古機 誠(一年五組 出席番号十一)の追憶(フラバ)
「――しからばお見せしましょう。我々『食えないアヒル(ジョーカー・ダックス)』による、神殺しを」
「はい。シャイニング様は、我々“食えないアヒル(ジョーカー・ダックス)”が葬らせていただく――それをお伝えに参りました」
「それでも、勝つのはわたし達です」
……死にたい。
誰かおれを、深い森の奥にある静かな湖にでも沈めてくれないだろうか。
窓越しの喧騒にぼんやりと耳を傾けながら、声なき声で祈る。
なんで他の『アクター』は、この恥ずかしさに耐えられるのだろう。
おれはこんなに自分にドン引きしているというのに。
――ま、二度とやらねーし!
そうして強引に負の感情を追い払い、窓から地上を見下ろした。
グラウンドに並んだ屋台は、もう大方の準備が終わっているらしい。さすが五年目ともなれば、手際も良くなっている。
CBは、あくまで町おこしのイベントであり、ハルマゲドンが終わったあとは、毎回こんなふうに「打ち上げ」が行われているのだ。
ずらりと並んだ屋台も、町の住民が準備したものだ。打ち上げの資金は、過去の優勝キャラで作られてきた各種メディア作品による収益から提供されており、生徒達は無料で飲み食いできるようになっているのだ。
五階から見る彼らは、豆粒と言うには大げさで、等身大には程遠い。
掌で覆い隠せるスペースの中、そこで自由に動き回る彼らを見ながら、おれはそっとため息を
「あ! いたいた!」
飲み込んだ。
「……なんでここがわかった?」
「ふふん――」
「勘か」
「なんでわかったの!?」
マジかよ。それこそ勘だったのに。
新たに発見した純香の潜在能力に驚愕しながら、ため息は心の中で吐き出した。
せっかく見つけた隠れ家(ただの空き教室だが)は、早くも失われてしまったのだ。
……ま、べつにいいんだけど。
「ところでおま」
「ねえねえ! そんなことよりはやく! もうはじまってるんだから!」
一瞬で間をつめてきた純香が、すばやくおれの手首をつかむ。
銀髪ロングの『不実な執事』から、マニッシュショートの『野影純香』へと戻った彼女は、そのままおれを容赦なく連れ出していった。
「ねえねえ! つれてきたよ!」
やめろ、と思った時には遅かった。
十メートル四方に響き渡りそうな声に、机を囲んでいたクラスメイトが振り返る。
集中する視線。一番苦手なパターンに思わず足を止め――たかったのだが、手首を拘束する熱血少女に、おれごときの力は通じない。
「おー、何しとったんや。まあこっち来いな」
おっさんのようなセリフを言ったのは、『ライター』の小円日目だった。口の端からはみ出したさきイカが、オヤジ度に彩りを添えている。
続けて、隣に座る妹の玻波が言った。
「せや。百やんも黒りんも姿見せへんし。せめて主役くらいはおってもらわんと」
確かにそこには、『プロデューサー』の暮継も、正之介もいなかった。
だが二人を探そうとするよりも先に紙コップを渡され、乾杯のコールが響き渡る。
直後に彼らは各々の行動へと戻り、主役の座は五秒で終わりを告げた。
……まあ、こんなもんか。
視線が外れたことにホッとしつつ、たっぷり注がれた炭酸飲料に口をつけた。
ぶひゅわっ!?
その赤黒い液体と一緒に、口から未知の悲鳴が飛び出した。
「何だよこれ!?」
死ぬほどまずい。甘すぎて辛すぎて、濃縮された酸味の中に痺れるような苦味がある。弱っている人なら殺せそうな味だ。
「ん? それ普通にコーラとちゃうの?」
「あ、疲れてると思て、野菜ジュース足しといたったで?」
「そこにゴーヤジュースでバージョンアップを」
「あれ、ここにあったハバネロ入りのラー油は?」
「誰か唐揚げにレモン絞った?」
「……ニヤリ」
お前か!
だがセリフが聞こえただけで、誰が犯人かまではわからなかった。今や全世界が注目するCBだが、当の生徒達はと言えばこんな調子なのである。
結局、キャラのすごさは神さまパワーのおかげだとわかっているせいか、ちょっと特殊な体験程度に考えているやつも少なくないのだ。
おれは犯人探しを諦めると、コップを置いて机から離れた。
「あれ? マコ、どこにいくのよ?」
「屋台。飲み物取ってくる」
「あたしもいく」
いやいいよ、という隙もなく、純香が隣に並ぶ。
そうして歩いている時だった。
「あら、スマイリーじゃない」
もはや過去となったはずの二つ名で呼ぶ声に、おれの足は止まった。
振り向くと、そこにはかつての「同志」、『チーム・チャーム』のリリスとカーミラをエンジていた二人が、机を挟んで座っていた。
「あんたたち、惜しかったわね」
「……ども」
おれはリリスこと、『穸口 紅』に応えた。尻尾を生やした金髪幼女キャラは、制服ポニテの幼女に変わっていた。相変わらず制服以外、高校生らしい要素が見つからない。
「まあでも、今回は半分優勝みたいなもんじゃない? 大会盛り上げたのはあんた達なんだし」
そう言うと、穸口先輩はアメリカンドッグにかじりついた。二人しかいない机の上には、大量の食べ物が並べられている。他の人は飲み物でも取りに行っているのだろうか。
「だいたいさあ、忘れちゃうわよね。あんだけ動きがないと。そうじゃない、文美?」
「……そうよ……私ったら……あんなに恥ずかしい声まで出したのに……」
たこ焼きをほおばる穸口先輩に、カーミラをエンジていた『日門 文美』が応えた。
うつむいた顔は長い黒髪に隠されていたため、表情の方はうかがい知れなかった。紙コップを握る両手がめり込んでいくところを見るに、あまりよろしい気分ではないらしい。
「でも、どうすんのかしらね。今回のノベライズとか。ハルマゲドンのところなんて、ずっと潜んでるだけのシーンになっちゃうんじゃないの?」
そう言ってから、最後のフライドポテトを食べ終えた彼女はサイコロステーキに――って、まだ食うのかよ! もしかしてそれ全部アンタの!?
