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狂人の言葉は切羽詰まったとしても聞くべきではない。


 

「ようこそ。私のラボラトリーは何の味気も無いだろうが気にしないでくれたまえ」

 待ち構えていたのだろう。いきなり男の声の声が響いた。

よく言えば落ち着いているが、ひどく言えば無感情とさえ取れるような無機質な、何物にも興味を持てない、そんな声が虚の耳朶を叩く。

 唐突に光の有る場所に引き込まれたせいで何も見えない。突き刺さる光から逃れるように腕で目を覆い隠す。

虚には顔を見ることはできないが多分酷く薄情な顔をしているのだろうと感じた。

 徐々に目が慣れ始め、視界に映りだした光景は先ほどの洞窟とはうって変わって病院の診察室のような場所だった。だが、それにしては何かがおかしい。何かが違う。何かを決定的にはき違えたような感覚に在りながらそれが何なのかが判らない違和感に苛まれ、虚は何故、洞窟の中にこんな場所が有るのかという本質的な疑問を問う事が出来ずに居る中、「さて」と男。


「何故ここに連れて来られたのか分かるかね?」


「さあね。教えてくれんのか先生(プロフェッサー)?」


 洞窟の中にこんな妙な部屋を作って引きこもり、人間を引きずり込むような奴がまっとうな診察をしてるれるはずはない。

 男の雰囲気がわずかに変わったをの見て虚は身構えた。


「何、少しほんの少しちょっとした実験に付き合って貰いたいだけだよ」

 

 お断りだ、勝手にやってろ。そう言いたかったが男が手を上げた瞬間。コードのようなものが巻き付いてくる。


「君は、神。と、いう存在をどう考えるかね」



 やけに神を強調し区切った喋り方が男の執着の強さを垣間見せる。表情になんの変化も無く言葉だけが感情を表している。


「新手の宗教の勧誘か? 生憎と無宗教でね。神だのなんだのは興味ないし緊縛して神の存在を問う連中とは相容れなさそうだから他をあたってくれ。んで俺を帰してくれ」


 突っぱねて相手の出方を見る、という虚が好む会話の手法だ。人によっては小莫迦にされていると感じる奴も多く邪見にされることも少なくないが、今回は違った。そもそも相手にされていない。会話すら成り立たない。


「事、神等というモノは我々のようなものに見向きもしないはずだった。なんという行幸だろう。

最後の最後で巡り会うとは。まだ捨てたものでもないな。

 神、神、神。醜く、忌まわしくも恐ろしい外からの来訪者よ。今度こそその存在全てをそのそんざいの全てを、その悍ましい思惑の一片に至るまでを」


 消して見せよう。男は今まで感情を表すことの無かった顔に狂気を滲ませて嗤う。

広げた両の手を天井に伸ばす。天井など見てみていないのかもしれない。こんな箱のようなこの場所においてただ天上に向け、呪詛を吐く。祈りの為に手を掲げるのではなく見えぬモノを搔き毟るために。


 この、数時間でどれ程この言葉を思い浮かべた事だろう。ヤバイ、意味不明だと。

虚は拘束を解こうと必死にもがくがびくともしない。この場所に居ては碌な事にならない事は必死。


何が起こるのかは分からないが、何かされる(・・・)のは容易に想像で出来た。何せまともな事をしようとするなら、いきなり人を攫わないし、縛りつけたりはしない。どれだけ楽観的に考えてもショッカー本部並みの改造を受けるという事は考えられた。


「成程。鋭いじゃないか。異世界人」


「はあ?」


 ぐるり、と顔をだけを虚に向け、笑う。考えを読まれた。読心術かよ。等と考えて。


「読心術、というのは間違いだ。魔法と言う技術体系の一端だよ」

其れより、と男は「何か気付かないのかね」と出来の悪い生徒に上から目線で教えようとする教師のような口調で考えることを強要してくる。


「異世界人、と言ったな。つまりここは異世界か。しかも魔法がある。

お前の言葉を鵜呑みにして此処が仮に異世界だと仮定して、お前は俺が異世界から来たという事が解る場所。異世界の端かその境界って所か。そんでもって俺を何かの実験に使おうって所か」


