第六話 獣の夜
月明かりが地面を照らし、心地良い風が吹き抜ける深夜。
――獣の雄叫びが、轟いた。
即座に精霊たちが全ての部屋を明るくすると、ハイルは布団を少しずらして視界を広げ、気配を察知する。
(一匹か、二匹だろうか)
はっきりとは分からないが、少なくとも、そのくらいは近辺にいるだろうという憶測だった。
魔獣の、襲撃である。
何故、警報が鳴らないのか、と考えるハイル。
この国は、中央の城を囲むように、円形に配置された第一地区から第十七地区の見回りをするための騎士たちがいる。
本来なら、その見回りが監視塔に備え付けられた精霊を使い、警報を鳴らさなければいけないのだが、今の今まで鳴っていない。
もしかしたら、先に見回りだけを倒し、中に侵入してきたのかもしれない。
魔神は、高度な知性を持つ生物だが、魔獣は、その魔神の一部を使って作られた人工的な動物であるわけで、人を襲う事以外の知性は有していないはずだ。
(とりあえず、住民の役目を果たそう)
非常事態の時に限り、騎士たちが居る訓練場が避難場所として開放される。
ほぼ、毎日のように開放されているようなものであるが、家の中で魔獣の餌になるのを待つよりも、訓練場に行った方が安全だ。
但し、道中で敵に襲われる可能性も考えられる。
思考するハイルの部屋に、何かが飛び込んできた。
「うみゃー! 食べちゃうぞぉー!?」
可愛らしい少女の声。
ハイルが布団の中に居るのに気付いていないらしく、光があったから飛び込んできた、といった様子であった。
一応、布団から頭から目までが出てしまっているハイル。
今までの魔獣とはかけ離れた姿の魔獣に、動揺を隠せない。
どうやら、人間をベースにした魔獣のようで、人間の耳に当たる部位には、猫のような獣の耳。髪の毛は桃色で、首元まで伸びている。容姿はやはり人間そのもので、胸まできっちりと再現をしているところを見るに、性別という概念もあるらしい。
ただ一つ違うのは、手足に付けられた無数の刃。いや、あれは爪かもしれない。精霊によって照らされたそれは、可愛いらしさがある見た目と反して、恐怖心を抱かせるに充分だった。
つまりハイルは、食べられる前に原型が無くなっちまうよ、と声を出していたことに気が付かなかった。
「そこにゃっ!」
動きも速い。
猫のような尻尾もちらりと見えたが、本当に一瞬。避ける行動をとらなければいけないから、ゆっくりと観察している場合ではない。
ベッドが爪により粉砕し、どこに損害賠償を請求すれば良いのか分からない怒りが沸き起こる。
二撃目。
人を襲ったことが無いのか、一度避けてしまうと連続で振るっては来ない。
「わ、みゃーより早いにゃー、すごいにゃ人間! なら、本気を出すにゃ」
賞賛する魔獣の、手が覆えるほどに巨大な爪が落ちていき、武装が解除されていく。
いや、少し待って欲しい。
「お前、獣人だろ? 何、魔獣と勘違いされそうなことしているんだよ」
「にゃ? みゃーは魔獣にゃ。獣人とはなんにゃ?」
「ちょっとそこに座れ。お前にとって大事な話をするから」
みゃーと自分を指す獣人を、爪によって半壊寸前になっている床に座らせると、ハイルも腰掛けて、話を始める。
この世界には、人間の他に、竜人、そして、獣人が居ると。
その獣人とは、この城から見て南の方。海と呼ばれる塩水が溜まった池を越えると、獣人族の島があるのだ。話しによれば、美味しい果実や新鮮な野菜などが採れる大国らしい。
関連して人間は、この国がある島に密集しており、旅と称して別の島に居着く人もいるが、殆どはこちら側に住んでいる。国も数多くあり、城を先に建て、その周辺に生活基盤を築くことが国作りにおいての基礎だ。人間同士の争いは皆無であるため、すぐ隣に国を作ってしまっても、誰からも咎めは無い。
但し、迷惑をかけるような事態になれば、もちろん、争いに発展する。
ここまでを話し終えると、みゃーは目を輝かせながら尋ねてくる。
「じゃ、じゃあ、みゃーも国を作れるのかにゃ?」
「ああ、もちろん。けど、金も民衆も居ないと、国なんて作れないけどな。王様一人の国は、国とは呼べないからな」
しみじみと頷いたところで、奇妙な違和感に包まれる。
まるで、この目の前にいるみゃーという獣人と、のんびりと話が出来る状況でさっきまであったのか、という違和感に。
あったわけ、無い。
「ちなみに、みゃー。君のような姿をした人も、周りにいなかったか?」
「みゃーの名前はみゃーじゃないにゃ。ミャーだにゃ」
果たして何が違うのか。
するとミャーは腕を組んで考え、しばらくすると、「ミャー以外は、みんな動物みたいに四つん這いになって、滅茶苦茶怖い顔をしてたにゃ」、と言った。
それは、この国に魔獣が攻め込んでいることを意味している。
どうしてミャーだけが、変な武装だけで魔獣の群れの中に溶け込んでいたのかは謎だが、獣人は魔獣に襲われないのかもしれない。
「ミャー、俺の名前はハイル。すまないが協力してくれ」
「ど、どうしてにゃ! ミャーは、命令通りに爆弾を家に設置しなければいけないのにゃ」
「爆弾!?」
このミャーは知らないだけで、自分が魔神に利用されていることに気付いていないのか。洗脳を受けている様子も無い。純粋に、出来るからやっている、という表情だ。
だとすれば、またハイルは、実現できるかどうかも分からない事を言うのだ。
「ミャーはさっき、『国を作れるのか』って、聞いたな?」
「うにゃ? そうだにゃ。作れるなら、国を作って、みんなで仲良く暮らしたいのにゃ」
「なら、爆弾なんて使ったら、その仲良くしたいみんなが消えてなくなっちゃうんじゃないか?」
口に手を当てて、どうして思いつかなかったのだろうかと、愕然としているミャー。
ハイルは気にするな、と頷いて、更にまくし立てる。
「俺は武器を造るのが仕事だが、獣人だって、武器を造るし、国も作ってる。見たことが無い俺が言うのも難だが、獣人の作る国は、人間が作る国よりも仲の良い国かもしれない。ミャーは、もしかしたら、人間と獣人、竜人とも仲良くなれる国を作れるかもしれないんだ! 俺も協力するから、爆弾を設置して回るなんて、馬鹿な真似は止めてくれ」
頭を深々と下げるハイル。ミャーは、気恥ずかしくなって、ハイルに頭を上げるように促した。
「ミャーは、そんなに凄いものにはなれないにゃ。でも、今から始めることは、みゃーにもできるにゃ!」
立ち上がり、窓の前に立つとミャーは、振り向いて、
「ハイルは、良い人間だから、教えるにゃ。魔神様は――城に居るにゃ」
とだけ言い残し、跳躍したミャーは闇の中へと飛び込んだ。
昨日ぶりです。上雛平次です。
何か、大きな事を成し遂げようと思っても、それが出来る程の技量を持ち、経験を積んでいなければ、どこかで反動は返ってきてしまうものです。でも、努力だけは、今からでも出来る。私も、三、四年程若ければ、と考えてしまいがちですが、今から努力しましょうということで、まとめとします。
また、明日。




