古機(ふるはた) 誠(一年五組 出席番号十一)の必勝②
「必勝……」
相手をまっすぐに見据えながら、ロングは言った。どこからともなく吹いてきた風が、脱ぎ捨てた暗幕を華蓮味たっぷりに躍らせている。
続けて彼女はつぶやいた。この作戦の肝となる、最後のキーワードを。
「“狂戦士結び(バーサーカー・ノット)”……」
直後、周囲に光り輝く円が現れ、彼女の全身を淡い光が包みこんだ。胸元の黒いリボンタイがほどけ、意思を持ったように首を這い上がると、彼女の目を覆った。
おぉ……
なかなかいい感じじゃないか。ハッタリが利いてて。
さすがは、『チーム・イノセンス』のハイエンドを倒した技だ。
だが問題は、アレがどうなるかだ。
CBのルールが“神”の技にも公平なら、もうアレは効かないはずなのだ。
祈るように見つめる中、ロングがゆっくりと左足を持ち上げた。
その瞬間、攻撃的な光が彼女を包み込んだ。姿を見失うほどの、強烈な白い波動だ。
「……」
左足を持ち上げたまま静止するロングを、シャイニングが見つめていた。右目を覆っていた仮面のような眼帯がなくなり、赤い瞳が炎のように輝いている。
そしてロングが左足を下ろした瞬間、その瞳が大きく見開かれた。
よし!
と、心の中でガッツポーズを決める。
やはり「優先権」の法則は、維持されていたのだ。
ロングがレベル40で取得できる技、“狂戦士結び(バーサーカー・ノット)”の効果は、二つある。
ひとつ目は、攻撃力とすばやさが一・五倍になること。
ふたつ目は、あらゆる状態異常の無効だった。
CBでは、矛盾を生じさせるような異能がぶつかり合った時は「先に使った方の効果を優先する」というルールで処理されている。それはたとえ神から授けられた技であっても、例外ではなかったのだ。
これで“神の瞳”が持つ金縛りの効果は、ロングには効かなくなった。
ただしその代わり、彼女は三つのデメリットを引き受けなければならなかった。
「防御力の二十五パーセントダウン」と、
「一分ごとに最大HPの約十パーセント分のダメージ」と、
「ターゲットを倒すまで、技の解除不可」だ。
ロングは『チーム・イノセンス』との戦いでHPの半分ほどを失っているため、正直このデメリットはかなりきつい。
本来ならおれも残って一緒に戦うのが、筋ってものだろう。
だがそれではダメなのだ。
優勝を狙うには、ここで一気にかたをつけておく必要がある。
最初は、シャイニングさえ倒せればいいと思っていた。それすら無謀な夢想だと考えていた。
しかし、いざ夢想が現実になろうとする状況を迎えてみると、おれの心に語りかけてくる声があった。
「もしかして、優勝ねらえんじゃね?」という声だ。
体育館の外では、先ほどから派手な音が鳴っていた。
おそらくは『チーム・イノセンス』と『チーム・チャーム』が、戦いを繰り広げているのだろう。シャイニングが倒されることを見越して、両者が勝負をしかけたのだ。
彼らは今、お互い以外に敵はいないと考えているに違いない。
その隙を上手く突くことができれば、あるいは優勝という結果を得られるかもしれない。
この行動は、完全におれのスタンドプレーだった。
しかしロングなら――いや純香なら、ノッてくれるはずだ。
あれは空手大会の決勝戦でのこと。長年のライバルに向かって、「今日こそアンタを越えてみせる!」と高らかに宣言し、本当に勝ってしまった彼女なら。
「ここはあたしに任せろ!」くらいのことは言ってくれるはずなのだ。
丸い光のリングの中、彼女は浅い半身の構えで、シャイニングに相対している。
「必勝……」
と言い残して、おれは体育館をあとにした。
銃火器の派手な音は、グラウンドの方から聞こえていた。
急いでそちらに向かうと、グラウンドの中央で『チーム・チャーム』のイシュタル&リリスと、『チーム・イノセンス』のブービー&ピーカブーが、空中と地上からにらみ合っていた。
「ハン――どうしたのだ、イシュタル? またくだらぬ策を弄しておるのか?」
