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剣の国の魔法王子  作者: 汐胡
序章 SOLITARY
1/9

プロローグ

 いくらか温度が上がった小さな部屋の中で、鋭い剣戟の音が響き渡る。

 剣術を信奉し、この世界においては極めて高水準とも言われる水力を利用した電気・機械技術をもつ新興国家・ロリザー王国において、身分の高い者同士の間で頻繁に行われている剣術の稽古試合。

 手を合わせているのは黒髪の少年・セリンと銀髪の少女・セレスティナ。ロリザー国王の実子である姉弟。つまり王子と王女だ。

 姉弟ではあったが二人は似ても似つかなかった。腹違いの姉弟であるがゆえに容姿が全然違うというのもあるのかもしれないが、それ以上に、身に纏う覇気のようなものが違った。

 輝くような生命力を放つ姉に対し、今、剣を振るう体力があるのが不思議なくらいに生命の気配を感じない弟。

 人種すら違うように見える姉弟の唯一の共通点は、父親譲りの深い紫の瞳のみであった。

「!!!」

 銀髪の少女が一歩踏み込むと同時に、黒髪の少年が体勢を崩した。ぶつかり合った金属から火花が散り、練習用の細剣が弾かれて宙に舞った。セリンの剣だった。

「そこまで――!」

 立会人の男が大きく声を張り上げる。

「勝者――セレスティナ殿下!!!!!」


 尻もちをついたセリンにセレスティナは手を伸ばすが、セリンはその手を振り払い、自力で立ち上がった。

「……」

「何のつもりですか、姉上」

「セリン、どうして貴方がわたくしに勝てないか、わかります?」

 またその話か。セリンはうんざりしたようにセレスティナから視線を外す。

「姉上が強いからです」

 会話をするのも面倒だが、黙ったら黙ったでうるさいので適当に反しておく。

「そうじゃありませんわ」

 ああ、うるさい。

「でも、本当に姉上は凄い人です。僕なんかじゃなくて姉上が王になれれば良いのに」

 セリンはセレスティナの方を見ないで自嘲するように答える。十三歳の幼い少年のものとは思えない達観した表情。こんなに繰り返し模擬戦を行っていれば、所詮この手合わせは姉の評判を上げるデモンストレーションのようなものだと、察しが悪くても分かってしまう。

 そんなセリンの気持ちがセレスティナに伝わるはずもなく、姉は自らの主張を押し付ける。

「貴方がわたくしに勝てないのは、貴方に守りたいものが無いからですわ」

「……」

 早く話が終わらないだろうか。そう思いながら聞き流す。いつも、いつも、いつも。セレスティナの考えはセリンには到底理解できないものであった。

「わたくしは世界を守りたいと思ってますの。皆が幸せで有ればよいと、そう思っていますわ」

「それなら……僕は……」

「……なんですの?」

「いいえ、何でもありません……」

 僕は、姉上に勝てる事は永遠にない。

 セリンはその言葉を飲み込んだ。世界を守りたいと思える理解しがたい正義感は、セリンには……かけらも存在しない。

 守りたいものなんて、きっと、これからも、永遠に、できることはない。

 もし、万が一そんなものが出来たのなら……。その先は想像することすら難しく、投げやりに思考を停止した。


 セレスティナとの模擬戦を終え、護衛も従者もつけず、独りで自室へと戻るセリンに貴族の男が声をかけてきた。

「セリン殿下、いやぁ、惜しかったですねぇ」

「……何か?」

 セリンが気味の悪い媚びた声を垂れ流す男を見やると、有力貴族の筆頭であるレスティエード家の当主が脂ぎった顔を光らせながらそこにいた。確か、この男の息子は姉の婚約者だったか…。

「僕に話があって声をかけたのでは?」

「いえね、今年で十三になったうちの下の子が騎士になりたいと言ってましてね」

「それがどうかしましたか」

「年齢も同じですし、殿下の下で働かせられないかと」

 セリンは軽くため息をついた。この狸親父は、長男とセレスティナとの婚約だけでは飽き足らず、まだ王家との繋がりが欲しいのか。

「僕は、そういったものをつける事は好みません」

「いやいや、それはもちろん存じ上げております。ですが、息子がどうしてもと言っておりましてね」

 相手は貴族の中でも最も王家に近い存在だ。あまり邪険にすると父親も、姉も、王妃もうるさいだろう。

「……分かりました。会うだけ会いましょう。それでよろしいですか?」

「流石はセリン殿下。実はもう連れて来ているんですよ。オーファン、こっちに来なさい」

 セリンの死角になっていた通路の陰から父親とは似ても似つかない薄い色素の髪の美少年が現れた。

「お初にお目に掛かります。オーファン・レスティエードと申します」

 セリンに頭を下げる少年は、同い年とは聞いたが、いくらかセリンより大人びて見える。

「……はい」

 少年は初めてだと言ったが、セリンはその少年に見覚えがあった。一年前、貴族院の有り方に異を唱えてその幼さで投獄されそうになった少年。レスティエード家の顔に泥を塗ったはずの少年であった。

