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ぬいぐるみ工場

 二人は工場へと向かった。

 工場というには小規模で、大きな家というくらいだった。

 中では数名がそれぞれの作業をしていた。


 ある者は、裁縫で布を縫いつけていた。

 その手さばきたるや、じつに見事である。

 毛を植えつけている者もいる。

 ある者はその完成した布の継接ぎに綿を詰め込んでいた。


「これは……いったい何だ?」

「ぬいぐるみ工場です」


 アルベルヒはどこかで見た記憶があった。


「あっ……!!」


 思い出した。

 アルベルヒに不気味なぬいぐるみを売りつけた、古いローブを着た正体不明の商人のことを。


「クロエちゃん」


 振り返ると、その商人が立っていた。

 声も同じだった。間違えるはずがなかった。


「ちょっと相談があるんだけど」

「何ですか」

「最近、めいぐるみの売上が悪いんだよ」


 そう言って籠を見せた。あの気味の悪いぬいぐるみでぎっしりと埋められていた。


「かわいいのにねぇ」


 クロエがぬいぐるみを一つ手にとって、首をかしげる。

(その人形のどこがかわいいんだよ……)

 勇者アルベルヒは心のなかで突っ込んだ。


「こんなに素晴らしいぬいぐるみなのにどうして売れないのなか……?」

「言いにくいけど、販売方法に問題あるんじゃないですか?」

「そんなことないよ! あちこちに歩きまわっているよ! 足が取れちゃうかと思うくらい四方八方歩き回っているよ!」


 クロエは考え込んだ。


「そうなると、宣伝ですか」

「宣伝?」

 古いローブを着た男は、身を乗り出した。

「そう」

 クロエも顔を突き出した。

 お互いの顔が、鼻と鼻とくっつくくらいに近づいた。


「商品はいいわけですから、他の部分に問題がありますね。そこを修正しなければいけません」

(……いいか? そんな気色悪いものが本当に?)


 アルベルヒは何も言えなかった。


「いくら見た目がかわいくても、どういう魔物なのかわからないから買ってくれないんですよ。まずビラを大量に製作して配布しましょう。それから子供たちを集めて人形劇をしましょう。子供を呼び集めるためのお菓子も大量に用意して。そうすればもっと人間たちはこのぬいぐるみを好きになってくれるでしょう」

「わかった。ビラはこっちで用意する。しかし人形劇……。そうなると脚本を書かないといかんよな。俺には物語を書けるほどの上等な脳細胞なんかない……」


 と、アルベルヒと古いローブの男の互いの目が合った。


「ああ……。この前はどうも」



 古いローブの男はフードをめくって顔をあらわにした。


 ゾンビだった。



 片目は瞼が腫れていて、もう片方の目は眼球が飛び出ていて今にもこぼれ落ちそうだった。口から涎が垂れていた。歯は乱杭歯、肌は通常の死体とちがって緑色に変色していた。髪は色素がすっかり抜け落ちていて白髪、その表情をいくら眺めても生気は一切感じられなかった。


