古機(ふるはた) 誠(一年五組 出席番号十一)の必勝①
なんだよ、そのためらいのない動きは。
確かに騙しおおせるとまでは思っていなかった。
いくら暗幕で姿を隠そうが、しょせんは子供だましに過ぎないからだ。
大切なのは、シャイニングに触れる隙を作ることだった。
それくらいはできると踏んでいたのに、シャイニングは最高のタイミングでイシュタルに振り返ったのだ。
まるで、最初から作戦を把握していたかのように。
いったいどうやって――
だがすぐに振り払った。推理してる余裕は無い。彼女ほどのレベルともなれば、それくらいの知覚能力となるのかもしれない。
シャイニングがこちらに振り向く様子はなかった。
おれ達など、警戒するに値しないのだろう。
クソッ!
おれはかぶっていた暗幕を脱ぎ捨てた。左を向くと、リリスも同様にしていた。
「……“中天の(スピー)」
「リリスさん!」
彼女がこちらを見つめた。抗議するような視線。
すばやさを劇的に高める技、“中天の残月”を使おうとしていたのは、わかっていた。だが、それでも遅いのだ。
説明している時間はなかった。
おれは彼女に向かってジャンプし、叫んだ。
「飛ばしてください!」
体を床と平行にした姿勢で、膝を深く曲げる。
はたしてリリスは、気づいてくれるだろうか。そうでなければ、非常にかっこ悪いことになってしまう。
床に激突して顔面を削られながらすべったあとに、スマイリーをエンジられる自信はなかった。
すると、おれの両足が固いものを踏んだ。それは、リリスの掌だった。ほっと息をつく。彼女はわかってくれたのだ。
人は百キロで走ることはできないが、百五十キロの球を投げることはできる。
だから急ぐなら、こうした方がいいのだ。
青ざめた皮膚に覆われた異形の手は、両足で踏んでも余るほどに巨大で、力強い。
そこにさらなる力を込めながら、リリスは言った。
「……“東の新月”」
それは、「すばやさ」と「防御力」のステータスを、「攻撃力」に振り分ける異能だった。
体がすさまじい勢いで押し出され、即席カタパルトから発射する直前に膝を伸ばすことで、さらなる加速を得る。
こうして人間ミサイルと化したおれは、シャイニングとの距離を一気に詰めていった。
だがシャイニングは、こちらを見ようともしなかった。間合いに飛び込んでくるイシュタルを見下ろしたまま、黄金色に輝く剣を振り下ろそうとしている。
「さすがですね――」
おれはつぶやいた。クールな微笑も付け加えたつもりだったが、上手くできたかはわからない。顔面にものすごい圧力がかかっているからだ。とりあえず唇がめくれ上がったりしていないことを祈った。
だが、このまま激突するわけにもいかなかった。
ヤツを吹き飛ばせばイシュタルを助けることはできるだろうが、“未来はぼくの手の中”を喰らわせるチャンスも失ってしまうからだ。
しかたがない――
できれば「これ」は取っておきたかった。だがやつを足止めするには、他に方法が無かった。
ダイブの姿勢を止め、両足を床に突っ張った。殺しきれなかった力を利用して、斜めの跳躍へと切り替えた。頭を下に、シャイニングを飛び越えるような角度のジャンプだ。
ちょうど真上に来た瞬間、おれは右手を伸ばし、彼女の頭に触れた。
たいしたレベルでもなく、攻撃用の異能も持っていないおれでは、彼女の剣を止めることはできない。
それどころか、ここにいる誰にもできないかもしれない。
「ですが、“あなた自身の攻撃”なら、どうですか?」
そう言って、おれは異能を発動させた。それはちょうど今のレベル、35で取得できる技だった。
その効果は、音の体感。
くらった技を「録音」し、それを「再生」することができるのである。
ただしダメージまでは再現されないため、あくまで牽制にくらいにしか使えなかった。
