古機(ふるはた) 誠(一年五組 出席番号十一)の呼出②
「――そろそろ止めにしませんか、『夜のアリス(ブービー・ドール)』さん?」
「……んにゅ?」
ブービーの表情が、怒りから疑問へと変わった。
よし、と心の中でつぶやいた。わざわざフルネームで読んだのが引っかかったのだろう。自由奔放に見える『チーム・イノセンス』の行動だが、それはこのような繊細な判断力の上に成り立っているのだ。
彼女達のそんな部分に期待しつつ、おれは続けた。
「すでにご存知なのでしょう? 今わたし達を倒すべきではないことは」
「……ちがうの~! ブービーはスマイリーたちをやっつけるの~!」
彼女の怒りに合わせ、クマっちょ達が銃を構え直した。おれ達に向けられる凶悪なプレッシャーが、さらに強くなる。だがそれでも撃ってこないのは、こちらの真意に確信が持てていないからだ。
もうひと押し、と言い聞かせながら、最後の一歩に踏み込んだ。
「いま我々は、イシュタルさん達と手を組んでいます。それは『神の瞳』を倒すためです。もしその目的が達成されるとしたら、ここで我々を殺してしまうよりもずっと大きな利益になると、そう思いませんか、『夜のアリス(ブービー・ドール)』?」
「んにゅ~……え~とえ~と、スマイリーはイシュタルとしゃいにんぐあいだから……」
ブービーが両手の指を折りながら、意味不明なことを口走っている。
だが、それが時間稼ぎであることは明白だった。
おれの差し出したものに、彼女は気づいている。それが罠であるかを検証しつつ、おれ達の生死を天秤にかけているのだ。彼女の隣に控えるピーカブーは、仮面のような笑顔を貼り付けたまま硬直している。どうやらブービーの判断を待っているらしい。
ブービーは両手で頭を抱えると、小さくうなりながら頭を振った。うなり声が徐々に大きくなり、やがて彼女は感情を爆発させた。
「えとえと――えとえと――――わかぁんなぁいの~~~~!!!!」
おれは全身を緊張させ――それをゆるめた。
目の前からは、クマっちょ共が一匹残らず消え失せていた。
クリアになった視界の真ん中で、ブービーは顔を地面に向けて立っている。その姿は、壊れた人形のようだった。
よし、とため息混じりに思う。
作戦は成功した。だがこれで、状況はさらに悪くなってしまった。
とはいえ、しかたなかったのだ。この場を脱するためには、こうするしかなかったからだ。
まあ運が良ければエンギに失敗して『降板』、なんてこともあるかもしれないが、そこは大物ルーキーたる彼女のことだ。望み薄と考えた方がいいだろう。
死んだように動かなかったブービーが、ゆっくりと頭を持ち上げた。
「まったく――」
彼女は言った。それはブービーらしからぬ、冷淡で攻撃的な声だった。
その手が、苛立たしげに前髪を払った。
「あの子に難しいことは考えさせんでくれるかの?」
「……それは申し訳ございませんでした。ですがあのままでは、わたし達が危なかったものですから」
おれは応えつつ、周囲の様子をうかがった。
思ったとおり、天使が現れる気配は無い。彼女の『アドリブ』は成功したのだ。
それは厳密には、CBのルールではなく、その抜け道のようなものだった。
ほかにも『キャラ変え』や『テコ入れ』と呼ばれているそれは、その名のとおり『キャラ』を変更できる裏ワザなのだ。
おれはこれを用い、ブービーにキャラの変更を促した。そうして彼女をバージョンアップさせる代わりに、おれ達を見逃すよう取引したのである。
とはいえ、まだ『アドリブ』は終わったわけではない。完成にはもう少し「解説」が必要だった。
「ところで、あなたはどういった方なのですか?」
「ふん……この子に“体”を与えた者だ」
そう言って彼女は、首筋にかかった巻き毛を持ち上げた。すると露わになった首の付け根に、小さな刻印が記されているのが見えた。
イニシャルをデザイン化したようなそれは、おそらくサインなのだろう。彼女の魂の憑代となる人形を作った、作者の。
「なるほど――」