 今度は男が息を飲む。が、じきに驚嘆と感心を混ぜたような声を上げる。


「なかなかどうして、百点(パーフェクト)とは行かなくとも及第点を上げよう。では答え合わせだ。

左様。ここは世界と世界の境界線たる空間で、実に約二十年ぶりの客人だ。だが安心したまえよ君。

私は誰もが崇め、信仰する世界の秩序を担う神々などではない。この通り学者であり魔術師だ。

無論、年代物だがね。

 さて、唐突だが、君には実験台になってもらいたい」


 突然にそんな事を言い出した。つい先ほどまでハイテンションで喋り倒したかと思えば、他者を勝手に実験材料にするという。言葉は通じるのに意味が解らない。などと考えてみたところで逃げる手段がない。


 デカい化け物から逃げ切きったと思えば今度は別の化け物(狂人)に捕まる。ホントに運が無いと虚は息を吐いた。どうにかして逃げ切りたいがそもそも身動きが取れない以上どうしようも無い。

 

「何、過分に痛みを与えるような趣味はしていないから安心してくれよ。では始めよう。そう諦めた目で見つめないでくれたまえ。前の実験ではあと一歩のところで成功という段階まで来ている」


「成功するとは言わねえんだな? つーかそんなあやふやな実験を俺が受けると思ってるのかよ」

 

 男は半眼になると呆れたように言う。「君は実験動物に『これから実験いたしますがよろしいですか?』と尋ねるのかね? そんな事は自明の理だろう。否だ。だから私は聞きはしない」


 言い終わると同時にタイミングを見計らったかのように無表情な少女が布の被せられた等身大の何かを持ってきた。いやタイミングを計ったのだろう。出なければこれほどまでに周到には用意できなかったはずだ。


 なんの予備動作も見せず少女はシュルリと布を引く。中から現れたのは常軌を逸した光景だった。

 

 昔、何かの番組で見た光景が虚の頭をよぎった。

 幼いながら好奇心は大いに刺激されたが何処かの偉い学者が言うような熱心に語るその技術を用いたとしても虚には到底、信用できなかった。人間を保存(・・)することなんて。多少違えどまさかこんな事があり得るなんて。


 人間が、液体の詰められた装置に入れられて眠っていた。口や鼻には呼吸を維持する為だろうか、管が通されて、時折泡が昇っていく。装置についているパネルを見て少女は淡々と弄って手に持ったボードに状態を書き込んでいるように見える。パネルを操作するチープな電子音がやけに大きく聞こえた。

 忘れていた、とばかりに男は手を打つ。


「名を聞いておこうか。成功すれば君を名で呼ばなければ失礼というものだ」

虚の目前まで歩いてくると、目を覗き込みなから男が言った。


「あの女はアンタのか?」


「尋ねているのは私だがまあ良いだろう。大概私も寛容だからな。君の強がりには付き合おう。

答えだが、否だ。彼女は私が手ずから作り上げた人工生命体だ。数少ない成功例さ。そういえば君といた彼女、名をなんと言ったか」

 男が少女に問う。


「マヒロ・ユガリです。二十年前の脳波実験の被検体です。常世と彼の岸を接続して神の領域に侵入するという実験だったわけですが、未開発で有った被検体本来の能力発現の為失敗に終わった為廃棄したはずですが」


「違うな。正確には扱い切れないから様子を見ているのが現状だな。実に口惜しい事だがね」

少女の頭を撫でながら男は続ける。

 話しについていけない以上仕方ないとはいえ虚はただ会話を聞き続けるしか無かった。

「私はあの少女に眠る潜在的な力を目覚めさせる実験を行った。元来、脳には使用されている部分こそが少数派だという事を知っているだろうか? 我々はその未知の部分をブラックボックスと呼称していたがね。

 

 唯の気まぐれとは言えまさかあんな能力を発現するとはね。知っているだろう? 先ほど見ただろう? あれだよ」


 ぱん、と男が手を叩くとその隣に真優の姿が映った。先ほどの洞窟の中で俺が引き吊り込まれた場所を叩きつ続け、何かを言っていたが、音で居は無くその声までは分からない。その向こうではまだ真優の張った謎バリアーを破ろうとしている化け物が居た。


「発現したのは分け隔てるというただ単純かつ当たり前の力だ。あれは嫌い。これは好き。あっちは違う、こっちが正解。あいつは嫌い。こいつは好き。気に入らないから遠ざけて、気に入ってるから手元に置く。

そう。人間誰しもが持つ当たり前の感情だ。『分け隔てをしない人になりましょう』なんて馬鹿けた話だと思わないかい? だってああまでも感情の発露の延長として能力が現れるのだから人間なんて単純な物さ。

