織田教諭(創造番号第1549天使)の捕捉
「なんで嘘をついたの?」
「嘘じゃないさ。あるとすれば誤算だけだ。作品なんてものは、見る人間によっていくらでも変わるからな。そういう意味じゃ、創作ってのはこの世でもっとも不自由な行為なのかもな」
そう言って、彼は皮肉っぽい笑みを浮かべました。
開いた窓に腰掛けてうつむく様子は、いかにも世を憂いている感じです。
ですが心拍数や発汗状態から考えるに、単に目の前の人物と目を合わせたくないだけなのかもしれません。
「そう。嘘じゃないのね――」
彼女は言いました。
「――なら、あなたの創作の方は?」
「……何のことだ?」
「あなた、私のことを姉だと言ったようね」
「……ああ、お前のことは実の姉のようだと思ってる」
「両親が離婚して、あなたは父についていくことになった?」
「……親は、今もお前の親父さんの屋敷で働いている」
「そのことを恨んだ私が、あなたに突っかかるようになった」
「いやそれは本――とほぅっ!?」
「なら、他は嘘だと認めるのね」
相手に完璧な喉輪を決めたまま、彼女は言いました。
彼が両手で振りほどこうとしているのに、その細腕は微動だにしません。窓から吹き込む風が、長く艶やかな髪を波打たせていました。
そんな彼女に、そばで様子を見守っていた人物が、にこやかな顔で言いました。
「まあまあ。いいじゃないか、愛。敗者に鞭打つのはかわいそうだよ」
「そうね。百夜って、高所恐怖症だったわね。うっかりしていたわ」
「そうだ――――――って、離さないのかよ!」
「嘘をつかれるって、哀しいわね」
「ぐっ――――――――わかった! あいつらにはちゃんと話す! 約束だ!」
引きつった声で叫ぶと、彼はようやく引き戻されました。
さて、この物騒なやり取りが行われていたのは、三階にある三年六組の教室です。
そしてそこにいるのは、一年五組の暮継百夜くん、二年三組の天上愛さん、三年六組の火山豪くんの三人でした。はい。各スタジオの『プロデューサー』を担当している生徒です。
ハルマゲドン終了後、暮継くんと火山くんが約束していた場所に、天上さんが現れ、先ほどのような状況になったのです。
ぐったりと座り込む暮継くんに向かって、火山くんがうれしげな顔で言いました。
「はは、よかったね、百夜。愛はとってもやさしいから、すぐに赦してくれた」
「は――」
荒い呼吸を繰り返していた暮継くんが、ゆっくりと立ち上がりました。
「そりゃどうも。だがな、火山。そんなことより、ひとつ訂正しておくことがある。俺は敗者じゃねえ。敗けたのはあんたの方だ」
「そうか。ならば僕がふたつ訂正しておこう。ひとつ。僕は愛に敗けたのであって、百夜にじゃない。ふたつ。愛のやさしさを“そんなこと”なんて、二度と言うな」
見つめ合う二人のあいだに、強い緊張が走ります。
彼らが言う「敗者」とは、もちろんハルマゲドンのこと。一年五組の『不実な執事』と、三年六組の『神の瞳』の戦いを指しています。
再訂正を受けた暮継くんは、しかし怯む様子もなく、さらに言葉を返しました。
「はっ、屁理屈だな。シャイニングのHPをゼロにしたのはロングだ。映像見なおすか?」
「まさか。殺されることが確定してる者に、キャラとしての意味など無い。あれはブラックの操り人形のようなものだ。人形がいい動きを見せれば、その賛辞は傀儡子に向けられ」
「待って――」
と、二人に割り込んだのは、天上さんでした。
振り向く二人を冷静に見つめ返しながら、彼女は言いました。
「どういうこと?」
その言葉に、火山くんがやさしく微笑みながら応えます。
「ああ――僕と彼は約束してたんだ。もし彼のキャラが僕のキャラを倒すことができれば、僕が愛から手を引くってね」
「……その逆なら?」
「もちろん彼に手を引いてもら」
「そっちは約束してない。俺のは、事情を知る者としての責任だ――」
そう言って、暮継くんが深いため息をつきます。
そして一瞬の間を置くと、ついに抑えていた感情を爆発させました。
「だからてめえ! いくら妹でも限度があるって、何度も言ってんだろうが!」
……はい。そうなのです。
火山くんと天上さんは、兄妹の関係なのです。もちろん「ような」ではなく、本当の。
二人の苗字が異なるのは両親が離婚したからであり、暮継くんが親しげな口調で話すのは、彼の親が火山家で働いているからです。年齢が近いこともあって、幼い頃はよく三人で遊んでいたのです。
しかし幼なじみの怒りを目にしてなお、火山くんの笑顔は崩れませんでした。
「限度? そんなものは無いね。むしろ愛については後悔ばかりさ。なぜもっと一緒にお風呂に入らなかったのか。なぜもっと寝顔を見てやれなかったのか。なぜもっと幸せにしてやれなかったのか。そんなことばかり考えているんだ」
「だから逃げられるんだろうが……」
「そう、愛はしばしば人を怯えさせる。だから僕は彼女に、愛されることに罪を感じる必要はないと、教えてあげなくてはいけないんだ」
「あんた年々残念になるな……いいか、絶対に次で倒してやるからな!」
「ほう。ということは、アレがロングの勝ちではないと認めるのだな?」
「ああ、いいだろう。次は言い逃れできないような勝ち方をしてやる。約束は『CBで勝つこと』であって、“どの”とは決めてないからな」
「なるほど。そんな屁理屈を弄するか。いいだろう。資格なく妹に近づくことは赦さんが、資格を得ようとする者は嫌いじゃない」
「だから――」
「なるほどね」
ここでまたも、天上さんが割り込みました。
彼女はいつもの冷静な表情のまま、続けました。
「つまりまとめると、私が百夜と結婚すればいいってことね?」
「「違う!」」
暮継くんと火山くんが、同時に叫びました。
……と、いろいろ大変なところがある火山くんですが、それでも“神キャラ”を作り上げたことからもわかるように、CBにはとても真剣な生徒です。
勝利のために際どい手を使ったりもするようですが、それは他のプロデューサーにも見受けられることですし、ある意味でそんなところもプロデューサーとしての資質だったりします(というか、神さまが意図的にそんな人を選んでいるみたいなのですが)。
まあとりあえず、生徒が窓から落とされる心配はなくなったようですし、わたしもその場を去ることにしました。
議論は紛糾しているようですが、その結論は彼らに任せ、打ち上げを楽しむことにしましょう。




