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人間じゃない

 分からない事は知りたいし、吸収したい。そう思うのは間違いだろううか、そうザイラスは考える。

 知識欲は全ての源であるし又行動力の原点だ。だから古代魔法文明以降にある種の例外を除いて失われた魔法という技術を魔術という形で人々は現代に復活させることが出来たのだ。それは暮らしを便利にしたい、人の役に立ちたいという考えもあったのは間違いないだろうが確実にそれだけではないのもまた間違いない。

 要は、魔法というモノについて知りたかっただけなのだ。どうしても知りたいから調べただけの事だ。

如何に便利だろうか。一体どういうものなのか。 その意識欲の権化のような偉大なる先人、学者たちの努力の末、その結果今日において魔術というモノがあるのだ。

 そんな事を考えながらザイラスは屋敷の中の客室に辿り着いた。ここはある人が一週間前から滞在している。

 当初、この部屋に向かおうとすると使用人たちが泣きながら止めたがその静止を振り切り好奇心のままに部屋の扉を開くとそこにはザイラスの好奇心を満たす知識がそこにはあった。

今まで見た事も無い景色の話に聞いた事も無い知識は大いにザイラスの心をときめかせた。だから今抱えて居る大量の本も何かを調べるための物なのだろうがザイラスにはさっぱりわからなかった。これが一週間ほど続いているためにザイラスは完全にウツロのお手伝いさんと化していた。

まあ、自分使う訳でもないから良いか、と最初は考えていたがやはり気になるものは気になる。


 何よりも問題なのは今、当主であり祖父であるレナード、そしてその息子であり我が父のクリスを始めとした保護者陣がカルやランフェイ以外にいないという事だ。出かける前に何か言っていた気もするが研究そっちのけで聞いていなかったのだ。そのツケがこうして回ってきているのだが、ザイラスは決して悪い気はしなかった。


 そして今日もまた部屋に向かう。今日はどんな事を聞けるのか、どんな物が見らせるのか、それが気になる。 なぜ屋敷の者はランフェイを除きカルぐらいしか部屋に入らないのかは問題だろう、そんなことを思いながらいつものように体で扉を押し開くと、部屋の中にはザイラスが想定していた数と違う人数になっていた。


 現在部屋を使用しているウツロ、そしてマヒロに加え、姉のアルシャナ、その従者カルが仲良く何かを見ながら話をしていた。

 ずるい、ここに来るならどうして誘ってくれなかったのか、そんな感情が湧きあがったが思えば自らがここを訪れる時に姉やカルを誘った事が無いと気づき口には出さずに深い息を吐いた。


「なんだザイラス、ため息を吐いたら幸せが逃げるって言葉聞いたことないのか?」

事の中心人物が笑いながら声を掛けてきた。それにザイラスは首をふる。


「そんなこと聞いた事ありませんよ。本当なんですかそれ? 何も関連性が無いように思いますが」

ザイラスの言葉にウツロの隣で魔法學園のパンフレットに見える冊子を眺めていたマヒロが同意した。


「それは僕もそう思うよ。虚君はため息をついたことで幸せが逃げて行ったと実感した事があるのかい?

言わずもがな僕は無いけどね」


顔を上げず熱心にというよりは食い入るように冊子を眺める姿にザイラスは心を奪われた。

パッチリとした目、整った顔立ちに短く切った髪が良く似合う。ザイラス好みの顔だ。それに所作一つとってもどこか気品を感じさせる。卑怯だ、と思う。これほどに引き付けておいて興味が無いと言わんばかりに視線を自分に向けることは無い。それどころか自分には話しかけてくれたことさえないではないか。

