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新たな世界

遅くなりましたが今年もよろしくお願いします

  寝転がっていたのは少しだけの間ですぐに周囲の違和感に気が付いた虚が歩き回っていると、足元に生えた草に目がいった。それが違和感の原因だという事に気が付いた。最初歩いていた森の中に自生している草とは全く別の草だだという事実。そしてそれが日本はおろか外国でも見た事が無い新種の草だということ。


「ーーーーーー……、どこだ、此処」

 まさか副業としていたプラントハンターの知識が役に立つとは思ってもいなかった。ともすれば副業と定めたのが大きな失敗だと思っていたのがここにきて、と虚の心は喜びに沸き立っていた。

 ちなみにプラントハンターは西に東にと世界を股にかけ、依頼された珍しい木だの草だのを依頼主の為に取って来いする仕事だ。

 時に部族、時にマフィア、現地部族と切った張ったと大立ち周りすることもあれば癒着しながら、と買い付けするわけだが、虚の場合一切割に合わなかった。

 冒険家兼歴史家、かつ草木を集める文無しだった。そもそもにして俺、人生選択を誤ったな、とか考えているときにこれだ。人間、いつ何時にどういう経験が役に立つか分かったもんじゃない。

やっぱ、何事も経験だな、そう思いながらしゃがみこんだ虚は見つけた草を手に取る。と同時に鋭い痛みが手に走った。慌てて手を放して痛みの原因に目を向ける。


「棘? いや種子か? それを射出した、のか?」


 防衛本能か生存本能によるよのか。基本的に自然界に息づくもんは進化の過程によって合理的になっていくものだ。より合理的な判断を降せば、その両方だという可能性が一番高い。で、あるならばまだ膝の高さにも満たないこの草はどれ程の生息範囲でいかほどまで成長するのか。怖さしかない。


「何にせよここから動かないと血だるまになって死ぬかもな。最悪、冬虫夏草系の草の養分って感じになるって感じか」


言って周囲を見回す虚は辺り一面にこの問題の草が自生していることに危険を感じたのだ。

むしろ洞窟から出てきたその場にこの草が無かったというのが幸運だ。

 速やかにその場を移動しながら被害を負った手に視線を落とす。

掌は無数の鋭い細かな棘によって血塗れになっていた。鋭い痛みを我慢しながら棘を抜くという作業を数回繰り返し、真優の元へ戻る。と、身動き一つすらしなかったのか先程と全く変わらない様子で寝転がった真優は、気だるげに口を開いた。


「お帰り。なんか変わったことあったかい?」

「ああ。まあ、あったにはあったがそれよりなんか顔色悪くなってないか? 大丈夫かよ」


「ふふ、大丈夫に見えているなら君の眼は大分節穴だね」


 力なく言い切った真優の顔を覗き込んだ虚は、まじまじと土気色に代わりだした真優の顔を眺める。

今考える事ではないがやはり整った顔立ちだ。白い肌は血の気が失せてさらに白い。

本来であるならばパッチリとしたアーモンドアイも見る影もなく、短く切りそろえられた髪、特にパッツン状態の前髪は汗でへばり付いてサラサラ間の欠片も無い。全体的に見てもモデル顔を通り過ぎてもはや作り物の域だ。それも趣味首肯と技術が神の域に達した達人が精魂込めて仕上げました、といわんばかりだ。

まさか。具合が悪くなってもクオリティが落ちないとは。


「何だい? 今見惚れるのはちょっと勘弁してほしんだけど……」

「ま、そりゃそうだ。んで? なんで具合悪くなってんの」

「まさかそれを聞かれるとはね。知らないよ急にきたんだから」


「異世界の空気が会わなかったのかね?」あり得ない話では無い。何せ未知の世界だ。何があっても不思議はない。虚はしゃがみこんでは真優の額に手を当て熱を測ってみるが感触としてはそれほど熱がある訳では無いし、何なら平均より低いかもしれない。


「完全にお手上げだな、医者に見せたほうが良いんだろうがな」


 辺り一帯木々と緑に囲まれた自然豊かな森の中でどうすりゃ良いんだと思うが愚痴ったところで始まるわけでもなし。「ちょい揺れるぞ」そう言って虚は真優の手を取り次いで背中を向けて一気に背負った。体重が以上に軽いのが気になったが今は気にすることじゃないと背負ったままで取りあえず歩き出した。


