織田教諭(創造番号第1549天使)の観察(及び反省)②
……はい。
非常に盛り上がっているところではありますが、ここで一度バトルから離れ、クリーンと斬斬りの同盟についてお話しておきましょう。いわゆる回想シーンというやつです。
時刻は八時三十分。二人は体育館の裏で向かい合っていました。クリーンは登校後、正門近くに立っていた斬斬りから呼出を受け、スタッフとの通信を終えてからここへやって来たのです。
「それで、話って?」
開口一番、クリーンこと『屋久鈴 芽以』さんは、切り出しました。その時の彼女は、エンギをしていませんでした。素の時の彼女は、冷静沈着な性格なのです。
しかし斬斬りこと『木月 光大』くんは、違いました。腕を組んだり刀をいじったりと挙動不審なアクションをしながら、彼女の質問に応えました。
「あ、うん……実は……」
「実は?」
「……ど――」
「ど?」
「――――同盟を組んでやってもいいと思わんか?」
「…………え?」
素の状態では耐え切れなかったのでしょう。木月くんは、とっさにキャラを斬斬りへと切り替えました。へりくだっている割に上から目線という、よくわからないセリフではありましたが、話の目的は伝わりました。
「なるほどね――」
クリーンは腕を組みながらつぶやきました。同盟の提案。それは、話の内容として予想されていたもののひとつでした。
「――で、条件は?」
「……条件?」
「誰を倒すまで組むのかってこと」
「それは無論、全員だが?」
「全員って――じゃあ最後は、一騎打ちで勝負をつけるってこと?」
「なるほど。そういうことになるな」
「そういうことって……もしかしてあなた、同盟って、自分一人で決めたの?」
「……ああ」
頬を赤らめる彼を、クリーンがいぶかしげに見つめます。
確かにそれは、通常ならば信じがたい行動でした。なにしろ彼は登校後も教室へ行かずにクリーンを待ち、こうして同盟の話を切り出したのですから。
「……」
クリーンの目には、強い疑惑の光が宿っていました。自分一人で決めたと言いつつ、何か裏があるのではないか。そう考えていたのでしょう。
そのまま十秒。
しかしクリーンの唇は、ゆるやかなカーブを描きました。
「……わかった。同盟を組みましょう」
「ほんとに!?」
「ええ。よろしくね」
再び素へと戻った斬斬りに、クリーンがにっこりと微笑みます。それはキャラの時には決して見せない、実に素朴な笑顔でした。
もし何も知らない人が見れば、おそらくは非常に微笑ましい光景だと思ったことでしょう。特に彼女の笑顔には、多くの人がかわいいと感じるに違いありません。
かわいいは正義、とはどこかで聞いたキャッチフレーズですが、しかし正義とは、しばしば辛辣な形を取ることがあります。やはりこの時のかわいいも、冷徹な計算を元に弾き出されたものでした。
クリーンの寄進数は、65口。
これに斬斬りの63口を合わせれば128となり、『神の瞳』の116口はおろか、総寄進数でトップに立つ『チーム・イノセンス』の126口すらも上回ることになります。
しかも斬斬りは裏表のない直情型という、パートナーとしても非常にやりやすい『キャラ』です。一度約束さえしてしまえば、キャラ的にそれを裏切ることはできません。おまけに斬斬りをエンジる木月くんの方も、自分に好意を抱いているらしい。
それを見抜いた彼女は、彼が自分を出し抜くことはないと確信し、同盟を受け入れることにしたのです。
わたしはそんな彼女を見ていて、不意に思い出したことがありました。
それは彼女がこの学校の入試で、面接を受けた時のこと。
キャラ高名物(と自分でおっしゃっている)“神さまによる個別一斉面接”で、彼女は質問のひとつにこう答えました。
「罪悪感という言い訳を自分に与えるくらいなら、最良の騙し方を考えるべき」
神さまはその答えが気に入られたのでしょうか、彼女はその場で合格を告げられました。
ちなみにその時の質問とは、「“信じられる”ということについて、どう思う?」というものでした。