それでも心奪われるザイラスにはそんな事さえどうでも良いように感じられた。

美しい、笑顔を自分に向けて欲しい。じっと見る目ていると突然姉の声がした。


「んん、何か用があってここに来たのでは無いかしら?」


 咳払いと共に姉はそう言った。慌ててアルシャナの方を見るとカルはニヤニヤと笑いそれを隠そうともせず、姉は呆れたようにこちらを見ていた。

 ウツロもカルと同様に笑ってはいるものの嫌な感じはしないが笑われて心地の良いものでは無い。

何とは無しに気まずい思いをしながら抱えて居た本をウツロに渡した。


「そうでした。ウツロさん頼まれていた『古代魔法文明大全』と『知性を持たない亜人(デミヒューマン)も納得の世界史』。それから『必ず行ってみたい名所』、『古代語に連なる言語』『植物図鑑』『魔法の入門』『世界に広がる魔法体系と伝承』『民間に伝わる伝承と伝説』『民間魔法全集』『信仰の全て』

『猿でもわかる共通語辞書』『一から覚える読み書き』『謎と恐怖が広がる遺跡』『原始の血脈に関するレポート』お持ちしました。でもこんなものどうするんですか? 関連性が無さ過ぎて検討もつきませんが」


 「ん? まあ知っていて損は無いって所か。本とかは持っててもなんやかんやで無くなる訳だ。それに比べて読んで頭に叩き込めば知識は無くならないって事だ」


 あくまで、忘れなければだがな、そうウツロが付け加えて本に没頭しようとしていたので慌ててザイラスはランフェイに言付かった事を伝えた。


「おじい様は今日お帰りになるそうです」


「そうか、あんがとな。後、頼んでた魔法干渉力がどうの行使がどうののあの検査の水晶の結果、あれどうなった?」

 

 そう、ウツロが目覚めて二日目の事だった魔法の存在する世界だと知ったウツロは自分も魔法が使えるんじゃないかと言い出し、マヒロもそれに乗っかった為魔力の検査を行ったのだ。大仰な名前だが、要は魔力の所有量や濃度を検査する水晶に触れた訳だが、それを言っているのだ。本来なら即時に分かるのだがウツロやマヒロは異世界人だという事を踏まえもっと正確なものを魔術開発推進保全を目的にする魔法ギルドから借りて検査を行ったわけだ。


「あ、あー、ありますよ? ただ」

余り、この件には触れたくなかったのだが、仕方ない。ザイラスは意を決して結果を伝えようとしたがそれはウツロの言葉によって遮られてしまった。


「あー、俺は魔法が使えないんだろ? それくらいは分かるさ」


「いえ、その、そんなことは無いんですが」

勿論、嘘と言う訳では無い。無いがウツロの言葉もまた間違いではない。ただ結果だけを見るならウツロの魔力保有量は無いに等しい。唯これは一般的な魔法使いを基準とするために無いに等しいとなっているが無い訳では無いのだ。


「そうか? でも真優がやっていたみたいにやっても魔法なんて使えなかったけどな」


 一切気落ちする事無く手を握ったり開いたりしながらそう言い切ったウツロは既に結果を分かっていたのだとザイラスは確信した。

魔法を使う事を期待していたにしてはウツロの反応が淡泊すぎる。つまり期待はしていなかったということだ。この魔法を必要とするこの世界でだ。そんなウツロにザイラスは何か寒い物を感じながら、顔だけは笑顔を作った。この人は何かがおかしい。が刺激を求めるザイラスに取ってこのウツロという人物は酷く好奇心をくすぐる人物であることは間違いなかった。


「実用に値しないというだけで使える事は使えると思いますよ」


 ただそれは初歩も初歩。初級とも言えない、何なら手品とだっていえてしまう程度のもの。水を出そうとするならコップ一杯、焔を出そうとするなら手の上くらいなら出せる。がそれは余りにも弱すぎるために使えないと言ったのだ。言い換えれば才能が無い。事、魔法において才能の無さは命取りになる。才能のない者が背伸びして無理に魔法を行使して命を落とすなどよくある話だ。