「人里の方向が全然わかんねぇ」

 土地勘が無いというのは非常に厄介で、この森の広がりかたも良く分からないというのか感触だ。不意に身じろぎした真優が頭を首筋に押し付けて来て口を開いた。


「お、重いんだったら無理しないで降ろしてくれてもいいんだよ」


「重かろうが軽かろうが今のお前には歩くなんて無理だろうがよ。ツベコベ言ってないで大人しく背負われてなさい」


「そういう話じゃないし、君にはデリカシーってものが無いのかい?」


「デリカシー? ああ知ってる。古代バビロニア文明において最強最悪のウイルスだったか? 罹患したが最後、やれハラスメントだの個人の権利だのと口うるさくなる恐ろしい病だ。日本でも神武天皇の時代にもたらされて猛威を振るったらしいぞ?」


「ああ、分かった、分かったとも。君相手に何を言っても無駄だという事が良く分かった」


 呆れた、と真優は大きく息を吐き出して大人しくなった。病人というのはどこに行っても病人な訳だ。ならば大人しくしておけというのが虚としての意見だ。


「良いか? お前は現状何か知らんが何かしらの理由で具合が悪い訳だOK? でもって俺の手には負えないからすぐにでも医者に診せたい訳だがその身体じゃ3日たっても森から抜けられないから俺が背負って動いた方が速いだろうが」


「それはそうだけどね。君、方向は分かっているのかい?」


「問題はそこだ。なんにせよ獣道でもなんでもいい。道を見つけにゃならん」


 どこをどう見ても道なんてない。というかこの洞窟出口付近だけが開けていただけでそれ以外は何もない。唯、虚が気になったのはこの森が手入れされているという事だ。

 木は倒れている物もあるが最小限度で、草にしても自然に、気にならない程度には手入れがされているというのが虚の印象だ。という事はここはどこかの誰かさんの持ち山だという事になる。

 面倒事は避けたい。そう思い足を踏みだしたが遅かった。


「おい! そこのおまえたち! 止まれ!」


 突然呼びかけられた声に振り向くと、若い男が立っていた。中々の美少年という感じだ。10代半ば、男になりかけ特有の顔はまだ、少年が色濃い。一見バイオリンでも似合いそうな日本人とは全く異なる顔立ち。評価としてはひ弱そうだ。

 唯、その手に握った物が楽器ではなく抜きはらった生身の刃でなければだが。


 物騒な輝きを放つ鈍色をこちらに突き付けて少年は叫ぶ。


「お前達はここがシャナカリンド公爵家の森だと知ってこの地に足を踏み入れたのか!」


 いつでも斬りかかると言わんばかりの少年はこちらを伺うようにしていたが虚は答えなかった。

シャナカリンド、という言葉に非常に聞きおぼえがあった。それは虚が幼少期から延々と聞いてきた言葉。

不意に虚の耳に聞きなれた声が蘇った。ーーーーーー私はシャナカリンドの家に帰らなければならないーーーーーー。

 あの時から虚とあの少年少女の兄妹は家族になった。運命的、なんてはっきり言って馬鹿らしいがでも本当にそう感じられたあの日。絹の様に滑らかな。宝石のような輝きを放つあの黒い髪。尊大だがどこか怯えの感じられる声。


「シャナカリンド? 今そういったのか?」


「そうだ! 私は」少年が何かを言おうとしたがそれを遮る。


「レナード=ヴァレクストラ・シャナカリンドを知っているか?」


「知ってるけど、ちょっと違うかな」今度は虚のすぐ後ろで声がした。声の主の方に顔を向けるとそこに剣を持った少年と同じ歳ぐらいの少年が立っていた。虚の覚えている面影を残した少年は歌うように。