そう言ったブービーの周囲には、銃火器を持った「クマっちょ(頭に可愛いクマのキグルミをかぶった、ブーメランパンツ姿のマッチョ)」どもが展開していた。
「ええ、そのとおりよン❤ だってブービーちゃんったら、ぜんぜんキャラが変わっちゃってるんだもの」
リリスを抱きしめながら、イシュタルが余裕の笑みを浮かべた。
「ハ――当然であろう。わたしはブービーの人形を作った者なのだからな」
「あらン❤ それじゃあ、もうかわいいブービーちゃんは出てこないのかしらン❤?」
「フン、心配せずとも、時が来れば出てくるわ。今はただ眠っておるだけだ」
そのセリフと共に、二人が微笑を浮かべた。
『アドリブ』によってキャラ変えした時には、それを他キャラに伝えることが一種の習慣になっている。先ほどの説明ゼリフはそのためで、微笑は礼儀が果たされたことを意味していた。
そして、再び空気が張りつめた。バトルが再開するのだ。
おれは心身を緊張させた。現在のツートップである彼らが戦うことで生まれるかもしれない、千載一遇のチャンスを見逃さないために。
「ふふ――❤」
だが直後、イシュタルがこちらを向いて笑った。それは娯楽で奴隷を苦しめる王のような、残酷な微笑みだった。
彼女が両腕を広げた。
するとその腕に抱いていたリリスが、力なく落下していった。
(ぇ――?)
予想もしなかった展開に、おれの思考はついていかなかった。ブービー達も、困惑の表情を浮かべている。
そんな状況の中、さらに信じられない光景が続いた。
落下するリリスが霧となって消え失せ、「木彫りの熊」へと姿を変えてしまったのである。
ざわり、と背中を寒気が走り抜けた。
「それ」が何かはわかってた。
イシュタルの技、“乙女の幻視”だ。物体に霧をまとわせ擬態させるその異能を使って、「木彫りの熊」をリリスに見せかけていたのである。
(まさか――)
おれの意識が体育館に向かいかけたその時、イシュタルの翼が大きな音をたてて羽ばたいた。
ブービーに向かって、彼女が一直線に突っ込んでいったのだ。
(まさかイシュタルは――)
両者の距離は、一瞬で縮まった。
だがその不意打ちに、ブービーが怯むことはなかった。
右手の人差指が目標を示すと同時に、「クマっちょ」どもが銃火器を同じ場所に向けた。
「やれ!」
躊躇なき命令に、躊躇なき発砲が応えた。
おもちゃのような銃口から吐き出された、おもちゃのような弾丸が、一斉にイシュタルに襲いかかる。
しかしそれらが標的を捕えた瞬間、イシュタルの体は灰となって四散した。
「……あはぁン❤」
その甘く艶やかな声は、驚愕するブービーの背後から聞こえた。
イシュタルの体が爆ぜたのは、無数の銃弾に撃ち抜かれたからではなかった。異能による、エフェクトだったのである。
しかもそれは彼女のもう一人の妹、カーミラの技だった。
その技の名は、“灰化”。
攻撃を受けると同時に相手の背後へと回りこむ、変わり身の術のような技だ。
なぜイシュタルがそれを使えるのかは、わからない。
だが目の前で起こっていたのは、さらなる驚愕の事態だった。
イシュタルがブービーに伸ばす右手が、闇を固めたような漆黒に染まっていたのだ。
(いやお前それ――)
それは確かに、“未来はぼくの手の中”のエフェクトだった。
相手のステータスを強制的にダウンさせるその技は、一発目で半減、二発目で初期値にまで戻す効果がある。
さっきシャイニングに使ったはずのそれを、なぜ彼女が使えるのか。
答えは簡単だった。
シャイニングには、一発しか使わなかったからである。
2引く1は1。高校生ならできて当たり前の計算だ。
(あああぁぁぁんっっっ!?)
何なんだてめえは、と叫びたい気持ちを必死で抑えた。
すべてがもう遅かった。
振り返ろうとしたブービーを、イシュタルがやさしく抱き止めた。
その漆黒の右手が、彼女の口を覆う。
「❤堕っちゃいなさい❤」
一瞬にして膨れ上がった暗黒の煙が、ブービーを飲み込んだ。




