古機(ふるはた) 誠(一年五組 出席番号十一)の衝撃
エンギの終了と同時に、服装が制服姿へと変わった。つかの間の解放感を噛みしめながら、立ち上がろうとした瞬間だった。
「やれや――おっふ!?」
左わき腹に、するどい衝撃が走った。慌てて飛び退きながら、おれは振り返った。
「まったく――」
目の前でロング、ではなく、やはり銀髪を残して制服姿になった純香が、手刀を構えたままこちらをにらみ返していた。
そのセリフに、おれは心の中でため息をついた。そのあとに続くであろう、「なんでアンタはいつもそうなの?」に備えて、言い訳を考えておく。
彼女は続けた。
「なにあきらめてんの?」
「ぐっ……!?」
予想外な、しかし的確な指摘に、思わず言葉をつまらせる。
そんなおれを見た純香が、さらなる勢いで攻め立ててきた。
「やっぱり! もうぜったい勝てないって思ってるんでしょ!」
「――しょうがねぇだろ! レベル2と116だぞ!? 何倍の差だと思ってんだ!」
「なによ! 一発のところを118発なぐればいいだけじゃない!」
「はい来たその発想! ていうか割れ! 足してんじゃねえ!」
しかし計算ミスの指摘にも、純香の視線がめげることはなかった。やがてボルテージがある程度まで上がったところで、いつものようにこっちから視線を外した。
やれやれ――と、心の中で盛大にため息をつきつつ、狂乱を冷静に置き換えていく。さらにそれを説得のための言葉へと変換してから、もういちど口を開く。
「……いや、違うんだ」
「なにがよ」
「諦めたわけじゃない。だが覚悟はしておいた方がいい。あのセリフは、そういう意味を込めて言ったんだ。やるだけのことはやった。おれもお前もだ。だがそれについて判断するのは信者達なんだし、彼らがノーと言ったらそれまでなんだ」
「でも――」
「わかってる。たとえそうなっても、リタイアはしない。だが勝てる見込みは限りなく低くなることは、わかってるだろ?」
「ぅ――――」
と、うなったあと、純香は渋々うなずいた。
いくら熱血一族の末裔でも、高校生ともなれば努力が確実に勝利を導くわけではないことも、仲間の死にブチ切れからってパワーアップできるわけじゃないことも知っている。彼女とて、そんな場面は何度も経験してきたのだ。
「……まあ、とにかく行こう」
おれは振り返ると、校舎に向かって足を進めた。
おれ達がいるのは、体育館の隣にあるプールのそばだった。『チーム・ビッグベイビーズ』との戦いのあと、そこでHPを回復させていたのである。一人が見張りとなっていたため交互にしかできなかったが、体力は八割方まで戻すことができた。『給食時間』前としては、まあ合格圏内だろう。
「ね、ねえねえ――」
その声と共に、小走りの音が近づいてきた。隣に並んだ純香が、食い入るようにおれを見つめる。
「でもまだわかんないじゃない! ほらマコって、昔から作戦とか考えんの得意だし!」
「いや得意ってそれは――」
だがおれの言葉は、そこで止まった。
「なになに? どうしたの?」
「いや――」
少し迷ってから、続けた。
「ちょっとその“昔”ってやつを思い出しただけだ」
「へ?」
……まあ、覚えてねえよな。
かつてこいつの時間を独占していた「空手」が、スケジュール帳から消えた日に送ったメールなんて。
きょとんとする純香をよそに、おれは校舎に通じるドアを開けた。
直後、裏表を感じさせないさわやかな声が、おれ達のことを呼んだ。
「おや、古機君に野影さんじゃないか」
正面にいたのは、一年三組『チーム・イノセンス』の三人組だった。ニコニコと微笑みかけるのは、『酔いどれ案山子』をエンジる馬戸井だ。
「よお。今までどこにいたんだ? 最初の攻撃から、ずっと姿を見かけなかったが」
おれがたずねると、彼は腰まである長髪をかきあげながら答えた。
「ははっ、ちょっと誰にも見つからないところにね。クリーンを倒したあと、彼女が急にお昼寝をしたいって言い出したもんだからさ」
「な、なにバラしてんのよ! 情報なんて与えなくていいの!」
「ああ、ごめん。ついうっかり。でも“ヨダレ”のことは言ってないよ?」
「だからそれはエンギで――」