「レナード=ヴァレクストラ・シャナカリンド・サトウは僕の祖父さ。おじい様を知っているのかい? 処でその女の子具合が良くないみたいだけど大丈夫かい?」

真優を覗き込むようにして少年は言う。


「馴れ合いはそのくらいにしといた方がいいと思うけど? 大公の名前は広く知れ渡っているしね。彼が知っていても不思議じゃないよ。ザイラス様も危ないですよ」


「そーそー。一応貴族なんですからねー」


 今度は右側の森から複数の声。木々の間から4人の武装済みの男女が現れれた。どうやら最初に口を開いた優男風の男がリーダー恪らしい。


「Aランク冒険者、流星の皆さんは僕が彼にやられると思っているのですか?」


ザイラスと呼ばれた少年は苦笑気味に笑う。流星なる集団は肩を動かして事も無し、と態度で表した。


ただ、虚はそれどころでは無かった。冒険者だのなんだのと、ファンタジー的単語を一気に聞いたせいで頭痛を起こしかけていた。自分も親友が魔術師だと大概だと思ったが、これは度が過ぎる。


 謎の洞窟を越えた先は異世界でした。なんて笑えてくる。


「全く、狩りなんて本当は嫌いなんです。それなのに姉さまは僕を連れだしておいてどっか行っちゃうし。

狩りの最中に謎の響きわたる轟音、なんて出来過ぎてるでしょう。貴方もそう思いませんか?」


ザイラスが同意を求め此方を見た。


「その通りだ。分からん事だらけで笑えてくる」ただ一つ。この場の主導権を握っているのはこのザイラスだ。それをブン捕る。そうすればこの場を握れる。そう思い虚はある事を思い付いた。ここに人が集まってくるという事はそれだけ俺らが危なくなるという事だ。であるなら。ここに人を集めなければいい。

要するに囮だ。しかし俺が囮になって真優を置いて行くとなると真優はどうなる? 控えめに言っても真優は美少女だ。そしてここに居る人間の感じからして、中世、もしくは近世に近い世界だとするならば、置いて行けば酷い事になるのは必至だろう。それに虚の知っているレナードではないかもしれない。同姓同名の別人だという事だって考えられる。

 虚が選べる答えは連れて逃げるの一択だ。


「善し。ザイラス。金は無いがこれで見逃してくれ」

 本当は虚としても嫌なのだが背に腹は代えられない。いつも肌身離さず付けているあるネックレスを引きちぎってザイラスに渡す。鎖を無理に千切った為に非常に痛い。慣れない事はするものじゃない。


「ッ、これは…!」


何かを言われる前に背負った真優をもう一度抱え直し一目散に森に駆け込んむ。後ろで何か大きな声がしたが、ザイラスが何とか場を収めるだろうという確証があった。何せ、もしかすれば俺の家族の孫なのかもしれないのだから。もし、もしあれを見た事があるなら追って来るよりも確認しに行くはずだという考えが駆け巡る。最悪違えば逃げ切ればいいだけだ。何せ俺たちはあの洞窟の中で化け物から逃げ切ったのだから。

そんな事を考えつつ虚ろは草木が覆う緑の大地を縫うように走った。









 後に残されたザイラスはネックレスを見た瞬間、凍り付いた。それは敬愛する祖父レナードがいつも付けている物に酷似していた為だ。細い鎖に加工されたメダルが付いているだけのものだ、だがこれは絵柄が違う。レナードが付けている物は月に星。だがこれは太陽に本。違うモノに見えるが関係が無いとは言い切れない自分が居た。

何故こんな物が、そんな思いがあったが流星のリーダー、シャナンが上げた声にハッとした。



「森に逃げました。追いましょう」


このような事態でも冷静なのは流石はランクA冒険者だなと感心しつつザイラスはその提案に拒絶を見せる。


「駄目です! それよりも確認しなければならない事があります」


「どういう事でしょうか?」


シャナンが困惑したように言う。それはそうだろう。今ザイラス自身も困惑しているのだから。

だが、あの男が逃げた理由は判らないが何かやましい事がある訳では無いように思う。それにこんな大それた事をあの男が出来るようには思えないかった。ザイラスは少し離れたある、本来ならば大きな口を開けたような洞窟の入り口であったであろう場所を見て心を揺らせた。


「一体何が有ったんだ」

ザイラスの呟きはごく小さいもので誰の耳にも届くことなく、ただ少年は崩れた洞窟入り口を見て立ち尽くすしかなかった。


「ではあの者は捨て置くという事で?」


ザイラスの護衛であるグラスが剣を鞘に戻しながらザイラスを見る。それに頷きザイラスは元々居た場所を指さし、すでに動いているであろう姉を思い出す。


「多分姉様も彼らを追っているはずだ。なら逃げられやしないさ。吸血鬼という種族は伊達や酔狂ではないさ。それよりもお前はおじい様の所に向かってくれ。そこでランフェルさんにこれを見せてくれ。これが本物かどうか判るハズだ」


