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剣の国の魔法王子  作者: 汐胡
序章 SOLITARY
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第三話 嘘だらけの決闘

 セリンにわざと負けるように言われ、オーファンはやりきれない気持ちのままセレスティナとの模擬戦の日を迎えた。セリンがオーファンを従者にすると決めたその日、セリンとセレスティナが練習試合を行っていた部屋の隅でため息をつく。

 セリンに言われた通りわざと負けるべきなのか、それとも自分の気持ちを通して本気でぶつかるべきなのか。いったいどうすればいいのだろう。

「オーファン、遅くなったけど」

 オーファンが複雑な気持ちのまま準備運動をしていると、セリンがオーファンから預かっていた戦斧を手渡した。ボロボロに錆び、刃こぼれだらけになってしまっていた筈の斧刃は銀色に輝いていた。

「凄いな、こんなに立派になるとは思わなかった」

「大丈夫かな、元々の斧より少し軽くなってるだろうから、手に馴染まないかもしれない」

 ピカピカになった戦斧を軽く振ってみるが特に使いにくいとは感じない。むしろ軽くなったおかげで以前より振り回しやすい。

「ああ、大丈夫だよ。有難う。誰に頼んだんだ?」

「僕が魔法で磨いただけ」

「魔法なのかこれ!?」

 どこかの名のある鍛冶師にでも頼んだのかと思っていた当てが外れる。確かに刃物を研ぐには水を使うことが多いが、水だけでこんなになるのだろうか。

「魔法って万能なんだな……こんなに細かい装飾まで」

 刃の部分に施された細かい葉の模様は、文字通り魔法のように正確で美しい。この模様はもともとのオーファンの戦斧には無かったものだ。

「死者を蘇らせるとか、目の届かない場所にいる相手を殺す、とか無茶な事は基本的にはできないから」

「そこまでいったら神の所業か」

「神様だってそこまで万能ではないと思うけど」

 セリンはそう言いながら反対側で準備をしているセレスティナを複雑な表情で見たが、気を取りなおしたようにオーファンに視線を戻す。

「あまり、気負い過ぎないで」

 その言葉の後に、勝たなくていいから、と口の動きだけで続ける。

 オーファンが負けず嫌いな性格なのはセリンもよく解っている。だが、オーファンがわざと負けるように戦えば、セレスティナに手加減をする余裕が生まれ、最悪の事態は避けられるはずだ。そうなる事を願うしかない。

「ああ、大丈夫だ。行動しないと、何も変わらない」

 オーファンを模擬戦へと送りだす時、彼はニヤリと笑ったように見えた。セリンは少しだけ、嫌な予感がした。


 二人は部屋の中心で向かい合う。セレスティナが腰に携えている武器はいつも通り細剣だったが、セリンとの練習試合の時と違って真剣のようだ。

 が、よく考えればオーファンが持っている戦斧も本物であった。セレスティナが真剣で戦うのは当たり前と言えば当たり前だ。ちらりと横を見ると、場外には医者が複数人並んでいる。怪我の恐れもあるからだろう。

「両者構えて」

 立会人の男の声が聞こえると同時にセレスティナは流れるような動作で剣を抜き、構えながらオーファンに話しかける。

「それ、あの時の斧ですの?」

「……はい」

 オーファンは姿勢を変えないまま答える。

「凄く綺麗に成りましたわね」

「ええ」

「あの、構えは……?」

 構えようとしないオーファンにセレスティナは怪訝な表情を見せたが、斧術に関してはセレスティナも専門外である。もしかしたらこれが斧の構え方なのかもしれない。

 いつまでもオーファンが構えらしき体勢にならないため、立会人もそれがオーファンの構えだという事にしたのか、合図をする。

「始め!」

 そう言い終わった時には既にオーファンはセレスティナから大きく間合いを取っていた。

「逃げるのか!」

「正々堂々と戦え!」

 見物人から非難の声が聞こえるが、オーファンは全く気にせずに戦斧を握り直し、今度は一気に間合いを詰めた。

 ガキンッ!