 セリンも彼が異を唱えた場に居合わせていたのでよく覚えている。それだけではない。セリンが彼の投獄に反対した事により、彼の罪は許されたのだ。

 しかし、今の彼は貴族の次男坊としてのレールに乗っ取り騎士を志して目の前に立っていた。結局は貴族の体制には逆らえなかったという事なのだろうか。

「以前、お会いしていますよね?」

 セリンが確認するかのように問うと、オーファンは目を見開いた。

「……! 覚えていらっしゃるのですか?」

「はい。僕はあの時の貴方の行動に心打たれましたから」

 オーファンはさらに信じられないと言った様子でセリンを見る。心なしか嬉しそうだ。どうやらあの時の気持ちは完全に消えてはいないらしい。

 オーファンの父親の方はセリンの反応に少し微妙な表情をしていたが、セリンは気にせずに続ける。

「気が変わりました。あの時から貴方の志が変わっていないのなら、僕は貴方を従者としても構いません」

 その言葉を聞いたレスティエード家の当主も、先程までの不満顔をいとも簡単に投げ捨て、目を輝かせて食いついた。

「そ、それは本当でしょうか!」

 貴方には言ってないんだけど。そう言いたくなるのをぐっとこらえる。

「……僕は彼のような新しい考えを持った貴族がこの国を変えると思っていますから。貴族の次男だからといって騎士にしてしまうのは勿体ないくらいです」

 自分にごまをすって擦り寄ってくる貴族にうんざりとしている憂さ晴らしも兼ね、セリンはここぞとばかりにレスティエード家の顔に泥を塗った少年を褒め称えた。

「場合によっては、僕が貴族院の議員として彼を推薦しても構いません」

 オーファンの父親はそんなセリンの言葉を聞いて何と応えるべきか思案している。

 だが、それもほんの一瞬。目先にある王家との強力な繋がりに釣られたようで、気持ち悪い猫撫で声を出す。

「ならばお話は早い。お恥ずかしながらオーファンはあの時の主張を忘れてはおりません」

「お父様……?」

 オーファンは思いきり怪訝な顔を見せた。だが、王族と強固なコネクションを持つ事がもっとも大事らしい狸親父は必死である。

「……もう、レスティエード卿はお下がりください。父上には僕からお話します」

 流石にセリンもうんざりしてきたので狸親父を遠ざけようとする。

「はい、身に余る光栄を有難うございます」

 別にこいつにとっては光栄でもなんでもないような気がするが、もうどうでもいい。

「有難うございます……」

 そう礼を言ったオーファンはどうも釈然としないような表情をしていたが、セリンに下がれと言われては従うしかない。ひとまず、親子はセリンに一礼をしその場を立ち去った。

「ふぅ……」

 後で国王に報告をしなくては。自分が従者や護衛をつけない事をよしとしていない無責任で心配性の彼は喜ぶだろう。本当は会いたくもないのだが、言ってしまった手前伝えないわけにはいかない。


 セリンに丁寧に接してくる貴族はセリンが将来王位につくと予想している権力目当ての者だけだ。大抵は男系男子のみが王位を継ぐという法を変えて王女セレスティナに王位を継がせるべきだと考えている。

 姉セレスティナより劣った弟セリンは、異国の血の混じった無能な王位継承者であり、ただ単に国王唯一の息子だから継承権を得ているだけ。多くの者はセリンをそう認識していた。セリンが物心ついた時には既にそういう事になっていた。

 特に、セリンとは他人の関係にあるセレスティナの母親クラーレ――つまり王妃は、セリンを目の敵のように扱っていた。

 彼女をよく知らぬ者でも自分の娘であるセレスティナではなくセリンが第一王位継承権を持っている為かと予想ができたが、それだけではない。異国の女性であったセリンの母ミュール、つまり王に寵愛を受けた側室に、セリンは生き写しと言われるほどよく似ているらしい。

 議会にも女王を認める法案が提出され、話し合われた事も何度もあった。王弟の息子に継承権を移譲する話が出た事もあった。セリンの王位継承に期待をしている人物など、レスティエード卿を始めとしたほんの一握りの者だけだ。その一部の者でさえ、無能な者が王になれば自身の権力に繋がると思っているに過ぎない。セリンに心から期待をする声は狂ったものとして全て封殺されていた。


 それからも次期国王とされているセリンにごまを擦りたい数人の貴族に捕まりながら、適当に相手をし、自室に戻った時には既に半刻以上が経った後だった。いい加減にして欲しかった。

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