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古機(ふるはた) 誠(一年五組 出席番号十一)の必勝③

「このっ!」

「あン❤」


横から飛んできたパンチを、イシュタルは飛び上がって避わした。

攻撃したのは、ブービーの仲間ピーカブーだった。


「……イシュタル……っ!」


ブービーが、すさまじい形相を浮かべた。

だが殺意の視線を前にしてなお、イシュタルのドSな笑顔はゆるがなかった。

二人を満足気に見下ろしたあと、その妖しい瞳は、もう一人の獲物へと向けられた。


「さ、準備はいいわよン❤ スマイリーちゃん?」


その言葉に、ブービー達が振り返る。


……しかたない。


気合と諦めの入り混じったため息と共に、校舎の陰から姿を現した。


「やれやれ、まいりましたね」


彼女達に近づきながら、おれは肩をすくめた。


「まさか“未来はぼくの手のギルティー・フリー”を一回しか使っていないとは。もしリリスさん達が負けたら、どうするのですか?」

「あらン❤ スマイリーちゃんったら、まだわかってないのねン❤」

「……どういうことですか?」

「あたしが本当に欲しがってるものを」


直後、イシュタルの笑顔の質が変わった。残酷でも妖艶でもない、心の奥を撫でられたような気分になる、ひどく不気味な笑顔だった。


エンギとわかっていても(むしろだからこそ)怖いそれに耐えながら、おれは応えた。


「……それは申し訳ございません。勝利ではないなら、何をお望みなのですか?」

興奮カオスよン❤」


赤い唇が上下に分かれ、そこから真っ白な歯がのぞいた。


「トランプタワーを見たら、感動すると同時に、崩したい衝動に駆られるでしょう? そんな時、あたし達は迷うことなく後者を選んできたの」

「……なるほど」


そういえば彼女のクラスは、トリックスターのようなキャラを多く生み出しているスタジオだった。場をかき乱し盛り上げるような、そんなキャラをだ。

イシュタル達の行動も、その設定を理解した上での結果なのだ。


「それにねえ、スマイリーちゃん? うちのリリスちゃんが負けるわけないでしょン❤」

「左様でございますか――」


思わず皮肉な笑みがもれた。

勝つのは「達」じゃなくて、リリスか。


リリスは今、シャイニングのところにいる。ロングと一緒に戦うためにだ。

最初の時点でレベル116だったシャイニングは、半減してもなお、40のロングより強い。

『給食時間』でさらに強くなっていることを考えると、ロング一人では簡単に負けてしまうだろう。

リリスはそうならないために彼女をサポートし、見事ラスボスを打ち倒したあかつきには死という勲章を与える係として、体育館に派遣されているのである。


(つーかシャイニングのやつ、ピンチっぽい態度はフェイクだったのかよ)


彼女といいイシュタルといい、さすがは三年生といったところか。

仕掛けたつもりが踊らされていた、というわけだ。


「ならば、しかたありませんね――」


そう言って、おれはブービーを見つめた。こちらを見返す彼女の顔は警戒心に満ちていた。


視線をイシュタルへと戻す。

イシュタルは、おれが漁夫の利を狙っているのを読んだ上でこんな策を仕掛けてきた。


「つまりあなたは、わたしがブービーさん達と共闘するのを認めるのですね?」

「そうよン❤ と~ってもさみしいけどねぇン❤」

「な――っ!?」


ブービーの表情が、驚愕へと変わった。


まあ気持ちはわかる。

だが他に方法は無いのだ。


できるならすぐにでも体育館に戻りたかったが、そんなことはイシュタルが赦さないだろう。

いま可能なのは、少しでも早く彼女を倒すことだけなのだ。


「ということで、よろしくお願いいたします」


おれは焦燥を笑顔の仮面で隠しながら、ブービーに言った。


「貴様――」


忌々しげな表情のブービーだが、断ることはできないだろう。主力である彼女のレベルが半減してしまった今、戦力は少しでも欲しいはずだ。

しかもイシュタルは、技の効果が強化される“壁(=レベル50)越え”に加え、どういうわけだかカーミラの技まで使えるらしいのだ。


その状況を踏まえれば、出せる答えはひとつしかない。


「……よかろう」


そう言って、彼女はイシュタルに向き直った。


「あはぁン――❤」


三人の視線を受けたイシュタルが、とろけた声を出した。聞いたこちらの膝が崩れそうになるほどの、すばらしい声だ。


「イイわン、その瞳❤」


そう言って、彼女は己の武器に舌を這わせた。指先から伸びるそれは、二十センチはありそうな真紅の爪だった。

直後、彼女の足先が蜃気楼のように揺らめいたかと思うと、その全身が霧へと変わった。


霧が一瞬でおれ達を取り囲む。世界は不安気(ふあんげ)な灰色に塗りつぶされ、おれとブービーとピーカブーは、半ば無意識の内に背中を合わせていた。


〈た~っぷり遊んでってねン❤〉


どこともつかない場所から、その声は聞こえた。

それに続いて、あちこちから粘ついた音が鳴った。大量の血を棒でかき回しているかのような、耳障りな音だ。


その技の名は、“霧と踊れば(ダンス・ザ・リッパー)”。

標的を霧で囲み、不意をついて爪で切りつけるそれは、実に彼女らしい異能スキルだった。


不意に目の前から現れた爪が、おれの鼻先をかすめていった。

それがゆっくりと霧の中に消え、わずかに遅れて粘ついた音が鳴った。

続けて、上下左右から、少女のような笑い声が起こった。


「これはまいりましたね……」

「ふん――」


おれの発言を一笑に付すと、ブービーは力強く続けた。


「邪魔ならば取り除くだけだ。ピーカブー!」

「ハハッ、ご指名ならばしかたないな」


いまいちやる気が無さそうなのは、あくまで『丑三つ喇叭ピーカブー』がそういうキャラだからである。


ペシミストのデブキャラ(※超要約)という設定の彼は、その二つ名にふさわしく、唇を喇叭ラッパのような漏斗形に変化させた。

顔ほどもあるそれの根本を両手でつかみ、彼は言った。


「“冬のキリギリス(スースー)”」


直後、すさまじい突風が全身を叩いた。

風はうねりながら、ピーカブーの唇に吸い込まれていく。

ゲフッ――と大きなゲップが吐き出され、風は止んだ。


周囲の景色に変化はなかった。灰色の霧は、相変わらずおれ達を取り囲んでいる。


「……なるほど、だいぶマシになりましたね」


おれは言った。

先ほどの技は、物体を吸い込んだのではない。突風もただのエフェクトだ。


彼が吸い込んだのは、「音」だった。

“冬のキリギリス(スースー)”は、一定の範囲にある不要な音を除去することができるのである。


粘ついた音は、まだ鳴っていた。


だが撹乱用のそれが失くなったおかげで、状況はずっとシンプルになっている。


「これなら――」


おれは言いかけ、口をつぐんだ。


「ふん――よもや増えておるとはな」


ブービーが不満気につぶやいた。


最悪だ。


まさか“壁越え”のボーナスが、こんな形で追加されているとは。


頭上から、少女の楽しげな笑いが聞こえた。

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