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織田教諭(創造番号第1549天使)の実況③

見開かれたスリムの瞳が、ゆっくりと下に向けられます。

そこに見えたのは、己の腹を刺し貫く右手でした。青ざめた皮膚に覆われたそれはスイカを楽々とつかめそうなほどに大きく、指先にはするどい爪が生えていました。


その異形の右手が引きぬかれ、スリムがゆっくりと振り返ります。


目の前に立っていたのは、リリスでした。『チーム・チャーム』の末っ娘キャラをエンジる、あの金髪幼女のことです。


彼女は澄んだ湖のような青い瞳で、じっとスリムを見つめていました。

その両隣に控えているのは、自身の顔ほどもある拳です。

それが強く握りしめられた瞬間、彼女のまぶたは喜びを表す形へと変わり、唇から無邪気な声がもれました。


「……“東の新月アタック”」


言い終えた時、右の拳は相手の腹にめり込んでいました。

深く体を折ったスリムの顔面を、今度は左の拳が襲います。

次に脇腹を、続けて側頭部を、腰を、膝を、胸を、拳の雨が叩きます。そのたびにスリムの体はあらぬ方向に曲がり、一方的な死の舞踏を踊り続けました。


その凶悪な両手こそが、リリスの異能スキル

現在使用している“東の新月アタック”は、己のステータスをすべて攻撃に振り分けるという、非常にギャンブル性の高い技です。


そのため、スリムが一回でも反撃できていれば逆に大ダメージを与えられたのですが、尽きること無き集中砲火はそれを許しませんでした。

周囲の備品を巻き込みながら、スリムは幼児にもてあそばれる人形のように奇妙なポーズを取らされ続けたのです。


「やっぱりここは、解説しておいた方がいいのかしらン❤?」


廃墟と化した教室の中央で、イシュタルがからかうように微笑みました。

その両腕に抱いているのは、赤子のように眠る金髪幼女――リリスでした。すさまじい破壊音が響く中、彼女は起きる気配も見せません。


「そう。これはニセモノよン❤」


イシュタルは小さく唇をとがらせると、腕の中の妹にそっと息を吹きかけました。

するとまるでロウソクを吹き消したかのように、リリスが一瞬で消えてしまったのです。あとに残ったのは、うっすらと漂う白い霧と、「木彫りの熊の置物」でした。はい。鮭をくわえた、熊の彫刻です。


それは、イシュタルの異能スキルでした。

その技の名は、“乙女の幻視ゲイン・ドール”。霧を使い、人や物体をコピーする技です。

ただしコピーのためには、霧をまとわせるための「芯」となるものが必要で、それが対象の形に近いほど技の持続時間が長くなります。また硬さや質感などの再現できず、誰かに触れられれば即座に消滅してしまうという弱点を持っています。


彼女達は、最初からこの作戦を練り上げていたようです。


登校順のトップだった彼女達は、その足を教室ではなく「校長室」へと向かわせました。そこに置いてあった「木彫りの熊」を手に入れるためです。

次いで死角から正門を見張っていた彼女達は、三番手の『チーム・フリークス』が教室から理科室に向かうのを見届けると、近くにリリスをひそませてから、彼らの元へと向かったのです。


「確かにスリムちゃんの“壁を突き通す情念サーチ・ライン”は強力よン❤ でも警戒するなら、ちゃんと見えるところにも注意しとかないとねン❤」


そう言った時、すでに破壊音は止んでいました。

スリムの姿はどこにもありません。不意打ちによる混乱から体勢を立て直すことができなかった彼は、そのままHPが尽きてしまったのです。


イシュタルが先ほど口にした“壁を突き通す情念サーチ・ライン”とは、スリムの異能スキルを指しています。

それは糸を張り巡らせ、空気の振動を捉えることでそこにいる者の動きと声を把握する効果を持っています。しかもその索敵範囲は、校内の半分近くをカバーするほどに広範囲なものです。スリムは理科室を拠点とした時からこの技を使い、各キャラの動向を探っていたのです。


しかしこの強力な能力にも、弱点は存在します。


ひとつはこの技が、空気の振動を捉えるものであること。

よって相手が息を殺して微動だにしなければ、捕捉しづらくなってしまいます。


二つ目は、他の技との併用ができないこと。

スリムはカーミラを操るために一度“壁を突き通す情念サーチ・ライン”を解かねばならず、その間隙をリリスに突かれてしまったのです。


「――あはン❤」


静寂に満ちた教室の中、イシュタルが微笑みました。


目の前には、虚空を見つめたまま石像のようにたたずむカーミラの姿がありました。

その体は、長いあいだ風雨にさらされたそれのように、あちこちが崩れかかっていました。左の小指が欠け、右の脇腹がえぐれ、ほほにはヒビが入っています。イシュタルはそれを隠そうとするかのように、カーミラの顔に手を添えました。


