古機(ふるはた) 誠(一年五組 出席番号十一)の呼出①
戦いを挑む資格ができたということは、誰かから挑まれる可能性が生まれたことでもある。
しかしそれがこんな早くに、よりによって彼女達からだとは思わなかった。
「うわ~い! スマイリーなの~! あそぼ! あそぼ!」
チャイムがかすかに聞こえる中、目の前ではエプロンドレスを着たネコミミ少女が、無邪気に飛び跳ねている。
おれは視線を天井に向けた。そこにあったのは、周囲と同じ土色の壁だけだった。
やられた――
彼らは狙っていたのだ。これが妨害とは見なされず、かつ、キャラが油断しやすくなる、このタイミングを。
『給食時間』はあくまで『浮動票』を奪い合う時間なため、本来ならこのような監禁といった行為も禁止されている。だから審判役の天使が介入してきてもいいはずなのだが、一向にその気配は無い。
それはおそらく、行われたのがグレーゾーンの時間帯だったからなのだろう。時間帯は『給食時間』だが状況的にはそうでない場合、後者が優先されてしまうらしい。
そして『三時間目』が始まってしまった今、おれはブービーとタイマンで戦わなければならないのだ。
無垢な笑顔を浮かべる彼女に向かって、おれは言った。
「ブービーさ」
「じゃあね! じゃあね! ブービーからいくよ!」
交渉の余地は無かった。実に愛らしいこの少女は、「あそぶ(=殺す)」ことで頭が一杯らしい。
おれは小さく肩をすくめると、天井を、そしてロングがいる(はずの)横壁を盗み見た。
これは、スマイリーの力で壊せるだろうか?
落下時の記憶から推測すれば、どちらもたいした厚さではなかった。
が、この空間は、異能によって作られたのだ。おそらくはそれなりのレベルアップを果たしたハイエンドの技が、見た目どおりの強度しかないとは考えにくい。
よって破壊が無理なら目の前の敵を倒すしかないのだが、しかしこっちはこっちでというか、むしろその方が不可能だった。
なにしろ登校時ですらレベル70だったのである。再投資でさらに引き上げてきたであろう彼女を、おれ一人でどうにかできるわけがない。
だが考える暇はなかった。このゲームはターン制などではなく、おまけに相手はガン攻めキャラなのである。
ブービーは右手の人差し指を高々と掲げると、叫んだ。
「“がんばれクマちゃんズ(ラ・ラ・ルーパス)!”」
直後、二人のあいだに、大量の「クマっちょ」達が出現した。
「クマっちょ」とは彼女の異能によって生み出された、異形の生物の総称だ。簡潔に事実だけを述べれば、頭部に可愛いクマのキグルミをかぶった、ビキニパンツ姿のマッチョ軍団である。表現の自由は認めるが、それをおれの視界に入れることは赦さんと一喝したくなるビジュアルだ。
クマっちょどもはその手に、銃火器を装備していた。
それは幼い子供の魂が具現化した(という設定の)ブービーらしい、子供のお絵かきのようなデザインだったが、しかしそこはCBである。
文脈ではなく現象によって決定されるこの世界では、銃として創造されたものは銃としての機能を(しかもたいていはそれ以上に)果たすのだ。
避わす余地は無かった。クマっちょどもは愛らしくも感情の無い瞳でこちら見つめながら、銃口をきっちりロックオンしている。
そしてブービーが掲げた右手を勢いよく下ろすと共に、
「うそなの~!」
という声が響き渡った。
「ほえっ!?」
と、“自分の声”に驚くブービーに、ひとつの影が迫っていた。
死角からすばやく間をつめるそれの正体とは、もちろんおれだった。
「――行きますよ」
「はぅっ!?」
振り返った時には、もう遅かった。
天使の不思議パワーによって痛みも傷も残らない仕様になっているため、躊躇する必要はない。これはゲームでありショーであり、『キャラ』にとっては義務と礼儀でもあるのだ。
おれは踏み出した足に思い切り力を込めると、渾身の肘打ちをブービーの顔面に叩き込んだ。
「きゃう!」
ブービーが、子犬のような叫び声を上げて吹っ飛んでいった。
壁に叩きつけるほどの威力だったそれが与えたダメージは、「216」。実に平凡な数字だ。しかもそれは、不意をついたことによる三倍ボーナスが付いての結果なのだ。
吹っ飛ばされたのは彼女ではなく、おれの闘争心の方だった……などと嘆く暇はなかった。
一時的に指揮官を失ったクマっちょどもは、銃を明後日の方向に構えたまま立ち尽くしている。
おれは近くにいた一体に跳びかかると、その肩を借りて上空へと跳び上がった。
ガンッ!
と、全力で叩き込んだ蹴りは、天井に靴跡すら残さなかった。
マジでか。
予想の中の最悪の結果に、思わず自嘲が漏れた。
「コラ~! ブービーのマネしちゃダメ~!」
「……申し訳ございません」
絶望と共に着地したおれは、それでもどうにかスマイリーをエンジた。
頬を膨らませて怒るブービーは、おれがどんな技を使ったかはしっかり見抜いているらしい。
彼女が言うとおり、おれは異能を使って、彼女の声をマネしたのだ。
その技の名は、“災いの舌”。
効果は、「声の編集」だ。録音した声を自由に切り貼りし、さらには音の調子を“整える”ことができるのである。
これを使い、おれは彼女のセリフから「うそなの~」というフレーズを作り、それを最大音量で再生したのだ。
そうして彼女の不意を突くことに成功したのだが、しょせんは素人の手品のようなもの。二度と通用することはないだろう。
おれは胸に手を当てると、彼女に言った。
「ですがこれがわたしなりの戦い方でございまして――」
と、それこそマジシャンばりのテクでコートの内ポケットから抜いたナイフを、思い切り投げつける。
カンッ!
