第五十六話 二人の聖騎士、裏切りの魔法 後
数々の罪人が収容され、命が絶たれてきた場所。その場に漂う禍々しい空気と、それを切り裂きながら、火花を散らせて交わる聖なる剣。
五感全てを使い、暗闇に隠れながら攻撃を行う少女を探すラルフ。
しかし、激しい異臭と暗闇のせいで、嗅覚と視覚は使い物にならない。
そう、耳から聞こえる音だけが、敵の攻撃を察知するための在り処であった。
それも、正確に位置を捉えるための要因とはならないのである。
本来、ラルフの持つ聖剣には精霊が宿っており、暗闇に潜む敵の位置などを探るなど、容易であった。
だが、相手も聖剣を所持している事をラルフは知っている。つまり、お互いがお互いを見つけようとする力が作用し合うため、移動した時には対象が自分が元々いた位置に移動している事になる。
結果的に、ラルフと少女は同じ場所を行き来しているわけだが、戦いに集中し過ぎているためなのか、気付かない。
だから、二人は暗い地下牢の中で闇雲に剣を振るい、それに当たれば敵はすぐ側にいるのだと考えていた。
(敵はどこにいますか!?)
冷静に剣を振るうラルフの心中は、全くと言って良い程に冷静では無い。
いつ斬られてもおかしくない状況。闇の中から迫る刃を受け止めながら距離をとるラルフの恐怖心を煽るように、滴り落ちる水の音。また、足音を消しているのか、少女が近付いて来る瞬間が分からないため、余計に恐ろしく感じているラルフ。
心の中で、何かに向けてラルフは叫ぶ。
いや、声に出しても伝えられるが、相手にも聞かれてしまう事は言うまでも無い。付け加えるとすれば、逃げられてしまった場合、探すことが本当に困難になってしまうということだ。
本心では、恐怖心を抱いているラルフだが、自分から向かってきている今がチャンスなのだと考えるようにした。
そして、聖剣に宿りし精霊が、それに答える。
『右に、いえ左に、いえ右に』
先ほどの穏やかな声と代わり、単調、且つ短めの言葉を途切れなく発する聖剣の精霊。代わる代わるに指示を繰り出されるため、ラルフ自身がそれに対応できない。
そもそも、精霊に頼ろうとする方が間違いなのかもしれない。
聴覚を全て、心の内に聞こえる聖剣の精霊の声から、体の外へと移行する。
そこで、ラルフは聞き取るのだ。
悲鳴の声をあげる魔物の声を――。
敵の剣を弾かせ合いながら、走り出してしまったラルフの姿が完全に見えなくなる。
夜目が効くミュエルであっても、数十メートル先の物体の動きなど見れるはずも無く、置いていかれてしまったミュエルは、ハンマーを担ぎながら立ち上がった。
「あたしは、まだ弱いのか」
はっきりと、ミュエルは捉えた。
自分よりも背丈は小さく、腕は細い白髪の少女。
ミュエルも、腕が太いわけでは無かったが、あの少女はどう見ても子供である。その子供の腕が折れてしまうのではないかと見える程に、振り下ろされるハンマーの威力は凄まじい。現に、落ちた先にある地面はハンマーによって変形し、窪みができている。
それ程に力があるミュエルのハンマーを少女は剣で受け止め、容易く弾き返してしまった事を思い返す。
何も力など加わっていない。水が流れて、下に向かっていくように、ミュエルのハンマーも下に向かって振られただけなのだ。
ただ、少女の剣は一種の、流れを維持させるためのきっかけを作り出したに過ぎない。
聖剣に宿る精霊は、物事の終わりから始まりまで、全ての時間を予め知っていて、そこから最適な行動ができるようにアドバイスができるのだとラルフから聞かされた。人の言葉を話せる時点で異常だとミュエルは思っていたが、それで自分の部下が救われたのであれば、感謝の言葉しか出ない。
複雑な心境をそのままに、ラルフの姿を探すミュエルは、何かの音を聞く。
