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古機 誠(一年五組 出席番号十一)の宣言

クリーンの技・“執事スナイパー”と、この教室で刀を構える斬斬りを見た瞬間に理解した、彼らの作戦。

その一瞬の間隙を突いた飛び蹴り攻撃は、見事に成功した。


「ダメージ 5」


脳内に直接伝えられた情報には、そのように記されていた。それも、五倍のボーナスが付いての結果である。


CBキャラクターズ・バトルでは、『意識レベル』という独自のルールが採用されている。

これは攻撃に対する認識具合によってダメージが変わるもので、要は不意を突けば、それだけ大きなダメージを与えられるのだ。そのボーナス幅は、2~5倍の四段階。完璧に隙を突いたおれは、最大ボーナスを獲得した。


にも関わらず、「ダメージ5」だったのである。「塵も積もれば山となる」と言っても、その山をヒマラヤ級にしろと言われれば、誰もが諦めたくなるだろう。おれが成したこととは、そんなレベルの話なのだ。


だがそれでも、目的は果たしたのだ。とりあえず、よしとだけは言っておこう。


よし。


そうして自分を無理やり奮い立たせると、おれは現実に向き合った。


目の前にいるのは、レベル116の神キャラに、同じく63の強キャラ。しかも二人の視線には、友好的なものは何ひとつ含まれていない。斬斬りにいたっては、いつおれを惨殺してもおかしくないほどの顔つきだ。


まあ気持ちはわかる。あれだけの作戦を台無しにされたのだ。ぶっ殺したくなるのも当然だろう。


だが、どうしても取られるわけにはいかなかったのだ。神キャラに最初にダメージを与えたという、インパクトのある称号を取られるわけには。たとえそれが斬斬りが与えるはずだった数値の、百分の一以下だったとしてもだ。


そして、その上でしなければならないことが、もうひとつ。


「伝えたいこと……だと……?」


タイミングよく斬斬りが説明してくれたが、そうなのだ。

称号を手にしたおれは、今からシャイニングに宣言しなければならないのである。


この死ぬほど恥ずかしい場面。本当は少しでも早く立ち去りたかったのだが、ここまで来たらやらねばなるまい。机の上に乗るなんて演出までしているのだから、二人には今しばらくのご清聴を願うばかりだ。


おれは両手を後ろに回すと――「脱出」の準備をしながら――口を開いた。いかにもスマイリーらしい、余裕たっぷりの笑みを浮かべながらだ。


「はい。シャイニング様は、我々“食えないアヒル(ジョーカー・ダックス)”が葬らせていただく――それをお伝えに参りました」

「……」

「……」


あれっ!?


予想外なノーリアクションに軽く死にたくなる衝動を覚えたものの、どうにか耐えてその場に留まる。

もしかして本当にスベってしまったのだろうか、と思った瞬間だった。


「――そうか。ならばせっかくだ。いま決着をつけていってはどうだ?」


声の主に、おれと斬斬りの視線が集中する。


廃墟と化した教室の中、シャイニングの着る純白の衣装には、ホコリひとつついていない。

まあそういう仕様だから当たり前なんだが、しかしそんな彼女が漂わせる雰囲気は、とてつもなく威厳に満ちていた。エンギなのに決してそうと感じさせない、圧倒的な存在感だ。


「く――っ!」


斬斬りが刀を構え、おれの背後ではクリーンの黒ヘリが動く気配を感じた。


まずい、と巻き添えをくらう前に、おれの指が「脱出スイッチ」を押そうとした。


だがその瞬間、シャイニングの右目――そこを覆う、割れた仮面のような眼帯が、溶けるように消え失せた。


その下にあったのは、赤く輝く瞳だった。炎のもっとも美しい部分を閉じ込めて作ったような、超自然的な色だ。

それでおれ達を見つめながら、彼女は言った。


「“神のシャイニング・アイ”」


カチッ――



――ということで、おれは今、神に祈っているところである。

何かの比喩ではない。片膝を付き、胸の前で両手を組み合わせた正統派(かは知らないが)お祈りスタイルを取っているのだ。


もちろん実際に祈祷しているわけではない。これはCBキャラクターズ・バトルにおける、体力回復の姿勢なのだ。回復割合は、一分間に全HPの一パーセントほど。ただし、この体勢で攻撃をくらえば二倍のダメージとなってしまうので、するなら今のように敵のいない場所を選ぶ必要がある。