 ザイラスはそう言うとネックレスをグラスに手渡す。グラスは不思議そうに「直接レナード様にお渡しすればよいのでは」と首を傾げるが、それはザイラスにとってあまり良いとは思え無かった。


「おじい様は忙しいお方だ。本当ならランフェイさんだっておじい様の身の回りの事でお忙しい筈なのにこのような事でお手を煩わせるんだ。それにランフェイさんはおじい様が幼い時からお仕えしている方だ。何か知っているはずさ」


 得心がいったとばかりにグラスは頭を下げると、そのまま駆けて行った。ザイラスはこれからどうしようかと思っているとシャナンが隣にやって来た。


「いやはや、何かわかりませんが唯の狩りのハズだったのに大事になってしまいましたね」


「そうだね。ま、僕としては狩りが丸々潰れてしまえば良い事尽くめさ。あまり体を動かすのは好きじゃないんだ」


「そうですか? まあ確かにザイラス君は戦士というには少々体が細いですし、魔法使い特有の動くより本を読めるならそれに越したことがない、という考えが服を着て歩いているようです」


「僕は姉様みたいな文武両道の化け物には成れないさ。それより貴方たちは狩りの護衛という任務が無くなった訳だけどどうするの?」


ザイラスは清々しい気分でそう尋ねたがシャナンはそれを見て苦笑する。


「一応、村全体の狩り大会でしたからね。依頼はまだ生きてますよ。それに彼の事も気になりますし」


流星の面々がそれに頷く。「それに依頼料についてもイレギュラー発生の分も支払って貰いますから大丈夫ですよ」

 また流星の面々は頷いた。依頼料についてはザイラスの与り知らぬ話であったが頭の痛い話であるし、流星のパーティーは中々に凄い事を言うな、というのは胸に留めた。





 シャナカリンド公爵家執事、ランフェイにとってこの事態はあまり歓迎するものでは無かった。

何せランフェイ自身が数カ月の時間をかけて入念に準備を行ってきた狩り大会が謎の轟音によって中断せざるを得ない事態に陥っていたからだ。


 どうにか収拾をつけないとなりませんね。しかし情報が一切ない、というのはどういう事でしょうか?


大会実行委員のランフェイの元に一切情報が上がっていないのだ。これはおかしい、そう考えていた。


ランフェイ自身、何か異常事態が発生した時の想定は折込んだ計画を立てていたし、それを使用人たちにもそれを徹底させていたはずだった。仕方なくというように鼻を効かせる。

ランフェイは人ではない。見た目は黒いウサギが燕尾服を纏っているようにしか見えないがそこらの獣人ではない。原始の血族、VirginBloodヴァージンブラッドと呼ばれる古い生き物だ。嗅覚もそれに見合う程度の性能はある。

火薬の匂いは無し。であるならば、どこかの山が崩れたか。そう思い至り、ランフェイは自らの分身たる小さな黒兎を無数に出現させて指令を与える。


「状況を確認しに行ってください。怪我人の有無、被害状況。それらを私に伝えてください」


 そう言うとウサギたちは地面を飛ぶように散っていく。それを見送りレナードに報告しに行こうとしているとある少年が駆け込んできた。


「おや、グラス君何か問題が?」

十中八九先ほどの轟音の事だろうと思いながら荒い息のグラスに声を掛ける。


「ランフェイ様、ザイラス様からこれを見て欲しいと」そういてグラスはずっと握って走っていたのだろう手の温度で温まった鎖の付いたメダルを手渡してきた。


「これは?」


「先ほどの音は洞窟が崩落した音でした。そこに居た男が持っていたものです」


 どう見てもネックレスだ、だが高いものでは無い。が証拠の品である以上は無下に扱えずどうしたものか、匂いでも嗅いで自ら追うか。


そう何気なしに眺めていたが背中に電気が走った。


ランフェイにそう錯覚させるほどの衝撃だ。これは、あり得ない。これは。


「これを持っていたのは男、と言いましたね。どのような者でしたか?」


急に語気が荒くなったランフェイに戸惑いながらグラスは見た儘を告げる。


「背は私よりも頭三つ分くらい高いように思えました。髪は黒で妙に覇気のない、というか冷めたようなどこかこう、人とは違う目をしてました。あまり関わりたくないような、と言いますか」


