持ちを踏みにじってでも正攻法で攻めたくないと考えている自分に反吐が出た。
「セリン、俺」
「君を信頼していないわけじゃない。ただ、僕のせいで迷惑をかけたくないだけ。だから、君は何も悪くない」
「何があっても迷惑だなんて絶対思わない!」
どこかで必ず交わりそうにない気持ちの差に、もどかしさを感じているのはお互い様なのだろうか。
「『絶対』なんて言葉、軽々しく使わないで。僕がその言葉嫌いなの知ってるでしょう」
これ以上オーファンと会話をしていると、おかしくなってしまいそうだ。お互いの主張は、お互いの考え方は、どちらもある意味では正しかった。何が大切なのか判断する場所が違っているだけだ。
「黙って部屋を出て君に迷惑をかけて悪かった。こんな時間だし、もう寝た方がいい」
誰も間違っていないが、決して交わらない議論はどうあっても決着がつかない事を、セリンは知っていた。それなら、強制終了するしかない。
「俺は、変わらない……」
ベッドに横になった背中に、そんな親友の声を聞いたが、聞こえないふりをした。
意見がぶつかりすれ違っても、朝になれば、また二人の関係は元に戻る。それが孤独な二人が友人で居続けるためのコツであり、妥協の方法でもあった。
そして、いつも通りの朝が来る。
いつの間にかオーファンの寝坊癖も直っていた。二年という短い期間であっても、時間は多くの事を修正していた。
ピカピカだったチェス盤も大分使い込まれたものである。二人で向かい合ってチェスを打ちながらセリンはオーファンのお粗末な戦略にため息をつく。
「オーファンは本当にルークで攻めるのが好きだね」
「キャスリング出来るところがカッコイイよな」
「でも、オーファンは成功した事無いよね」
「うっ……それに、邪魔がなければ好きなだけ動かせるし。強いじゃないか」
「クイーンのほうが強いよ。それに、プロモーションがあるポーンを軽視するのはどうかと思うけど」
そういいながらセリンはオーファンのポーンを奪う。
「あっ」
「僕もルークの駒は好きだよ。今でこそルークはこんな城みたいな形だけど、元々は想像上の怪鳥をモチーフにしていたって説があるんだ。だから空を飛ぶかのように動くんだよ」
その鳥は不死の鳥、大きく強い白き鳥。セリンもこの駒を好きであることは事実だった。だが、それは、その自由さと気高さに惹かれたからであって、オーファンのように活躍させようと突っ込ませたりはしない。ここ一番でしか使用しなかった。
「お前は本当に色んなことをよく知ってるなあ」
オーファンが感心したように言うと、セリンは意地の悪い笑みを浮かべた。
「でも、好きな駒だけじゃ勝てないからね。勝てるものなら勝ってみたら?」
「行動しないと何も変わらないからな! 後悔させてやる!」
セリンの言葉を受け、オーファンは大きくルークを動かした。
「はい、ありがと」
しかし、セリンは無慈悲にもオーファンのルークを奪う。
「あっ! 待った!」
「待ったは無し。オーファン、チェスは相手にいかに悪手を打たせるかで勝負が決まる。挑発に乗ると負けるよ。この前だって、僕を追い詰めたかと思えば勝手に自爆してステイルメイトにしちゃうし」
「ううう……最後に一度でいいから勝ちたいんだけどな……」
「最後?」
話の流れで言ってしまった。どうせ言わなくてはいけないことだ。オーファンは決心したように息をつき、口を開いた。
「だいぶ前から親父に言われてた事なんだけどな……あと一ヶ月で俺も従騎士として認められるらしい」
「……!」
「どうした?」
「いや、何でもないよ」
敢えて触れないようにしていた話題を、オーファンの方から出されるとは思わなかった。どうやらオーファンは黙っているつもりはないようだ。
オーファンが黙ろうとしていない事にセリンは何故かホッとしていた。その方が彼らしい。それなら、セリンも流れに身を任せるしかないだろう。
「その事なら、僕も昨日、王妃の従者から聞いた」
「ああ、そうか」
「僕も、ちょうど一ヶ月後にこの城を去るみたいだからね」
ガタンッ!
