表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

始まり


佐藤 虚という人間を言い表すならば、自信をもってこう言える。


「生まれてくる時代を間違った人間だ」と。


 そう確信していた。幼い時から歴史や、それに必ずと言っていいほどに付いて回る歴史上の謎や解明されていない不思議とお約束の歴史的な発見、つまりは宝と言い換えてもいいが、が大好きだった虚にとって、周囲の大人が将来の夢はなに? と聞けば必ず探検家だと答えるのは必然だった。


 この現代世界においてロマン溢れる謎は数多い。しかもそれらは、解明する事が非常に困難ときているから性質が悪い。だからこそ一般人レベルで何とか出来る事を探さなくてはならないのだが、そういったものは先に名立たる偉人たちによって探されている以上、もはや手の尽くしようがない訳だ。


 そんなロマンを追い求める過程で冒険家と言う生活もままならない職と言うのもおこがましいほどの不安定な生活を選んだのは必定だった。だが、もちろんの事ながら収入は地を這うがごとしでプラントハンターを副業に選んだのは虚にとって冒険家を本業と定めた時以来の失敗だった。


「で、今度は一体どんな骨董品を俺に見せてくれるんだろうな?」


 地方都市の田舎、見渡す限り大自然と言えば聞こえはいいが四方を山の緑に囲まれた限界集落の片隅にある家の一部屋。ここが虚の生まれ育った家であり現在住んでいる家なのだが、家族は数年前に祖父と死別したきり、ずっと一人で住んでいた。


 そんな殺伐とした生活を送る虚だが、幼馴染が居た。かつては三人の幼馴染、特に虚の家に住んでいた二人の兄妹が居たのだが、諸事情により現在は合う事は出来ずに居る。


で、残った一番付き合いの長い幼馴染が目の前で頭を抱えていた。


 名を榊海人といい、茶色に染めた髪が良く似合うそこそこ整った顔立ちをしているのだがどこか軽薄さを感じる、と言っても本人自体軽いノリだが、女に良くモテる男だ。


 その海人の視線は、虚と海人の間にある客間のテーブルに布を被せられた物を胡散臭そうに眺めている。


「おお、よくぞ聞いてくれた。これは裏庭の隅にある池になぜか沈んでいたものでな? お前に見てもらおうと呼んだんだよ」


 大仰に言ってみた。


「なんで俺がそんなもん見なくちゃならんのだ。良いかよく聞け虚。俺は今日、デートの約束があった訳だ。それもこの前知り合ったかなり可愛い子だ。名前を理香ちゃんと言う。もう前の日からワクワクが止まらないし、デートコースも入念にセッティングして確認に確認を重ねて今日に備えた計画だった訳だ。

それが、今日になって急にお前から呼び出しを食らう悲しさと苦労がお前に分かるか!」


「おう。そうか悪いな」


「そうか、じゃねえよ!? 馬鹿じゃねえの? 今日は美女とイケてる店をめぐるはずがなんでこんな事になるんですかね?」


いかにも迷惑だ、と表情を豊かに訴える海人は突きつけた指をぐるぐると回しながら渋い顔して言った。


「まあ、そう言ってくれるなよ。だって考えてもみろよ。裏庭の池に見た事も無い代物が沈んでたら興奮するだろ?」


「しねぇよ! 大方、いらなくなった奴が捨てた不法投棄か何かだ。決定。あい、お疲れ。解散」


「おいおい物を見ずに帰るのは無しだろう。まあ取りあえず見るだけだから」


 そのまま帰ろうとする海人をなだめ、虚はまるでいかがわしい店の客引きのような言葉で勢いのまま布を取ると何かの鉱石で作られてたような大中小と三種類のフラスコのようにも見える物が姿を現した。

ような、と言うのは小さい物はまんまフラスコなのだが、その他は何とも言い難い奇妙な形をしていたからだ。


「な? 妙だろ? 見た感じフラスコ型のものが有るから実験器具に見えなくもないけどさ、こんなの見た事ないだろ」

 


 海人を呼んだのにはある理由があった、と言えばなにやら大仰に聞こえるがそれなりの思惑と理由があったのには間違いない。まるで出来の悪い小説のような話なのだが、海人は魔術師だった。


 虚が知る限り、海人と言う男は昔から巻き込まれると言う事に関しては他人の追随を許さない奴で、高校生の時にとある事件に巻き込まれて、その事件の中心人物、魔術師を名乗る男うさんくさい男に弟子入りした過去を持つという、なんというか説明している方が頭の悪くなりそうな経歴を持っている。


その事に、幼馴染として虚は中々に気を揉んで居るのだが、自分が各地からありとあらゆる謂れを持つ物を持って帰る事が多いという事も有り、こうして時々訳が分からない物が何なのか、大丈夫かどうか見てもらうという事が習慣になっていた。


