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古機(ふるはた) 誠(一年五組 出席番号十一)の絶望

(くそっ!)


と、走りながら悪態をつく。


(あの――すばらしいおっぱいめ!)


溜まっていた鬱憤を声なき声で叫ぶと、おれは現実に戻ることにした。今しなければならないのは、『浮動票』の奪取なのだ。


全部で八匹いたモンスターは、すでに五匹にまで減っていた。下手したら、あと十分くらいで狩りつくされてしまうかもしれない。

だからこそ急がねばならないのだが、モンスターの居場所については、検討がついていなかった。モンスターはランダムに配置されている上に、大きさ的にも目立ちにくい。さっきから爆発音があちこちから聞こえていたが、おそらくはモンスターを探しているのだろう。


「……しかたありません。とりあえず屋上に行って」


みましょう、というセリフは、しかし途中で飲み込まなければならなかった。シャツの襟首えりくびが、思い切り締め付けられたからだ。


「発見……」


そのつぶやきと同時に、体が思い切り後方に引っ張られた。ガラスの割れる派手な音がして、おれは空中に浮かんでいた。行き先は、向かいの校舎だった。ロングはそこに、モンスターを発見したらしい。


だがせっかくの大ジャンプも、わずかに力が足りなかったらしい。その軌道が、ゆるやかな上昇から下降へと転じた。

その瞬間、彼女は再びつぶやいた。


「“鞭結び(ウィップ・ノット)”……」


またも体が引っ張られ、ガラスの割れる音が響いた。床に叩きつけられたおれは、すばやく立ち上がってあたりを見回した。そこは音楽室だった。


「――で、モンスターはどこ」

「逃走……」


答えると同時に、ロングは走り出した。どうやらモンスターは、逃走してしまったらしい。彼女の視線は、正面に固定されたままだった。意見を差し挟む隙間もないほど、完璧な集中モードに突入しているようだ。

すげーな、と思いながら、おれもあとを追った。新技の取得が懸かっているとはいえ、すさまじい集中力だ。


廊下に出て左に曲がると、数メートル先にモンスターの背中が見えた。形はさっきと同じ。サイズは一回りほど上だろうか。その尻尾の先に描かれているのは、「5」の数字だった。


よし――あれならおそらく、ロングのレベルも40に届くだろう。現在37とは言っても、経験値的には後半の位置にいるのだ。


「H」の形をした校舎の中、モンスターは向かいの校舎に続く渡り廊下へは曲がらず、そのまま直進した。その先は行き止まりだった。

目の前に壁が迫り、モンスターがわずかに速度を落とした。


その瞬間を、ハイパー集中モードのロングが見逃すはずがなかった。彼女の右手が、胸のリボンタイをつかんだ。


「“鞭結び(ウィップ・ノット)”……」


すばやくほどけたリボンタイが、しなやかな鞭へと姿を変えた。

立ち止まったモンスターが、左のドアへと舵を切る。しかしやつがそこに飛び込むよりも先に、鞭は放たれていた。するどい破裂音が、廊下に響き渡った。


だが、正確に放たれたはずのそれは、目標を捕えていなかった。モンスターはこちらに顔を向けて、低い唸り声を上げている。 


「これは――」

歪像わいぞう……?」


お前なんでそんな熟語知ってんだ。ハイパー集中モードはそんなとこまでハイパーになんのか、というツッコミはさて置き、確かに目の前のけしきは歪んでいた。


おれ達の立っている場所から、一メートルほど先。

まっすぐだったはずの廊下が、天井や壁ごと、下向きに折れ曲がっていた。どこにもヒビひとつ見当たらず、まるで最初からそういう造りだったかのように、空間全体が傾いていたのである。この傾きによりモンスターの位置がずれ、ロングの鞭が空を切ったのだ。


そんな奇妙な空間を前に、しかしロングはすばやく鞭を構え直した。いかなることがあろうとも、集中モードは優先順位を忘れない。今は一刻も早く、モンスターを倒さねばならない。


だがその直後、廊下に甲高い断末魔が響いた。標的の体が四散し、跡形も無く消滅した。


「ハイエンドさんですか……」


モンスターを貫いたものを見つめながら、おれは言った。それは、天井の一部が飴細工のように伸びてできた、巨大な針だった。

直後、そのそばにあるドアが、音もなく開いた。


「クク――フフ――これは何とも申し訳ない」


そこから出てきたのは、身長二メートルを越える大男だった。手足が極端に長く、顔のあちこちにピアスをしている。一年三組、『チーム・イノセンス』の『酔いどれ案山子ハイエンド・ホリック』だ。この奇妙な空間は、彼の異能スキルによって生み出されたのである。

