古機(ふるはた) 誠(一年五組 出席番号十一)の即断
破壊音が止んだ。
巨大なハンマーで何かをぶん殴っているようなそれは、おれ達がここに着いたあとに聞こえてきた音だ。
廊下に出て方向を探ってみると、それは向かいの校舎の一階で起こっているようだった。場所は理科室。窓が割れ、破片が中庭に飛び散っていた。人影がちらついていたが、角度が悪く正体は確認できなかった。
おれは教室に戻ると、再び監視体制に入った。
ふむ――あい変わらず動きはない。
確認すると同時に、その無意味さにげんなりした。
たとえ彼女が動いたとしても、今のおれ達にはどうしようもない。今やっていることは、実質ただの暇つぶしなのである。
とはいえ、仕方ないのだ。『チーム・フリークス』に接触したいのは山々だが、ほぼどんな敵にあたっても瞬殺コース確実なおれ達では、簡単に動くわけにはいかないのだ。
だからせめてこうして向かいの教室から『神の瞳』を「監視」し、
「退屈……」
かつ、そんなおれの苦労をぶち壊す相方のド直球発言に、必死で耐えているのである。
「ロングさん」
呼びかけながら、おれは振り返った。あくまで『傾国の参謀』らしく、余裕の微笑を浮かべながらだ。
「退屈ですか?」
「……」
パラパラと本をめくっていた純香こと『不実な執事』は、無言でうなずいた。不満を訴えるための新しい単語を探していたのだろうが、どうやら見つからなかったらしい。
そのことにホッとしつつ、おれはここ――三年三組の教室に来た時にした説明を繰り返した。
「退屈なのはわかります。ですが、もう少しだけがまんしてください。先ほど言いましたように、いまは軽々しく動ける状況ではないのです」
「……」
ロングはページをめくり続けていた。
「……その代わり、『チーム・フリークス』のお二人を見つければ、すぐにでも動きますから。スリムさんの“壁を突き通す情念”と、チックさんの“未来はぼくの手の中”は、目的のためにどうしても必要な条件なのです」
まあ前者は嘘なんだが、と心の中で付け加える。
発見次第すぐに動きたいのは本心だが、今おれ達があの兄弟に接触しても、同盟を組むことは不可能だからだ。
ハルマゲドンにおける勝者は一クラス。これには例外も変更もない。相手が神さまである以上、システムの不備を突いたりすることもできない。
よってこの絶対的な前提の上で同盟を組むとは、すなわちいつ相手を(あるいは相手が)裏切るかを見定めることに他ならず、それは裏返せば、相手と自分にその裏切りを許せるだけの「価値」がなければならないのだ。
相手がいつか必ず裏切るとわかっていながら、それでも行動を共にした方が利益になる。そう思わせるほどの価値が必要なのである。
周囲の動きや音を探ることができる“壁を突き通す情念”に、ステータスを強制的にダウンさせる“未来はぼくの手の中”。
これらは今回の戦いにおいて、圧倒的な価値を持つ異能だ。
対してこちらの技は、リボンタイを鞭代わりにして攻撃するだけの“鞭結び(ウィップ・ノット)”に、音を録音・再生するだけの“疑心ありき(リサイクル・ボイス)”。しかもレベルは2ときている。
つまり事実を冷徹に明文化すれば、おれ達などいてもいなくてもいい存在なのだ。
現在こちらに手札は無く、その手札を手に入れるための資金もない。その資金を得ようと思えば何らかの手札が必要に――と、ダークサイドに堕ちて行く一方の思考を繰り返していたところで、不意に肩を叩かれた。
「……どうしました?」
おれは顔だけを振り返らせた。そこにいたのはもちろんロングだ。
「……」
彼女はキャラの特徴である無表情を守りながら、じっとおれを見つめている。
だがおれは見抜いていた。
その仮面の下には、純度百パーセントのドヤ顔が隠されていることを。
そんな時、その表情にふさわしい解答が聞けたことはなかった。
だが解決の糸口すら見いだせていない以上、一応は受け付けてみるべきだろう。
よっておれは(心の中で深呼吸してから)訊いてみた。
「――何か提案でも?」
「逆転……」
ロングはぽつりとつぶやいた。
ふむ。
逆転、つまり「逆に考えろ」と。
そして相も変わらずというか、むしろさらに嫌な予感しかしない中、彼女はその具体的な中身を口にした。
「放送……」
同時に、彼女の右手の親指が力強く立てられた。
「なるほど――」
おれは言った。
ハルマゲドンの舞台となる学校は、机や椅子が再現されているだけでなく、水道や電気などの設備も使えるようになっている。
だから『チーム・フリークス』が見つからないのであれば、放送室に行って逆に彼らを呼び出せ
アホか!