 だが、単純故にああいったモノは怖い。能力の発現した当初彼女は暴れてね。死ぬ思いをしたよ。

だから我々に関する記憶は消した。丹念に丹念にね。だから彼女は私に関する事を君に伝えなかっただろう? そして君もここに来て思ったはずだ。こんな目に会う目に伝えて欲しかった、とね。

 違う、知らない事は話せない。だから彼女は君に伝えるという考えが無かった。まあ、長い洞窟生活で能力の発現方法は思い出したようだがね」



 肩をすくめた男は困ったように言う。「まいった始末に負えない」


 まるで捨て方のわからないゴミがあって邪魔になるけど手に負えない。そういっているように聞こえた。

そんな粗大ゴミをみる目で人間を語る事に吐き気が込み上げてくる。


「なんで人間をそんな風に言えるんだよアンタ。同じ人間じゃねえのかよ」


「ふむ。それは少々誤解が有る、同じではない。そこには明確な違いがある、それはこちらが行う側で君が行われる側だという事だ。長々と話してみたがどうも話をそらされてばかりだ」


 虚の目の前に手をかざした男はにっこりと笑う。


「最初からこうしておけばよかった」


 唐突に脳みそを直接揺すられたような感覚に陥った虚は、胃の中身を吐き出しす。そして徐々に意識が薄れていく。その中で男達の声がわずかに耳に届いた。


「ではさようならウツロサトウ。君に会うのはこれっきりだが身に余る光栄だと思い消えて行ってくれ」

「System All Green―――PROJECT始動。code Vermillion install START  ERROR ERROR。  仮定結果、失敗。 成功確率予測0,001%。強制実行開始」


「では、ウツロ(・・・)君さようなら。最後に言って置くことが二つあるが、一つは君にではないがまあいい。まず、むやみやたらに名前を呼ぶのは感心しない。どこで誰が聞いているか分からない世の中だ。

二つに、名付け親のセンスが壊滅的だ。何故君が改名しなかったのが不思議だ。以上」

 強制的に眠らされるという不快感で言い返すことが出来ないし気力もない。

名前バレたの真優の所為じゃ寧夏よとか名前の事は俺が知るかよとか益体も無い事が浮かんでは消えていく。 

 最後に黒い意識の闇へと落ちる中、虚はくそったれと吐き捨てた。

 



 






「ーーーろーーー」


 声がした。か細く、寂しさを感じさせるような声だ。


「ろーーーく―――」


 余程怖いのだろう。震える声が何かを失うまいと必死な子供を思わせる。それが何なのかは判らないが多分それは大事な物なのだろう。きっと一人なのだ。故にこれほど声が泣いている。


「う―――、ろ―――」


 それほどまでの何を恐れるのか。何をなくしたのか。何を取り戻したいのか。それが虚には判らないままで。


「虚君!」


「うお!? 何だ痛ってぇ!」


 目も覚める衝撃がを襲った。どうやら寝転がっているようでまじかに真優の顔が迫っていた。ジンジンと熱をもってしびれる頬から察するにどうやら乱暴に起こされたようだ。最悪の目覚めと言える。

相変わらず暗いし何も見えないが、すぐ近くに顔がある程度には見える。その程度なのではっきりとしたことは分からないが、取りあえず一番変わったのはそれでも見える、という点だ。見えている、と言う不思議が、虚にはどうにも腑に落ちない。が、すぐに思い当たる。あの狂った男の仕業だと思った。そしてこれをしてなんの意味があるのかとも思ったが、判らないので棚に上げた。


「良かった! 眼が覚めた!」


「永久に眠りそうになった。で? なんで俺は気を失ってた? 何があった。なんで俺はここで横たわってる」


 最後に覚えてるのはあの男の腹の立つにやけた顔だ。音声までは聞こえなかったがあの時に壁に向かって真優は何かを叫んでいた。もし、というかほぼ確実にだが、真優は俺の名前を叫んでいたんじゃないか?