「安全……?」


ふと隣から聞こえてきた声に、おれは目を開けた。

壁際に置かれたパイプ椅子。そこに座る相方のロングが、開いた本を手にこちらを見つめている。


「ええ。おそらく。何か気になることがあったんですか?」

「……」


しかしロングは応えなかった。なんだ――と思ってから気づいた。どうやらおれは、「安全」の意味を取り違えていたらしい。


「ああ。もう体力の方も“安全だいじょうぶ”ですから」

「了解……」


言いながら、彼女が本に視線を戻した。

おれはやれやれと立ち上がると、スマイリーらしい動作で服を整えながら、周りを見渡した。


数メートル四方の空間に置かれた、パイプ椅子や棚。ここはグラウンドの隅にある、部室棟の一室だった。正面から見て二階の一番左に、おれ達は待機していた。

現在の時刻は、九時ニ〇分過ぎ。つい先ほど、二回目の『休み時間』が終わったところだった。


『休み時間』とは、ハルマゲドンの開始前と同じく、(クラスの教室に戻れば)外部のスタッフと連絡を取ることができる時間帯である。


だがそこには一つ、異なる点があった。『校内放送』が流れることである。

それは文字どおり校内に流されるアナウンスで、内容は、やられてしまったキャラの告知だった。これにより、連絡を取れないキャラも最低限の情報は得られるのである。

アナウンスを行うのは、神さまだった。やつは相変わらずの軽いノリで、こう言った。


「はいはい皆さ~ん。今日もガッツリ、キャラエンジちゃってますか~? いいエンギする人を~、神さまはちゃ~んと見守ってますよ~。助けたりはしませんけどね~。

ということで~、やられちゃったキャラを発表しま~す。

まずは二年四組、『チーム・ビッグベイビーズ』のヒットとガード。

次に三年五組、『チーム・フリークス』のスリムとチック。

三年四組、『チーム・チャーム』のカーミラ。

それから二年五組、『チーム・ストイック』の斬斬り。

そして二年六組、『チーム・ゴージャス』のクリーン。

以上になりま~す。なかなかいいペースですね~。その調子でがんばってくださ~い」


ここでアナウンスは終わった。告げられたキャラの順番は、そのまま離脱した順でもあった。


放送でスリムとチックの名を聞いた瞬間、おれは心の中で小さく舌打ちをした。

というのも、それによって『チーム・チャーム』のイシュタルが、本当にチックから異能スキルを奪った可能性が高まったからだ。


その異能スキルとは、触れたキャラのステータスを強制ダウンさせる、“未来はぼくの手のギルティー・フリー”。技の発動時、腕が漆黒に染まるのが特徴だった。


イシュタルの腕がその色に染まった時、おれはそれを偽物ではないかと疑った。彼女には物を偽装させる技“乙女の幻視ゲイン・ドール”があるからだ。


だがスリムとチックがやられ、さらには「相手の異能スキルを吸収する技」を持っていたカーミラまでが離脱していたとなると、やはりあれは本物だったのかもしれない。

カーミラに技を奪わせ、彼女を犠牲にしてイシュタルへ継承させる。なぜイシュタルへ渡す必要があったのかはわからないが、とにかく彼らが離脱したことの意味は重く見るべきだろう。


そしてもうひとつ。

最後にアナウンスされたクリーンについては、想定外かつ期待以上の結果だった。斬斬りはともかく、離れた場所にいた彼女までがやられているとは思わなかったからだ。

もし生き残っていれば斬斬りの寄進の多くが彼女へと『再投資』されていただろうから、流動性を高める意味では、歓迎すべきだろう。


「成功……?」


とりあえず情報を整理したところで、タイミングよくロングが尋ねてきた。


「ええ――少なくとも、失敗ではないと思います。我々はこうして生きているのですからね」


おれは応えた。

とりあえず、やるだけはやったのだ。


とっさに立てた計画はどうにか当たり、しかも(技の方の)“神のシャイニング・アイの中身もわかったのだから、上出来と言えるだろう。

今おれ達がやることは、およそ三十分後にやって来る『給食時間』まで、生き残ることだ。


『給食時間』とは、極めてCBキャラクターズ・バトル的であり、またそれゆえにエンジ方を難しくしているルールのことだ。


その内容とは、「『給食時間』までに死んだキャラが保有していたすべてのKを、生き残っているキャラにもう一度寄進することができる」というものである。


Kはどのように振り分けてもいいし、該当するキャラがいなければ寄進しなくてもいい。ただし後者の場合、そのKは『浮動票』として、各キャラによる争奪戦が展開されることになる。