こめかみの辺りを手刀の先で突いてやりたい衝動に全力で耐えながら、それでもおれはスマイリーらしい微笑みを浮かべながら応える。
「それもいいかもしれませんね。ですが」
「吉日……」
“思い立ったら吉日”って、おれはまったく思い立れてねえから! 服ひっぱんな!
だが常に冷静沈着が求められるスマイリーのキャラでは、強引に振りきることもできなかった。できることならマンガとかでよく見る、「首の後ろを手刀でトンッ」ってやるやつで気絶させてやりたかったが、そもそもアレは嘘だし、たとえできてもこの世界ではすぐに復活してしまうので意味が無い。
もうこのキャラやだ――と、いっそ放送室に行ってしまおうかとも考えた、瞬間だった。
「あはぁン❤」
何度も聞いても、おれのアンダーセンサーを反応させてくれる声。
おれはゆっくりと振り返り、およそ一メートル上空に浮かぶ彼女達を見つめた。
カラスの羽で作った水着もどきの服を着た女と、彼女に抱かれて眠る金髪幼女。
おれはビビったことなど微塵も感じさせない笑みを浮かべると、右手を胸に添えながら口を開いた。
「これはこれは。イシュタルさん、リリスさん。ようこそいらっしゃいました」
「あら、歓迎してくれるのね。うれしいわン❤」
右手で妹の髪をなでながら、イシュタルがウインクを返す。ハートが飛び出してきてもおかしくない、完璧なウインクだ。
スマイリーのキャラを利用して、そのシルクのような手にキスしてしまおうかと考えながら、おれは続けた。
「しかし、いったいどういったご用件ですか? そういえばカーミラさんが見当たらないようですが」
「ふふ❤」
イシュタルは悪戯っぽく微笑むと、前者の問いにだけ答えた。
「決まってるじゃない。スマイリーちゃん達と、同盟を組みに来たのよン❤」
「……は?」
と応えたおれは、本当に驚いた表情をしていたのだろう。イシュタルはさも可笑しそうにクスクスと笑っていた。
「あらン❤ そんなに驚くことかしら?」
「……ええ」
おれは混乱する頭を落ち着かせながら続けた。
「――それは当然でしょう。わたし達と組んで、あなた方に益があるとは思えませんから」
「あら、ご謙遜ねぇン❤ あたしはとーってもスマイリーちゃんを買ってるのよ。あなたのその“知恵”をねン❤」
「……なるほど」
おれは心の中で舌打ちをした。
イシュタルが浮かべている笑み。
ネコが生きたおもちゃを見つけた時のようなそれは、あの時のものと同じだった。暮継にしかバレていないと思っていたが、そうではなかったらしい。
だがそれでも同盟は買いかぶり過ぎだろうと、真意を確かめるべく続けた。
「お褒めいただき、ありがとうございます。しかしわたしの知恵など、所詮その場しのぎの小細工。それをもって同盟などとは、いささか早計に過ぎるのでは?」
「あら、戦いは“戦わずして勝つのが上策”でしょン❤?」
「……ええ。確かに先人の金言には――」
だがそこで言葉は途切れた。不意にイシュタルが、右腕を伸ばしてきたからだ。
「それにあなた、これが欲しいんでしょう?」
直後、おれの目は見開かれた。
闇を固めたような、漆黒の腕。それはチックの技、“未来はぼくの手の中”そのものだったからだ。
どうして、と言いかけたところで、思い出した。
次女のカーミラと、彼女の技“同化”のことを。
常に三人一緒が基本だったにも関わらず、次女は未だ現れる様子がない。
単に別行動しているだけのかもしれないが、もしかしたら彼女は、アレと引き換えに死んだのかもしれない。
まずはカーミラの“同化”でチックから技を奪い、そこからさらに何らかの技を使ってイシュタルに移した。もしカーミラが死んでいるのなら、それはおそらくその技を使うための条件なのだろう。同じような技がひとつのチームに与えられるとは考えにくいから、その方が辻褄が合う……気がする。
だがあるいは――
「あら、確かめてみてもいいのよン❤?」
と、こちらの考えを見透かしたように、イシュタルが言った。
おれは心の中で舌打ちをしながら、もうひとつの可能性に斜線を引いた。
それはもっと単純でわかりやすい可能性――イシュタルが“乙女の幻視”を使っている可能性だった。物体に霧をまとわせ偽装させるあの技を使えば、漆黒の腕も簡単に再現できる。
だがこの場合の問題は、おれ達にそんなことをする必要などないということだった。言うことを聞かそうと思うなら脅せばいいからだ。
となるとやはりアレは本物であり、同盟の提案も嘘ではないのかもしれない。