魔法と死は表裏一体、戦士で例えるなら剣の才、戦いの才能が無いものが戦場に出向きあっさりと死ぬようなもので、到底命の保証は出来ない。


「ふーん。それってさ火種が無くても火が起こせて水がない所でも水が飲めるって話だろ? マジかよやったじゃん超便利」

 本に目を落としたまますごくどうでも良い事のように虚はページをめくっていく。ザイラスも大概の読書家だと思っていたがその目から見ても尋常な速度ではない。唯めくっているだけではないかと思ってしまう程だ。



「便利ってウツロさん、がっかりしないんですか?」


 どうでもいいようにそう言った事が気になりそう聞いたが、答えたのはマヒロだった。


「君ね、虚君にそんなこと言っても無駄だよ。そもそも僕はたまたま魔法が使えるってだけで僕も使えなかったらこういう態度になると思うよ。だってそもそも使えなかったんだし。無ければ無いで良いんだよ。

僕たちはね。あれば活用するけど無いなら無いなりさ」


 だからどうでもいいのさ。あくびしながらマヒロにそう言われてしまえばザイラスにしても何も言えないが、それほど世界は甘くないのだ。マヒロはまだ良い。問題はウツロだ。何をして生計を立てるのか。

 もちろん帰る手段を見つけて帰るというのは構わない。マヒロを引き留めるかもしれないが、ウツロだけなら全然問題は無い。でもそれにしたって生きていく術は要るし、方法が無ければ食うモノも食えないのだ。

 さっと盗み見るようにしてウツロを眺めてみるがこれといったものが無い。身体付きだって戦うためのものでは無いように見えるし。魔法は使えない。なら知識か? それも今勉強をしているならあとどれ程の時間がかかる事やら。だからと言ってザイラスだってウツロに死んで欲しい訳では無いのだ。


「お二方は魔法を軽視しているかもしれませんがこの世界はほぼ魔法や剣技で決まると言っても過言ではありません。より正確で強い剣技。強大な魔法威力にそれを操る魔力技術という具合にです。

スキルなんてものもありますがこれは魔法と同じで才能の部類です。

 それ以外で生きようとするなら商売か学問で何とかするしかありませんよ」


「冒険者という手段も考えられるが?」


 聞きなれた声にザイラスの心は踊った。面白がるような声がしてそちらを見てみると、そこには祖父のレナードが立っていた。その顔には懐かしむような笑みと面白がるような表情が混在している。


「おじい様、戻られたのですか?」

 

 アルシャナが嬉しそうに声を上げる中で、一人ザイラスはレナードの言葉の意味が分かりかねていた。


「おじい様、冒険者というのは無理があるのではないのでしょうか」

 

 冒険者は武力はもちろんの事、魔力もいるし知識もいる。確かに何か身分を証明する物がなにも無い者達はこぞって冒険者になるがその生存率は推して知るべしという程でしかない。生半可な覚悟では簡単に死んでいく仕事を何故に進めるのか。それが疑問だった。


「そんなことは無いぞ? なあ虚」


 レナードに問いかけられたウツロは本から顔を上げてニヤリとわらい「どうだかな」と本を閉じた。

そこにはザイラスの入り込めない何かがあるのを感じ、何も言わぬ事に決めた。













「どうだかな?」


 顔を上げた虚は視線の先に居た人物を見て懐かしいような、そうでもないようなそんな不思議な気分を味わう事になった。最後にあったのは五年前だ。別れの日にはもう会う事は無いだろうと確信していたのがそれがどうだ。目の前には多少雰囲気の変わったような気のする相棒、レナードが立っていた。

 そんなレナードはしっかりとした足取りで目の前まで歩いて来ると、すごい速さで抱き着かれたのだ。


「本当に虚か?」


 少し涙ぐんだ声は、その存在をそっと確かめるようにか細い。


「そうだよ。お前こそレナか? どんな偶然だよこれは、っつーか何泣いてんだお前、大の大人がみっともないぜ?」


 そんな簡単な会話だけで俺は間違いなくレナードである、と確信した以上向うも俺が虚であるという確信を得ているだろう、という確信があった。その程度にはレナードと常に行動していたと言える。