まさかそんなものがあったとは。さすがは『チーム・イノセンス』のスタッフである。細部に至るまで手を抜いていないというわけだ。
あんなものを見せられては、こちらも乗らざるを得ない。どんなに白々しくとも、きっちりと「解説」をやり切るしかない。
この、キャラを変更できる『アドリブ』システムだが、これを実現するためには、二つの条件をクリアしなければならない。
そのひとつ目は、「設定の延長線上」であること。
キャラを創る際、それには様々な過去や性格、口調などの設定が与えられるわけだが、新キャラはそれらの設定に準じたものでなくてはならない。設定にそんな要素はまったく無いのに、「実はおれは古の竜族の末裔で……」とか言い出してもダメなのだ。
そして二つ目の条件は、「場の承認」があること。
たとえ新キャラが「設定の延長線上」であったとしても、それだけで『アドリブ』は完成しない。
加えて、その場にいる他のキャラが、それを認めなくてはならないのだ。たとえ「竜族の末裔」が設定に準じるキャラであっても、他キャラに「はぁ?」みたいなリアクションをされれば、即座に『降板』とされてしまうのである。
設定の利用と他者からの承認、特に後者の縛りによって、基本的に『アドリブ』が成功することはない。
しかしブービーは、二つの条件をクリアした。
彼女が新キャラとしてエンジたのは、ブービー達の体を作った人形師だった。
もともと彼女達は、人の夢を渡り歩く幽霊のような存在だったのだが、そんな彼女達そっくりの人形を作り、そこに彼女達を封じ込めたのが、その人形師(という設定)なのだ。
その新キャラを、おれ達は承認した。こちらからけしかけたのだから、それは当然だ。ここでとぼけたりしたら、むしろこちらが『降板』となってしまう。
「しかしなぜ、あなたの魂がブービーさんの中に?」
おれの言葉に、彼女が自嘲気味に笑った。
「わからん。ブービー達に殺されたあと、気づいたら人形にいたからの」
「なるほど。愛着のある物には魂が宿りやすいと聞きますからね」
「……ああ。そうなのかもしれんな」
そしておれ達は、薄い笑みを浮かべ合った。ただエンギでそうしたのではない。あまりに露骨な説明ゼリフのやり取りが、さすがに恥ずかしかったのだ。
だがここまで掘り下げておけば、もう大丈夫だろう。人形師の人格は設定範囲内であり、その経緯についても説明が行われた。
これにより、無邪気一辺倒だったブービーに、新たな性格が加わったのである。
それは彼女達『チーム・イノセンス』にとって、大きな利点となるはずだった。
なぜなら、これまで寄進の面で有利に働いていた『無邪気』というテーマが、ハルマゲドンでは逆に足枷になっていたはずだからだ。
「あそび」の名目で誰彼なく攻撃を仕掛け、そのアグレッシブさが人気を呼んでいた彼女達だが、負ければ即退場となる本番で同じように動くのは厳しい。
それを前半は「お昼寝」という形でしのいだものの、さすがに後半まで同じことをするわけにはいかない。そんなジレンマを、『アドリブ』が解決したはずなのだ。
その利益がハイエンドの死と見合っていることを願いながら、取引の続きを開始した。
「それでは改めて、『あなた』にお聞きしましょう。『あなた』はここで、わたし達を「やっつける」おつもりですか?」
「……ああ。そうだな。主らを生かしておけば、後々厄介なことになりそうだしの――」
ブービーの顔に、酷薄な笑みが浮かんだ。周囲の空気が一変し、強い緊張感をはらむ。
「故に、シャイニングとの共倒れを期待しておるわ」
彼女の哄笑と共に、緊張は吹き飛ばされた。
「ふん――策士策に溺れぬよう、気をつけることだな」
「はい。ご忠告、しかと胸に留めておきましょう」
胸に手を当てて応えると、ブービー達は校舎へと消えていった。今度こそ本当に脅威が去り、ホッとため息をつく。
しかし、さっき一緒に恥ずかしがっていたはずが、すっかりあのキャラを自分のものとしている。さすがはスーパールーキー。全然うらやましくはなかったけど。
とはいえ、よくノッてくれたものだ。
便利だが卑怯な感もある『アドリブ』は、その落差ゆえに信者の不満を引き起こしやすい。
