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さる武器屋の英雄伝  作者: 上雛 平次
第一章 下克上とは緩やかに行うものである
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第九話 小細工

 銀色に輝く痣がハイルの体に描かれる。

 普段は、人の目に見えないようにしていた。

 ハイルの模様は両手の甲に描かれていたため、手袋でも付けていれば簡単に隠せたが、シエルと同様に魔神の力を解放してしまうと、その模様が全身に達してしまう。

 しかし、ハイルは奈落にも行かず、半分は人の血が流れているため、侵食状況は緩い。できるだけ、人の成分を保ちつつ、魔神の力を行使していく戦い方をするしかない。

 そうしなかった場合、ハイルは完全なる魔神と化わるからだ。

「ハイルにも同じ模様が出来て嬉しいよ! お揃いだね」

 拍手し、ハイルを賞賛するシエル。

 その首筋に、ハイルはショートソードの刃面を押し当てる。

「姉さん、自分の身を守らなくて大丈夫?」

 全ての魔獣が一掃されていた。

 見れば、赤い十字架のような物が王宮内にいる全ての魔獣に刺さっている。

 いや、言い方を変えれば、身体から生えてきているようにも見える。

 ハイルの魔神としての力は、自分相手問わずに、体に流れる血を様々な形質に変化させることが出来るのである。

 見れば、ハイルの腕から流れ出した血が、腕を覆っていき、篭手のような形を造っていた。

 魔神の力により、その血、一滴一滴が魔獣に触れ、また、魔獣から飛び出した鮮血が鋭い十字の刃となり、一匹残らず突き刺していったのだ。

「流石、弟ってだけはあるね」

 王宮の壁を覆っていたシエルの蠢いている黒い翼は、体へと収縮されていく。

 明かりが微かに戻る王宮。しかし、未だに満ちる瘴気のせいか、まだ暗かった。

「本気出す気?」

「うーん、と。二割くらいかな」

 シエルの笑顔と、ハイルが体に感じた鈍い痛みが重なる。

 転じて、天井を突き抜けたハイルの体が空に打ち出された。


 扉が開かない。リーナとうなだれているミュエルは、ハイルが入っていったと思われる扉の前で立ち尽くしていた。

 中から音が聞こえる。何かが動き回る足音が、止めどなく聞こえた。

 何が起きているのかは分からない。いや、一つだけ分かるのは、自分たちの無力さであろうか。今のリーナはそれを痛感していた。

「あ、ぁあ」

 呻くような声。

 扉を開こうと奮闘しているリーナの後ろに、魔神によって精神が汚染された騎士が迫る。

 数にしてみれば、二十。

 汚染されても、騎士は騎士。技術的にも能力的にもリーナは劣っていた。

 そうなれば、やることは限られてくる。

「逃げましょう、ミュエル様! ここにいては命の危険が」

「……放っておいて、仲間を切るような馬鹿ハイルなんて、知らない。助ける必要なんてな――」

 ミュエルの頬に、リーナの小さな手が触れ、パチンという爽快な音が響いた。

 どうして叩かれたのだろう、とミュエルは痛みを感じながら、震えるリーナを見つめる。

「――ご無礼をお許し下さい。ですが、ハイルは今、戦っているのですよ? 本当は私たちの仕事なのに。武器屋であるハイルが戦っているのです。それが自分の意思であったとしても、私たちは責任を果たせていないのです」

 剣を抜き、騎士たちに向けるリーナ。

 見れば、騎士団への入団式の時に見た顔ばかり。

 きっと、偉い人たちなのだろう。

「殺しはしません。ハイルも、剣を命を殺める道具には使わなかった。私にも、できるはずです。同じことが……!」

 その顔は、何かを決めた者の顔であった。

 レイピアを持つ手を胸に構え、剣先を天井に向けて、汚染された騎士たちが来るのを待つ。

 武器を造ることが武器屋の仕事なら。

 騎士の仕事とは――。

「来た敵を迎え撃ち、皆の命を守ること!!」

 リーナの放つレイピアは、絶対に、人の身体を捉えない。

 代わりに、武器や武具、相手の身体を守る物を捉え、相手が武器を振れない状態にし、蹴る。

 力があるわけではないにしても、リーナの適応能力は高かった。相手の動きを見て、自分が一番強い一撃を放つことができる位置に体を動かし、隙を突く。

 後ろで、ミュエルは小さな騎士が華麗に戦いを繰り広げる様を見て、頷くのだ。

(何を、迷っていんだろう)