「そうだな、そちらのお嬢さんは?」


 軽いハグをすましたあと抱き着いた時に気が付いたのだろうレナードは真優を見て説明を求めてきた。

ホントの事を話せばきっと驚くに違いない。


「驚くなよ? こちら二十数年ぶりに発見された弓狩真優さんだ」


「は? 何?」


「いや、だからさ、神隠し事件ってあっただろ? 俺がずっと気になってて追ってたやつ。 あれのさ、張本人」


「虚、良いか、関係ない人物を事もあろうか異世界に誘拐など前代未聞だぞ。しかも女子高生誘拐はお前ロリの疑いがかかるぞ。良いか、虚よく聞け、人間は成長するんだ、二十数年も当時のままの姿という事は在りえないんだ。クソ、まさか虚が犯罪者になる日が来ようとはな やはりあの時に日本に残っていれば」


「おいおいおい勝手な妄想してんじゃねえよレナ。言ってんじゃねえかよマジだって。マジな話だ。

俺が裏山のだな、見た目は……そうだな十センチくらいの水溜りに落ちた訳だ。そこが洞窟になっててだな」


 もうこの時点でレナードの頭には?が浮かんでいる事が顔に出ていた。

「お前は十センチほどの水溜りに落ちると言っている時点でおかしさを感じないのか?」


「それ言うなら水溜りに落ちると洞窟でしたってのも加えとけ。でだ。そこで出会った奴がコイツな訳だ」


虚が指さした先で真優はアルシャナと何かを話していたが今は忙しいので無視。そのままレナードに話の顛末を語る事にする。


「まあ、なんやかんやあってだな、人狼っぽい何かに追われたり、怪しさ満点のヤバ気な研究者っぽいのに捕まったりして今に至る訳だ。お分かり?」


 そこまで話した時点でレナードの顔には呆れが浮かんでいた。しかも深い溜息まで。

俺の話ってそこまで分かりにくいか、なんて考えてもみたがまあ納得のいく話では無いのは分かる。

誰だっていきなりそんな話をされたらまず頭を疑うだろう。俺だってそうする。

が、ほんとにそうなっている以上はこう話しかないのだ。


「ねえ虚くん、と? レナード君? だっけ? ちょっと大分、かなり深刻な問題が発覚したんだけどいいかい?」


「よろしくないな。今俺は家族から頭の中身を疑われてる後にしろ。何せ人間性に関わる問題だけに話し合いが必要だ」


「その通りだ。そもそもほんとに君は弓狩真優か? 証明できるものはあるのか?」


 レナードの問いに肩をすくめた真優は、「さあね」と軽くいなした。


「そもそも、僕が誰だっていいじゃないか。虚君が僕をそう呼んだからそうなのであって、あの長い時間を暗闇の中で過ごせば名前なんて重要なものでは無いのさ。嘘だと思うなら君もやってみるといい」

真優がそう言い切って、「ああ」と何かを思い出したみたいな感じで手を叩いた。


「虚君。コレ」

「ううぉ!?」

 そう言って真優は何かを投げて寄越した。危うく落としそうになりながらもキャッチし、飛んできたものを確認するとそれは、かなりの年代物だと思われる手帳だ。


「虚君が指摘した胸ポケットにはなかったけどね、はい証拠だよ」


 しきりに開くひらくように言ってくるので開いてみると、一枚の写真が貼り付けられたものだ。

学生証。それも真優の名前が間違いなく記載されていた。


「ほらな見ろ。どうだ俺は間違ってなかった。で真優、コレどこにあった?」


 洞窟内で確認した時には無いと言っていたし、胸ポケットは間違いなく破れていた。

流石に真優はあの時の服では無い為に確認が取れないが、隠し持つような場所は無かったはずだ。


「うん? それを女の子の僕に言わせようというのかい? まあ別にいいけどさ」


そう言って真優が指示した場所は腰の辺だ。だがあの時真優はスカートだったし、学生服のスカートにポケットがあるかどうかなんて知りようがないからそういうのならそうなのだろうと学生証を真優に返そうと手を伸ばした。


