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クロエ登場

 勇者は、カッコいい。

 子供たちの憧れである。カリスマである。スーパースターである。

 勇者アルベリヒはすでにそういう存在であった。

 彼はすでに数多くの武勇伝をのこしていた。飛竜にまたがって天空をとびまわり、海を荒らす巨大なクラーケンを討ち果たしたこともあった。また死に絶えた街に蠢く数千のアンデットたちをひとつ残らず焼き尽くし、さらにそれらを操る死霊術師ネクロマンサーを討ち果たしたこともあった。アルベリヒの武勇伝のなかでも圧巻なのは怪物のなかの怪物、すべてのモンスターのなかでもっとも強大な力をもつドラゴンとの死闘であった。鋼の鱗をもち数万度の炎を吐く、城ほどに大きな恐るべき魔物相手に、二日間一睡もせずに死闘をつづけ、やっとの思いで討ち果たしたときには、大陸じゅうすべての人間が彼の偉業を讃えた。



 そんな勇者アルベルヒが住む国が、パルニス王国である。

 このパルニス王国がどういう王国なのかというと、ファンタジー小説でよくある描写だなとおもって読み飛ばす方も数多くいらっしゃるだろうが、とりあえずは耳をかしていただきたい。

 ベケクヌンク王国は黒い森に覆われた辺境の国である。

 ブドウとジャガイモが名物の国である。

 『水晶の湖』のある街エルムントは、このパルニス王国の首都である。交通の要衝で石炭と鉄鉱石を多く産出する工業都市でもある。

 ところでここの王様だが、ちょっとばかり変わっている。

 名前はレイウォンという。

 王としてはまだ若い。二十歳を過ぎたばかりである。

 たいへん語学が得意で古今の言語に通じており、妖魔の言葉すら自由に操れるといわれているが、お世辞にも容姿がいいとは言えない。

 ターバンを頭に巻いて、手には数珠、天鵞絨のマントを羽織り、肌の黒い祈祷師たちに太鼓を叩かせながらチェスをするという。しかも好物の菓子はペロペロキャンディー。

 このレイウォンだが、さまざまな斬新な政策を行っている。

 積極的な経済政策を推し進めているが、その一方で福祉にも力を入れている。

 この新しい政治方針は旧来の貴族にはあまり歓迎されていない。



 だが、そういった難しい話は勇者アルベルヒの知ったことではない。

 目の前の怪物を片っ端から薙ぎ倒す。

 それが彼の人生なのである。




 約束の日がきた。

 アルベルヒは酒場『水晶の湖』でクロエと会うことになった。

 クロエがやってきた。



「……え?」



 目を疑った。

 己の二つの眼は数々の怪物たちとの戦いで病んでしまったのかと思った。

 驚いたのは『水晶の湖』の店主であるアデーレも同じだった。


「本当に間違いないのかな?」

「……そう本人は言っているわ」


 二人はお互いの顔を見合わせた。


 信じられなかった……あの悪評高きクロエがこんなにも平凡な女の子だったとは!!


 背は低くて小さかった。鳶色の瞳は、絶え間ない好奇心で爛々と輝いていた。亜麻色の髪は三つ編みであまり櫛を通していないのか髪がボサボサだった。年頃の女の子なのに身なりを気にしていないのは、緑色のシャツの裾が半ズボンからはみ出ているのを見てもあきらかだった。どう考えても安物で間にあわせた服装た。肩には古ぼけたバックを下げていた。そしてもう片方の腕で、クロエの小さな身体には不釣合いなほどの大きな本を抱えていた。その表紙に書かれている金の文字が古代文字であることから、その学力の高さを垣間見ることができた。緑色のシャツからのぞいて見える手首はほっそりとしていて、まるで冬の枯れ木のようだった。クロエが非力な少女であることは誰がみても見間違いようがなかった。また半ズホンから伸びている足にはあちこちに擦り傷ができていることから、クロエが活発な少女であることが見て取れた。そしてアルベルヒをまっすぐに見ていた。にこにこと嬉しそうに笑っていた。その晴れやかな表情には一点の曇りもなかった。


「君が本当にあのクロエ……?」

「はい。そうです♪」


 クロエは甲高い声で元気よく答えた。


「あの評判通りの人間とは、とても思えないんだが……」

「あの評判って、どんな評判ですか?」

「それは……うぐっ」


 アデーレがあわててアルベルヒの口をふさいだ。


「気にしないでね。この子、たまにわけのわからない事を言うから」

「アデーレ!!」

「落ち着いて。アルベリヒ」


 アデーレは、アルベルヒの耳元でささやいた。


「よく御覧なさい。目の前にいる女の子はどう考えても普通の女の子よ。ちまたの評判は嘘だったとしか思えないわ。むしろ善良ないい子よ」

「カマトトぶっているんじゃないのか?」

「それはないわ。私の目はごまかせないわ」


 アルベルヒはクロエを見た。

 クロエはニコニコ笑ったままである。


 純粋というか、こちらの疑惑など何もわかっていない様子である。


「クロエ、お前に聞きたいことがある」


 アルベルヒは、クロエに向かって言った。


「はいっ!! 何ですかっ!?」


 クロエは姿勢をビシッと正して答えた。


「剣術とかできるか?」


「そういうのは全然……。あたし運動神経はからっきしなんですよ。木登りだってできないし、縄跳びだって一回も飛ぶことができないんですよぉ」

 

 今にも泣きそうな情けない声でクロエは答えた。


「なにか特別な力を秘めているとか? たとえば古代の神の血を引いているとか」

「いいえ。100%純粋な人間です」

「魔法とか使えるの?」

「習ったことありますけど、まったく身につきませんでした。初歩の火の玉の魔法を三年かかっても覚えられませんでした」

「あれは素質だから個人差がある。しかし、三年もかかってもそれに気づかないとは……。君はいったい何ができるんだ?」

「勇者さまの伝記を書くことですっっ!!」


 クロエは元気いっぱいに返事した。


「勇者さまって本当にすごいと思うんですよ!! 剣から雷を出したり、怪物たちをバッタバッタとやっつけたりするんでしょう? あたしはそういう物語を大陸中みんなに伝えたいんです。勇者さまがどんなにすごいのか、あたしの筆でみんなに伝える仕事をしたんです」

「よし、わかった」


 アルベルヒは尊大な態度でうなずいた。


「お前を連れて行ってやる。危険な旅だ。なるべく守ってやるが命の保障はしないぞ」

「はいっっ!! 覚悟のうえですっっ!!」

「それでは早速旅支度だ。ついて来い」

「はいっっっ!!!」


 こうして二人は『水晶の湖』から出て行った。

 やれやれ、とアデーレは溜め息をついた。



 だが、アデーレはあることに気がついた。


「あら? アルベルヒの剣から雷が出るなんて、あたし知らないわ。どうしてあの子知っているのかしら?」


 しばらく考えてみた。

 やがて、結論がでた。


「……アルベルヒのことを書きたいというんだから下調べしていてもおかしくないわよね」


 そう思って彼女は仕事にもどった。

 結論の出ない問題は深く考えないのが彼女がずっと美人でいられる理由だった。

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