神さまがこんな質問をした理由はわかりませんが、とりあえず確かなのは、「風呂に入って最初に膝蓋骨を洗うことについては、どう思う?」などと訊かれた古機くんに比べれば、はるかに意味ありげであったことでしょう。
ともあれ、こうして斬斬りとクリーンのタッグは誕生しました。
長年のライバルが、ハルマゲドンという最高の舞台で手を組む。
それはベタながら胸を熱くするシチュエーションであり、『給食時間』に向けたアピールとしても大きな意味を持ちます。
「それで、どうするつもり?」
言いながら、クリーンは胸元に視線を落としました。右手に持った鉄扇には、五つの人影が映っていました。彼らは二人が話しているあいだ、ずっと体育館の屋上から見張っていたのです。
「ふん――決まっている」
その声に、クリーンは視線を正面に戻しました。
ハルマゲドン開始まで、残り数分。
完全に斬斬りへとシフトチェンジしていた彼は、不敵な笑みを浮かべています。
「決まってるって?」
「ああ――」
彼は魔刀“斬咲一紋”の鞘に手を添えながら、続けました。
「まずはシャイニングを倒す」
「……はぁ!?」
直後、ハルマゲドン開始五分前を告げる、予鈴が鳴り響きました。
クリーンは、地球外生命体を前にしたかのような目つきで斬斬りを見つめていましたが、それも無理はありません。
確かに『神の瞳』は、優勝のためには避けて通れない相手ですが、同時に、優勝のためにはもっとも慎重に避けねばならない相手でもあります。
動向を把握し、状態を確かめ、こちらが最大限の有利を得た時にすべての力を投入する――が、それでも倒せる可能性は低いほどの相手なのです。
にも関わらず、彼はまるで神キャラを屋上にいる五人と同列視するかのように、シャイニングを倒すと宣言したのです。
「それ本気で――」
と、彼女が勢い込んで発したセリフは、しかし半ばで途切れました。不意に迫力を増した彼の雰囲気に、圧倒されたためです。
「無論、本気だ」
凄みとしか形容できない雰囲気を纏いながら、斬斬りは告げました。
本番まで残り五分。
霊子体となったわたしは、クリーンの体が激しい反応を示しているのを、はっきりと感じていました。
それは怒りでも困惑でもなく、興奮と呼ぶべき反応でした。彼女は、斬斬りに惹かれていたのです。
常に冷静沈着であろうとする彼女は、そんな自分に驚いていたことでしょう。
なぜ自分は彼のプラン――どころか、無謀と呼ぶべき行動に、加わりたがっているのかと。
しかしその時、わたしは思い出していました。
斬斬りこと木月くんが、入試の面接の時、神さまから彼女と同じ質問を受けたことをです。
「“信じられる”ということについて、どう思う?」と問われた彼は、しばし考えてから、こう答えました。
「知りて尚、止まらざること」
……はい。言い回しが少しアレですが、べつに変ではありません。
なぜなら面接の時、すでに彼は斬斬りをエンジていたからです。あれは彼個人が作り上げていた設定を基に、スタッフが肉付けしていく形で生まれたキャラなのです。
ただしそれが陽の目を見たのは、一年後の今のこと。同時に彼自身も初めて『アクター』として、CBにデビューしたのです。
そんな彼と、一年生の時から様々なキャラをエンジてきた屋久鈴さんは、キャラと同じように対照的な存在です。
「信じられる」という言い回しについても、彼女は「誰かに」としての意味で捉え、彼は「誰かを」としての意味で答えました。
同じフレーズに正反対の主体を想定した彼らでしたが、しかし今思えば、「ためらってはならない」とした点では、同じことを語っていたのかもしれません。
『神の瞳』の打倒を宣言した彼も、正面から神キャラに挑むことがどれほどの愚であるかは、自覚しているのでしょう。
だがそれでも、彼女となら打ち破ることができると確信したがゆえに、踏み出すことを選びました。彼が面接で述べた答えは、ついにこの場において実行されることになったのです。
