織田教諭(創造番号第1549天使)の実況⑦
足音は、扉の前で止まりました。
いずこともなく吹きつけてきた風が、シャイニングの純白のマントをゆらします。
彼女が立っているのは、体育館の入口でした。
スマイリーの作戦によって、この場所へやって来ることになったのです。
それは、あまりにシンプルかつ、大胆な作戦でした。
スマイリーは放送室を使って、呼出しのアナウンスを行ったのです。
「我々『食えないアヒル(ジョーカー・ダックス)』から、『神の瞳』様へお知らせします。貴方様を倒す準備ができましたので、どうぞ体育館へとお越しください」
最大音量にしたマイクを通じて、スマイリーはシャイニングに告げました。
この結果、彼女は体育館へとやって来ることになったのです。
しかし人によっては、これを奇妙と感じるかもしれません。
どうして彼女は、呼び出しに従ったのかと。
はい。確かに他のキャラなら、それは愚かな行動と言えるでしょう。
しかし彼女は、今大会最強の“神キャラ”であり、しかも呼び出したのは、あの『食えないアヒル(ジョーカー・ダックス)』なのです。
奴隷が王様を、どころか家禽が神に命じたのですから、罠があろうとなかろうと、無視するわけにはいきません。
それは「最弱」という立場を利用した、慎重かつ合理的な作戦だったのです。
シャイニングは扉を開きました。躊躇なく足を踏み入れた彼女を、木の甘い香りが混じる、ホコリっぽい空気が包みます。
体育館の中は、薄暗闇に染まっていました。電気を消し、さらにカーテンを引いているためです。室内は、部屋の輪郭がぼやける程度にまで暗くなっていました。
「ようこそおいでくださいました――」
シャイニングは振り向くと、落ち着いた足取りでそちらへ近づいていきます。動悸が高ぶることも、視線をさまよわせることもなく、“神キャラ”にふさわしい堂々たる振る舞いです。
「我が一世一代の晴れ舞台を、貴方様だけに捧げましょう」
一方のスマイリーも、変わらぬ微笑でシャイニングを見つめ返します。
彼が立っているのは、舞台の中央でした。手を後ろで組んだまま、微動だにしていません。
陰湿な薄暗がりの中、カーテンの隙間から漏れた光が、彼の輪郭を曖昧に浮かび上がらせます。それは大きく裂けた暗幕と一緒になって、彼の一人舞台を演出していました。
「されどこの」
しかしそれも、唯一の観客が部屋の中央にたどり着くと同時に、終わりを告げました。
背中から抜き放った巨剣を手に、シャイニングはつぶやきました。
「……くだらん」
その瞳が見据えるのは、空中に舞うスマイリーの上半身でした。「飛ぶ斬撃」を放つ技、“破邪閃剣”によって、スマイリーは鳩尾から両断されてしまったのです。
死んだことすら気づかず、憐れなトリックスターは無惨な骸へと姿を変え――るわけがありません。
なにしろCBにはグロ規制がしかれているのです。いくらシャイニングの技が強力だといっても、人体切断のようなスプラッターシーンが展開することはありません。
それはイシュタルによって作られた、ニセモノでした。彼女の技“乙女の幻視”は、物体に霧をまとわせることで様々なコピーを生み出すことができるのです。
スマイリーが立っていた場所には、体育用のマットが置かれていました。
クルクルと巻いて縦にしたそれが、ニセモノの正体です。
そこに霧をまとわせ、さらにスマイリーの異能を使って声を貼り付けることで、先ほどの演出が可能となったのです。
しかしそれは、シャイニングにとって児戯でしかありませんでした。はなからその正体を知っていた彼女は、最弱レベルの威力でそれを切り落としたのです。
マットが床に落ちる、重い音が響きました。
その余韻が消えようとした刹那、シャイニングの背後でマントを翻すような音が鳴りました。
しかし、彼女の表情に変化はありません。落ち着いた動作で振り返ると、王者の風格を漂わせた瞳で、三方から迫る影を見つめます。
彼らは皆、全身を黒い布で覆っていました。舞台の暗幕を切って作った、即席のマントです。
「ふん――」
シャイニングはつぶやくと、両手で剣を握り直しました。
その視線が前方から真上へ――天井から落下してくる、第四の黒マントを見つめます。
しかし彼女は、それすらも見抜いていました。
己を狙う者は、そこではないことをです。
彼女の体は、舞台の方へ向き直っていました。
「あらン❤!?」
シャイニングに特攻をしかけていたイシュタルが、引きつった声で叫びました。
顔の前でクロスさせた腕は、肘から先が闇のような漆黒に染まっています。
それは最強を最弱へ変える悪魔の異能、“未来はぼくの手の中”。
決まればステータスを初期値に戻すことができ、今やレベル136となったシャイニングでさえも簡単に倒せるはず、でした。
しかしその目論見は、技の持ち主と共に消え去ろうとしています。
おそらくその作戦は、他のキャラになら成功を収めていたことでしょう。
体育館を暗くし、体育マットのニセモノを用意したあと、スマイリー・ロング・リリスの三人は体育館の後方で、イシュタルは舞台の上で、迷彩用の霧をまとって待機。
そして標的を室内に招き入れたあと、天井に引っ掛けたフェイク用のマントをロングが“弓結び(アロー・ノット)”で落とし、三人が飛び出す。
そうして相手の注意を引きつけ、さらに本命が天井だと思わせたところに、イシュタルが背後から“未来はぼくの手の中”を叩きつける。
そんな流れを、シャイニングはあっさりと見抜いてしまったのです。
彼女のあまりに自然な動作に、スマイリーは動揺していることでしょう。
しかしシャイニングは、最初から作戦の内容を知っていました。当のスマイリーを通じて、そのすべてを「見ていた」からです。
スマイリーがシャイニングに宣戦布告をしかけた際、彼は彼女の技、“神の瞳”をくらいました。
その効果について、彼はおそらく、このように考えたに違いありません。
“神の瞳”は、目の前の情報を相対化させる技である。まるで目の前の風景が同じサイズのフォントで文字化されたような状況となり、優先すべき情報が認識できなくなると。
それは嘘ではありません。
しかしそれは、“神の瞳”の真の効果ではありませんでした。『神』の名を冠する技は、わずかな時間で終わりとなるようなものではなかったのです。
“神の瞳”の真の効果とは、光を浴びた者の視覚を乗っ取ること。
技をくらった瞬間から、相手の目を通して見たものは、すべてシャイニングにも伝わってしまうようになるです。
そういったわけで、イシュタルが舞台上に潜んでいることは、最初からわかっていました。
このタイミングまで彼女を攻撃しなかったのは、確実に彼女を倒しておきたかったからなのでしょう。
彼女の異能さえ無ければ、レベル136のシャイニングが負ける道理はありませんから。
シャイニングの剣が、黄金色の輝きを放ちました。それは一撃で三度のダメージを与える、彼女が持つ最強の技でした。
「“三光一閃”」
二人の視線がぶつかると同時に、光輝く剣は振り下ろされました。