現在離脱したキャラの総寄進数は、レベルにして二百以上。Kにすればその数千倍にもなる寄進が、生き残ったキャラに振り分けられるのだ。


とはいえ、その内のどこまでがスマイリーとロングの分となってくれるは、わからない。というか、かなり少ないだろう。

何しろ熱い信者ファンの多い斬斬りとクリーンの奮闘を台無しにしてしまったのだ。それでなくともジョーカーの後継キャラということで、良くは思われていなかったのである。

そんな条件で多くの寄進など期待できるわけがないのだが、それでもおれ達はああいう形でアピールするしかなかったのだ。


今のおれ達のレベルは2。一方のシャイニングは、116である。その数、五十八倍。Kに直せばさらに差は広がる。

これを少しでも埋めるためには、とにかく信者ファンにアピールし、注目してもらうしかない。そのためにシャイニングへ攻撃をしかけた上、あんな無謀な宣言までしたのである。


もちろんほとんどの信者にとって、それは鼻で笑う程度のものだっただろう。斬斬り達の奮闘を無駄にしておきながら、ダメージはたったの5なのだ。


それでも酔狂な信者の中には、Kの内のいくつかをおれ達に寄進してみようと考えるやつもいる、と信じたい。

とにかく現状では百パーセント不可能である以上、何らかの変化を作らなければならない。その変化により、少しでもシャイニングとの差を縮めることができたなら、それでいい。


そうなることによって検討する価値もない妄想が、人生の中で一度くらいは起こってもいい奇蹟になってくれれば――たとえ一万分の一の確率であろうとも、並べられたカードの中に確実に当たりが含まれているなら、少なくともテーブルの前に立つ意味くらいはあるだろう。


……とはいえ、仮に奇蹟的な何かがおれ達に起こったとしても、そこに一つの問題があった。

それはたとえレベルアップを果たしても、スマイリーにとってはあまり意味が無いような気がすることだ。


我が相方、ロングの方はよかった。彼女はシンプルな戦士タイプであり、成長に合わせて強力な異能スキルを身につけていくからだ。


だがスマイリーは違った。今の技である「録音」と「再生」に、「編集」の機能が加わるくらいで、敵に直接ダメージを与えられる技はひとつもない。

要するにスマイリーの異能スキルは、便利なレコーダーくらいの価値しかないのである。おまけに基本ステータスまでが平均的だとくれば、エンギでなくとも皮肉な笑顔を浮かべるしかない。

こんな全能なる神さまが入念に計算したイジメによって作られたようなキャラでシャイニングに挑むなど、まさに狂気の沙汰なのだ。


「――とは言え、やらねばならない、のですけれどね」


おれはこちらを見つめるロングに向かって、の時には絶対にやらないタイプの微笑みを浮かべた。


そう、やらねばならないのだ。


皆が――それこそ世界中の人間が――見ている前で「神殺し」を宣言したのもさることながら、何よりリタイアなどという選択は、ロングこと純香すみかが赦さないからだ。

そこに山があれば登り、海があれば渡り、ラスボスがいれば拳ひとつで向かっていく。脈々と受け継がれてきた熱血一族の末裔である彼女に、撤退の選択肢など存在しないのである。


「当然……」


ロングがとうなずいた。キャラ設定ゆえに無表情ではあったが、その仮面の下では、すぐにでもシャイニングへ特攻をしかけたいほどの感情が渦巻いているに違いない。

よってリタイアの選択肢はあり得ず、引き続きシャイニング打倒の作戦を考えなければならない。


おれはロングから視線を外すと、扉の向かいにある窓へと顔を向けた。


……どうしよう。


完全にノープランだった。「神殺し」宣言で頭が一杯になっていて、そこから先は何も考えていなかったのだ。


しかし表面上はスマイリーらしく、クールに振る舞う。まるですべてが計画どおり進んでいるかのように。いまこの瞬間自分がしたいのは、床の上を転げまわり、おうち帰りたいと叫ぶことなのだとは、微塵も悟らせてはならないのだ。