「いやね、ポケットに入れて落としでもしたら大変だからね、お腹に制服のベルトで巻き付けてたのを忘れてたんだよ。ほら、丁度この辺さ」と指さす真優は恥ずかしそうにしながらもどこか誇らしげな顔をしていて、虚を引かせた。


 「最後見た時はほら、下腹部辺りに落ちかけてたから焦ったね。何かが落ちてきてたからね」

 多分嘘なのは虚にも察しは付いたがあまり追求するとめんどくさい事になりそうだという判断から無視する。きっとパンツかなんかに挟んでいたのではなかろうか。全く根拠はないが。


 考えるうちにだんだん馬鹿らしくなった。適当に学生証を投げて返し、レナードに向かって肩をすくめてポーズをとる。


「こういう奴だ。まあ悪いやつじゃないから面倒を見てくれ」


 虚の言葉に真優が軽く会釈し、またレナードは深い溜息を吐いた。



 世間話もそこそこにレナードは「本題に移ろう」と顔を険しくした。それが長い間合わなかった相棒に対しての適切な距離感かどうかなんて虚に判断は付かないが、昔からこんな感じだった為にそのままの雰囲気で行こうとしたが。


「なんかもっとこうあるんじゃないかい? 久々の再会なんだろう?」


 真優にはそれがおかしく感じたようで、アルシャナやザイラス、カルまでうんうんと頷いていた。



「そうか? そんな事も無いと思うけどな」


特に今までそう感じたことも無かったが、そうかもな。まあそんなもんか。別に気にしないと虚は真優たちをスルーしてレナードの話が始まるのを待った。


「良いか? 始めるぞ? まず真優、君に何が起こっていたかは、先ほど粗方は聞いたが君も聞いておいた方が良いだろう。ミュゴス先生」


 そうレナードが外に声を掛けると入り口から入って来たのは何やら不思議な何かだった。

何が不思議なのか。人間ではない。というか人型をしていない。スライム状とも言い切れない不定形の服を着た物体がムニョムニョと律動しながら部屋に入って来たのを目にした虚の背筋に何か冷たいものが走った。生物ではなく無機物なのではないだろうか?

 こう生き物の本質として受け入れてはならないと感じさせる何かを持った不定形はレナードの隣で前進を止めた。


「やあ、諸君! 御機嫌いかがカナ? 私は医師のミュゴスといウ。そちらのお嬢さん、あいや失礼、ユガリ嬢はすでにお見知りおき頂いていると思うガね。今は無き国、幻国アールランとで医者をしていタヨ!」


 喋った。どっから声が出ているかもわからない明るい声は語尾に無視できない個性が詰まっている。

それに性格がイマイチつかみ辛い。表情というモノがないからだ。そもそも顔が無い以上表情もへったくれもない訳だが。


「今は無いってそれ滅んだって事か。そりゃお気の毒にな」


「他人事だけどネ君、ここに居るレナード様モ幻国の宰相様だったんだヨ? 関係ない事は無いことは無いんじゃかネ」


「そうは言ってもなぁ、あんま実感ないしな」


「まあいいサ。それよりマヒロ嬢、ご加減はいかがかナ」


 真優の方にムニョムニョと移動したミュゴス医師はその丸みを帯びた身体から仮足を伸ばして真優の手を取った。


「悪い所は無いよ。さすがはミュゴス医師。名医だね」


 淡々と検診を進めていくミュゴス医師を眺めていた虚だが、医師が羽織っている白衣に目がいって仕方なかった。頭も無く袖だけなのだがどうして白衣はズレ落ちないのか疑問で仕方ない。