「!!!」

 セレスティナは斧による重い一撃を何とか受け流す。剣がギリリ、と歪む。オーファンは騎士志望とは思えないほどに滅茶苦茶にも見える動きで斧を振り回し、重い斬撃を連続で繰り出していく。

 セレスティナも負けじと芸術的とまで感じる無駄のない動作でオーファンに攻撃をするが、読みやすい型通りの剣はすべてかわされてしまう。かわされたかと思うと、かわした直後の無理な態勢のまま反撃を繰り出すオーファンの斧をなんとか受け止める。

 オーファンの戦い方はお手本の様な攻撃をするセレスティナとは対照的に完全な自己流、とも言える代物だった。動きだけを見れば非常に危なっかしく隙だらけに見える。が、セレスティナは彼の斬撃を受け止め、かわすことで精一杯で何故かその隙をつく事が出来ない。

 オーファンは、セレスティナが今まで手合わせをしてこなかったタイプだった。動きの予想が全く出来ない。

 セリンはオーファンの動きを目で追いながら息を飲んだ。おそらく、オーファンはセリンの言うとおりにはせず、本気で勝ちに行こうとしている。

 手合わせをしそこねて今日初めて戦いを見たセリンにはオーファンの実力ははっきりとは解らないが、十三歳という年齢にもかかわらず実戦投入しても問題のなさそうな強さである。

 少なくとも、コネだけで騎士団に入っている貴族連中よりはよっぽど使えるだろう。

 そう思った時だった。

「はっ!」

 セレスティナが繰り出した突きがオーファンの頬を掠める。光を反射する淡い色の髪が数本散った。

「……」

 その攻撃を受けたオーファンの目つきが変わった。隠す気のない殺気がセリンにまで伝わる。もはや、これは試合ではなく死合というべき戦いだ。セリンの危惧していた通り、このままだとどちらかが大怪我をしてしまうか、最悪死んでしまうかもしれない。