だから、最後に言っていた名前云々も合点がいく。

 取りあえず虚は真優の頭を軽くはたいた。それが気に入らないのか真優は頬を膨らませ「どうして僕が叩かれなきゃいけないのさ」と御立腹だったが、怪物はどっかに行った事、逃げるなら今だと言った。


「まさか、ボクが改造されてるなんてね、思ってもみなかったよ。そして君も改造人間の仲間入りという事かな」


「そういう事らしいな」


「すまないね。ボクが覚えてさえいればこんな事にはならなかった。それにまさか誰かに声を聴かれてるとは思わなかった」


申し訳なさそうに真優が言う。その件を責めてもどうしようもないし、知らなかったものを何故教えないなんて起こるのは馬鹿らしい。


「そうだろうな。まあ、実験動物として瓶詰めされて名前書かれてディスプレイされてないだけ儲けもんだろ」


「何でそうならなかったのかが疑問だね」


「失敗したからじゃねえの?」


 成功していたら最悪あの空間で一生を過ごすことになっていたかもしれないのだ。そんなことは死んでもごめんだ。


「じゃあ、何で僕の記憶は消したのに君の記憶は消さなかったのか、それが気になるけど……そうも言ってられないみたいだ。また来たみたいだよ」

 

 何が、と問う必要はなかった。真優がそう言うと同時にその後ろに現れた化け物が腕を振るい鋭い爪で簡単に引き裂けるであろう背中を狙う。が、柔肌から血が舞うことはない。前転し虚の上を転がる事で避けた。

 虚の足裏寸前の地面に突き刺り、土を巻き上げて抉り取る。


「おいおいおいおい! 死ぬ、マジで死ぬ! むしろ死んだ!」

言いながら転がり反転し、真優を掴んで走る。先ほど間まで吠えて、叫んで走り回って喰らいついてきたというのに、先ほどまでの無駄がない。


「学習してるのかよ。頭いいですってアピールかよバケモン風情がいっちょ前に」


「さあね。でも遊びは終わりみたいだ。一匹だけなはずがないよ」


「一匹残らず退散して欲しいぜ」


「そうは問屋が卸してくれないみたい」



お願いしてもいないのに二匹追加で計三匹、先ほどと変わらない。しかしながら一匹目と同様にそれらは得物を取る獣と化していた。

音を立てず、瞬時に得物に辿り着き、一瞬にして噛みちぎるそんな獣。


 最初の一匹が走り、次に二、三と波状攻撃を仕掛け、防がれたなら脇に逸れて隙あらば爪で薙ぐ。

避けるだけで精一杯で逃げる事すら許されない。


先ほどの謎壁が有れば、そう思い虚は叫んだ。


「さっきのやつだ。あれ! バリアー! やれ」


「簡単に言ってくれるね! あれは壁だよ! 三匹まとめて締め出さないと意味がない! けど―――」獣の振るった腕が顔を狙ったがしゃがんで避ける。

「こうも矢継ぎ早だとタイミングが取れない!」


「くそ! お預けされたのがよっぽど御立腹らしいな」


「これほど待てたんだ、最後まで待てを守ってくれてもいいと思うけれどね」


 化け物が近寄るたびに涎がまき散らされ、その都度に死線をを掻い潜る。だがその攻防もあと少しで終わる。真優の息が荒い。避ける体捌きにも最初ほどのキレは無い。逃げる際に使い果たしたのだ。

それもそうだろう。真優自身に自覚は無いだろうが二十数年もの間、逃げ回るなどという激しい運動をしていたはずが無い。その状態でここまで誤魔化しながらもここまで逃げ切れたのがすでに奇跡に近い。

口には出さないが限界なのは容易にわかる。自分自身もかなりヤバイ状態なのは把握していた。


 虚に残された選択肢などもう底をつく一歩手前だと分かっていた。なんならもう底をついてるし逃げる考えが浮かばない。ただこの死地を脱するのが最良のこたえだということは理解できてるが実行できるかはまた別の話だ。


「火だ! ランタンを持ってたろ。燃料を振りかけて火を付ければいい!」


 多少の余裕が出てきたのか真優が叫んだ。息を切らしながらでも叫べるというのは悪い事ではない。

空元気だったとしても多少なりとも気分が違うからだ。それに中々に頭が回る。この土壇場でそのアイデアが出るのは感心するしかない。だが甘いと言わざるを得ないだろう。何故なら。


「残念だったな。その可能性を俺が俺が考えなかったとでも思ってんのか! 無理なんだよ! オイルは在ってもランタンは電池式で着火っって、そうか! お前確かマッチ持ってたな」