ランフェイの中に急速にある人物像が組みあがっていく。「他に何か特徴は?」


「そうですね。そういえば見慣れない服を着ていました。最初は公国の屑どもの患者かと思いましたが公国風の服でもありませんでしたし」


「そうですか。分かりました。グラス君そこに案内してください」


ほぼ間違いない。そういう確信がランフェイの中にあった。虚様だ。これは間違いない。


だが、グラスは何か言いづらそうな顔で「あの、ですね」と歯切れの悪い言葉を繰り返している。

きっと私自ら尋問をしようとしている、と勘違いしているのだろう。


ランフェイはその勘違いを正すために笑う。「違いますよ。もし私の思い描いている方ならお迎えに上がるのです」


 がやはり、歯切れが悪い。というか顔が青ざめている。「どうしましたか? もしかして危害を加えたのではないでしょうね? 仮に私の知っている方なら当家の恩人に当たる方ですよ?」


流石にランフェイの言葉が強くなる。それはそうだ。知らなかったとはいえもしそうであればシャナカリンド家最大の恥になりえるのだ。知らなかった。では済まされない。

 それは最悪グラスを処罰しても足りない。グラスが居た、という事はザイラスもその場にいたという事になる。つまり主君の血筋を害さなければならないのだ。


「い、いえ。なにも害して居りません。というよりも害する事も出来ませんでした!」


その答えに、少なからずランフェイは胸をなでおろした。だがグラスが未だ青い顔の理由が判らない。


「ザイラス様が引き留めておいでなのでしょう? 私もそこに向かいます」


「いえ。ザイラス様は引き留めて居りません」


 何やら雲行きが怪しくなってきた事にランフェイの胸がざわついていく。


「では、どちらへ?」

「森の奥深くに逃げていきました」


「まさかお一人で、ですか!?」


いよいよランフェイ慌てだした。そしてその様子をみたグラスもようやく事の重大さに気が付き始める。


「で、でもザイラス様が仰るにはアルシャナ様が追っているのではないか、との事でしたんで直ぐに見つかる事かと」


「ランフェイ様、アルシャナ様なら好都合では好都合ではありませんか。我が姫は優れたお方です」

すぐ横で居て当然だという顔でランフェイを凝視するメイドが自慢げにアルシャナを賛辞する。

アルシャナ付きの武装メイド、カルだ。


「……カル。何故あなたはここにいるのですか?」

足音を消して歩いていたのだろうがランフェイの語感からすればまだ甘い。足音が微かに聞こえていた。がグラスからしてみれば急に現れたように見えただろう。息を飲んで驚いていた。グラスもまだ青い。

 だが、今はそれが大切な訳では無い。カルは得意げな顔で「我が姫は優れたお方です。私が居らずとも大丈夫です」そう言い放った。その答えに頭痛がしてくる。


「何時もアルシャナ様に付き従っているのになぜ今日に限ってここに居るのかを訪ねているのです」


「今日は狩り大会なのでメイドも主も無い、ライバルだとおっしゃられその言葉に従ったまでです」


何のことは無い。巻いても巻ききれないなら鬱陶しいので命令してしまえという事ではないか」


「でも確かにアルシャナ様が探してくれるなら良かった、ですよね? ランフェイ様」


カルの言葉にこれ幸いと乗っかるクラスにランフェイは耐えかねた。


「何が良い事がありますか!! あのアルシャナ様ですよ! 大人しい外見など見掛け倒し! 先祖返りもかくやという吸血鬼性抜群の吸血姫です! 敵だと判断すれば干乾びるまで血を吸う! お腹がすけば食べる! 抵抗するなら魔法を使う! あああああ、なんという事でしょう、大変だ。今すぐに追いますよ!」


 ランフェイはさらにウサギを出して捜索範囲を広げつつ、カルとグラスを連れて虚を追う事になった。

「あ、あのそういえばですね、少女を背負ってました」


「は? は?」


思い出したように付け足すグラスの言葉にランフェイは更なる混乱を受ける事になる。






 

誤字脱字、間違いなどありましたら教えて下さい。

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