だが『夜のアリス(ブービー・ドール)』をエンジる捻子森の抗議を、馬戸井は笑って受け流す。すると彼女は、すねた顔で横を向いてしまった。
ちなみに残りの一人、『丑三つ喇叭』をエンジる華逆は、いつものようにぼんやりとしていた。
そんな三人を見ながら、おれは理解した。
最初の『休憩時間』でアナウンスされた、クリーンの名前。彼女はシャイニングが倒したのかと思っていたが、違ったらしい。
「まあそうだよな――」
おれがつぶやくと、馬戸井がこちらに振り向いてニコリと笑った。
確かにクリーンが生き残れば、やられた斬斬りの寄進が彼女に再投資される可能性が高い。流れによっては、個人ランキング二位のブービーを抜くことだってあり得るだろう。
だからクリーンの信者の恨みを買うこと覚悟で、彼らはその危険性を排除した。
あとは安全な場所で「お昼寝」をしつつ、各キャラの出方をうかがっていた、というわけだ。
その非情だが的確な判断力に感心しつつ、おれは言った。
「しかしそっちは、相変わらずのエンギ力だったな。さすが優勝候補チームだ」
「二人こそよかったよ。完全になりきってたじゃないか」
「ハハハ。本気でやめてくれ。死にたくなる」
「いやいや。そこを乗り越えれば、苦痛は快感へと変わってくれるよ。大切なのは突き抜けることさ。僕だって最初は――」
「なに調子にのってんのよ! そんなのいま話すことじゃないでしょ!?」
そう言って馬戸井のエンギ論をさえぎったのは、捻子森だった。
彼女はこちらをひとにらみすると、おれ達の来た方へと去っていった。そこに華逆が、無表情のまま続く。
馬戸井は小さく肩をすくめると、静かに足を踏み出した。
「ということだからさ。すまないね、古機君。野影さんも――また後半戦でね」
「ええ。お互いにがんばりましょう」
六十倍の差がある相手にすらスポーツマンシップを発揮する純香に呆れつつ、同時におれは、すれちがう馬戸井の表情をうかがっていた。
ごく普通のセリフに隠された、微妙な含み。なぜだかわからないが、警戒されているらしい。総寄進数ならトップの彼らが、ぶっちぎりの最下位であるおれ達に。
……とは言え、それはおそらく『チーム・チャーム』との同盟のことを知っているからだろう。(たぶん)まだ教室が壊されていない彼らは、『休み時間』にスタッフと連絡を取り合っているはずだからだ。
ま、あれを「同盟」と呼べるかはともかくな――
彼らがドアの向こうへと姿を消すと、おれ達も階段へと向かった。
目的の場所は、三年三組の教室だった。『チーム・チャーム』の連中と、再会を約束した場所だ。
軽く気合を入れてからドアを開けたが、そこに彼女達の姿はなかった。まあ会うのはランチ、要するに『給食時間』の約束だから、いなくても変ではない。だが、できればバトルの再開前に情報を訊き出したいという目論見は、外れてしまったらしい。
「どうする?」
「とりあえず待つか……」
応えながら、近くあった椅子に腰を下ろした。すでに教室を破壊されたおれ達に外部と連絡を取る手段は無く、『配膳時間』が終わるまで待っているしかない。
時刻は十一時前だった。今頃、CB専用サイトでは、各クラスが必死のアピールを行っているのだろう。
与えられるPR時間は、一クラスにつき五分だった。そこに再投資先を決めるための五分が加えられることになるため、六クラスである今回の『配膳』は、全部で三十五分となる。
つまり、十一時二十五分までは余裕があるのだ。
「ねえねえ、どうなると思う? もしかして50口とか、いかないかな?」
「ああ。そうなるよう、神さまに祈っておいてくれ」
さっき敗北の可能性を覚悟したはずが、もう超絶楽観論へと戻っている。やはり一から十までとはいかなくとも、純香の九十五%くらいは熱血でできているらしい。
とりあえずそんな彼女を無視して、おれは目の前に画面を立ち上げた。
横長のそれに映っているのは、スマイリーとロングのステータス画面だった。自分と仲間の情報なら、こうしていつでも確認できるのである。
その中の、「異能」の項目を選択する。そこにはいま使える技だけでなく、どのレベルになればどんな技を覚えられるかも表示されていた。