「は!?」
オーファンは激しく音を立てて立ち上がり、机に掌を叩きつける。チェスの駒が床に散らばった。
「どうしたの」
セリンはてっきりオーファンも知っていて黙っているものだと思っていた為、目をぱちくりさせてオーファンを見上げた。
「誰に言われた!?」
「王妃の従者に言われたけど」
「あのクソババア……!」
「……」
失敗した。どうやら、オーファンはセリンが国王に会いに言った事だけを知っていて、会話の内容は知らなかったらしい。オーファンが国王との会話の内容を知らなかった事にホッとしたと同時に、自分が王宮を出る事は言わなければよかったと後悔もした。
「大丈夫。追放とかじゃないから。この国の護り神の水神アクエリ様の神殿を管理する水の巫になったらどうかって」
「魔力があるロリザー国籍の人間しかなれないって言うアレか……」
確かに、魔法に関しては素人以下でしかないオーファンから見ても、セリンの魔力には目を見張るものがあった。
「今は、空位だね」
「お前はそれでいいのか?」
「うん、それでいい。この王宮にいるよりきっと気が楽だろうし」
そうだ。最初から、オーファンに知られた時点で諦めると決めていたじゃないか。
「王妃に屈するようでスッキリしないな、俺は」
「それはわかってるけど、これで誰にも迷惑かけずに楽になれるならいいのかもしれない」
「それでも、何か釈然としないんだが」
セリンがそれでいいと言っても、その選択をした時点でオーファンは納得する事なんてなかったのだろう。
「王妃の思い通りにはならない。たとえ僕を王位継承者から引きずり降ろしても、今の法律のままなら姉上はやっぱり王位は継げない。僕が居なくなった所で、国王の弟が第一王位継承者に繰り上がるだけ」
男系男子が原則とされているロリザー王位継承者。セリンが居なくなっても国王の双子の弟が存在する。さらに、王弟の家系にも男系男子が存在しているのだ。
「そう言えば、お前に仕えるようになってから俺が国王陛下に会った事って一度も無いな」
「国王は体が弱くてあまり表に出てこないし、昨夜会った時もかなり体調が悪いようだった。いつどうなるかも解らない」
「えっ、大丈夫なのか?」
「だから王妃は僕に王位が行くんじゃないかと焦ってる」
「こんなになる前に辞退できなかったのか?」
「僕が王位継承者を辞退して王位継承問題から逃げる。その例外が前例になれば、原則が原則じゃなくなってしまう」
「だったら今回の件だって、邪魔な継承者を水の巫にするって前例になるだろ」
「僕以降はきっと誰にも真似できないから大丈夫。ロリザー人、特に王家の人間には魔法の才能はない。姉上もそうだし、多少王家の血が混じっている君もそうだ」
「確かにそうかもしれないけど」
「そもそも、水の巫は突然生まれた魔力の高い国民の子孫を増やさないために考え出された下らない措置なんだよ。魔力を持った突然変異を淘汰し、安定した魔力の無い国を築くための血の選別なんだ」
水の巫として任命された者は、聖職者として生涯純潔を貫かなければいけない決まりである事はオーファンも知っていたが、その裏の意味は初めて聞くものだった。
魔法を使うロリザー人はそれだけで異分子であり、強い魔力を持って生まれただけで周囲から畏怖の対象として見られる、と言う事なのだろう。
「水の巫の適性を持つ人が生まれるのはただでさえ低い確率。それが王家の人間にまた生まれる確率は天文学的な数字になる。そんな事の心配をして何になるの? 王家が近親婚を繰り返しているような国なんだ。二度目が起こる前に国自体が滅びてるよ」
そういうものなのだろうか。やはりセリンの説明はオーファンにとって時々難しい。
「もっとも、僕の場合は突然変異と言うよりも、完全に母上の血筋のせいだけど」
かつて、南の島国ハネモト王国からロリザー王国に献上された美しい女性がいた。表向きは友好の証として、実際には魔法への畏怖を原因とした理不尽な侵略を抑制する為の人質として。それが当時のハネモト第三王女であるミュール。セリンの母親だった。
ロリザー人は大部分が魔法とは無縁の生活を送っていた。だからこそ極端に魔法を恐れている。
ごく最近の歴史を紐解いても、傭兵の集まりとはいえロリザー王国に魔法軍が置かれるようになったのはセリンの母親の尽力があればこそであった。彼女は美しいだけではなく聡明であった。幼い頃は魔法を嫌っていたはずの国王の心が変わった程に、王妃が激しい嫉妬と憎悪をぶつけた程に。
「だから、後一カ月で僕たちはそれぞれの道を進む事になる。お互い、後悔する事のないようにしたいよね」
「それは、解ってるよ……」
「水神アクエリ様のお世話をするの、凄く楽しみなんだ。だから、心配しないで」
そう言ってぎこちなく微笑まれてしまっては、オーファンにはもう何も言う事ができなかった。