「お前、よくこんなんに行き当たったな。ていうか、ていうかさ。良く触ろうと思ったよ。まじで。

何と言うか、まあ、ご愁傷さまだな。すごい。お前はすごい」


 

 虚ろに押し切られる形で、海人はフラスコもどきを手に取って眺めていたが、見定めるような顔から何か

触りたくないような物を触った、なんとも言えない呆れの混ざった称賛を送った。


海人は懐から何か幾何学模様のような図が描かれた紙をズボンのポケットから取り出すと机に敷き、その上に問題のブツを置いた。世界各地の伝承や神話などといった歴史に関わりそうなものをある程度網羅した虚は、その図が簡易のウィジャ盤にも見えたが、そこは海人の仕事道具な為にあまり口出ししない事にした。


「何がどうしてどう凄い? 何か古代の神秘でもあったか。おい海人なんとか言えって」


「何がって、お前……」


 そう言い渋る海人に業を煮やした虚は海人を揺さぶる。


「おい何なんだ。言えって、なんのためにお前を呼んだと思ってる。もったいぶらずに吐けッ」


「おい馬鹿、揺さぶるな、落ちる、落とすからッ」





「全く、お前と言う奴は、なんというか、落ちてるをなんでも拾う幼稚園児みたいな奴だよな」


 虚の揺さぶりから解放された海人の第一声はそんなものだった。腰を下ろして虚の入れたお茶を揺らしながら、湯呑に口を付けて一息つく。


「どういう事だよ」


「良いか。これは、分からない。専門的な、と言う意味でも大体の目星も付かないし、ましてや正確にも分からない。分かるのはこれが池に沈んでいたと言う事と、フラスコみたいな形に見える物が有ると言う事と、霊的な力を少量加えるだけでとんでもない力を発するって事だけだ。


さっき持った時に魔力を流してみたが、危うくこの家一帯が魔力に汚染されたブラックボックスになるかと思った。あーいやー大事にならなくて良かった」


「良く分かんないけど、つまりヤバかったって事か?」


「ああ、その通り。だから専門的な知識の無い奴には絶対触らせないって事だな。あと裏で流したりって事に関してはお前の場合心配ないけど、万が一盗まれたって事が無いようにな」


最悪、町一つって事になる。そう海人が付け加えた。町一つ、がどうなると言うのか。

そういった知識の無い虚でも先ほどの海人の言葉だけで容易に想像できた。


 何が起こっても不思議ではない、そう言ったのだ。


「とんでもないモン拾ったな虚。まあ、巻き込まれたとでも思って諦めてくれ」


海人が軽く言う。


「馬鹿言うな。海人じゃあるまいにそんな事に巻き込まれてたまるかよ。それにそっち方面の怖いもんなんか持てるか。海人、お前が引き取ってくれ。高値でとは言わん。どうだ」


「何がどうだ、だ。悪い顔しやがって。確かに興味は大いにある。が」


ふぅっむ、と考え込んで。即に。


「要らん」


断った。



「そもそも俺みたいな二流、三流が関わるような代物じゃないしな」


「じゃあ、俺みたいな一般人が持ってたらもっとヤバいんじゃねえのかよ!?」


「いや、逆に一般人が持ってたからこそ大丈夫だったって事もあるし案外そっちの方が良い気がする」


「んな無責任な」


「そもそもは拾ってきた奴の責任だ」


そんな問答が続いたのち、ふと海人が思い出したかのように虚にそういやさ、と声を掛けた。


「まだ、お前あの神隠しの謎を探し居てるのか」


 

 それは、かねてよりこの地域に残る謎の一つだった。この地域一帯には古い伝承や怪奇譚、怪談話の類がゴロゴロ転がっていて、その手の話には事欠かない。神隠しもその中の一つなのだが、古くから神隠しが多発しているこの場所において、神隠し、の一つでは何を指しているのか分からずに虚は首をひねった。


「神隠しなんて多発し過ぎてどれのこっちゃ分かんねえよ。大体どれも神隠しなんて名ばかりの家出だの夜逃げだのが大半だからな。本物なんてお目にかかった事なんてないけどな」


「あー、あれ、あの没落名家の長女が、ってやつ、前に探してなかったっけか?」


 そう言われて、ようやく記憶の片隅に引っかかるものがあった。それは、かつてこの土地が栄えていた名残をかすかに残す、二十数年前の、虚が生まれるか生まれないか時期の事らしい。


