織田教諭(創造番号第1549天使)の実況⑨
いやしかし、そう来るとは思いませんでした。
まさかブービーがラッシュを叩き込んでいるあいだに、ピーカブーを倒してしまうなんて。
確かにスマイリーの方がレベルは上(35と31)であり、しかもピーカブーはイシュタルの攻撃でHPを減らしていましたから、倒すことは難しくないでしょう。
しかし直前まで共に戦っていた同志を、ああまであっさりと裏切るとは、中々できることではありません。
裏切りが常のCBにおいても、これはかなりのインパクトだったようで、サイト上では信者による激烈な論争が飛び交っていました。
と、こんなふうに大荒れとなったグラウンドの戦いですが、ここ体育館でも、バトルは佳境を迎えようとしています。
『神キャラ』シャイニングにかけられた“未来はぼくの手の中”の効果が、ついに切れようとしているのです。
リリスの絶妙な牽制によって、ロングはレベル差以上の戦いを繰り広げてきました。
しかし、すさまじい集中力と判断力を誇るシャイニングが、決定的なダメージを許すことはありませんでした。打たれども焦らず、即座に体勢を立てなおしては、その時が来るまで耐え続けたのです。
タイムリミットまで、もういくらもありません。
そんな状況の中、息苦しい均衡を打破しようとする動きが、起ころうとしていました。
黒子役に徹していたリリスが、勝負に出ようとしていたのです。
実はこの戦いを行うにあたって、イシュタルとリリスはある取り決めを交わしていました。
それは、もしイシュタルがやられ、かつシャイニングを倒せていなかった場合、体育館の戦いは放棄すること。
そして生き残っているであろうブービーとの潰し合いを画策するように、決めておいたのです。
戦いつつも、常にステータス画面をチェックしていたリリスは、すぐに姉のゲームオーバーを知りました。
本当ならその時点で撤退となるはずだったのですが、リリスはそうしませんでした。
シャイニングに与えていたダメージが、予想以上に小さかったからです。
これでは、ブービーをぶつけたとしても意味が無い。
そう判断した彼女は、レベルが半減している今の内に、さらなるダメージを与えておくことを選んだのです。
そのための布石は、すでに打っていました。
リリスはこの戦いにおいて、堅実すぎるくらい堅実なヒット・アンド・アウェイを繰り返してきました。
すばやさを大幅にアップさせる技、“中天の残月”を使って、ほぼ一定のパターンで牽制を行ってきたのです。それはいかにシャイニングが誘いをかけようとも、決して乗ろうとしなかったほどに徹底していました。
シャイニングの方も、リリスの狙いは承知していました。
しかし何も考えずに撃ち込んでくるロングを前に、パターンを切り崩すことはできませんでした。もし彼女の方をおろそかにすれば、怒涛のラッシュにさらされる可能性があったからです。
そんな単調ながらも緊張感に満ちたやり取りが終わろうとしていたその時、ついにリリスは動きました。
体育館の片隅から飛び出した彼女は、一気に目標の背後へと向かいました。
その気配を感じたシャイニングは、ロングの前蹴りを受け止めた反動を利用し、すばやく振り返ります。
だが、本来いるはずの場所に、リリスはいませんでした。
そこよりも数メートル手前、お互いの攻撃が届かない場所に立っていたのです。
リリスは両手の指を、床に突き刺しました。青黒い皮膚に覆われた、自身の顔よりも巨大なそれは、硬い木の床に根本まで沈み込みます。
彼女はシャイニングを見つめながら、使用する異能をつぶやきました。
それはこの戦いで初めて使用する技。すばやさと防御のステータスを、攻撃力に振り分ける異能です。
「“東の新月”」
彼女の両手が、勢い良く持ち上がりました。
同時に、つかんでいた床板が強引に引き剥がされ、壁となって両者あいだに立ちはだかります。
「!?」
不意に現れた目眩ましを前に、シャイニングの動きが止まります。
右か左か――しかしそのどちらでもないことを悟った時には、すでに手遅れでした。
いびつな壁の向こう側、その隙間越しに、拳を構えるリリスの姿がのぞいたのです。
動きを止める“神の瞳”か、絶対防御の“護法聖衣”、あるいはいっそ攻撃を――。
シャイニングには、そんな選択肢が浮かんでいたことでしょう。
ですが、そのすべては迷った時点で後手となり、その現実を認めた彼女は、無駄な抵抗を止めました。もちろん諦めたわけではありません。ダメージ後の行動に、思考を切り替えたのです。
各々がそれぞれの死力を尽くした死闘は、このような結果を迎えることとなりました。
すなわち、とっておきの一撃を放とうとしたリリスが、不意にバランスを崩したのです。