その技の名は、“世界は歪む(グルグルワールド)”。効果は見てのとおり、空間を歪ませることだ。


そしてハイエンドに続いて、教室から二人のキャラが飛び出してきた。


「ハハッ、これほど哀しいものはないね。感情不在の謝罪なんて」

「あ~っ! スマイリーだ~!」


太っちょの『丑三つ喇叭ピーカブー』がため息をつき、かわいい『夜のアリス(ブービー・ドール)』が、おれを指さしながら飛び跳ねる。その時にはもう針は消え、廊下も元の姿を取り戻していた。


「ねえスマイリー、あそぼ! あそぼ!」

「これは申し訳ありません。お申し出は大変ありがたいのですが、わたしは今、用事を抱えておりまして」

「いや~の~! あそぶの~!!」

「おやおや、これはまいりましたね――」


この腹黒キューピッドめ。

おれはニッコリと微笑みつつ、毒づいた。

の時は笑顔どころか敵意以外の表情を見せたことがなく、挨拶すら交わした記憶がない。にも関わらず、キャラをエンジた途端にこれだ。


とはいえ、今は愚痴っている場合ではない。さっさとこの面倒くさい状況を回避して、狩猟へと戻らなくてはならない。そう考えていたところで、不意にハイエンドが口を挟んできた。


「クク――ハハ――ブービー。とても残念だが、ここはすっかりあきらめようじゃないか」

「ぶ~、つまんないの~!」


そう言って、ブービーは頬をふくらませた。そんな彼女を、ハイエンドが抱きかかえた。


「キキ――ヒヒ――それじゃあ次は、ゆっくりと遊ぼうじゃないか」


こちらを見ながら、彼は言った。

直後、その足元で、床が波のような形に歪んだ。大きく盛り上がったそれはハイエンド達を持ち上げ、すさまじい速度でこちらへと迫った。そのままおれ達とすれ違うと、渡り廊下を曲がっていった。


「……申し訳ございません。またの機会を、心よりお待ち申し上げております」


彼らが立っていた空間を見つめながら、おれは言った。


先ほどモンスターを貫いた「針」、あれは初めて見る形だった。情報をオープンにするのが『チーム・イノセンス』のやり方だから、隠していたわけではないのだろう。おそらくは再投資によって、異能スキルが強化されたのだ。


“世界は歪む(グルグルワールド)”は、彼の持つ唯一の技である。どれほどレベルが上がろうとも、新たな技を覚えることはない。その代わり、寄進数に応じてその質が向上していくのだ。「周囲の物体を歪ませる」効果を持つそれは、さらなる投資を得たことで「針」のような危ないものも生み出せるようになったのである。


もちろん一番多くの再投資を得たのはブービーなのだろうが、(確か)登校時に30口だったハイエンドも、きっちりとレベルを上乗せしてきたらしい。総寄進数だけならトップだった『チーム・イノセンス』は、これでますます手が付けられなくなったというわけだ。


劇的なレベルアップの余韻は、すっかり冷めてしまった――が、だからといって立ち止まっているわけにはいかない。ここでこうしていても、相方のロングさんにコートの袖を引きちぎられるだけだからだ。


「……とりあえず、屋上から探しましょうか」


その提案にロングがうなずき、おれ達は走り出した。


ちなみに『チーム・イノセンス』がおれ達を攻撃しなかったのは、それが無効となってしまうからだ。そうしなければキャラはモンスター狩りに集中できず、またレベルの低いキャラは争奪戦に参加できなくなってしまう。


モンスターは、残り二匹にまで減っていた。残り時間は、約三十二分。時間内に狩り尽くされてしまうことは確実だった。


おれ達は一足跳びで階段を駆け上がると、屋上へ通じるドアを開けた。

綺麗に晴れ上がった空の下、階下では耳障りな爆発音が繰り返されている。おそらく、『チーム・ビッグベイビーズ』のボムあたりが暴れまわっているのだろう。


「さて――」


おれはコートのポケットに手を入れながら、つぶやいた。

モンスターの配置対象は、校舎の中だけではない。グラウンドや体育館なども含まれている。だから競争率の高そうな校舎ではなく、それ以外の場所に賭けてみた方がいいのかもしれない。

