古機(ふるはた) 誠(一年五組 出席番号十一)の決意①
以下、指定行まで読み飛ばし可。
“理性”と“知性”を自ら放棄した少年は、混沌と化した己の内側に悪魔を捕えることで、半人半魔、あるいは人にも魔にも非ざる存在――『民知らずの王』となった。
しかし、混沌に喰われたはずの悪魔は、自らの骸を失いしのちも執念だけは留め続け、ついには己の存在と共に少年を虚無の世界へと引きずり込むことに成功した。
始まりもなければ終わりもなく、触れた総てを永遠の無に帰する空間――虚無。
そこに取り込まれた肉体に帰る術は無く、宿るべき場所を失った“理性”と“知性”もまた、消滅を迎える他に道はなかった――はずだった。
しかし悪魔と共に堕ち行く刹那、少年は命じた。
悪魔をも喰らう狂気によって。
侵されぬはずの理すら踏み越え。
神に己を復活させるよう、“理性”と“知性”に命じたのだ。
それは神に対する、二重の冒涜だった。
ひとつは、神が人に与えし“理性”と“知性”を、狂気の操り人形と化した冒涜。
ひとつは、“神殺し”を成さんとする者を、神自身に復活させる冒涜。
だが冒涜に快楽を覚え、苦痛を美酒とする少年の狂気は、神の恩賜すらも汚泥で犯した。
そして今、狂気に侵された“理性”と“知性”が、主の渇望を叶えるため、“神殺し”の道に足を踏み出す――
――以上。
これが『チーム・マッドネス』の第二章、つまりは、おれ達に与えられた設定だった。
この設定、はっきり言っておれにもまだよくわかっていない。純香にいたっては、聞けば聞くほど頭の上の「?」が巨大化していくようだった。
なんと言うか、予想以上に人気の出た単発作品が、続編のために無理やりひねり出したみたいなこの設定。
これをきちんと理解しているやつがいるとすれば、それは『プロデューサー』の暮継と、これにゴーサインを出した神さまくらいなものだろう。
オーディションに提出した書類に書かれた詳細な設定――クトゥルー神話をさらにややこしくしたような図式や用語がバンバン出てくるそれは、奥内たち『エージェント』にも理解できず、今回に限っては暮継本人が神さまに説明したのだ。
あいつは適当な感じの返事をしながら設定書をパラパラとめくると、次におれと純香のエンギを見て――あろうことか合格を告げてきたのである。
「――じゃあ、いくか……」
素に戻ったおれは、ため息混じりにつぶやいた。
ハルマゲドンの開始は八時四五分なので、こうして正門前で決めポーズを行ったあとは、エンギを続ける必要はないからだ。
この時間、校内の移動は自由だが、物を移動や破壊、そして他のキャラへの攻撃といったことは禁じられている。
そして足を踏みだそうとした瞬間。
「……おっふ――!?」
左脇腹にするどい衝撃を感じたおれは、おでんが予想以上に熱かった時のような悲鳴と共に、その場を飛び退いた。
「――お前な……」
「まったく――」
だがおれに手刀をかました純香は、悪びれる様子も見せず、こう続けた。
「――なんでアンタはいつもそうなの?」
「……またそれかよ」
それはおれがしばしば言われるセリフ――おれがため息混じりに何かをしようとすると、条件反射のように飛んでくるセリフだった。
古き良き少年マンガの主人公のような熱血直情型の彼女にしてみれば、ギアは常にニュートラル、何事も遠くから眺めようとするおれの姿勢が気に入らないらしい。
だからそれは、という言葉を飲み込み、心の中で三秒数えてから純香に言った。
「……わかった。いやでも、ちゃんとやる気はあるんだ。さっきのも気持ちを落ち着かせるための呼吸法で――」
「……」
純香が疑惑のジト目でおれを見つめている。
そこでおれは、事態回避のための第二波を繰り出した。
「――いや、つーかほら。とにかくさっさと行かないと。『休み時間』も終わっちゃうだろ?」
「…………『やすみじかん』?」
「アホゥ!」
「ちゅあ!?」
気合ばかりで何ひとつルールが入っていない彼女に必殺のでこチョップ入れると、彼女は声変わりする前のウルトラマンみたいな叫び声を上げてのけぞった。
「なにすんのよ!」
「やかましい。説明してやるからさっさと来い」
おれは彼女に背中を向けると、そのまま教室へ向かった。
言い訳に使ったとはいえ、時間が無いのは事実なのだ。
『休み時間』とは、登校してからバトルが開始までの時間および、バトル中にも複数回用意されている時間帯のことだ。
この時にかぎっては、特定の条件を満たすことで外部、つまり自分の組のスタッフと連絡を取ることが可能なのだ。それが『休み時間』なのである。
「へ~、そうなのね」
のんきに応える純香に再度のチョップをかましたくなったが、我慢しておれは告げた。
「自分の席に着いてくれ」
そこはおれ達のクラス、五階にある一年五組の教室だった。
時刻は八時二十七分。
ニ分前に登校したおれ達がここにいるのは、地上からジャンプしてきたからだ。最初の『休み時間』だけはエンギ不要でキャラの力が使える、特殊な時間帯なのである。異能の方も攻撃用以外の技なら、使用が可能だった。
おれは窓側の一番うしろにある、自分の席に座った。
これが『休み時間』にスタッフと連絡を取るための条件――教室にある自分の席に座ること――なのだ。
だがハルマゲドン開始後にも設けられた『休み時間』は、今と違ってバトルそのものは継続されている。
しかもバトルが始まればすべてのエリアが戦いの舞台となるため、教室が破壊されてしまうことも多い。そうなればもう連絡は不可能だった。
つまり確実に味方と話ができるのは、今の時間帯しかないってことなのである。
「ねえねえ、なんか荷物とかはいってないと、じぶんの席って感じがしなくない?」
「そうだな。特にお前はな」
なぜか楽しげな純香に、おれは応えた。教科書類を持ち帰らないあいつの机は、常に容量の五割ほどが埋まっているのだが、実物を忠実にコピーしたここもさすがにそこまでは再現されていない。
(――あ~、古機だけど、聞こえるか?)