 地元の名士の娘が失踪し、当時神隠しだと騒がれていたらしいーーーーーー、と言うのを虚の祖父から聞いた事があったのを、虚が面白がって探していたことがあったのだ。


「ま、手掛かりなしだったから分からずじまいで終わったよ。そういった関連の事柄じゃ最新だからさ、結構頑張ってみたんだけどさ、結局骨折り損だった。手がかりが無いから神隠しって呼ばれるんだろうけど」


「案外関連の裏事情、って線も捨てきれないってのが俺の感触なんだけど、無いだろうな。そう簡単に行き当たる事も無いだろうし、となると家出娘の人騒がせな逃避行って事なんだろうな」


落胆を隠せない虚を見ながら海人がそう結論付ける。虚からすればすでに分かっていた事なのだが、改めてそう言われると、それはそれで、こうむなしくなるものがあった。


「もうさ、お前こんな古臭い怪奇譚しかないような限界集落から出て来いよ。もう爺さんだって居ないんだし、都市部に引っ越した方が良くないか?」


 そんな事を海人が言い出した。だが、虚の答えは否だった。


「別にいいよ。どうせ都市部に行ったって妙に胡散臭い都市伝説くらいしかないし、それに田舎(ここ)には神隠しが一件だけじゃなくて、多数あるし、天皇の墓伝説、UFO飛来伝説、妖怪伝説や古代文明説に超常現象説までなんでもござれの土地なんてここにしかない。そんな場所を離れるなんて嫌だね」


「そうかい。ま、そういうなら別にいいけどさ」海人はため息をついて呆れた。

このやり取りは、今回だけではなく、すでに何度も話題に上がっている為、ある種の挨拶みたいになっていた。


「そんなんじゃレナもルナちゃんも、死んだ爺さんからも笑われーーーーーーー、ってそうか全員そっち側だったわ」


 

 海人の口から懐かしい幼馴染の名前が零れて、にわかに哀愁が漂い始めた。自分で言い出しておきながらしんみりする空気を嫌い、海人は「やめやめ」と手を振った。


「まあ、虚。どんな事に首突っ込もうと遺跡で盗掘しようと良いけどさ、未知好き謎好き不思議好きが原因で厄介事に巻き込まれて、ミイラ取りがミイラ、って事にならないようにな」


 草葉の陰から死んだ爺さんに何を思われようと、幼馴染にどう思われようと構わなかったが、少なくとも巻き込まれて魔術師だのと笑ってしまいそうな存在になった海人に言われるとは。


 ーーーーーーつーかお前に言われる筋合いがねぇ。


「おうおう、青春丸ごと伝奇小説みたいな時間を送った御方は言う事が違いますなぁ」








 海人が帰ったすぐ後、虚は拾った謎の物体をもって山に居た。

帰り際に海人が言った「面倒ごとになる前に戻してきた方が良いかもな」と言う言葉が気にかかったのだ。



折角拾ったものだからと、虚が言っても「やめとけ」と言うだけ言ってさっさと帰った。


特にその言葉を信じたわけでもなかったが、そういうからには何かあるんだろうと思ったわけだ。


「あー、しんどい」



 裏庭、と言っても、こんな限界集落の事だ。言ってしまえばこの村に住む住民に取って村丸ごと庭みたいなもの。もちろん山も含めた全部だ。


 山と言う場所を舐めてはいけねぇぞ。死んだ祖父の口癖で、常に刃物やロープを持って山に入っていた。


虚もそれに習った訳では無いが、山の怖さと言うのだけは世界中で味わっていた。アマゾンの密林やミャンマーの秘境、氷に閉ざされた山塊など、色々と回って来た。それから比べて家のすぐ裏の山などピクニックみたいなものだったが、それでもナイフとロープ、各種仕事道具を含めたリュックを担ぎ、計15キロほどの重量をもっての山登りは、そこそこしんどい。


ーーーーーーつってもこんな荷物は要らないとは言い切れない所が怖い所だよな。


 実際、この山では過去、多くの遭難者が出ている為に数日生き残るための装備は必要だろう。

特に舗装されている訳では無いし、と言って獣道と言う程でもない、そこそこ木々の茂った普通のTHE山と言える場所である事を考えると、過剰な数の遭難者だ。



 そんな中でも特に木々の茂った場所をかき分けながら歩く事二十分、視界が開けて落ち葉が見立つ、空間に行き当たった。


「到着っと」


目的の池だ。膝がつかる程度の水しか溜まってないが、山から湧き出る水で有り、昔は神事に使用していたという記述が残っている。


 早速、虚は元あった場所に放り込もうと池に近寄ったが、急に眩暈に襲われて次の瞬間池に落ちた。


一瞬の冷たさと、水に落ちた時の液体がまとわり付く感覚に虚は何が起こったか分からずにもがく。

すると底の方から何かに引き込まれて、水面が遠退いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