危うく爪の一薙ぎで胴体と頭がさよならしかけたがしゃがむ事で事無きを得て真優を見るが顔をしかめていた。 


「こっちこそおあいにく様だと言いたいよ! 使い切ったって言わなかったかい? なんで君は要所要所で役立たず何だい! っていうか少しは手伝って欲しいね!」


 言いながら真優は頭上をかすめる顎を下から押しのる。それを許すまじと伸し掛かるように喰らいにかかる化け物とのせめぎ合いを繰り広げられる。重荷に耐えかねた真優はじわりじわりと押しつぶされ、それに伴い涎をたらす顎がうなりを上げて近づく。息の詰まる攻防を繰り広げている真優を横から食おうとしている二匹を走り込んで蹴り飛ばした虚は勢いのままに真優に伸し掛かっている奴も殴りつけた。

 さすがに体格差もあって吹き飛ぶようなことは無いがよろめいて真優から離れた以上どうこうと不満を言うつもりはない。なんでこんな目に合わなければならないのか、という不満は有るが言ってどうにかなるものでもない。涎まみれになって居る真優に「大丈夫か?」と声を掛ける。

頭から粘性の高い液体を滴らせ一部の極めて特殊な性癖を持つ紳士はさぞ興奮する事だろう。まあ自分には関係のない事だ、と捨て置く。


「まあ、涎だしね。予想くらいはしてたんだけど中々に匂いがキツイ」


「そりゃ、不幸だったな。でも幸いなのは胃袋の中に入ってないって事で良かっただろ」


「もう疲れたよ。はぁ、しんどいしまだ起き上がってきそうだし」


「おい。そんな涎まみれではぁはぁ言ってると変態だって思われんぞ」


 極めて遺憾だと真優が抗議したその時だった。不意に揺れた。それはもう縦横に。と同時に洞窟内に轟音が響き渡った。尋常ではない揺れに立ち続ける事が出来ない、のは化け物も同じなようで三匹とも地べたに転がっていた。逃げたいのはやまやまでこの状態の洞窟が如何に危険かという事は虚には手に取るように分かるが自分自身這っている状態だ。


 不味い。非常に不味い。このまま此処にとどまれば死ぬ。どうゆう理由で揺れ始めたのか知らないが、虚にはこの規模の揺れで起こる現象は一つだけ心当たりがあった。


「逃げんぞ! このままじゃ崩れる!」



 崩落。家屋や炭鉱で起こる最悪のシナリオの一つに数えられる天災だ。一度巻き込まれれば逃れられようの無い死が手をも招いて待っている。この場合待っているのは頭上を陽の光から遮っていた岩の塊だ。

数百キロから数トンの岩に襲われればひとたまりも無い。皆まとめてミカンを絞った後の残りかすのようになるしかない。仮に奇跡の産物でたまたま岩の隙間に入り込み助かったとしてもそこに救いは無い。

結局の所苦しい思いをして死ぬだけだ。


 虚が何とか立とうと捨ている最中にそれは始まった。ゴトン、という音と共に目の前で転がっていた化け物の上に大きな岩が降りその身体を押しつぶした。その後すぐに大小さまざまな岩が追い打ちをかけながら降り注いでいく。そこに助かる余地など微塵もなく、瞬きほどの一瞬で虚達に死を運ぼうとした奴がその生を終える。


 一言でいえば絶対的な死だろう。平等に理不尽な圧倒的広範囲に抗う事すらできない死を起こす。

恐怖に背筋が凍る等と言うがそんな感覚すら生ぬるい。頭の中が真っ白になる中虚は必死で真優の手を握って引っ張る様に走りだした。自分がどうやって立ち上がったのかすらわからない。

ただ、必死に足を動かした。崩落が追いつき頭に小さな岩が当たり始めた頃、長い暗闇の先に光が見えた。


出口だ。そこ目掛け全力で走る。





 洞窟を抜け先は森だった。抜けた直後に背後で轟音が響きそのまま、虚は落ちた。どうも段差があったらしい。見上げればもうもうと土煙を上げ、岩によって閉じられた穴は崩落が激しかった事を伺わせた。

 地面に転がった虚は、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。胸は苦しいし脇腹は痛いし背中も痛い。

激痛だ。だが、この痛みこそが生きているという何よりの証拠だ。陽の光そ木の葉が遮り、辺りをまだらに染めている。土の感触は少し湿っており、草が肌をくすぐる。そよ風が爽やかな空気を運ぶ。