「……わかったわ」
わざとらしいため息をつきつつ、クリーンは言いました。
焼けつくような興奮は収まり、決意した者のみが持つ独特の冷静が、体の奥で静かに熱を放っています。
「あなたの計画に乗ることにする。ただし、作戦はきちんと立てるから」
「……無論」
斬斬りが、不敵な笑みを浮かべて応えました。
時刻は八時四十四分。戦闘エリアの外側では、信者達がカウントダウンの態勢に入っていました。
「しかし、作戦を練るとなると――」
言いながら、斬斬りが親指で刀の鍔を押し上げました。薄暗い体育館裏にありながら、魔刀“斬咲一紋”は、冷たい銀色の輝きを放ちます。
「ええ――」
次いでクリーンが鉄扇を小さく振ると、二人のあいだに一台の車が現れました。実際のものより二回りは小さい、クラシックなデザインのオープンカーです。マニアが特注で作らせた贅沢な模型といった感じのそれは、クリーンの異能によって作られたものです。
技の名は、“ご自慢の死用人/運転手”。それは音も排気ガスも出さず、壁を上ることも可能な車でした。
ハルマゲドン開始までの『休み時間』は、他キャラへの攻撃などが禁止されているだけで、それに引っかからない技なら使うことができます。
そのひとつである“運転手”の後部座席に、クリーンと斬斬りが乗り込みました。同時に、コートについた大きな立衿で顔を隠した運転手が、エンジンキーを回します。
その目標は、体育館の屋上でした。一瞬で壁を駆け抜けた車は、目的地に到達すると同時に音もなく消えました。
「ひぃ!?」
そこにいた五人の内の一人が、引きつった叫び声を上げました。
彼らこそ、今大会でもっとも参加キャラの多いスタジオ、二年四組『チーム・無法者』の五人衆です。
キャラ名は『爆』『射』『殴』『防』『治』と、いまいちパンチが弱いですが、「無法者」というテーマのとおり、いささか卑怯ながらも面白みのある戦い方が特徴です。
ただ最近は派手さの点で『チーム・イノセンス』に劣り、またそれなりに集めていた寄進も、『チーム・マッドネス』ジョーカーに奪われてしまったため、今回は極めて地味なポジションとなっています。
そんな彼らの寄進数は、トータルで28口。合計128の二人と、正面から戦って勝つすべはありません。
「ダメじゃない。盗み聞きなんてしちゃ」
そう告げた瞬間、ハルマゲドンの開始を告げる本鈴が高らかに鳴り響きました。
一目散に逃げる彼らへ、クリーンは鉄扇の先を向けました。
「“執事”」
周りが静かになると、二人はシャイニングを倒すための作戦会議に取りかかりました。
――はい。以上で回想シーンは終了です。
それから二人が立てた作戦ですが、見てのとおり、まずクリーンが“執事”と“侍女”で攻撃を仕掛け、その二つを煙幕代わりに、斬斬りが奇襲をかける、というものでした。
しかしそのいずれにもシャイニングがダメージを負うことはなく、粉塵にまぎれて放たれた必殺の突きも、防がれてしまったのです。
「チッ……!」
「残念だったな」
そうして、交わった二刀が離れます。
直後に攻撃へ転じようとしたシャイニングでしたが、しかし剣は、すぐさま同じ場所へと戻されました。
キン――と、先ほどと同じ音が、再び鳴り響きます。
しかしそこに、斬斬りの剣は突き立てられていませんでした。それどころか、刀はすでに鞘へと収まっていました。
それは、斬斬りの異能によって放たれた一撃でした。“段斬り”と名付けられたその技は、初撃と同じ斬撃を再現する効果を持っています。
攻撃が二度とも防がれてしまったのは、まことに残念でした。
しかし斬斬りは、戦闘特化型のキャラです。
その彼が放った全力の二撃は、シャイニングをすさまじい勢いで後方へと吹き飛ばしたのです。
彼女の体は、一瞬で黒板に到達しました。
しかし「壁(=50口)越え」の攻撃力は、コンクリートくらいで支えきれるものではありません。背中を黒板にめり込ませたシャイニングは、壁もろとも隣の教室まで転がり込むことになりました。