「ありがと❤」


そしてイシュタルの唇が、相手のそれに重ねられました。

三秒後、ふたつはゆっくりと離れます。


うっとりとした視線の先にあったのは、頭部だけの存在と化したカーミラでした。唯一残ったそれも、直後に無数の破片へと変わりました。


塵となった妹を前に、しかしイシュタルは妖艶な微笑みを絶やしません。

カーミラに添えていた手を自らの腹に当てると、嬉しそうにつぶやきました。


「おかえりなさい❤」


直後、イシュタルの体がビクリと跳ねました。

大きく背中を反らし、両手で自分を抱きしめながら、全身を小刻みに震わせます。


「ぅン❤ はぅっ❤――ぁ――ああああぁぁっっ❤❤❤❤!!」


……はい。なんか前にも同じような場面がありましたが、その時と同じく、決してやましいシーンではありません。

それはイシュタルの――いえ、正確には“三姉妹の技”と言うべきでしょうか。


それは寄進数の「壁」と言われる、50口で習得できる異能スキル

技名は、“終わりの天国ジュリエット・ヘブン”。

その効果は、「カーミラおよびリリスが死んだ時、彼女達が持つすべての異能スキルがイシュタルに受け継がれる」というものです。


この技の“定義”については、『チーム・チャーム』陣営から事前に確認がありました。

それに対する回答を得た時、この一連の流れは決まったのでしょう。


「……あはぁン❤」


全身に金色のオーラをまとったイシュタルは、己の両手を見つめながら、満足気につぶやきました。

新しいネイルの仕上がりを楽しんでいるかのような彼女ですが、もちろんそんなことをしているのではありません。そもそも彼女の肘から先は、すべてが真っ黒に染まっているのですから。


闇を固めて作ったようなその漆黒は、彼女が得たチックの異能スキルでした。

“終わりの天国ジュリエット・ヘブン”の定義にある、「すべての異能スキルが受け継がれる」とは、カーミラが他のキャラから奪った技も含まれるのです。


『チーム・チャーム』が妹を犠牲にしてまで欲しがった、チックの技。

その名前は、“未来はぼくの手のギルティー・フリー”。


効果は、相手キャラのステータスダウン。

それも「一発目で半減、二発目で初期値にまで戻す」ほどの威力を持っています。予選の時、『チーム・フリークス』はこの技を駆使することによって、上位キャラからも勝利を奪ってきたのです(もっともその堅実すぎる戦い方ゆえに、寄進の方はあまり多くなかったのですが)。


ただしこの技には、「一度のバトルで使えるのは二回まで」という制限が設けられています。ハルマゲドンは登校後から終了までをひと続きとしているため、“未来はぼくの手のギルティー・フリー”も二回しか使うことができません。


ゆえに使うとすれば、その対象は一人。

もちろん今大会の大本命――『神のシャイニング・アイ』でしょう。一人で三姉妹全員分ほどの寄進を持つキャラを倒すには、この技がもっとも有効でしょうから。


「さぁ行くわよン❤ リリスちゃん」


イシュタルの言葉に、リリスは小さくうなずきました。姉の両腕の中に飛び込むと、すぐに寝息をたて始めます。

そんな妹の頭をなでてから、イシュタルはその手を自分のお腹へと持って行きました。


『チーム・チャーム』の設定は、人々が無意識の中に抑圧させてきた欲望から生まれた、というものです。

設定書によれば、その欲望の海から最初にイシュタルが誕生し、次に彼女自身が二人の妹を生み落としました。


それから様々な時代を通じてあらゆる悪行を成してきた彼女達ですが、やがてその人智を超えた能力によってハルマゲドンの存在を知り、自らの力でここへやって来たのです。


信者――特にスリムとチック兄弟の信者からは未だ批判的なコメが投下されている“終わりの天国ジュリエット・ヘブン”ですが、設定からすれば充分に妥当な技かと思われます。おそらくは演出で行ったのであろう口づけも、すばらしいエンギでした。


「あはン❤」


そうつぶやくと同時に、イシュタル姉妹の周りに霧が現れ、二人を包み込みました。

次いでそこから触手のようなものが伸び、割れた窓の隙間から外に向かって出て行きます。

それにつれて霧の塊は少しずつ縮み――やがてすべてが外に出た時、室内に姉妹の姿はありませんでした。


霧はつぶれた水滴のような形となり、上空へと進んでいきます。その先には向かいの校舎がありました。


その目的地であろう場所に気づいたわたしは、失礼ながらもそれを不思議に感じました。倒すにしろ何らかの交渉をするにしろ、そうするメリットがあるようには思えなかったからです。


ですが彼女達のことですから、きっと狙いがあるのでしょう。なにしろ、予選の時からしっかりと仕掛けを施してきたのですから。


その成り行きを想像しながら、わたしは霧の行方を見守っていました。

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