プロローグ(旅立ち・クロエの部屋)
「さて、と。そろそろ約束の時間だから勇者さまの取材に行ってくるよ」
とても整理されたとはいえない一万冊をこえる本だらけの乱雑な部屋。
床一面が本の山。
これが妖魔学者クロエの住む小さな部屋だった。いつもこの部屋でクロエは研究していた。クロエは勉強ばかりの毎日を過ごしている少女で、同じ年頃の友達がいないせいか、よく動ける男の子っぽい服装をしていた。
今日は友人たちが遊びにきていた。
ただし、その中に人間の友人は一人もいなかった。
鷲の翼と上半身、ライオンの下半身をもつグリフォンもいる。四隅には石像ガーゴイルが見守っている。さらには巨大なミノタウロスは部屋が狭くてぶつかってしまうので、腰をおろして体育座りをしている。
泥棒よけに飼っている宝箱の姿をした怪物ミミックもいるが、こんな狭くて汚い部屋にやってくるほど彼らも暇ではないだろう。本だらけの床の上をスライムや妖精ピクシーが這いまわっていた。
世にもおぞましい光景だが、ここにいる怪物たちはクロエのことが大好きだった。
「え? 髪の毛がぐしゃぐしゃ? そうかな?」
クロエは本の山をかきわけて、手鏡をさがした。
数分ほど探して、
「あ、あったあった!!」
やっと手鏡を見つけると、慣れない動作で指を髪をととのえた。
「え? 女の子らしくない格好だって? 大丈夫! 勇者さまは見た目で判断する人じゃないよ」
大きな本と羽ペンを手に取ると、出かけようとした。
すると、グリフォンが嘴でクロエの服をつかんだ。
「ダメだよ!! 今回は一緒に連れていけないよ!! 勇者さまは怪物が大嫌いだから、退治されちゃうよ。 え? レイウォン王から手紙が来たって?」
クロエはグリフォンから手紙を受け取った。
この部屋のどこに何が置いてあるのか……それは怪物たちのほうが住人であるクロエより詳しかった。
封を切って手紙を読む。
怪物たちの視線が、クロエに集まっていた。
クロエは怖い顔をしていた。
「……大丈夫だよ。またいつもの手紙だよ。怠け者の貴族の皆さんが勇者さまに嫉妬しているんだって。他人を陥れることとだますことだけは上手なんだから……。あの人たちが勇者さまが自分たちよりも素晴らしい人間であることが許せないんだ。それにしても、レイウォン王の神経の細かいことには驚きっぱなしだよ。民間人のあたしにまで毎日手紙を送っているんだもの」
そういうと、クロエは手を叩いた。パンパン、と強い音が部屋じゅうに響きわたる。
クロエはいつもの笑顔に戻っていた。
「みんな、今日はこれでお開き!! 怪物と、勇者さまを助ける冒険をはじめなくちゃ!!」