(え、これは)
剣が擦れる事によって生じる火花と、反響する金属の音。
ラルフと少女が遠くの方で戦っているらしい。それなのに、ミュエルはハンマーを担いだままで、そちらへ向かおうとはしなかった。
水が落ちる音と金属が弾く音、加えてもう一つ、別の音が聞こえる。
「オォ……」
息を吸って吐く。聞こえるのは単なる呼吸音のはずなのに、音の量と吹いてくる風の大きさが、その呼吸が人によって起こされたものでは無い事に気付かせる。
魔物。
長い時間を経て、朽ちた罪人を飲み込み、巨大化した魔物の姿がミュエルには見えてしまった。
そう、中央国は罪人を捕らえると同時に、処刑の任を人ではなく魔物に委ねたのだ。いや、こんなものが地下牢にいること自体、知る者は少ないのではないだろうか。
通路を這うように移動し、ミュエルたちが位置する中央の空間に幾つもの瞳を表面に持つ魔物が姿を現す。
表面を粘液のようなもので覆い、頭と思われる箇所に付けられた瞳が持ち上がると、胴体の下に生えた無数の刃を連想させる魔物の歯が見える。
すると、歯の合間から悲鳴のような、魔物の呻き声が放たれる。
「オォォオアァァァ!!」
声を発しながら、向かってくる魔物――ワームと対峙したミュエルは回転し、勢いを付けてハンマーを振る。
抉るように、通路を塞ぐ程に巨大なワームの頭部にハンマーをぶつけると、ワームは怯んだ。自分が本来与えるはずだった一撃を遥かに上回る攻撃を受けたためか、ワームは全身を取り囲む瞳を瞬かせると、奇声を発して全身を震わせる。
「てぃやぁあああ!」
打。
胴体の側面に移動したミュエルは気合を声にすると、再びハンマーを振り下ろす。
ワームの前と後ろを分割するように、ミュエルのハンマーは胴体を潰して無理矢理に体を半分にした。
「アァアアアアァ!?」
体をうねらせる下部分は次第に力を無くしていくが、上部分に起きた異常をミュエルは見逃さなかった。
胴体を貫き、粘液を破り去りながら伸びる腕。
最初に見た時には付いていなかった部位が、ワームの体から生えてきたのだ。
嫌悪と嗚咽が全身を巡るミュエルは口を開くと、大声で叫ぶ。
「魔物が出たわ!」
剣のぶつかり合う音が途絶える。つまり、ラルフと敵の両方に声が届いた。
そして、足音が近付く。
複数の、足音だ。
「ミュエル様、ご無事ですか?」
息を切らしながら、剣先をワームに向けるラルフと、ハンマーを逆手に持ち替えるミュエルが肩を並べる。
使い慣れていないからなのか、人とほぼ似た腕を地面に叩きつけながら、動きを覚えようとしているように見える魔物の行動は、先まで聞こえていた全ての音をかき消す。
「で、もう一人の聖剣使いはどこに?」
目の前で変化を遂げる魔物と同等の脅威を抱かせる、聖剣を持つ少女の姿を探すミュエルは、ラルフに行方を尋ねた。
「逃げたのではな――え?」
知らないとばかりに首を振っていたラルフの目が突然、点になる。
それもそのはずだ。
ラルフに恐怖心を与え続けていた聖剣を持つ少女は、ラルフとミュエルの前で喚く魔物の上に着地すると、粘液が溢れる表面を切り裂いて、剣を刺したのだから。
2013/12/18 ぶりです。上雛平次です。
更新の停滞と、後書きの無記入について謝罪し、再びこのような事態になってしまう可能性を予め報告しておきます。
ですが、年内での本編完結は決定事項ですので、守ります。
また、時間が少ない中での更新となっているため、文章も少なく、非常に読み難い文章になっています。修正点、課題点などを提示してくだされば校正しますので、お気軽にどうぞ。
最後に、明日更新できるかどうかは分かりかねますが、善処するよう努力します。
では、また。