 何か特別製なのか? いや無理だろもうおにぎりに海苔巻いてるようにしか見ねぇよ。


 虚の視線を何か勘違いしたのか真優が言った。

「何だい? 脱いで欲しいのかい? 別に君ならやぶさかではないのだけど流石に時と場合というモノをだね」


「黙って検診を受けてろ」


「くふふ、照れなくてもいいと思うけど、ねえ、ミュゴス医師」


 ミュゴス医師に問いかけた真優だったが、びくりと身を震わせる医師は我関せずと言わんばっかりに真優の脈をとっていく。


 それにしても真優はあの不定形の医師を見た時になんとも思わなかったのだろうか? そう虚は考えたがそれは即座に否定した。あの妙な思考回路を持つ娘の事だ。特に何も思わなかったに違いない。


「はい、脈拍正常だネ。うん。手もしっかり元に戻ってる。もう問題は無いね。全く最初見た時はどうなる事かと思ったヨ。何もかもが不安定な、空間で例えば魔力とか存在とかがあやふやになった時にあんなことになるのサ。余りにも長い時間そんな不安定な場所にいたもんだかラ、その空間に引っ張られて自分自身もあやふやになっていくってことダネ。

 もう数時間遅かったら君はこの世に居なかった事だろうサ。あやふやな虚数の塊になって消えていく。そんなとこカナ」


 ミュゴス医師は、必要な処置は施したと、真優を椅子から立たせると「次は君さ」と虚を呼んだ。


 

「いやいやいや、俺も? なんで」


はっきり言ってあの医師の前に立ちたくないだけなのだが、そもそも自身の身体に不調なんて感じてなかった虚だった為にミュゴス医師の言葉に拒絶を示すしかない。

 そもそもミュゴス医師を正面から眺めていると精神が不安定になりそうだ。

 

「どこも悪くないから俺は良いよ。結構だ」


「何を言っているのかねネ。良い悪いは私の判断する所だヨ。ささ、さっさと前にきたまえナ」


 拒否権が無いという事が判明した以上もう従うしかない。しぶしぶミュゴス医師の前に移動した虚は、入れ違いで退いた真優の「頑張ってくれ」という言葉と共ににっこりと笑った意味がありありと理解出来た。

 つまり、『自分だけ気が狂いそうになったのは不公平だから君も同じ処遇を受けるべきだ』と言っているのだ。つまりこの突然の検診は真優が噛んでいることはまず間違いないとみて良い。


「さ、君も謎の空間に居たという話だったガ、君には症状は出ていないようだネ。ちょっと失礼するヨ」


 そういったミュゴス医師の手触が伸びて手に触れた。適度にひやりとした体温に柔らかくもしっとりとした、そして謎のぬめり感を持つ手が絶妙に不快感を誘う。


「寒いのかナ。うん風邪には気を付けたほうがイイヨ。さて体温はちょっと高メ。フムフム」


 虚の目の前でミュゴス医師が体の方からもう一本手触を伸ばし何かを紙に書き込んでいく。

その光景に絶句していると、レナードが口だけを動かして『我慢しろ』と言っているのが見えた。


 これを耐えろというのか。想像を絶するほどにおぞまし……、精神に来るものがある。

なんかの化け物か何かの捕食シーンを見せられているくらいには耐えがたい。

 そういえばこの医師は顔はおろか、口も無いがどうやってモ食べ物を食べているのだろうか?

あまり気にしてはダメなダメな気がしてきて考えるのをやめた。

 

「君の種族はヒューマンだったネ? フム? 人間にしてハ」

「そうだよ。人間以外に見えるか?」


ミュゴス医師の謎の疑問に虚は当たり前に答えるも別の場所で疑問の声が上がった。

「え?」

 

 その声に振り向くと声を上げたのはアルシャナだ。何故か驚いた顔で口を押えていた。


「なんだ? どうしたアルシャナ。虚は間違いなく人間だぞ」


「いえそんなことは、無いと思いますけど」


「どういう事だ」



アルシャナの歯切れの悪い答えに何かを感じ取ったレナードは疑問の表情でさらにアルシャナから事情を聴いていく。それを眺めるだけの虚は完全に蚊帳の外で何か寂しい感じがしてくるのは気のせいか。


