織田教諭(創造番号第1549天使)の実況⑤
確かに異能は、取得してすぐに使えるとはいえ、感覚が順応するまで多少の時間を必要とするのが普通です。
なのにロングは、新しい技を一瞬で使いこなしてしまいました。もともと感覚的な部分に優れていたとはいえ、これには驚かされました。
さて、スマイリーに襲いかかったモンスターですが、実はあれこそが『浮動票』なのです。モンスターの尻尾の先には、「4」の数字が描かれていましたが、あれはスマイリーが倒せばそれだけレベルアップするという意味で、数字の見え方はキャラのレベルによって異なります。
モンスターを倒し、そいつが持っているKを手に入れる。それがこの『給食時間』の目的なのです(ちなみに『浮動票』がどんな形態を取るかは、大会によって異なっています。今回のように小さくバラけることもあれば、一匹(=総取り)なんてこともありました。またモンスターに牙があることからもわかるように、攻撃をくらえばダメージを受けてしまうので、倒す時は注意が必要です)。
そしてスマイリーを守った黒い壁ですが、“黒薔薇結び(ガーディアンズ・ノット)”の名前どおり、それは黒いリボンタイで編まれた、巨大な多弁のバラでした。相手の攻撃をガードするための技です。
それによって出鼻をくじかれたモンスターは、後ろへと飛び退きました。
しかしロングは、その隙を逃しません。すばやく間を詰めると、右の拳を振り上げました。
「“爪結び(クロー・ノット)”……」
それはロングが、レベル8で覚える技でした。拳に巻き付いたリボンタイは、三本の爪を伴った漆黒の手甲へと姿を変えます。
空気を切り裂きながら最短距離を駆け抜けたそれが、目標に届かんとした瞬間でした。
「“中天の残月”」
ポツリとつぶやかれたセリフと同時に、モンスターがロングの前から姿を消しました。
爪が虚しく空を切り、ロングが獲物の行き先を探します。その視線はやがて、教室の奥へ向けられたところで止まりました。
そこにいたのは、小柄な少女でした。鮮やかな金髪は短く整えられ、スモックのような服に身を包んでいます。その裾からは、髪と同じ色をした尻尾がのぞいていました。
彼女はこちらに背中を向けて、モンスターの喉元を押さえつけていました。その手はスイカを楽々とつかめそうなほどに大きく、黒みがかった青い皮膚に覆われています。
先ほど彼女の使った技、“中天の残月”は、己の攻撃力と防御力を「すばやさ」に振り分ける技です。そうして飛躍的にスピードを高め、ロングから獲物をかすめ取ったのです。
そして彼女は、苦しそうにもがくモンスターに向かってつぶやきました。
「“東の新月”」
それは、己のステータスを「攻撃力」へと振り分ける技でした。
首は握りつぶされたモンスターは、蒸発するように消滅しました。
「リリスさん……」
スマイリーの声に、『チーム・チャーム』の三女、リリスが振り返ります。
しかし彼女はそのままドアの方に駆け出すと、そこにいたキャラの胸の中へと飛び込みました。
「――ごめんなさいねぇん❤」
すやすやと眠る妹の髪を梳きながら、彼女は言いました。彼女とはもちろん、三姉妹の長女、イシュタルのことです。両足を包む黒いハイヒールは床についておらず、およそ五十センチ上空からスマイリー達を見下ろしています。
「滅さ」
「お気になさらないでください。なんせ我々は、同志なのですから」
呪詛的な何かを言いかけたロングにかぶせる形で、スマイリーが応えました。ロングの中で何かがブチ切れたようですが、そこはさすがの集中モード。表面上は無表情キャラをエンジ続けていました。
と、こうして始まった『給食時間』ですが、ここで信者の皆さんも驚いたその結果について、説明しておきましょう。
というのも、ぶっちぎりの最下位だったはずの『チーム・マッドネス』が、彼らの予想をはるかに超える大躍進を遂げたからです。
『傾国の参謀』2口 → 35口(個人ランキング18位 → 7位)
『不実な執事』2口 → 37口(同18位 → 6位)
もちろん他もそれぞれレベルアップしている中、厳しい戦いであることに変わりはないのですが、それでも増加率だけなら圧倒的でした。
彼らがここまで飛躍できた要因は、大きく分けて三つあるかと思われます。
ひとつ目はもちろん、スマイリーがシャイニングに行った、“神殺し宣言”。
斬斬りとクリーンの信者を激怒させたあれは、一方でその大胆不敵さを買う信者もいたのです。またシャイニングの技をくらいつつ逃げおおせたところも、注目を集めるポイントとなりました。