それでも、足止めには有効なはずだ。
なんせ再生したのはシャイニング自身の技、“破邪閃剣”なのだから。
これを録音したのは、『給食時間』の時だった。
『給食時間』は他キャラへの攻撃は無効とされているが、技の感触だけは味わうことができる。
だから屋上に現れたシャイニングが、おれとロングに“破邪閃剣”を放ってきた時、おれはそれを録音していたのだ。
彼女は、警告のつもりだったのだろう。
自分には勝つことなどできないと教えるために、わざわざあんなことをしたに違いない。そうに決まってる。
だが、驕れる者は久しからずだ。策士策に溺れてしまえばいい。あのとき録音した恐怖のすべてを、ここで再生してやろう。
おれは判決を読み上げる裁判官のような心持ちで、その異能を口にした。
「“報復舌刀”」
シャイニングの体が硬直し、息のつまる音が聞こえた。
イシュタルを断ち斬ろうとしていた刃が、その動きを止めた。
「あはン❤」
イシュタルがおれを見つめながら、艶やかな唇を綺麗な三日月に曲げた。ここで彼女の手を取れれば、そのままどこへなりと誘うことができそうな雰囲気だったが、あいにくとこちらは伸身宙返りの真っ最中である。
よっておれはその場から遠ざからねばならず、イシュタル様の腕はシャイニングに伸ばされることとなった。
「❤堕っちゃいなさい❤」
闇を固めたような漆黒の両手が、シャイニングの顔を包んだ。
同時にそこから、黒い気体があふれ出した。それが一瞬で彼女の全身を覆いつくすと、跡形もなく消えた。
「ふ――」
鮮やかな着地を決めたおれは、右手で口元を覆った。
ふふ――ふははは――わはははははははっ! おれTUEEEEEEEEEeeee!!!!!!
と叫びたかったが、ここでキャラを崩すわけにはいかない。暴走しようとする顔面の筋肉を無理やり押さえつけ、必死に耐える。
どうにか発作が収まると、顔を上げた。するとシャイニングが、すさまじい形相でおれをにらみつけていた。
「……『傾国の参謀』……っ!」
「おや、これは光栄ですね。かの『神の瞳』様に名前を呼んでいただけるとは」
ばーかばーか! 「さま」くらい付けろよこの野郎!
おれは右手で顔面をつかんだまま応えると、後ろに跳んで間合いを取った。
イシュタルとリリスは、すでに姿を消していた。
彼女達の仕事は、ここまでだった。
シャイニングを倒すのは、こちらの役目なのだ。
おれは右手を離した。
成功の歓喜もつかの間、しかしこれは、スタート地点でしかない。
ここから技が持続する五分間で倒せるかが、本当の勝負なのだ。
“未来はぼくの手の中”は、攻撃力や防御力をダウンさせるだけで、HPには影響がない。またそれまでに取得していた異能も、すべて使うことができる。
だから簡単に手を出すわけにはいかない。異能に影響がないということは、“神の瞳”が使えるからだ。
相手を金縛り状態にできるあの技があるかぎり、多少のレベル差は問題にならない。もし無限にかけ続けられるとしたら、それこそ無敵である。
目からの光を浴びなければいいといっても、「神」の名を冠する技は暗幕をかぶるくらいでは防げないはずなのだ(と思う)。
つまりヤツを倒すためには、ただレベルで上回るだけではなく、“神の瞳”をどうにかできなくはならないのだ。
おれはシャイニングから目を離すと、その最後の任を引き受けてくれる相手を見つめた。
彼女がレベル40で取得した技があったからこそ、今回の作戦は可能となったのだ。
「頼みましたよ、ロングさん」
シャイニングの顔が、未だ暗幕をかぶったままの彼女に向けられた。
するとロンググローブに包まれた右手が、暗幕をつかんだ。
バサッという音がして、彼女は言った。
「必勝……」




