古機 誠(一年五組 出席番号十一)の予言①
イシュタルの技、“霧と踊れば(ダンス・ザ・リッパー)”は、ギャンブルのような技だ。
霧の中に潜み、不意をついて攻撃してくる。
まとめてしまえばそれだけなのだが、問題はその攻撃の時に、二体のイシュタルが飛び出してくることだった。本物はどちらかひとつ。もうひとつは霧で作ったニセモノだ。
だからおれ達みたいに三人いれば、余裕をもって対処できるはずだったのだが――
「三体で、間違いないようですね」
周囲からの粘ついた音に耳を澄ませながら、おれは言った。
本来なら二体だったはずが、三体に増えている。撹乱用のフェイクはピーカブーが吸い取ったのだから、確かだろう。
“壁(レベル50)越え”による異能の底上げが、そのボーナスを与えたのだ。
「ふん――生意気なバケモノめが」
ブービーが言った。まあ設定的にはあんたも似たようなもんだけどな、とツッコミつつ、目の前の状況に集中した。
背中合わせに立っているおれ達の周りには、ブービーが召喚した「クマっちょ」どもが配置されていた。
頭にクマのキグルミをかぶった四体のマッチョ戦士達は、死角を埋め合うように立ち、手にした銃を油断なく構えている。
相変わらず威圧的ではあったが、彼らは明らかに弱体化していた。
筋肉は一回り小さくなり、肌の照り返しも悪い。世界ランカーから国内チャンプに降格してしまった感じだ。何より、召喚されている数が少なかった。レベルが半減し、“壁越え”のボーナスを失ってしまったせいだろう。
さてどうするか――と、考えていたその時、そばにいた「クマっちょ」の銃口がするどい光を放った。激しい明滅はすぐに止み、そいつは再び監視体制へと戻った。銃声は聞こえなかった。ピーカブーの異能によって、よけいな音は消されているからである。
『無駄よン❤』
三つの声が、同時に言った。
続いて起こる、少女のような笑い声。周囲を飛び交うそれらに、「クマっちょ」どもが銃を乱射する。
だが、嬌声が収まることはなかった。
「やはりオートモードでは難しいか……」
ブービーが、苛立たしげな表情で言った。
「それでは、マニュアルに切り替えますか?」
周囲を見回しながら、おれは応えた。呼吸はおろか、心臓の音さえ遮断された空間では、自分の声でさえ耳に響く。
「いや、おそらくマニュアルでは追いつかん」
未だ沈黙を保つ灰色の壁をにらみつけながら、ブービーが右手を持ち上げた。
すると、すべての「クマっちょ」が、白い煙へと姿を変えた。煙は渦を巻いて彼女を取り囲み、その全身を包み込んだ。
「――ならば、こうするしかなかろう」
実に凛々しい顔で、ブービーは言った。
ただひとつ問題があるとすれば、そんな彼女が身にまとっているのが、ファンシーなクマのキグルミだということだけだろう。
顔だけを露出させたその姿は、もちろんふざけているわけではない。これは彼女の異能なのだ。
その技の名は、“わたしクマちゃん(ウェンディ・デュー)”。
それを使うことによって、攻撃と防御のステータスがアップするのである。
「なるほど。ギャンブラーですね」
おれは言った。
「クマっちょ」どもがいなくなったことからもわかるように、この技の使用中は彼らを呼び出すことができなくなる。
つまりブービーは遠距離から安全に倒すことを諦め、直接攻撃でしとめることにしたのだ。
「ふん、三分の一なら悪くなかろう?」
「まあ、確かに――しかし、あちらが応じてくれ」
「いいわよン❤」
首の後ろを、爪の先がくすぐった。
ひあんっ!?
喉まで出かかった声をどうにか抑え、再び正面に向き直る。
「左様でございますか――」
コートのシワを整え、右足を半歩下げて構えた。後ろの二人からも、強い緊張感が伝わってきていた。
血の海を泳ぎまわるような音は、徐々に早く、不規則になっていた。サメに囲まれた小魚の気分だ。イシュタル様になら食べられてもいいかなという妄想はとりあえず打ち消し、現実の状況に集中した。
三人のイシュタルが、おれ達を狙っている。
だが彼女がどこから来るか、そして誰を狙っているかはわからない。
上、あるいは足元――標的はやはりブービーだろうか? それとも裏をか
「あはン❤」
思考のループに陥りかけていた瞬間を見透かしたかのように、イシュタルは飛び出してきた。上でも下でもなく、正面から堂々とだ。
彼女は妖艶な笑みを浮かべながら、すさまじい勢いでこちらに迫っていた。それだけならおれも全裸で歓迎しようものだが、問題はその両手から伸びる、凶悪な真紅の爪だった。長さ約二十センチ。先端は鎌のようにするどく尖っている。
そんな美女の姿をした野獣のような彼女が一体、おれの正面に、残りの二体はブービーとピーカブーへ迫っていた。
それは実にシンプルなゲームだった。どこから来るかは考える必要がなく、どれが本物かを当てればいい。
小さく体を沈め、全身に力を込めた。
相手は“壁超え”キャラだ。ここで一発くらわしたところで、それほどのダメージにはならないだろう。
「しかし、三人分ならどうですか?」
その言葉と共に、勢いよく振り返る。
ブービーに迫るイシュタルに向かって、おれは攻撃態勢を取った。差し出された選択肢の中から選んだのは、そのカードだったのだ。
CBに参加する以上、彼女とて優勝を狙っていないはずがない。
となれば、やはりここはブービーにダメージを与えておきたいはずだ。
実に単純な考えだったが、こんな状況ではこのくらいシンプルに考えた方がいい。
「ふん――くだらんゲームだ」
「まったく、この世には不自由しか存在しないね。あるのは安定か不安定の差だけで」
そう言ったのは、ブービーとピーカブーだった。
ブービーはガードの姿勢を取り、ピーカブーは、そんな彼女に迫るイシュタルを狙っていた。彼らも、おれと同じ選択肢を選んだのだ。
攻撃のあとに生まれるわずかな隙。それを狙って、一撃を叩き込む。上手く行けば、そこからラッシュに持ち込めるかもしれない。
イシュタルがブービーに向かって、十本の爪を躊躇なく振るった。
同時に、おれは軸足に力を込めた渾身の蹴りを、ピーカブーはいかにも重そうな右ストレートを、彼女に向かって放った。
「かふっ!?」
と叫び声が上がり、地面に転がっていたのはピーカブーだった。




