第八話 魔神の血統
斬撃。
瘴気によって精神が汚染された騎士。意味不明な事を呟きながら向かってくるそれの手から剣を弾き飛ばしたハイルは、そのまま追撃。
タックルを鎧越しから食らわし、地面へと転倒させ、気絶へと追い込む。
全てを魔神に捧げると言っても、病に苦しむ者や気絶している者、人であれば動けない状態である者も含めて無敵にも、不死にもなるわけではない。
問題なのは、それが見知った顔で、昨日まで元気に話していた仲間に向けて剣を振るっているという点だ。
この瘴気は、その人間の心理状態によって侵食の早さが変わる。そう言った意味での洗脳だろうか。
だが、目の前で動かなくなっている騎士も含めて、ハイルは、向かってくる者は全て敵だと割り切っていたために躊躇はない。
残虐かもしれない。けれど、そうしなければこちらが切られることになる。
そのまま剣を構え、王宮へと進むハイル。
置いていかれたリーナは、戦意喪失しているミュエルを引っ張るように連れて行く。
そのミュエルの口からは、「どうして、こんなことに」、という言葉だけが聞こえていた。
あの日と同じ。
姉が闇の中に飛び込んでいった、あの日と同じ。
既視感ではなくて、再現と呼べば良いのだろうか、不思議な感覚がハイルを包み込む。
――やっと、仇討ちができる。
しかし、王宮で待ち受けていたのは、魔神からかけ離れた存在であった。
「よ、ハイル!」
「姉、さん? 何やってるの? こんな、ところで……」
玉座に腰かける、辛うじて少女の姿を維持した魔神が、笑顔で手を振る。
水晶のように煌く四翼が背中から飛び出し、王宮全体を覆っていた。
魔神の髪は銀色の長髪で、手入れも殆ど行っていないのか、癖っ毛が目立っている。
そう、少女は――シエル・ライクス。
紛れもない、ハイル・ライクスの姉そのものだった。
「大きくなったね、ハイル。私より年上になっちゃったのかな? 奈落じゃ年は取らないし。あ、じゃあ、弟じゃなくて、お兄ちゃんって呼ばなきゃ、か。悪くない気がしない?」
明るく笑いながら、顔に描かれた銀色に輝く異様な模様をなぞるお喋りなシエル。
魔神には、それぞれ体のどこかに魔神であることを示すための模様が描かれる。
色も様々で形も様々なそれを持ってしまった者は、魔神になる運命が定められている。
つまり、魔神の祖とは、人間なのである。
「ハイルも疼いているでしょ? この痣が」
「……」
モンキー武器屋に百二十七代にして客が来ないのには、理由がある。
武器を造る才能が無い。これも一つだ。
だが、それは建前でしかなくて、本当の理由は別にあった。
ハイルの母親は――魔神なのだ。
父親は人間で、姉のシエルと弟のハイルは、人と魔神の間の子。
どうして相容れぬ存在である二人が、と世界で生きる全ての生き物は思ったことだろうが、それ以上に二人の愛は強かったと頷くしかない。
だから、それを知る周囲は、ライクス家に深く関わろうとはしなかった。
「辛かったよね、ハイルも。お姉ちゃんが居なくなれば、もう少しだけ良い生活を送らせてあげられるかと思ったんだけど、駄目だったね。やっぱりさ、この国に居る奴ら全員を支配しないと、幸せになれないんだよ。この理屈、分かるよね? ハイルなら」
少しだけ、シエルの甘い言葉に応じようとしてしまったハイル。
だが、すぐに首を横に振り、自分の全てを叫んだ。
「姉さん、もういいんだよ。俺は、この世界で生きていこうって決めたんだ! 初めての弟子に、騎士団長になった幼馴染に、優しい獣人に出会えた! きっと、この世界には俺が見なくちゃいけないものが沢山あるんだ。だから、この世界に住む人々を支配してしまったら、その見たいものが見れないかもしれないんだ。だから、下がってくれ、姉さん。姉さんに、剣は振りたくない!」
ハイルの声が、広い王宮にこだまし、虚空に消える。
話を聞いていたシエルだが、首を横に振っている。まだ、認められない点があるらしい。
しつこいところも、姉弟揃って親譲りのようだ。
「じゃあ、こんな世界はどうでも良いから、一緒に来て? 奈落はね、最高よ。お母さんの故郷が見たくて行ってみたけど、人としての幸せを叶えさせてくれる場所なの。ハイルも、きっと――」
「――お断りだ!」
きっぱりと、シエルの誘いを断るハイル。
そこで、痣が痛み始めてきたことに気付く。
「ふーん。いいよ、私の誘いを断るハイルなんて、いらない」
右手の中指を上げて、ハイルに向けるシエル。
壁に張り付いた翼が輝きを失っていくと、崩れていくように、羽毛が地面に落ちる。
その羽毛の一つ一つから、魔獣が飛び出した。
「そいつらの餌にでもなってなよ。もしかしたら、天国に行けるかもね」
「じゃあ、姉さんは地獄だね?」
どうして、姉と弟で争わなければならないのか。
ハイルの剣が、魔獣を一匹、また一匹と切り裂いていく。
魔獣は群れをなして行動することが特徴としてあげられる。ならば、群れを組む前に、落下時に倒してしまえば良い。
これは、羽毛が一枚ずつ落ちている現在の状況であるから可能なことで、
「強くなったんだ、ハイル。それなら、これはどうかな?」
百。
いや、桁が二つくらい違うかもしれない。
床、壁の上を動き回る黒い塊が、ハイルには見える。
そして、それらはハイルの周囲から半径一メートル程の場所から動こうとしなかった。
待っているのだ。
「殺れ」
自分の親が指示を出す瞬間を。
「悪い冗談だよな」
最愛の姉で、かけがえの無い姉が、自分の命を奪おうとしているなんて。
ハイルは受け入れ難い状況に耐えながら、剣を鞘に納める。
「やっぱり、家族の問題は家族が解決しなきゃ、いけないよな?」
魔神になってしまったシエルを見据えて、
「姉さん。もう俺、歯止めが効かないや」
諦めたように、複雑そうに、微笑むハイル。
その背から、黒い瘴気が溢れ出していく。
――己に眠る魔神の力を解放した。
昨日ぶりです。上雛平次です。
気が付けば、もう一週間を越えていた事に書き終わってから気が付きました。
まだ終了してはいませんが、ここまで読んでくださった方々、また、お気に入りにも登録し、評価をしてくださった方々に向けての感謝の言葉と致します。
本当にありがとうございました。
では、また明日。