おれはスマイリーとロングのそれを確認しつつ、シャイニングへの作戦を練ることにした。
今回のハルマゲドンで再投資となったのは、レベルにして200以上のK。
おそらくこの内の多くが、本命のシャイニング、二位の『チーム・イノセンス』、そして“未来はぼくの手の中”を手に入れた、『チーム・チャーム』に流れるだろう。
残ったKの中から、どれだけの数がおれ達に回ってくるか。それによって、おれ達がどんな技を取得できるのか。それらを使って、いかにシャイニングを倒すか――
「……」
「ねえねえ」
「…………」
「ねえねえ」
「………………」
「ねえね」
「しゃっ!」
「じょっ!?」
おれが繰り出した鼻つまみの技に、純香が虫のような声を上げる。
「はにふんのよ!」
「ふん、人の邪魔するからだ」
おれは手を離すと、腕を組みながら横を向いた。
その直後、懲りない少女がまたも邪魔を仕掛けてきた。
「へ~、そうだったんだ。で、いい考えうかんだの?」
「……だからそれを考えてるんだろ」
「あ、そっか。でもさ、あんま意味なくない? どうせ何口になるかわかんないんだし」
「…………まあな……」
確かにそうなのだ。
再投資は信者同士のやり取りでも流れが変わったりするため、事前の予想は役に立たないことが多い。特におれ達のように、外部との通信が不可能な場合はなおさらだ。
よってここは彼女の言うとおり時間が来るのを待つしかないのだが
「ノッちゃったじゃねぇか……」
「え?」
視線だけをスライドさせ、不思議そうな表情の純香を見つめる。
リプレイされる、彼女のセリフ――「ほらマコって昔から作戦とか考えんの得意だし!」
「……いや、何でもねぇよ」
視線を彼女から外しつつ、おれは言った。
「――さて、準備はよろしいですか?」
「完璧……」
スマイリーが眼鏡を持ち上げながら言ったセリフに、ロングが本を手に応える。
現在の時刻は、一一時二三分。
Kを再投資する『配膳時間』が終わり、『給食時間』がやって来ようとしているのだ。『給食時間』は外部へ公開が再開されるため、『アクター』はキャラをエンジていなければならないのである。
時計の長針が、さらに一つ進んだ。
未だ残る恥ずかしさを押し殺しつつ、来るべき時に向けて集中する。
再投資の結果はスタッフにも知らされないため、各キャラは自分でレベルを確認しなければならない。そのため最初はほとんどのキャラが動きを止めることになり、同時にそこからどれだけ早く脱するかが、勝負の分かれ目となる。『給食時間』とはただの結果発表ではなく、再投資されなかった『浮動票』を奪い合うための時間でもあるからだ。
今回はどれほどのKがそうなるのかはわからないが、おれ達への再投資が期待できない以上は、『浮動票』をひとつでも多く奪取するしかない――と考えていた瞬間、間延びしたチャイムが高々と教室に響いた。
「――――な……っ!?」
不意に口から飛び出したそれが、エンギだったのかは自分でもわからなかった。とりあえず天使が現れない以上、『降板』の対象ではないと判断されたのだろう。
その直後、背後からかすかなうなり声が聞こえた。猛獣のそれをいじったような、人工的な声だ。
おれは振り返り、半透明のステータス画面越しに“それ”を見つめた。
二メートルほど先にいたのは、四足のモンスターだった。体長は大型犬くらいで、トラにたてがみをつけたような外見をしている。それを「モンスター」と呼んだのは、その皮膚がラメの混じった青いスライムのようだったからであり、おまけに尻尾の先には、「4」という数字が描かれているからだ。
視線がかち合った瞬間、モンスターは咆哮をあげながら飛び掛ってきた。
その時のおれにできたのは、二つだけだった。ステータス画面を消すことと、相手の口に並んだするどい牙を確認することだ。
だがそんなおれの耳に、ひとつのセリフが飛び込んできた。
「“黒薔薇結び(ガーディアンズ・ノット)”……」
直後、目の前に黒い壁が出現した。激しい衝突音と共に、モンスターの甲高い悲鳴が響いた。
“黒薔薇結び(ガーディアンズ・ノット)”
おれの記憶が確かならば、それはロングがレベル28で習得できる異能だった。