すでに半分ほどを胃に収めたにも関わらず、穸口先輩のペースは落ちていない。普通は食えばそれだけ縦か横に成長していくものだが、彼女はその莫大なカロリーを、幼児期の姿を維持するために使っているらしい。
「そうっすね――」
CBの過去にも未来にも興味のないおれは、それだけ言って場を切り上げることにした。
さっきの特製ドリンクのおかげで、口もまだヒリヒリしてるし。というか、むしろ痛みが増してきてるんですけど。
そろそろ、変な汗をかき始めるかもしれない。
おれは振り返ると、勢い良く足を踏み出した。
だが直後、顔に何かが押し付けられ、視界が暗闇に包まれた。
それは、不思議な感覚だった。
急に視覚が失われたのに、パニックも恐怖も感じない。
それどころか、その闇はおれのささくれだった心を癒し、遠い昔に知っていた幸福と安寧を与えてくれ
「おっふっっ!?」
だが不意に左脇腹を襲った激痛が、天国を破壊した。同時に暗闇も晴れ、おれは現実へと引き戻された。
「おまえ何す――」
左脇腹を押さえながら、純香に振り向いた。こんな的確な手刀を決めるのは、こいつしかいない。
だが彼女と目があった瞬間、噛みつかんばかりに開いた口は、すさまじいスピードで閉じられた。
「…………」
超キレてる。むしろ、心臓を貫かれなかったことを感謝したくなるほどのキレっぷりだ。おれを見つめ返すその瞳は、まばたきひとつしていない。
「あの……」
そんなおれ達に、勇気ある何者かの声が割って入った。割って入ったと言うにはあまりにか細い声だったが、そんなことは関係ない。割って入られたのだから、堂々と振り向くべきなのだ。
おれは全力の感謝を込めた視線と共に、そちらに振り向いた。
「す、すいません!」
だがおれの愛を浴びた彼女は、顔を真赤にして叫んだ。広げた両手の上には、料理を満載した皿が鎮座していた。
「いえ、気にしないでください……空間先輩」
おれは彼女に言った。
目を固く閉じ、小さく震えるその人こそ、イシュタルをエンジていた『空間 もなみ』なのである。
長い髪を二つに結び、実用性重視のメガネをかけたその姿からは、イシュタルを想像することなどできないだろう。唯一、腕のあいだで盛り上がる二つのアルプスにのみ、その面影を残すのみだ。
「ええと、それじゃ」
おれはそう言って、再び歩き出した。
窮地を救ってくれた彼女とは、お礼ともども個人的な友情関係を深めたかったが、それはまたの機会にしよう。隣に純香という名の爆弾が控えているとあっては、込み入った話もできかねるからだ。
「あ、あの!」
「――え?」
だがそんなおれを、空間先輩が呼び止めた。
振り返ると、目の前三十センチの場所に彼女の顔があった。
「すごかったです! まさか本当に“神殺し”をしちゃうなんて! びっくりしました!」
そう言った彼女が、興奮した笑顔を浮かべる。それはヒーローを見つめる幼児のような、純朴な笑顔だった。
なんてまっすぐな人だ。血で血を洗うような戦いを繰り広げたにもかかわらず、こうして率直に敵を讃えるなんて。
実のところ一番苦労させられたのは彼女なんだが、それはあくまでゲームのルールであり、イシュタルがそういうキャラだったからだ。逆に言えば、彼女がそれほど熱心だったからこその苦労なのである。
そんな彼女の情熱には、ぜひとも応えねばならない。同じ『アクター』として当然だ。
だがその硬い決意は、左腕に走った激痛によって、一瞬で砕け散ることになった。
「がふあっ!?」
「きゃあっ!?」
おれの悲鳴に、空間先輩が身を縮めた。
「それじゃ」
怯える彼女にそれだけ告げると、純香は足早にその場を立ち去った。左腕にアームロックを極められたおれは、もちろんそれについていくしかなかった。
「痛え! 放せ! マジで折れる!」
「いいじゃない」
「よくない! ひじ大切! あと方向逆だ!」
遠ざかりゆく屋台を見ながら、おれは叫んだ。肘も痛かったが、口も痛かったのだ。全身から吹き出る変な汗も相まって、口は切実に潤いを欲していた。
「そんなことより、正之介をさがすわよ」
だがおれの些細で切実な願いは却下された。それどころか、肘にはさらなる圧迫が加わる始末だ。
わかったから、と叫びかけたおれは、しかし同時に、あることを思い出した。