 ゾンビは会釈して、工場を出て行った。



「おい」


 アルベルヒは、クロエを睨んだ。


「まさかここにいる連中は……」

「全員ゾンビですよ」


 事もなげにクロエが言った。


「お前、顔を近づけていたよな……」

「防腐処理しているから問題ありません。肌の変色も防腐剤の影響です。あたしがやったんですよ」

「まさか……」


 アルベルヒの柄が剣の柄に伸びる。


「お、落ち着いてくださいっっ!! あたしはゾンビに防腐処理しただけで、死体を甦らせたりはしていませんよ!! 死霊術士ネクロマンサーじゃありませんから」

「じゃあ、こいつらは……」

「墓場でうろついていたのを拾ってきました。野良ゾンビです。放っておくと人間に危害をくわえるのでここへ連れてきたんです」

「もし彼らが不死の怪物になってしまったのであれば、成仏させないわけにはいかない」

「彼らは生前の人間とは別の生き物ですよ!!」


 クロエの鋭い声が飛んだ。


「彼らは人間の死体からできた別の生き物です。生前の人の魂はすでにないんです」

「では魂はどうする?」

「死人に聞くわけにもいかないですからね……。もちろん、死んだ人のご家族の気持ちもあります。でも、ゾンビになるのは基本的に無縁仏ですから」

「だが、勇者として放っておくわけにはいかない」


 アルベルヒは剣を抜こうとした。


「このゾンビの件はすでに教会で公会議にかけられていますよ!」


 クロエも引き下がらなかった。


「もしも、もしもですよ! ゾンビを倒したあとに公会議でゾンビが生物だって認められたら、勇者さまは無用の殺生をしたということで評判を失うかもしれませんよ!!」


 評判、という言葉にアルベルヒは弱かった。

 仕方なしに剣をおさめると、足早にぬいぐるみ工場を出た。



「どうですか」

「何がだ?」

「この村が、です」


 にこにこ笑いながら、クロエが訊ねた。


「お前は俺をイラつかせる女だな」

「そうですか? そんなことないと思います。えへへ……」

「この村はおかしな事ばかりだ」

「でも、いい村でしょう」


 クロエは誇らしげに言った。


「しかし、ぬいぐるみをゾンビが作っているのは意外だったな……」

「あれはあたしが考えたんですよ」

「お前がか!?」

「はいっ♪」


 クロエは力いっぱいうなずいた。


「利益は二の次です。人間と怪物たちが仲良くなってほしいからです。まさか、いきなり怪物たちが街にやってきたら大騒ぎですよね。その前の下準備というか、イメージ戦略なんですよ」

「お前……」

「あたしは人間と怪物たちが仲良くできる世の中を作りたいんです。これは妖魔学者としての願いです」

「馬鹿な……、そんな絵空事できるはずが……」

「あらぁ。無理だとおっしゃるんですか? 勇者さまは」


 クロエが反論した。


「考えてみてください。『猫の街道』が魔物たちのいる巣窟にまで伸びているのはなぜか? よく道路を工事しているところを襲われませんでしたね? 逆に怪物たちが街道を使って攻めてくるかもしれないんですよ? これは人間と怪物たちの関係が良くなっている何よりの証拠じゃありませんか!?」

「た、たしかに……」


 それは勇者も首を縦に振るしかない。

 実際、短い道中とはいえ、街道で怪物たちの気配を感じることはなかった。行きかう通行人たちも安全に街道を利用していた。以前よりも魔物の襲撃は減って治安は良くなったのかもしれなかった。


「だいたい人間と怪物たちがいくら戦っても、お互いに恨みがつのるだけですよ。しないですむ喧嘩はしない方がいいんです。彼らだっていいところはたくさんあるんです。怪物だやっつけろ、と言う前にまず彼らの話を聞いてあげてください。勇者さまも魔物たちを見かけただけでやたらに退治するようなことは……」

「断る」


 勇者アルベルヒの態度は素っ気なかった。


「……どうしてですか?」

「なぜなら俺が勇者だからだ」


 きっぱりと言い切った。


「怪物を討ち果たすことが俺の存在意義だからだ。俺の人生は戦いの連続だった。奴らがこれまでどれだけ人間に迷惑をかけたか知っているのか?」

「そんなぁ」


 いままで明るかったクロエが、とたんに暗くて沈んだ表情になった。


「とりあえず2,3日この村で過ごしてみたらどうですか? そうすれば彼らのよさがわかって……」

「その必要はない。人狼はどこだ?」


 勇者アルベルヒの気持ちに迷いはなかった。


「彼らはここにはいませんよ」


 元気のない声で、クロエが答えた。


「嘘だとおもったら村をしらみ潰しに捜しまわってもいいですよ。彼らは人間と同じような家に住む生活がなじめず、ここからさらに一日ほど離れたほら穴に引っ越しましたよ」

「そこへ案内しろ」

「いいですけど、今は外出していますよ。明日になったら戻ってくるから、今日はここで泊まったらどうですか?」

「毒を盛ったり、寝込みを襲ったりしないだろうな?」


 アルベルヒは警戒していた。


「そんなことしません。そもそも解毒の呪文をつかえる勇者さまに毒は通用しませんし、鎧をつけたまま枕を使わずに寝る勇者さまに寝込みを襲っても無駄ですよ。逆にあっという間に村を滅ぼされてしまいますよ」