「だから深刻な問題が発生したといっただろう。虚君さ、人間じゃない疑惑がアルシャナさんとの間で盛り上がっててね。もちろん僕は人間派なんだけどさ。本当の所どっちなのかなって」」


「馬鹿言うなよ。生まれてこの方人間生まれの人間育ちの純度100%の人間だ。それも地球産だぞ。

産地偽装も何もないぜ」


 面白がるように声を掛けてきた真優は、虚の背中に体重をかけて枝垂れかかって耳もとで笑う。

腕を首に巻き付けた状態の真優。他の誰かが見ればまるで首を絞めているように錯覚するだろう。


「でもなんか雲行きが怪しい感じだよ?」


「そこは俺も遺憾な所だが、俺が人間なのはレナも知ってるし、何なら妹のルナも知ってる。

何せアイツらは俺で栄養補充してきたみたいなもんだしな。まあ、色々飯は食ってたけどさ。一応ほら、吸血鬼って血飲むじゃん。もし俺が人間じゃなかったら真っ先にレナがあの不定形の医者に報告してるだろうさ。しかし、おまえさ、あの不定形見てよく叫ばなかったな」



「叫んだよ? 普通はあんなのが来たら叫ぶだろう? 何言ってるんだい? ただ、僕が叫んでもミュゴス医師は怒ったりせずに静かに笑って許してくれたからかなりの人格者なのは間違いないと思うけどね。

 で、だ。実は僕はね、虚君が人間だろうとなかろうと別にそんなことはどうだっていいのさ。

ふふふ、むしろ人間じゃない方が僕的には面白い。何せ人間だと思っていた相手が人外だった! なんてのはファンタジーの醍醐味だろう? くふふ楽しみだなぁ」


「好きなように言ってくれるな全く。他人事だと思って。 つーかお前、『虚君人間説擁護派』じゃなかったのかよ。いいか? よく聞けよ。俺は間違いなく」


人間。そう言おうとしたその時だった。「人間ではないらしい。いや、しかし」

 レナが話の流れを持って行った。

「虚。少し血をもらうぞ」


 言うが速いかレナ―ドが虚の腕をとり爪先で薄皮一枚ほどの深さで少し傷つけた。

それを虚は少し不快そうに眼を歪めた。何せこれは後でピリピリするのだ。


「おいレナ。その切り方何とかなんないか。それ後が大変なんだよ。紙で切ったみたいになって」


「ではルナマリアのように首元に噛みつけと? 男のか? 嫌すぎるな却下。映画や漫画の影響だな。

私だって人並みの感情は持つぞ」


「おいまて、それどういう意味だ。今まで散々俺の血吸っといて今さらそれ言うか!?」


「彼女に捨てられかけた男みたいなリアクションだなッ!!」


 適当な事を言いつつ、虚の腕に浮き出た血の球を舐め上げたレナードに真優が口笛を吹くが、虚はレナードの顔が強張ったのを見逃さなかった。レナードがあんな顔をする時はまずもって嘘がバレた時か、俺が怒った時。そして非常に良くない事が起こった時だ。


「……、虚。何があった。血の味が違うぞ(・・・・・・・)


「ッ!? はあ? ありえねえだろ。そんな事はず」

 無いと言いかけた虚の頭に、とある事がよぎった。それは、あの洞窟内での出来事だ。

 あの狂った男は俺に何をした? なに、と言われても答えられない自分が居る。それはそうだ。

あの時気を失っていたからだ。だから何を、と言われても答えられないが、もし。もしだ。

 何かの実験をしていたのは間違いない。もし、――――――人間を別の何かに変える実験だったとすれば今、佐藤虚という男は、一体何者なんだ?