 未だに真優の手を握っている事に気付き「生きてるか?」と声を掛けた。

それに返答がない。握った手は暖かいだけに、最悪の事態を連想させる。それは腕だけになった真優を連れて脱出したのではないか、というもの。


 限界を超えた走りで体力を使い果たし火照った体が一瞬で冷め、氷水に入ったような嫌な寒さに代わる。

握った手の報に顔を向けると確かに真優は横にいた。先ほどまでの虚と変わらず荒い呼吸を繰り返し、確かに息をしていた。胸が絶え間なく上下に動き顔は苦しそうだが生きている。


最悪を連想したが為に生きている事に涙が出そうになった。冷たくなった体に血の気が戻る感覚がはっきりとわかる。


「返事ぐらいしろよ」


 少し強めに真優の手を握り直した虚が言うと不思議そうな顔をした真優は、ああ。と何かに納得がいったというような顔をして開いた手で耳を指す。


「さっきの音で耳が麻痺してるみたいだ」と笑った。明るい場所で改めて見てみると真優の顔は、整い過ぎているような印象を受ける。人形の職人が本気で人間を作ろうとした、そんな感じだ、と本人が知れ怒りそうな事を思い苦笑する。日本人だから日本人形化もしれない。それだけの美人だから仕方ないだろう。

日本人形だと思った理由は多分前髪が均一に切りそろえられているからだろう。所謂ぱっつんというやつだ。しかもおしゃれ系のやつ。一見良家のお嬢様っぽいが蓋を開ければ実に明確なおてんば。

扱いがめんどくさそうだ。


 そんな事をを思いながら真優の手を離すとまた不思議そうな顔をした。そんな顔すら様になる真優の近くにより、日本人形め、と呟くも顔がにやけるのを我慢できない虚。


「言っても聞こえないんじゃ仕方ないよな」


 転がった真優に腕を回し強めに抱きしめる。暖かい体に鼓動の音が聞こえる。

「血の気が失せたわこの馬鹿」


自分でも大分理不尽な事を言っているのは分かっていたが虚はそれでもどうでも良いような事を呟く。

それを聞こえているか分からないが真優も手を回しポンポンと虚の背を叩く。


 それがなんとも暖かくて、優しいリズムをしていた。「助かったよ。ありがとう虚君」


 そうやって嬉しそうに真優が笑った。









ー――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 未だ崩壊の音が響きわたる我が研究室にも徐々に破壊の足音が近づいてきていのが男には分かった。この分だと此処もそう遠くない内に崩れるだろうと考えた。だがそれだけだ。

 今の内に逃げなければ、などとは露にも思わないし、今さらと思い、椅子に腰かけたまま足を組む。

だが、少し惜しい事をしたかな、と思わなくもない。無論ウツロサトウの事だ。

アレは間違いなく失敗だが今までにない事だった。


「そうお思いになられるのなら今からでも移動するのが宜しいかと」


「おや、声に出していたかね?」


「肯定です」


 こと、口数の少ない助手にそう言われてしまえばそうなのだろう、と男は椅子に深く沈む。そこには焦りや恐怖といった感情は存在しない。それはそうだろう。この崩壊は自身で行った事だからだ。故に負の感情は起こらない。しかしこの助手はどうだ。今まで行ってきた行い、実験の中で唯一といっても良いかもしてないほどこの人造の人ならざる人は感情が無い。人非人と指をさされる実験も行ってきたが結果ばかりは読めない。読めぬ結果の産物の心など読みようも無いし読む気も無かったが唐突に気になった。


「お前は逃げないのか」


「質問の意味を理解できません。ドクターの居る場所が私の場所です」


「だが、もう実験する素材も無いし、そもそももはや培養液に浮かぶ脳髄ももう持たない。細胞の限界だ。だからこうしてラボも閉めるのだが」


「疑問。未だ実験は推移中です。新たな肉体を作ればよいのでは」


「そうだな。些か飽きてはいるがまだあの異世界人たちを見ていたい気はするが」


 そこで天上の一部が剥がれ、部屋に明かりを届けていた機材が砕け、ガラスが降り始めた。


「さて、どうなることやら」


男が面白げに漏らした言葉を皮切りに天井が砕けそのまま飲まれていった。












 


大変長らくお待たせいたしました。どうも狐屋です。m(__)m

ずっと更新していなかったにもかかわらず見捨てないでいてくれた方に感謝を。

今回初めての方にも感謝を。


 次はそう遅くならない間に更新をしたいと思っています。頑張りますよ? 私。一応。

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