そして断固たる決意を秘めた胸熱コンビは、なおも攻撃の手を緩めません。
次は、シャイニングが後方に回転しながら立ち上がった瞬間でした。
何もなかった空間から、無数の斬撃が襲いかかってきたのです。
それは、“残斬り”と呼ばれる技でした。
その効果は、「斬撃を記憶させておく」こと。あらかじめその場所で剣を振るっておけば、同じものをあとから再現できるのです。
彼はこの技を、クリーンの“執事”に合わせて使用しました。
黒ヘリのガトリングガンが教室を破壊する音に紛れてこの教室に侵入し、そこで“残斬り”を振るってから、奇襲の準備に移ったのです。
「……なるほど」
しかし、塵芥舞う教室から聞こえてきたのは、異常なまでに落ち着いた声でした。
巨大な剣を床に向かって垂直に突き立て、その柄を、両手で握りしめています。
そんな彼女の全身を、金色の靄のようなものが覆っていました。
それは彼女の技、“護法聖衣”。あらゆる物理攻撃をはじく、絶対防御の技です。
よって彼女のダメージは、なおもゼロのままでした。無数の斬撃も、彼女の体に届くことはなかったのです。
二重三重のトラップすら無駄にしてしまうシャイニングの力に、斬斬りとクリーン信者からはため息が漏れました。
しかし、当の二人は止まりませんでした。覚悟を決めた彼らには、それすらも読みの内だったからです。
「待っていた――」
それは、ひどく冷静な声でした。
直後、シャイニングの瞳が見開かれます。
“執事”から続く一連の技は、ここに至るための布石に過ぎませんでした。彼らは、シャイニングに“護法聖衣”を使わせる必要があったのです。
物理攻撃に対する絶対防御の効果を持つそれは、最大持続時間が五秒かつ、解いた瞬間にわずかな硬直が発生するという制約があります。
その一瞬に斬斬りが持つ最強の技をぶつけることが、二人の狙いだったのです。
彼が使おうとしている技の名は、“真斬り”。
発動のためには刀を鞘に収める必要があるものの、当たれば必ず三倍ダメージのボーナスが付く、強力な技です。
もちろんこれでシャイニングを倒せるわけではありませんが、それでも「ガード無視 + 三倍ボーナス + 壁(=50口)越えによる威力アップ」によるダメージは、無視できるものではありません。さらに窓の外ではクリーンの“執事”も待機しており、準備に余念はありません。
二人が作り上げた千載一遇の、いえ、満を持してのチャンス。
「喰らえ――」
斬斬りがつぶやくと同時に、“斬咲一紋”が禍々しいオーラを放ちました。刀の中に封じた「魔」の力を、限界まで解放したのです。
黒一色だった柄は血を塗り固めたような赤に変わり、鞘からは太い血管のような筋が浮かび上がりました。目標を見定める瞳は、気概に満ちても気負いはなく、たぎる情熱は冷徹な理性によって統御されています。
シャイニングを覆っていた、黄金のローブが消失しました。
同時に、魔を纏った一刀が抜き放たれます。
紅蓮の刃が黒い瘴気を伴って空中を走り、ついにその先端が目標を捕え――たかと思われた瞬間、しかしシャイニングの体は、その場から消えていました。
「!?」
刀を振り抜いた体勢のまま、斬斬りが驚愕の表情を浮かべます。その視線が、廊下側の壁へと向かいました。
大きなヒビが入った、壁の中央。その下に、シャイニングは倒れていました。
「――これは申し訳ございません」
その声に、斬斬りがすばやく振り返りました。彼の顔が、たちまち朱に染まります。
「貴様……っ!」
しかし机の上に立つ彼は、そんな視線など意に介さない――いや、むしろそれを楽しむかのような笑みを浮かべながら、続きを口にしました。
「ですがこのわたし、『傾国の参謀』から『神の瞳』様へ、どうしてもお伝えしたいことがございましたので」
スマイリーが右手を胸の上に置きながら、優雅に頭を下げました。
そして、起き上がってきたシャイニングと目が合うと、その笑みはいっそう深いものへと変わりました。