「流石、セリン様に全勝しているだけの事はありますね」

 オーファンは戦いが始まってから初めて口を開いた。

 セレスティナの背筋がゾクリと寒くなる。セリンと同じ年齢のはずなのだが、体格も、表情も自分よりも大人びて見える少年の低い声は、強い威圧感を放っていた。

 セレスティナが怯んだ後、オーファンは後ろに跳び、再びセレスティナと大きく距離をとる。

「姫様。もし、私が勝ったら一つだけお願いを聞いて頂けませんか?」

「お願い、ですか?」

「セリン様に対する王妃陛下の態度を少し軟化させるように頼んで頂くだけでいいんです」

「そ、それは……」

 セレスティナは目を泳がせる。

 煮え切らない態度を目の当たりにしたオーファンの機嫌が目に見えて悪くなったのが解った。

 セレスティナが目を反らしたその隙をついてセレスティナに強烈な一撃を浴びせる。セレスティナは間一髪でそれを受け止めたが、細い剣は今にも折れてしまいそうだ。

 何とか受け流したセレスティナが一歩下がろうとすると、オーファンはそれを追いかけさらに斧を振り下ろす。

 セレスティナの細剣が悲鳴を上げた。

「なあ、あんたはセリンがあんな目に遭ってる事に心を痛めてるんだろ? 何とかしろよ……母親が違っても、あんた、あいつの姉なんだろ?」

 囁くように紡がれた悲痛な声に、セレスティナは目を伏せる。

「ごめんなさい……わたくしには……」

 オーファンはそのセレスティナの反応に軽くため息をつくと、三度セレスティナと距離を取り直した。

「出来ないのですね。解りました」

 オーファンが確認するかのように呟くと同時に、ガシャンと、重量が床にぶつかる音が鳴り響く。

「……!?」

 その音に驚いたセレスティナがオーファンの方を見ると、彼女がオーファンの呟きに頷くのも待たずに持っていた武器を床に落とし両手を上げていた。

「審判」

 射抜かれるような目で見られて立会人の男が瞬きを繰り返す。

「は、はい?」

「……棄権します」

 見物人からどよめきが起こる。先ほどセレスティナの方が一矢報いたとはいえ、それ以外は一方的にオーファンが押していたのだ。

 それは、周囲から見れば不可解過ぎる棄権。このままいけばどちらが勝つかは誰の目にも明らかだったのに、何故――。

「しょ、勝者、セレスティナ殿下!」

 一呼吸後に立会人の男がそう叫ぶ。

 セリンも呆気にとられたように、あまりにもあっさりとした戦いの幕切れを見届けた。

 落とした武器を拾ってすぐに戻ってきたオーファンを迎えるが、まだ混乱は収まらない。

「ただいま」

 その呼びかけでようやく我に返ったセリンは戻っていくセレスティナの後姿を見た後、オーファンに向き直った。

「もうする事はないよね。戻ろう」

「ああ、そうだな」

 オーファンは答えながら、腑に落ちない表情をしている王妃を横目で見ながらざまあみろ、と心の中で毒づく。

 試合には負けたが勝負には勝った、そんな気分だった。


 廊下を並んで歩きながら、普段感情を見せないセリンが珍しく拗ねたように従者を見上げて小声で言う。

「確かにわざと負けろとは言ったけど……」

「監視に聞かれたら」

「今は居ない。話を反らさないで」

 断言したように言う所を見ると、魔法か何かで気配を察知でもしているのだろうか。あくまでも推測でしかないが。

「ああ、流石にあからさま過ぎたよな、悪かったよ」

 不満そうな顔のセリンを見ながらオーファンは苦笑すると、間髪入れずにセリンが続けた。

「それだけじゃない、本気で勝ちにいくかと思って凄い心配した」

「だから悪かったって。それにしても、どうして負けろなんて言ったんだ?」

「君が大怪我したり死んだら困るから」

「えっ……」

 セリンから明確に自分を気遣うような言葉を聞いたのはこれが初めてだった。この短期間である程度セリンの信頼を得ていたのなら、素直に嬉しい。

「姉上は争いが嫌いな臆病者のくせに自己顕示欲の塊で押しつけがましい偽善者だ」

「偽善者って」

「王妃は事故で君が死ねばって思ったかもしれないけど、君が弱かったら姉上は勝手に手を抜いて情けを掛ける。姉上はお優しいお姫様だから」

 珍しく長く言葉を紡ぐセリン。さらに、吐き捨てるように付け加えた。

「……もっとも、王妃のせいで対外的には正義感たっぷりの勇敢な姫騎士、って事にされてるけど」

 セリンがセレスティナに対して言及した所をオーファンは初めて聞いたが、はっきりとした悪意のようなものが感じられる。

「姫様はお前の事心配してるみたいだったぞ」

「知ってる。でも、心配するだけじゃ僕に対する扱いは変わらない。姉上だけじゃなく、王宮の人にもそういう考えの人が何人かいるのも知ってる。でも、それが僕を救うことにはならない」

 心を痛めながらも結局は見て見ぬふり、それがセリンにとっての姉なのだろう。

「とにかく、オーファンが全力で戦ったら姉上も本気になってうっかり、ってこともあり得るから。だから負けろって言った」

「そうだったのか、心配掛けて悪かったな」

「君は、心を痛めるだけの連中とは違うから」

 その言葉がセリンの口から聞けた事で、セリンに仕えてからいくつも感じていた苦しみはすべて吹っ飛ぶ。

「ああ、そのために俺はお前の傍にいるんだ。お前の味方は母親だけじゃない」

「そうだね」

 いずれ従騎士として騎士団に入り、セリンのもとを離れる時が来る事は解っていた。それでも、立場が変わっても、どうか彼の味方である事が出来ますように。

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