「わかった。しかし、料理は? まさか化け物どもが作った料理を食えというのか?」

「いいえ。あたしが作ります」

「お前がか?」


 アルベルヒが驚いた。

 とても普段から料理するような少女に見えない。


「まさかゲテモノ料理じゃないだろうな。一口食べただけで吐くような……」

「ちゃんと家事の手伝いもしますし、両親に料理を作ってあげることもありますよ。これは取材を受けてくださったせめてもののあたしのお礼の気持ちです」

「よし、わかった」

「勇者さま?」

「お前の招待を受けてやる。その代わり変な真似はするなよ? わかったか?」

「はい」


 クロエに案内されて、アルベルヒは今日宿泊する宿へと向かった。

 が、クロエは足を止めた。


「考え直してくれませんか?」

「無駄なことだ」


 クロエは溜め息をついてふたたび歩いた。が、しばらくしてまた振り返って、



「本当に、考え直してはくれませんか?」

「無理だ」

「本当の本当に、考え直してはくれませんか?」

「くどい」

「勇者さまぁ」


 クロエが甘えた声でいくら頼んでも、アルベルヒは眉ひとつ動かさない。

 しかし、なおもクロエはあきらめずに食い下がった。


「この大陸は勇者さまのお心ひとつで動いているようなものですよ。勇者を倒せる者は……すくなくとも一対一では存在しないんですよ。人間と妖魔たちのパワーバランスは勇者さまの行動で決まってしまうんですよ」

「ならば俺は人間の味方について、化け物どもを滅ぼす」



 クロエはがっくりと肩を落とした。



「本当に……ダメですかぁ?」

「あのオークやゾンビどもを殺さなかったのは、連中が無害だったからだ。さすがに無抵抗のやつを斬るのは怪物相手とはいえ卑怯だからだ。本来ならここの村にいる連中は皆殺しにすべきなのだ」

「彼らの瞳をよく見てください。何か感じませんか?」

「殺意しか、わかないな」

「本当に、本当にっ、本っっっっ当っっっっっっっっにっっっっ!? ダメなんですかっっ!!?」


 がっし、とクロエはアルベルヒの腕をつかんだ。


「お願いです、お願いですから、もう一度だけ考え直してください。お願いでございます、勇者さまぁ、勇者さまぁぁぁぁ……」


 目に涙を浮かべている……どころか、ボロボロ泣いていた。鼻水垂れまくりだった。

 妖魔学者クロエ一世一代の頼みであった。

 しかし、


「ええいっっ!! うるさいっっ!!」

 アルベルヒはクロエを蹴り飛ばした。

「ふぎゃっっっっ!!」


 ごろごろごろ、とクロエは数メートルも転がった。それはそれは人間とはおもえない、まるで蹴鞠の球のような見事な転がりっぷりだった。



「勇者が一度決めたことは変わらんっっ!! ぬいぐるみを作るゾンビなんぞはまだしも、奴らは実際に人間に被害をくわえているんだぞっっ!! そうでなければ金を払って俺に依頼するわけがないだろうがっっ!! 放置しておくわけにはいかんっっ!!」

「は、はひいっっ……」


 伝説の勇者に足蹴にされた非力な少女は、もう逆らわなかった。

 よろよろと立ち上がった。

 ぐすん、と泣きべそをかきながら歩くクロエ。

 その小さな背中は、寂しかった。

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