ニンニク100%の栄養ドリンク
二人は、入り口の方をみた。
クロエがいた。
無邪気に笑っていた。
野菜をのせた皿をもって、近づいてきた。
吸血鬼の冷や汗が、止まらない。
「おや? これはめずらしいですね。こんな夕方から吸血鬼さんに出会うとは」
吸血鬼は思わずそっぽを向いた。
怖くてクロエと目を合わせることができないのだ。
「昼間は出歩けないので、どこかに寝床となる棺桶があるはず……。以前大掃除したときは吸血鬼の棺桶なんて見当たらなかったんですけどねぇ」
「やめろっっ!! 貴様は我々の眠りまで妨げる気か!?」
「そういえば勇者さま知ってます? 吸血鬼は日光に弱いっていうじゃないですか? でも、黒いマントで全身を覆って歩けばある程度外を歩くことができるんですよ。ほら、見てください」
クロエは野菜の皿を置くと、黒いマントをつまんだ。
「いい生地ですよ。勇者さまも触ってみます?」
吸血鬼はぎょっとした。
なにしろ血清を打ったクロエの血液は、人間には無害だが吸血鬼にとっては猛毒なのだ。たとえ一滴でも体内に入れば消滅してしまう……。
「でも、おかしいと思いませんか?」
クロエは黒いマントを持ったまま、アルベルヒに訊ねた。
「吸血鬼は不死なのです。何百年も生きるのです。しかし、お洋服の生地まで不死身なわけじゃないですよ。いっつも新品のピカピカなんですよ。どうしてなんでしょうね?」
「さ、さあ……」
アルベルヒにはわからない。
そもそも勇者が吸血鬼の服装にまで気をつかうわけがない。
「そ、そんなの知ったことか!!」
「へえ……。知ったことか? いまそんなの知ったことかと言ったんですか?」
クロエが訊き直した。
「妖魔学者にむかってそんなことを言うんですか? あなた方を調べるのが仕事のこのあたしに? へえ……面白いことを言いますね。あたし自分の存在を全否定されたような気がします」
「そ、そう怒るな……。話せばわかる……」
「じゃあ、どうしてなんですか?」
「こ、これは我ら吸血鬼の魔力によって新品のまま保たれているのであって……」
「嘘ですね」
クロエは鼻で笑った。
「たしかに数百年もの眠りから覚めたという場合には、棺桶の密閉された空間のまま動かないんですから、新しい服装のままですよ。でも、ずっと動いていればやっぱり服は痛みます。じゃあ、なぜ彼らの服が新品のままなのか? 答えは簡単です。『買った』んです」
と、クロエは人差し指を立ててクルクルと回した。
「この人たちは犯罪者組織にお金を貸し付けているんですよ、勇者さま。そして犯罪者組織は貧乏人に高利で貸しつけて大儲け、その利益の一部をもらっているんですよ。『猫の街道』ができる前から人間と妖魔はとっくにつながっているんですよ。人間と怪物が水と油なんて大嘘ですよ。人間と怪物の交流が盛んになると、この人たちの悪事が世間にバレちゃうのが怖いんです」
吸血鬼は歯ぎしりをした。
か弱い小さな女の子相手に、数百年も生きる夜の貴族たるヴァンパイアが手も足も出ないのだ。
愚弄されているのだ。
アルベルヒもこんな奇妙な光景は見たことがなかった。
「それは貴様ら人間も同じことをやっているだろうっっ!! そうやって弱いものを搾取して生きるのが世の中というものだ!! 我々ばかり非難されるいわれはない!!」
「そうですね。たしかに人間は強欲な生き物ですね。あなた方と同じように」
クロエはあっさりと引き下がった。
……かに見えた。
「それなら税金払ってもらいましょう。パルニスで稼いだお金ですからパルニスに税金を払ってもらわないと。レイウォン王も吸血鬼の皆さんが高利貸しの金主であることはすでに把握なさってますよ」
「なっっ!! しょ、証拠でもあるのか……」