おれはわざとらしく肩をすくめながら応えた。
「……いえ、やめておきましょう」
「あらン❤ 賢明ねぇ」
イシュタルの右腕から漆黒が消滅した。
直後、ペースを握られないようにと、おれはすぐに口を開いた。とりあえずは重要度(というか期待度)の低い質問からだ。
「それにしても、どうやってそれを?」
「あン❤ それは、ひ・み・つ❤」
これまで以上の甘い声に、ウインクまでが添えられる。
ここが砂浜ならそのままラブラブ追いかけっこに突入するところだったが、残念ながらここは海岸ではなく、ただの教室である。
また何より問題なのは、背後に控える我が相方ロングさんのご気分が、振り返らなくてもわかるほど著しく悪化していることだった。
幸いエンギに支障は出ていないようだが、このままの調子が続けばどうなるかはわからない。
よっておれは人のいない岩場でイシュタルちゃんの手首をつかんだ妄想を振り払い、現実の交渉を進めることにした。
「なるほど。それでは本題に入りましょう。同盟の内容に関して、お聞かせ願えますか?」
「あはン❤ それはもちろん、シャイニングちゃんを倒すことよ。スマイリーちゃんの知恵と、あたしの“未来はぼくの手の中”を使ってねン❤」
「なるほど――」
そうしておれ達には神キャラを倒したという宣伝材料を与え、自分達は優勝という実績をいただこうってことか。
確かに優勝を狙っているわけではないおれ達からしてみれば、彼女達との同盟はありがたいと言ってもいいだろう(もちろんそれが本当に機能すれば、の話だが)。
というか、実のところ、考える必要などないのだ。
つまり、
「ちなみに断った場合は?」
「殺すわよン❤」
というふうに。彼女達とのレベル差を考えれば、このような状況になった時点で選択の余地など無かったのである。
「わかりました――」
おれはわざとらしくため息をつくと、再び彼女に尋ねた。打倒神キャラを決意してから、ずっと気になっていたことだ。
「それではめでたく同盟が成立したところで、情報共有といきましょう。クリーンさんと斬斬りさんは、今どうしているのですか?」
直後、イシュタルの右眉がわずかに反応し、次いでその真紅の唇が三日月を描いた。
やっぱりか、とおれは心のなかでつぶやいた。
チックから異能を奪った方法は不明だが、少なくともそれは、「いきなり襲いかかる」といった形ではなかったであろうことは想像がつく。
というのも、兄のスリムはおそらく登校後から“壁を突き通す情念”を使い、各キャラの動きを探っていたはずだからだ(登校後から本鈴が鳴るまでの『休み時間』は、攻撃用以外の技なら使うことができる)。
よって接触しているとしたら、おれ達の時のように同盟か何かを装う形で――それから隙を突いて技を奪ったのだろう。
だがその前に、イシュタルはスリムから情報を得ているはずなのだ。広大な情報網を持つスリムから、彼女が何も聞き出さないなんてことは考えにくいからだ。
「……するどいのねぇン❤」
イシュタルがはずんだ声で言った。
「何をおっしゃいますやら。そもそもの仕掛人は、イシュタルさんの方でございましょう?」
その言葉に、彼女の笑みがさらに深くなった。
「……それじゃあ、教えてあげるわン❤」
艶かしいピンク色の舌が唇をなぞると、イシュタルは続けた。
「窓の外よン❤」
「ぇ――?」
おれの視線がイシュタルの背後、扉の先にある窓に向けられた。
その外側に浮かんでいたもの。
それは、一台のヘリコプターだった。
全体が真っ黒で、近未来的なデザインのそれは、回転翼が回っているにも関わらず、ほとんど音を発していない。その機首はおれ達の反対側、向かいの校舎にある、三年六組の教室に向けられていた。
ざわり――と、背骨に痺れが走った。
同時に弾き出される、行動計画。
検証している暇はない。
アレを取られては、絶対にチャンスはないのだ。
「行きましょう」
おれはそばにあったロングの手首をつかんだ。
「待望……」
即座に彼女がうなずく。さすがは集中モード。理由がわかっているかはともかく、皮膚感覚では理解できているらしい。
「イシュタルさん――」
おれは振り向くと、楽しげに微笑む彼女に言った。
「――『ランチ』のあとにお会いましょう」
「あはぁン❤」
直後、イシュタル(とその腕の中で眠るリリス)は霧に包まれ姿を消した。
おれとロングはその行く先を確認する暇もなく、教室をあとにした。