おれは頭の中でつぶやいた。目の前には横長の四角い画面が浮かび、そこには『プロデューサー』の暮継が映っていた。彼がいるのは、本物の教室だった。通信の時は、向こうも自分の席に座っていないといけないからだ。
だが目の前の映像は、CB専用サイトと同じように、あくまでそう見えているだけだった。
だから話しかける時も声に出す必要はなく、こうして思うだけで――
「ねえねえ、暮継だけなの? ほかのみんなは?」
「――前フリか!」
反射的に繰り出してしまった水平チョップは、残念ながら席が離れていたため空振りに終わった。そのままつんのめったおれを、純香が不思議そうに見つめている。
「マコ、あんたなにしてんの?」
「それはおれのセリフだ! 声に出さなくていいんだよ! 説明しただろうが!」
あ、そっか、と笑う純香の顔面にクロスチョップをかましたい衝動をこらえ、椅子に座り直す。
再びポップアップした画面には、平然とする暮継の顔が写った。
(すまなかったな――で?)
(ああ――)
(ねえねえ、ほかのみんなは?)
(って、お前な……)
(なによ。だって気になるじゃない)
(スタッフには席を外してもらった。皆がいると、少々話しにくいかと思ってな――)
その声に、純香の表情が引き締まる。おそらくはおれも同じだった。
(……だがその前に、他のスタジオの動きについて報告しておこう)
そう言うと、暮継は手元のノートを開いた。
(まずはキャラの変化だが――)
胸にわだかまる感情はひとまず置いて、暮継の報告に集中する。
これは、この時間帯にしておかなければならないことのひとつだったからだ。
ハルマゲドン開催前の一週間、つまり期間最後のCBが終わってから本番までのあいだ、寄進数は非公開となる。
それが解禁されるのは、ハルマゲドン当日。
しかもキャラの登校に合わせての発表となるため、場合によっては作戦を変更しなくてはいけないこともあるからだ。
またスタジオはスタジオで様々なアピール――特に前半戦終了後の『給食時間』に向けて早めに動くところもあるため、こちらについても情報を集めておく必要がある。
ハルマゲドン開始まではスタッフにもこちらの様子を見ることはできなかったが、登校時に何らかのヒントは得られるかもしれないので、この報告は特に重要なのである。
(……なるほど)
(……116って、それほんと?)