そんなことを考えながら、向かいの校舎を眺めていた時だった。


不意に爆発音が途切れ、そのわずかな沈黙を縫って、金属のきしむ音が聞こえた。それは向かいの屋上に設けられた、もうひとつのドアが開く音だった。

そこから現れたキャラに、おれの目が見開かれる。


ぴったりとした純白の衣装と、それを包む同色のマント。右目を覆う、割れた仮面のような形の眼帯を付けた女性騎士は、『神のシャイニング・アイ』だった。


「スマイリーか。奇遇だな」


そう言って彼女は、意味ありげなほほ笑みを浮かべた。


「……ええ、本当に。シャイニングさんも、モンスターをお探しに?」


おれは応え、体が緊張していることに気づいた。ただのゲーム、ただのエンギとわかっていても、そうさせられてしまう。シャイニングこと『戈倉かぐら 陽子』には、それほどのエンギりょくがあるのだ。


しかしこのまま気圧されているわけにはいかない。せっかく他キャラへの攻撃が無効なのだから、ひとつくらい見栄を切っておくべきだろう。

そんな考えが頭をかすめた矢先、だが先手を取られたのはこちらだった。


「“破邪閃剣ドラグ・スラッシュ”」


言葉と同時に、強烈な衝撃が体を駆け抜けた。その刹那、背後で重い切断音が鳴り、そこに聞き覚えのある断末魔が混じっていることに気づいた。

おれはステータス画面を呼び出した。モンスターの数は、「1」と表示されていた。


「ふ――」


ギリギリのところでスマイリーのキャラを保ちつつ、真後ろにターンする。


そしておれは、校舎に通じるドアが消滅しているばかりか、その背後にそびえていた巨大な時計台までもが真っ二つにされているのを見つけた。


まじっすかー。


思わず声に出しかけたのを、どうにか我慢した。表情も皮一枚のところでスマイリーの微笑みをキープしている。ここまでキャラに染まった自分を諦めつつ、シャイニングに向き直った。


「邪魔したな」

「……お気になさらないでください」


そのまま彼女は去っていった。


もちろん『給食時間』の今はダメージをくらうことはなかったが、それでも技の感覚だけは味わうことができた。それだけに、絶望はいっそう深かった。彼女との差は、何ひとつ縮まっていなかったのだ。


最初の116口から、どれだけ積み上げてきのか――。


しかしそんなむなしい思考をする間は、与えられなかった。不意に体が後方に引っ張られたからだ。

いつかと似た展開は、やはりその時と同じく、ロングによって行われたことだった。おれの左手首を握った彼女が、すさまじい勢いで跳躍したのである。おれ達はそのまま破壊された時計台を越えて、地上へと落下していった。


「どうしたんですか? ロングさん」

「不惑……」


おれの左手首を握ったまま、ロングは応えた。


不惑。つまり惑わされるな、モンスターのことに集中しろと言いたいらしい。


まあ正論だけどよ……。


いかに相手が強いほど燃えるタイプとはいえ、彼女も“破邪閃剣ドラグ・スラッシュ”の威力は味わったはずなのだ。


それなのにどうしてここまで――


しかしその思考は、発展することがなかった。落下の時間が終わり、地上に降り立たねばならなかったからである。


目の前に広がるグラウンドに、モンスターの姿は無かった。ステータス画面の中の数字も、「1」のままだ。

おれは何の確信もないまま、左側を向いた。


すると校舎の陰から、よろよろと走り出てきたものがあった。全身が真っ青なそれは、モンスターだった。尻尾の先に描かれている数字は、「6」。


モンスターは部室棟へと向かっていた。そいつを追って、校舎の陰から別の何かが飛び出した。

それがイシュタルだと判明したと同時に、おれの脇を何かが走り抜けていった。


「ロングさ」

「熱血……」


早くも諦めかけていたおれが捉えた、そのセリフ。その瞬間、おれは不意に理解した。


あいつも、イシュタルの言った「ジョーカーちゃんの呪いパワー」の意味に気づいていたのだ。

PVという形での正之介の応援に熱血かんどうしたからこそ、ここまでがんばっているのだ。


やれやれ――と、彼女にならって体を前に傾けると、全身に力を込めてあとを追った。どうせ『キャラ』は疲れたりしないのだ。だったら全速力で駆けるくらいはしてもいいだろう。


「……ありがとうございます」


だが、彼女は応えなかった。

声が小さかったのか、あるいはあの時――最後となった空手大会の決勝戦の時と同じく、集中し過ぎて周りの声が聞こえていない状態なのかもしれない。


視線の先では、イシュタルがモンスターに追いついたところだった。

直後、甲高い断末魔がグラウンドに響いた。

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