もちろんそれが新たな支持を集める場合が無いわけではないが、やはり唐突さは否めないせいか、変化したキャラのほとんどは消えていくことになる。ブービーには熱い信者が多いだけに、そうなる可能性が高い。
しかし彼女は、勝利のために『アドリブ』を選んだ。もう一期続ければさらに多くの寄進を集めたかもしれないキャラを、あっさりと犠牲にしたのである。
おれは胸から手を離すと、左を向いた。そこで辛抱強く「待機」していた相方に向かって、おれは言った。
「お待たせしました。ロングさん。それでは――」
持っていた本を消し、彼女が無言でうなずいた。
ついに迎える本番。
ついに始まる『神殺し』。
だがそれを成し遂げるためにも、ノイズはできるかぎり排除しておかねばならない。例えば、今おれ達を襲おうとしているやつみたいに。
「“弓結び(アロー・ノット)”……」
そのつぶやきと共に、ロングの首からほどけたリボンタイが、漆黒の弓へと姿を変えた。
弦を引き絞りながら、振り返る。
標的に向かって矢が放たれると同時に、おれは走った。
おれ達が得た寄進と『浮動票』の数を考えれば、彼らのレベルを警戒する必要はない。正面からガチでぶつかればいいだけだ。むしろこちらのレベルを知らない彼らにとっては、これこそが奇襲となるはずだ。
「ガハッ!?」
という悲鳴が、敵の口から飛び出した。その胸に深々と突き刺さるのは、一本の黒い矢だった。
それが消えると同時に、おれは渾身の一撃を相手の顔面に叩きこんだ。そのダメージにより、『チーム・ビッグベイビーズ』のボムはあっさりと姿を消した。
そんな光景を見て、仲間のヒールが驚愕の表情を浮かべた。
「ひあっ!?」
白衣のようなコートを翻し、ヒールが逃げ出そうとする。
だが遅かった。その正面に回り込んでいたロングが、右手の拳を引きながら言った。
「“爪結び(クロー・ノット)”……」
直後、彼も仲間の元へ旅立つこととなった。
「ふ――」
思わず漏れた笑みを、すばやく手で覆う。
前半に苦労させられた敵を、いともあっさり屠ってしまった。
「ふははははっ!」と笑ってしまいそうなほどの快感だ。
しかしそれは、スマイリーのキャラではない。
おれは心を落ち着かせるために、コートのシワをきれいに整えた。
「……あらン❤ すごいわねぇン❤」
そこに聞こえてきた、甘く艶やかな声。
おれは振り返ると、数メートルの高さに浮かぶ彼女に応えた。
「これはイシュタルさん。いつからご覧に?」
「スマイリーちゃんがブービーちゃんとお話してたところからよン❤」
「なるほど――」
そう言いながら、おれは思った。
彼女の着ている、超ミニのチューブトップドレス。角度的には申し分ないはずなのに、どうしてその奥が見えないのだろう。
眼鏡を押し上げつつその不思議を考察していると、イシュタルが地上に下りてきてしまった。何かを察したのだろうか。
その腕に抱かれた妹のリリスは、いつものように眠ってはいなかった。姉に抱きついたまま、澄んだ青い瞳でこちらを見つめている。まるで何かを断罪するかのように。
おれはスカートにおけるパンツの可視領域についての考察を中断し、イシュタルに訊いた。
「それで、準備は終わったのですか?」
「もちろんよン❤」
「……ちなみに少し休憩(=回復)する時間は」
「ダメよン❤ せっかくの仕掛けが壊されちゃうかもしれないでしょン❤?」
「――なるほど」
まあそう言うと思ってたけど。
「でもスマイリーちゃんは、どうやってシャイニングちゃんを誘い込むつもりなのン❤?」
「ええ――」
おれは微笑んだ。そのスマイリーらしい笑みは、エンギばかりではなかった。
正直に告白すると、その時のおれは、ちょっと調子に乗っていた。
なんだよおれツエーじゃん。もしかしてこれイケんじゃねー? みたいな気分だったのだ。
おれは隣に立つ相方に振り向き、含みのある視線を送った。
意味のわかっていない彼女を見ながら、おれは続きを口にした。
「もちろんありますとも。シャイニングさんを誘い込む、とっておきの作戦がね」