「それじゃあ帳簿の写しでも持ってきますか? レイウォン王に頼めば半日で持ってきてくれますよぉ」
クロエは笑っている。
が、その目は笑っていない。
「他の吸血鬼の皆さんはみんな払ってくれましたよ。もっとも手持ちのお金がなかったので、肉体労働で支払ってもらいましたけど」
「な、なんだと……?」
「怪物の皆さんのほとんどは人間と同じように睡眠をとるんですよ。でも、吸血鬼の皆さんは夜行性のうえに力持ちですからね。いやぁ、作業がはかどるはかどる……」
「き、貴様。誇り高き我らに肉体労働をさせたのか……」
「うんっ♪」
「なんということだ、なんということだ……」
「おかげで予定よりも早く『猫の街道』を完成させることができましたよ。でも、吸血鬼の皆さんはまだ税金分働いてないので、レイウォン王のお城の地下で兵士たちの弁当をつくってますよ。365日ノーローテーション労働体制のおかげで、皆さん美味しいパンが焼けるようになりました」
「なんという小娘だ……」
「ところで、この館にどういった用件ですか?」
「貴様には関係のない話だ……」
「そうですか。言いたくなければそれで結構ですよ」
「待てっっ!! 言う、言うからっっ!!」
必死になって吸血鬼が懇願する。
どういう目に合わされるからわからないので、文字通りの意味で必死だった。
「日焼止めクリームというのがこの村にあると聞いてやってきた……。それがあれば吸血鬼でも太陽の光を浴びれるという……」
「ああ、あれね」
クロエは、ぽん、と手を打った。
「吸血鬼には20分くらいしか効果ないですよ。あれは。製作者が言っているんだから間違いない」
「なに? 貴様が……!?」
「吸血鬼の皆さんの尊い努力のおかげです。彼らの協力なしには製作できなかったでしょう。なにしろクリームの効果が切れると、すぐに肌が焼けただれますからねぇ。見た目にわかりやすいです」
「はあああああっっっっっっ!! じゃあ、貴様っっ!! 我々を実験材料にしたのか!!」
「はい」
「何のためらいもなしに即答しおった……」
「おかげさまであのクリームは大売れしました。お金持ちの貴婦人たちに大好評で、おかげで大儲け。えへへ……。これで研究費に当分困りません……そういえば」
と、クロエは思い出した。
「吸血鬼って、美的センスに優れてましたっけ?」
「なにいぃ? そ、それはまあ……」
「だったら、ぬいぐるみの人形劇の脚本書いてくれませんか?」
「…………はあっっっ?」
「くわしいことはゾンビさんたちと打ち合わせしてください。あの人たち夜起きているんで、気遣いは無用ですから。クロエから頼まれたと言われれば話は通るんで」
「ま、待て……」
「クリーム、欲しいんでしょ? あげますから」
「そ、それは、まあ……。20分でも外に出てるのは大きい……」
「じゃあ、締め切りは3日後ということで」
「み、3日ぁぁぁぁぁぁ!!!? たったの?」
「脚本ですから3日で十分でしょう。いい出来のを期待していますよ」
「み、3日だと……」
「徹夜すれば……。いや、徹朝すれば間に合いますよね?」
「ひどいことを言う……」
「元気がないなら栄養ドリンク送りますよ。ニンニク100%の」
「わかったああああああああああっっっっ!! 必ず納期に間に合わせるからっっ!!いやっ、間に合わせますからっっ!!!」
吸血鬼とて、いきなりのことで何が何だかわからない。
だが、妖魔学者クロエに頼まれて『NO』の選択肢はない。
断れば大陸中のどこに隠れようが、栄養ドリンクが届けられるだけの話である……。
「それじゃあ、あとはよろしく~」
吸血鬼は、すっかり意気消沈して去っていった。
「勇者さま、たいへんお待たせして申し訳ありませんでした。どんどん食べてくださいね♪」