暮継の報告に、おれと純香がつぶやく。
ダメだ――と、おれは思った。まあ元から勝てるなどとは思っていなかったが、具体的で圧倒的な現実の前に、わだかまっていた感情は霧散していた。
今回ばかりは熱血キャラ純香も、「ワクワクしてきたぜ!」とはならないようだ。「116÷2だから……」と、神キャラ『神の瞳』が自分の何倍の強さなのかを計算している。
一方の暮継はといえば、こちらは先ほどと同じく、まったくの平静状態だった。絶望感もないが、かと言って秘策があるようにも見えない。
そしておれはといえば、そんな彼の顔を見ながら、ここ数日のできごとを回想していた。
それは、小円姉妹が住む屋敷で行われた、キャラ作りの“合宿”の記憶だった。教室よりも広い部屋の中は、スタッフのざわめきに満ちていた。
と、そこにただ一人不在だった生徒、暮継百夜が姿を現した。
ざわめきが一瞬で収まり、皆の視線が集中する。それを平然と受け止めた彼が口を開こうとした瞬間、好奇心まるだしの関西弁が機先を制した。
「百やん――あんた、天上先輩の何なん?」
「せや。まずはそれから説明してもらわんと、ウチラも仕事できへんわ」
「は……?」
暮継が虚を突かれた表情を見せる。彼のそんな顔を見たのは初めてだった。
「……ほう――」
だがそれもつかの間。すぐに冷静さを取り戻した彼は、いつもの観察するような瞳でスタッフを見回した。『エージェント』奥内のメールによってすでに根回しはすんでおり、皆は沈黙しつつも共通のプレッシャーを送っていた。
だがそれに対する暮継の答えは、誰もが予想していなかった内容だった。
「みんな何か勘違いしているようだが、愛のことは関係ない。おれが参加を強行したのは、『傾国の参謀』と『不実な執事』の才能を引き出したいからだ」
それから彼は、演説とも呼べるような長い説明を始めた。
確かに『食えないアヒル(ジョーカー・ダックス)』をキャラ化したところで、寄進は集まらないだろう。だが今から新キャラをエンジてもらうには時間がかかりすぎ、できたところですぐに使われるとは限らない。
よってチャンスは今しかない。たった一回でも、皆が本気になるハルマゲドンは大きな経験になるからだ――とした上で、やつは純香の「集中力」と、おれの「知恵」について語ったのだ。
やられた――とおれは思った。
九割方情勢が決まっていた会議の場では、同じことを言っても通らなかっただろう。
だからやつはそれをリセットし、その上でこの切札を出してきたのだ。それにより不満は感動に変わり、反発は熱狂へと転化する。説得の材料に裏付けがあるだけに、それはいっそう強烈だった。
かくして三十分後、暮継と各スタッフの代表者は、固い握手を結んだのである。
それからおれと純香はエンギの練習などに忙殺され、瞬く間に日々は過ぎていった。
また正之介は正之介で、第二章へと続く設定を説明するためのPVが必要だということで、やはりその撮影に追われていた。
近くの席では、自分と神キャラとの差を計算し終わった純香が、「五十八倍ってことは……」と意味の無い考察にはげんでいる。一発のところを五十八発殴ればいい、なんて結論に達しないことを願うばかりだ。
一方、回想を終えたおれは、暮継の顔を見ながらあらためて思った。
まさか天上先輩とこいつが、姉弟だったとは。
そう。
熱狂しつつも、スタッフ達は聞き逃さなかったのである。
暮継が先輩のことを、「愛」と下の名前で呼んだことを。
その事実はスタッフ達の徹底的な追及によって掘り進められることとなったのだが、それは予想に反して微妙に重い内容だった。
二人は幼い頃、両親の離婚によって引き裂かれた姉弟だったのである。
離婚の結果、先輩が母に、暮継が父についていくことになったのだが、なぜかそれが気に入らなかったらしい彼女は、ことあるごとに突っかかってくるようになったとのことだ。
まあそう言われれば、似てなくもないところがあるような、と考えていた時だった。
キーンコーン――
と、高らかな音が教室に響き渡った。
反射的に正面を見つめる。
時計が示す時刻は、八時四〇分。ついに『予鈴』が鳴ったのである。やはり体は緊張はした。五分後には『本鈴』が鳴り――ハルマゲドンが始まるのだ。
「……うん! やるっきゃないってことね!」
チャイムの余韻が途切れると同時に、純香が叫んだ。振り返った彼女の瞳は、情熱に燃えていた。
「ね、マコもそう思うでしょ?」
「……あぁ――」
――思わない。つーか思えない。
やっぱ単にのせられただけなんじゃないかと、仕掛け人の暮継を見つめた。
(それじゃあ、あとは頑張ってくれ)
だが彼はポーカーフェイスのまま告げると、あっさりと通信を切りやがった。
マジかよ。なんとも中途半端な気分のまま、おれはしかたなく立ち上がる。
「あれ? ねえねえ、どっかいくの?」
「いや――」
しかし言葉はそこで途切れた。
『本鈴』が鳴るまでの時間も、移動は自由に行える。
だからこんなわかりやすい場所はさっさと変えたほうがいいのだが、かといっておれ達に安全な場所があるとは思えない。何より気持ちの方が、曖昧なままだった。
もちろんおれはすぐに負けたって、一向に構わない。負けても死ぬわけじゃなし、何より元々が無理ゲーなのだ。
とはいえ「合宿」の時に暮継から聞いた情報は、今でも頭に残っている。それがあったからこそ、おれ達はハルマゲドンに参加したのである。
「――ねえねえ……」
「あぁ……」
応えたあと、とりあえず時間を確認しようと考えた瞬間だった。
チャイムが高らかに鳴り響くと同時に、扉が勢いよく開かれた。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
いつも似たような言葉ですが、それ以外が見つかりませんので。
ようやく始まったハルマゲドンですが、このあとはひたすらバトルが続きます。
前回名前だけ出てきたキャラも、次々に登場します。
様々なキャラ名と設定が登場しますが、どうかついてきてくださるよう、お願い申し上げます。
それでは失礼致します。