そして二つ目は、いま目の前にいる二人、『チーム・チャーム』と同盟を組んでいたこと。
彼女達が一発逆転の可能性を持つ技、“未来はぼくの手の中”を手に入れたことで一気に注目が集まり、それに合わせてスマイリーの“宣言”も現実味を帯びてきたのです。
ちなみにその『チーム・チャーム』のレベルですが、
『聖室昇華』50口 → 74口(5位 → 3位)
『夢中放縦』41口 → 50口(6位 → 4位)
と、やはり大きく数を伸ばしています。
そして三つ目の要因ですが、これはスマイリー達が知らず、それでいて一番大きなポイントかもしれません。
「あン❤ それにしてもスマイリーちゃんったら、急に強くなったみたいねぇン――❤」
と、ここでイシュタルが、スマイリー達を見つめながら言いました。
「もしかして、ジョーカーちゃんの呪いパワーのせいなのかしらン❤」
直後、スマイリーの目が見開かれました。それに合わせてイシュタルの唇が、妖艶な笑みを形作ります。
はい。リアクションを見るに、どうやらそのことを知らなかったらしいスマイリーも、気づいたようです。自分達が飛躍したのは、今ここにいない「彼」――ジョーカーこと黒村くんが深く関わっていることに。
ハルマゲドンの一週間前、ジョーカーはキャラ逸脱により『降板』となり、CBへの参加が禁止されてしまいました。
しかし『降板』によって禁止されるのは、あくまでCBへの参加であり、PVへの出演などには適用されません。『チーム・マッドネス』は、ジョーカーの出演したそれを『配膳時間』に公開したのです。
結果、スマイリー達に注目していた信者の多くが、彼らに再投資することを選びました(ちなみにイシュタルがPVのことを知っていたのは、未だ教室を破壊されておらず、『配膳時間』にスタッフと連絡を取ることができたからです)。
……しかし、大幅なパワーアップとなったのは結構ですが、本当にあんなPVでよかったのでしょうか。おそらくは『プロデューサー』である暮継くんの判断だったのでしょうが、古機くん達が知ったあとの反応が心配です。
とはいえ、今はそんなことを心配してもしかたがないわけで、わたしはすぐに頭を切り替えました。
「……なるほど」
平静に戻ったスマイリーが、つぶやきました。その顔には悔しさと感謝が入り混じったような、複雑な笑みが浮かんでいます。
すると彼の右手が、強く引っ張られました。
振り向くと、そこにいたのはロングでした。大きな瞳でスマイリーを見つめながら、なおも手を引っ張り続けます。
「何ですか? ロングさん」
「狩猟……」
その言葉で、スマイリーも気づいたようです。今が何の時間であるかと、レベルがあと3上がれば、彼女が新たな技を取得できることに。そのために彼女は『浮動票』であるモンスターを、倒しに行こうとしているのです。
「……なるほど」
顎に手を添えながら、スマイリーはつぶやきました。
それは40という大台で取得するにふさわしいその異能の可能性を、慎重かつ迅速に検討する姿でした。
「――わかりました。行きましょう」
シミュレーションを終えたスマイリーに、ロングが小さくうなずきます。
それから二人が走り出そうとしたところに、
「あン❤ ダ・メ❤」
と、即座にイシュタルが立ちはだかりました。
「“爪結」
「ちょっと待って下さい」
条件反射のごとく攻撃を繰り出そうとしたロングを、スマイリーが押しとどめます。落ち着いた動作でメガネを押し上げると、彼は言いました。
「これはイシュタルさん、どうかいたしましたか?」
「あらン❤ シャイニングちゃんをやっつける作戦を考えてくれるって、約束でしょン❤?」
挑発的なウインクを添えるイシュタルに、スマイリーが激しい苛立ちの反応を示します。それでもどうにかキャラを保ったまま、ニッコリと微笑みました。
「ええ、ですからそのために行くのですよ。甘い話は、『給食時間』のあとがよろしいでしょう?」
「ええ。でもこちらのランチはさっきので終わっちゃったのよン❤ ほらあたし達って、と~っても少食でしょン❤?」
「……わかりました。それではお伝えしておきましょう。場所は“体育館”で――」
と、作戦を手短に伝えたのち、スマイリー達はようやく教室から出ることができました。
あるていど強くなければ困るが、あまり強くても困る。イシュタルの狙いは、それを見極めることにあったのでしょう。なにしろ先ほどのモンスターへの攻撃も、実は「わざと」遅らせたのですから。
時刻は一一時三五分。
『給食時間』終了まで、残り四十分。
モンスターの数は、残り五匹となっていました。