しかしそれは、クマっちょによって簡単にはたき落とされてしまった。
まあどうせ護身用に携帯しているという設定に基づいた小道具で、当たっても小パンチ一発分の威力しかないのだが。
やれやれと思いつつ、セリフの続きを口にする。
「それも今をもちまして、手打ちとなった次第です」
おれは両手を持ち上げ、降参の意を示した。本当だった。万策尽き果てたというやつだ。
「む~……じゃあじゃあ! こんどはぜったいブービーの番だからね!」
「ええ。ご自由にお殺しください」
おれはニッコリ笑って応えた。
そしてブービーの右手が、再び天へと掲げられた瞬間だった。
辺りが暗くなり、エレベーターが急停止したかのような感覚が走った。
「ひゃう!?」
彼女が三度目の叫び声を上げた。
だがそれは、おれのせいではなかった。その変化、というか「復元」には、こちらもこそ驚いていたからである。
目の前には、見慣れた「H」型の校舎があった。その上には、きれいな青空が広がっている。
そう、おれは地上に戻っていたのだ。
本当に驚いているらしいブービーを見るに、おそらく彼女達の作戦ではないのだろう。
ならばその答えは、ひとつしかない。
「ロングさん――」
おれはすぐ横で本を広げている相方に呼びかけた。
「ハイエンドさんを倒したのですね」
「……」
ページに視線を落としたまま、ロングが小さくうなずいた。
向かいにいるのはブービーとピーカブーの二人だけで、ハイエンドの姿はどこにもない。術者が倒されたことによって、おれ達は地上に戻ってこれたのである。
しかしロングの相手は、ハイエンドとピーカブーの二人だった。彼らのレベルは不明だが、ロングより下ということはないだろう。
にも関わらず、ハイエンドは撃破された。仲間を失って動揺する相手の様子を見張りつつ、彼女に訊いた。
「……もしかして、アレを使ったのですか?」
「支障……」
そこは「使用」なんじゃないのか、と思ったところで気づいた。
彼女の言う「支障」とは、おれ達がやるつもりだったことについてのセリフであることに。
つまりHPを減らしてしまったことで、打倒『神の瞳』の作戦に「支障」が出てしまったと言いたかったのである。
彼女はページをめくると、続けて言った。
「沈淪……」
……え~と、それは確かこのあいだの国語で読んだ小説に出てきた熟語で、「深く沈み込む」とか「落ちぶれる」という意味だった(はず)。
要するにアレを使って“神殺し”に支障が出てしまったことが沈淪(=ショック)だと――って、その本すげえ! そんな単語も載ってんだ!?
集中モードが繰り出す熟語のセンスに驚きつつ、おれはステータス画面を立ち上げた。
今の彼女のHPは、全体の四割といったところ。まあ全快であるに越したことはないが、そもそもがゲームオーバーのピンチだったのだ。
おれは小さくため息をつくと、左手を伸ばした。
「いえ――」
と、その手を彼女の頭に乗せ、はっきりと告げる。
「最高の判断でした」
わずかな間。
パタンという音を立てて、本が閉じられた。わずかに傾いていた頭が、ググっと力強く持ち上がった。
ふむ、どうやら元気を取り戻したらし
「特攻……」
待たんかい。
乗せていただけの左手をわしづかみに切り替えると、全力で特攻ガールを押さえ込みにかかった。
なんだよそのゼロか百の発想! そもそもおまえ知的キャラの設定だろーが! と叫びたい気持ちに必死で耐えながら、ロングに言った。
「申し訳ありませんが、少々お待ちくださいますか? ブービーさん達には、ひとつ確認したいことがありますので」
「……待機……」
と、どうにか思い止まってくれた彼女から手を離すと、意識をブービー達に集中した。
ブービーは、あくまで愛らしさは残しつつも、すさまじい怒りのプレッシャーを放っていた。
「むぅ~~~ぜったいぜったい、ゆるさないんだから~~~!!!!」
そんな彼女の前では、クマっちょ軍団が銃火器を手にしていた。彼女の隣に控えるピーカブーも、口をラッパのように大きく尖らせて、戦闘態勢を作っている。
ふむ――。
『三時間目』早々にしかけられた罠こそ脱したものの、死地には変わりないようだ。
……しかたない。
おれはため息をつくと、捕えられた時から迷っていた作戦を実行することに決めた。先ほどのロングではないが、それこそ特攻的な作戦だ。
ブービーならそれにすぐに気づくだろうし、あちらがそれを欲しがっていることも確かだろう。
ただ問題は何かと便利な異能を持っていたハイエンドを倒してしまったことであり、その事実も含めて彼女が妥当な取引と見なしてくれるかどうかだった。
おれはそっと息を吸い込むと、胸に右手を添えた。
いつものスマイリーよりもさらに大げさな調子で、ブービーに向かって言った。
「――そろそろ止めにしませんか、『夜のアリス(ブービー・ドール)』さん?」