 まさか、自分の部下に諭されるなんて、まだまだね、口でそう声に出さずに動かしたミュエルは、左右の騎士像に飾られていた剣を取る。

 そして、両手に持たれたそれを、かつての同胞であった騎士たちに振るう。

「ごめんね、みんな」

 ミュエルは、戦闘を開始した。


 気が付けば、ハイルは空中で漂っていた。天井に打ち上げられ、空に出たと同時に、ハイルは自分の血で翼を作り出した。

 全ては一瞬の出来事だった。

 翼を閉じたシエルは、ハイルが口を開いた時から行動していたのだろう。

 シエルの魔神としての力は、正直に言えば無い。

 魔獣の創造に然り、全ての魔神が行えることだ。

 その代わり、シエルの身体能力は他の魔神を凌駕する。

 通常時のシエルであれば、同じくらいに人間離れした動きを行えるハイル。

 だが、本気のシエルは、視覚に映らない早さでの移動に加え、力も劇的に上昇する。

 ハイルが追いつけず、気付けない程に。

「勝ったことないもんね。ハイルは」

 訓練場での、姉の成績はいつも一位だった。

 戦いにおいては、姉の隣に立てる者は皆無に等しいのだ。

「姉さんが強すぎるんだよ」

 腕につけられた真紅の篭手を元に戻し、流れ出した血を空に散らしたハイル。

 形状を綿帽子よりも軽い物に変えて、空に浮かせる。

「でも、小細工はハイルの方が得意だったんじゃない?」

 そう、戦況を見極め、対処する力はハイルの方が格段に上だった。

 今もそうだ。

 この綿帽子一つ一つが、ハイルの武器なのだ。

「そろそろ、始めよう姉さん」

 ハイルから、動く。

 翼を翻し、突撃。

 赤い綿帽子に両の手が触れる。

 すると、血は形を帯びていき、盾と剣を作り出した。

 簡単に言えば、小さな武器が空中に漂っていて、それらを自由に使うことができるのだ。

「だけどさ、ハイル。別に武器を使わなくてもシエルお姉さんは強いんだよ?」

 目の前から消え、下の空中からの飛び蹴り。

 続いて、左右から何故か同時に拳を受け、もう一度上へと蹴り飛ばされる。

 最後なのか、シエルはハイルが飛ばされてきた方へと移動して、かかと落とし。

 圧倒的である。

 ハイルの小細工は、相手が自分と同じくらいの強さで初めて成立する。だから、力で優っているシエルに触れることすらできない。

 しかし、全てはハイルによって計算されていた。

「姉さん、そろそろ退場してね」

「え?」

 戦いに夢中になりすぎれば、忘れてしまうこともあるだろう。

 シエルに触れていた、ハイルの赤い血。

 あれだけ高速に移動すれば、剥がれ落ちてしまうかもしれないが、風を受けない箇所にも付着していたとすれば話は別。

 ハイルは空中に浮かぶ血、自分の持っていた血製武器、シエルに付着した血の形を鎖へと変え、自分の方に引っ張る。

「な、何よ、これ!?」

 鉄が擦れる音。

 シエルの体に何重にも巻き付けられた鎖。

 その鎖を握るハイルは、シエルを下に広がる闇へと落とす。

 シエルが見た鎖の先にはハイルの姿は無く、人が十人集まって持ち上げられるかどうか分からない程に巨大な剣がぶら下がっていた。どんなに力が強かったとしても、ハイルの血によって精製された金属が壊れることは無い。

 巨大な剣は、下――奈落に向かって消える。あれが、向こうとこちらを繋ぐ扉であり、ハイルはシエルとまともに戦うことが出来ないと分かった時、あれに落としてしまえば良いと考えた。

 そして、シエルは闇の中へと消えていく。

「また、来るからね? 絶対だよ?」

「もう二度と来るな」

 落下軌道にハイルはつき、シエルの隣に並ぶ。

 するとハイルは、持っていたショートソードをシエルの腹部に刺した。

 その顔は悲痛に歪んでいたが、しばらくすると、心地良さそうに笑みを浮かべていたことを、ハイルは知る由もない。

 剣と共にシエルが奈落の中に消え、同時に奈落が閉じていくと、国内を覆っていた瘴気が薄れていった。

昨日ぶりです。上雛平次です。

このような駄文を読んで頂き、ありがとうございます。


時間があれば、一話の量も増やすことができるのですが、現在の私の状況ですとこれが精一杯です。

土日は長い文章を手がけられるようにしていきます。

また、誤字脱字、誤った文章がありましたら、報告をお願いします。


では、また明日。

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