「あ、あんんの、糞男、俺に何をしやがったぁああ!」


 虚の怒号が部屋に響いた。ふつふつと、煮える怒りはあの洞窟内の狂った男に向かっていた。


 いきなり叫んだことでザイラスやアルシャナが竦んだのが見えたが、煮えた頭ではそれを可哀想だとは思いつつも抑える事が出来なかった。何せ、虚は人とは違う何かになった。ぞれも自分が納得しての事ではない。それが虚を苛立たせる。自分で納得してそうなったそうなったのなら別に何も問題はない。

だが、これは他人の都合でそうさせられたのだ。これを怒らずには居られなかった。


「虚君、皆怖がってるから、少し抑えたらどうだい?」


 さっきと変わらず、涼しい声で真優が囁いた。だが、首を抱いた状態のままの腕には少なからず力が込められていた。


「―――、悪い。もう落ち着いた」



「虚、何があった。何故こんなことになっている。全てあったことを話せ。一から十までだ」


 虚の様子から何かを察したであろうレナードの声は固い。その声には誤魔化しは無しだという意思が込められているように虚は感じ、今日の朝、池に落ちた事から話すことにした。


 


「そうか。虚、はっきりとは言えんがどうもお前の血からどうも幻想種の味が感じられた。

その男が何をしたいのかはわからんが、はっきり言ってまともではない。自称古代人など聞いたことも無いが、種族が変わるなんてこともまた同様に聞いた事が無いのは事実だ。厄介な事に巻き込まれたな。

 ルナが聞けば何というか」


 全てを話し終えた虚に、レナードは首を振りながら言った。部屋の中には堅苦しい緊張が張り詰めている。


「まさか、DNA改造手術を受けてるとは俺もついぞ気が付かなかったよ」


 虚は手を振ってそう脱力したように言う。 それを見ていた真優も思い出したように手を上げて言う。


「僕もこんな感じの事が出来る様になってる。虚君の話だと僕も何かしらの改造を受けてるらしいんだけどね。僕の記憶は消されてる。なのに何で虚君は消されてないんだろうね」


 言いながら真優は例の謎バリアーを張って見せた。それはあの洞窟内と変わらず青い光を明滅させながら現れていた。


 「うーん、なんにせヨ、一回調べる必要がありそうだネ。唯、マヒロ嬢の力については説明にあったようにどうも自身の能力の開花、なんて事らしいかラどうしようも無いけどネ。所謂スキル、ってヤツサ。

 しかし、人為的なスキルの開花、なんてのも初めてキクケドネ。

まずはウツロクン、君の種族をキッチリカッキリさせない事にはどうにもナラナイネ。ウツロクン、腕を出してクレタマエナ」

 

 ミュゴス医師がそう言って白衣の中から取り出したように見えるのはそこそこ大きな箱だった。

「それ、どっから取り出した?」


「うン? 僕の体ノな」


「あ、いいや、聞かなかった事にしてくれ」


「そうかイ? じゃ、遠慮ナク」


 その箱から取り出したのは注射器だった。何故異世界に注射器があるのか、そしてそん物をその液体じみた体に入れて良いのか、それは大丈夫なのか。聞きたいことは山ほどあるが。全部飲み込む事にした。

 聞くのが怖かったともいう。


 みるみる内に注射器の中に血液が溜まり、ミュゴス医師はそれをまた箱にしまう。その時に何かしら光ったが、一瞬の事で分からなかった。


「これは、あとで調べさせて貰うヨ。まずはゆっくりと休み給エ。健全な身体を作るには休養と食事と運動サ。

しかし君たちにはまず、栄養補給と休養だネ。大公、あとは任せたヨ」


「委細承知している」

「じゃ、結果は三日後ニネ」

 ミュゴス医師はレナードにそう言い残して鞄を手に取ると、体に飲み込ませていく。そしてそのまま部屋を出て行った。






 

文字数が少なくてもコンスタントに投稿したいと思った今日この頃。

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