とにかく、いま少しでも考えられることを考えておこう。

例えば………………そう、シャイニングにくらったアレについてとか。


アレとは、彼女が神から授けられた異能スキルのこと。自身と同じ名を持つ技、“神のシャイニング・アイ”だ。


予選では一度も使われなかったそれは、意外にも補助系の効果を持つ技だった。

その効果とは、「視覚情報の相対化」である。生物が備えている情報の選別能力を、一時的に失わせることができるのだ。


人は景色を見る時、それらに対して優劣をつけて情報を処理している。

例えば人ごみで友人を探す場合、その条件(性別、顔立ち、身長など)にそぐわないものを排除し、絞り込んでいくという具合に。これはただ歩いている時も同様だ。「歩く」という行為に必要な情報(障害物の有無など)を選別し、差をつけている。


(技の方の)“神のシャイニング・アイ”は、この選別能力を一時的に失わせ、景色のすべてを「同じ価値」に感じさせてしまうのだ。


シャイニングの右目を覆っていた、割れた仮面のような眼帯。

その下に隠されていた赤い瞳から放たれた光を浴びた瞬間、おれは視覚情報を相対化され、シャイニングを認識できなくなった。


それは言うならば、目の前の風景のすべてを、同じサイズのフォントで文字化されたような状況だった。

視覚いっぱいに、改行も句読点もなく並べられた文字を、端からひとつずつ読んでいる感覚。その中には確かに「シャイニング」の文字列もあったが、いつそれにたどり着けるかはわからず、また読んだところで優先すべき情報と認識できない。

それが彼女の異能スキルだったのだ。


情報が選別できないから、どう動いていいかもわからない。外から見る者にとっては、金縛りにあっているかのように見えただろう。


だがおれは、どうにか逃げ出すことができた。あらかじめ用意していた「脱出装置」、すなわち我が相方ロングを使ってだ。


おれの持ち技“疑心ありき(リサイクル・ボイス)”は、録音した音を好きな場所に貼り付け、再生することができる。

「神殺し」宣言に向かう前、おれは彼女に屋上で待機するよう頼み、彼女の耳元に「合図」を貼り付けた。

おれはそれを、いざという時に再生したのである。


「合図」を聞いたロングは、すぐさま屋上からダイブした。そしてリボンタイを鞭へと変える技、“鞭結び(ウィップ・ノット)”でおれを捕まえると、そのまま地上に降りてここへやって来たのだ。


シャイニングが追って来なかったのは、斬斬りの方を優先したからだろう。おれは部室で技の効果が切れるのを待ち、それから体力の回復を行った(ロングの“鞭結び(ウィップ・ノット)”は攻撃技であり、捕まえてもらった時にダメージとしてカウントされてしまったからだ)。


と、こんなふうに恐ろしい効果を持つ彼女の技だが、一方で様々に噂されていたそれが、バランスの崩壊を引き起こすほどでなかったことには感謝すべきだろう。わずかなら体を動かすことはでき、持続時間も決められている(約一分)ようだからだ。

効果範囲など、まだ謎な部分も多いが、あれならやってやれないことはない(かもしれない)。


だがそのためには寄進を集めることが必死であり、少なくともこの時間をどうにかして生き延びる必要が――と、考えていた時だった。


不意に聞こえたかすかな足音。

おれはロングを見つめた。すでに立ち上がっていた彼女が小さくうなずくと、視線をドアへと向けた。


そのままそっと後ろへ下がり、ドアが音を立てて開け放たれると同時に、窓へと飛んだ。ガラスが割れ、派手な音を鳴らす。

しかし直後に起こった爆発が、それをかき消した。


「軽傷……」

「ええ」


地面に降り立つと共に、おれは応えた。

直撃こそ避けたものの、爆風の余波でダメージをくらってしまった。数字は微々たるものだが、おれたち最弱コンビにとっては大切なHPなのだ。


「あいつら……赦さねえ!」


と言ってやりたかったが、そこは弱者の哀しみ。誰が相手でもピンチになるとあっては、「にげる」を選択せねばならない。


「こっちです」


言いながら、駆け出した瞬間だった。


「ヒャアッッハアァァッッッ!!!!」


アッパーなシャウトと共に、軽快な連続音が響き渡った。回転する扇風機に下敷きを当てたかのようなそれは、マシンガンの音だ。どうやら待ち伏せされていたらしい。吐き出された銃弾のいくつかが、二人のHPを半分近くにまで削っていく。


せっかくの回復が、とは思うものの、やはり嘆いている暇はない。


「ロングさん!」


おれは彼女の手首をつかむと、すぐそばの窓に飛び込んだ。

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